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異世界、遺します ~天涯孤独となった俺に亡き祖父母が『異世界』を遺してくれた~  作者: 鏑右いなだ


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第四十三話 迷い込んだ少年

 「はあっはあっはあっ……、っく……!、はあっはあっ……」


 薄暗く人気のない裏路地を、一人の少年が息を切らしながら必死に走っている。

 何かから逃げる様に、時折後ろを振り返って自分が追われていないか確認する。


「はあっはあっ……、あっ! ~~~っ、うぅぅぅ~~っ……」


 その時、後ろばかり見ていたせいで前方の確認が疎かになり、自分の前を横切ろうとした猫に遅れて気付いて、転んでしまう。避けようとして無理な体勢になった事で、盛大に周りの物を巻き込んでしまった。

 

 路地裏におかれていた空の木箱や、干してある洗濯物や乾物などを巻き込んで盛大に音を立てて転んだ少年は、地を這うように転がり自分の前を横切った猫と目が合う。

 猫はぷいっと少年の事を興味なさげに無視をして、そのまま路地裏の影に消えていった。


「ドウザ兄……、シンカ兄……」


 この場にいない頼りになる自分の兄貴達の名前を呼ぶ。


 こんな事になるはずでは無かったと、心の底から後悔の気持ちが押し上がってくる。

 頼れる兄貴達はもういない、目の前で変わり果てた姿になってしまったのをこの目で確かに見た。

 もう自分はこの世で一人だけなんだ。


 その事実を自覚した途端孤独と寒さと空腹が一斉に襲ってきて、少年の体はガタガタとまるで極寒の地にいるみたいに激しく震え出す。

 カチカチと歯がぶつかる音がして、反射的に自分の体を抱き締めていた。

 

「…………ううっ、……うううっうっ……」


 少年の目からは大粒の涙が溢れ出し、泥と垢にまみれた頬を濡らして一筋の道が出来ていた。


 その時、自分が走って来た方角から大勢の足音が少年の耳に入ってくる。


 少年はそれを黙って地面に伏しながら聞いている。

 どうせ逃げた所で自分には帰る場所も頼れる人もいない、このまま捕まって牢獄の中で一生を終えるのだろうと、自分の人生を諦めていた。


「居ましたっ! 重要参考人を発見しました!」


「おいあれ、倒れてるけど大丈夫か……?」


「一応何があってもいいように警戒は怠るなよ」


 ああ…………。

 俺の人生もここまでか……、ごめんドウザ兄……シンカ兄……、俺もすぐにそっちに行くよ……。


 兵士達が少年の近くに寄ってきて、少年の確認をしようと体に触れようとする。


「すいませんっっ!! ちょっとたんまっ!!」


 するとそこに、少年と兵士が来た方角から今度は違う人物が現れた。


 兵士達は一瞬で体勢を変えて、声を上げた人物の方に振り返る。


「貴様っ!何者だ!?」


 


 潤平は必死に少年とそれを追う兵士の後を追って、彼らが向かったであろう方向に走っていた。彼等を追うのは難しいかなと考えていたが、潤平の脚力だと以外にもすぐに追いついてしまい、彼らをすぐに発見することが出来た。


 そこで潤平が見たのは、倒れている少年に兵士が触れようとする瞬間で、潤平は咄嗟に大声を出してそれを止めようとしてしまう。


「何者だと聞いているっ! 答えんのなら捕縛するっ!」


 咄嗟に声を上げたのはいいモノの、潤平はその後どうするか考えていなかったので、どうしようかと悩んでいた。

 自分はこの件には何も関係のない人物だし、身分を証明出来るようなものはないし、只の異世界人だし。

 取り敢えず、今自分が世話になっている人の名前と役職を名乗ることにした。


 早くしないと兵士の方々が痺れを切らして飛び掛かってきそうだし、今も警戒しながらじりじりと潤平の方に近寄って来ている。


「あ~、えーっと自分はルリさんの護衛をしているので者何ですが、ちょっとだけお時間いただいてもよろしいですか?」


 潤平の言葉に殺気を放っていた兵士の雰囲気が少し和らぐ。


「……おいあの男今なんて言った……?」


「……御三家の息女の護衛だと言ったな」


「馬鹿なっ、でたらめに決まっている。何故ルリ様の護衛がこんな所にいるんだ」


「そうだよな。護衛が何故仕事を放棄してまでわざわざこんな路地裏にいるんだ」


「我々を追ってきたのではないか?」


「だとすると目的は足下の少年か? 一体何のために?」


「分からんが、例の貴族殺しの事件に関わっている者かもしれん。一応捕らえておくか?」


「そうしよう」


「いや待てっ。そう言えば先程班長が副長と上級兵長と話しているの見たぞ」


「何? とゆう事はあの男の言っている事は本当か? 近くに御三家の方がおられるのか?」


「では何故あの男がここにいるんだ? 伝令役か?」


「取り敢えず無視でいいのではないか? 何か動きがあったら捕縛すればいい」


「そうだな」


「取り敢えずそこの男何もせずにじっとしていろ。副長からの連絡があれば後で違う場所で聞く」


 違ーう。

 話しが違ーう。兵士の間で話しが勝手に進んでるー。

 どうしよう、どうやってこの場を切り抜けよう。

 うーん……、うーん……、……もうこれしかないか……。


「…………本当にすいません」


「ん? 何だ?」


 潤平が俯いて喋ったことで声が聞き取り辛くなり、兵士の一人が潤平に近付く。

 その瞬間潤平は、近付いてきた兵士の首根っこを掴んで持つとそのまま地面に叩きつける。

 物凄い力で首を防がれて地面に叩きつけられた兵士は、白目を剝いて気絶してしまう。


 それを見た他の兵士が反応しようとするが、その前に素早く動いて一人は横蹴りで頭を蹴って、もう一人は肋骨の辺りを殴って意識を絶つ。

 最後の一人は、どうにか武器を抜いて魔法を潤平に向かって放ってきたが、軽くそれを躱すと顎を拳で打ち抜いて気絶させた。


 路地裏での一瞬の攻防に、立っているのは潤平だけになる。

 潤平はこんな事をするつもりでは無かった、と思い大きく溜息を吐くと、倒れている少年の安否を確認する。

 纏っているぼろ布を捲って顔を見ると虚ろな目をした少年と目が合う。

 少年の目には段々と光りが戻ってきて、潤平の事を認識したと思った瞬間。


 オロリ。

 少年はその場で吐いてしまった。


 そして少年はそのまま力なく、ぐったりとして意識を失ってしまったのだった。

 まさか自分の顔を見て吐かれるとは思ってもいなかったので、潤平はこの状況に困ってしまう。

 

 周りには意識を失った兵士、目の前には吐いて意識を失った少年、潤平は色々とめまぐるしく頭の中で考えた結果彼らを全員抱えて戻ることにした。

 大人四人と少年一人。

 彼らを脇と背中に抱えて歩く。

 抱えることは余裕だが、どうしても持ちづらくて何度も持ち直してしまう。

 そのまま五人抱えてヨタヨタと歩いていると、遠くの方から馬の蹄の音が聞こえてくる。


「潤平殿!」


 今日ずっと、護衛を共にしていたミオリの側近の上級兵長と呼ばれる人物が、兵士を引き連れてこちらに向かって来てくれていた。


「あ~っ、助かりました~」


 五人を抱えて走るのは動きづらかったので、潤平は人手が来てくれた事で大いに助かる事になる。

 潤平はそのまま上級兵長と何があったのかを、話してこの場は納まる事になる。




「職務放棄をして本当にすいませんでした」


 土下座をして謝罪の言葉を口にする潤平。


 ここは第二区画に点在している軍の駐屯地で、第二師団の本拠の団長であるタマヨの部屋の中に皆勢揃いしていた。

 そこで、潤平はルリの護衛とゆう任務を放り出して、自分の私情を優先した事で、機嫌の悪くなったルリの機嫌を戻すために、必死になって頭を床に擦り付けて謝っている最中だった。


「自分の私情を優先させて本当にすいませんでした」


「………………それだけですか?」


「主であるルリさんの護衛を放り出して、それといきなり大声を出して驚かせて本当にすいませんでした」


「はあっ」


 二人のやり取りを見ていたタマヨが溜息を吐く。


「もういいわよルリ。二人の夫婦漫才は飽きてきたわ、そこら辺で終わりにしてくれないかしら」


「めっ!? 夫婦漫才って何ですか!? 私はそんなつもりでやってる訳じゃありません!!」


「……夫婦漫才?」


「潤平さんは余計な事を気にしなくていいんですっ!!」


 タマヨに余計な一言を言われ、ルリは顔を赤面させてタマヨについ言い返す。その際潤平が余計な一言に反応したせいで、ルリが怒って潤平は上げた頭を慌ててまた元の床に戻す。


「確かにそんなのは屋敷に帰ってからやればいいのにゃー、今はそれよりも気になる事が沢山あるんだにゃー」


「そうそう、報告しなきゃいけないことはまだあるんだし、屋敷に帰ってからやりなよね」


 ピー男爵とミオリの二人も、潤平とルリのやり取りを見てて飽きてきていたので、ここに来た本来の目的に話題を戻そうとする。


「……もういいですっ」


 ツンッとして完全に拗ねてしまったルリを見て、タマヨとピー男爵とミオリの三人は諦めたように笑う。

 潤平も久し振りに見たルリの少女っぽい所に笑いそうになるが、ルリに睨まれたので真顔になる。


 その目には誰のせいでこうなったと思ってるんですか?

 ああん? とゆう意思表示が込められている気がした。


 潤平は当事者の立場なので今は自粛することにした。



「それで兵長報告を」


「はっ!」


 今日ずっと護衛のために、潤平達の傍に居た兵士とは違う兵士が報告のために口を開く。


「現場を確認した兵士によると、第二区画の中央区にある屋敷から複数人の死体が確認されたとのことです。まだ捜査中でありますが、死亡したのはこの屋敷の主人とその一家の者達、それと数人の使用人の者達だそうです」


「気絶している彼の事は?」


「はい。当時屋敷の中から悲鳴を聞いた近所の者が、付近を巡回していた兵士に通報した所、扉を壊して中から逃走した者がおりまして、それがその少年だったので重要参考人として追っていたものと思われます」


「なるほど。他にはありますか?」


「はい。屋敷の中や死亡した遺体を調べた所、遺体には魔法で殺された形跡がなく、全て首や胸を刃物で刺された形跡があった事から、刃物による殺害だとすると思われます。そして屋敷を調べていた兵士によると、生き残った人物がいたのでその者に詳しい事情を聞いているところであります」


「……そうですか。報告ありがとう引き続き捜査に当たってください」


「はいっ。失礼しました」


 報告を終えた兵士が扉を閉めて出て行くと部屋の中には静寂が訪れる。それを最初に破ったのはタマヨだった。


「……頭が痛いわね。例の貴族殺しの件だけではなく一家殺害事件と来たわ、これでは休む暇もないしお父様の無実の証拠を掴む暇もない」


「……タマヨ、今回の件は貴族殺しの奴とは違う奴だろう?」


「ミオリ様それはどうゆうことですか?」


 ルリの質問に、ミオリはチラリとタマヨの顔を伺うとタマヨは軽く頷く、それだけでミオリは何が言いたいのか分かったようだった。


「実はねこれは極秘の事なんだけど、貴族殺しの殺害方法はもっと違うやり方なんだ」


「それはどの様な?」


「毒殺だよ。貴族殺しの全てが毒によるもので死んでるんだ。だから私達もその線を調べてはいるんだけど……、これが中々に難しくてね捜査が難航しているんだよね。貴族の方には警告は促しているんだけど、被害は増えるばかりだろ? 結構貴族の方に突かれてきていてね。面倒くさいよね本当」


「私も今回の件は貴族殺しとは関係がないと考えています。全く違う方法による殺害方法なので完全な別の事件だと考えています」


「そうなのですか」


 ルリはその説明を聞いて納得したようだった。

 潤平がふんふんと頷いているとルリと目が合う、その際ルリは拗ねた目付きで潤平を睨んでいて、まだ完全には許していないのだと思われた。


「それで潤平君は何故その事件に関わりのある少年を、可愛い自分の主であるルリを差し置いて追い掛けたのかしら?」


「お姉様っ」


 潤平が下を向いてしょぼくれていると、タマヨから潤平の奇行について説明を求められる。

 その際タマヨはルリの事を軽く茶化すのを忘れない。

 ルリも自分がからかわれたと分かって、軽く頬を染めながら自分の姉を窘める。


「えっと、昔の知り合いだったので…………、追い掛けました…………」


「潤平君の昔の知り合い……?」


 潤平の言葉に、潤平がこの世界とは違う世界から来たとゆう事情を知っているタマヨは、気になって首をかしげる。

 その際のタマヨの動作がルリにそっくりだなと思った潤平は心の中で笑う。

 勿論表情には決して出さなかった。もし顔に出たとしたらルリだけでなくタマヨにまで詰められてしまうので、そんな面倒は避けたかった。


「…………盗賊のアジトを殲滅する前の話です。偶々アジトの周りで獲物を探していた彼ら兄妹が俺を襲ってきた事があったんです。まあそれ事態は軽く撃退しましたけど、その際仲良くなって彼等のアジトまで案内させたんです。その時に盗賊のアジトを知りました」


「そうなの。そこで盗賊を殲滅させてルリ達を助けたと言う訳ね」


「そうです」


「その後は、どうしたの?」


「アジトに乗り込む前に彼等とは別れました。彼等も身内を売った事になるのでアジトには戻れず、都を目指すと言っていました」


「……待って、君は今彼等兄妹って言いましたね。ここに寝ているのは少年一人だけですが……」


「それが俺も彼を捕まえた後思い出していたんですが……」


「先程の報告には一家皆殺しと言っていましたね、とゆう事はその中に含まれているかもしれないと?」


「………………かもしれません。悲しいですが……」


「それでは彼をどうするつもりですか?」


「…………」


 タマヨの質問に潤平は言い辛そうにすると、ルリを見て一言呟く。


「屋敷に匿ってもいいですか?」


「「却下です」」


 タマヨだけではなくルリにまで即座に否定され、潤平は渋い顔をする。





 



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