第四十一話 通して見た景色
「この板材に手を触れて、魔力を流し込んでみて下さい」
潤平はカントウさんに言われた通り、テーブルの上に置いてある板材にそっと手を置いてみる。思ったよりもつるつるとしている感触が指の先から伝わってくる。
魔力を流し込む前に緊張で手汗をかいていた分、板材に汗が少し吸収された気がする。
いや気がするとかじゃなくて、実際に触れた所がじっとりと湿っている。
潤平の周りの人達が固唾を飲み、ピー男爵に至っては興味の度が越えすぎてテーブルに身を乗り出してる。
そんなに皆して見ないで欲しい。
物凄く緊張するから…………。
潤平は板材に触れている指の先から、魔力をそーっと流し込んでいく。
前の反省を生かしていきなり膨大な魔力を流し込むのではなく、優しく慎重に自分の魔力を流し込んでみる。
するとじわじわと板材に魔力が吸われている感覚がして、潤平は魔力を流し込みながら心の中でその感覚に驚く。
板材の見た目は変化が見られないのに、潤平の感覚では密度の高いスポンジに水を吸わせるかの様に、どんどんと魔力が吸われていくのが分かり不思議な感覚に感じる。
やがて板材が魔力をもう吸い込めないと感じると、潤平は板材からゆっくりと手を離した。
するとほんの微かに板材が淡く光っている気がした。
「………………光ってる」
「おお! 潤平さんにはそう見えますか!」
「えっ? 皆には見えないの?」
「周りが淡く光って見えるのは、その人が魔力を流して素材と相性が良かったと分かる証拠です。ですので潤平さんの魔力とこの板材は相性が良かった訳ですな」
「俺の魔力と…………」
潤平は淡く光っている板材を、指で摩るように軽く撫でる。
「取り敢えずほっとしました。ああは言いましたが紹介した手前、相性が良くなかったらどうしようかと思っていたので」
カントウは緊張から解放された様で、大きく息を吐いて強張っていた体から力を抜く。
「駄目だにゃー! もう我慢出来ないにゃー!!」
その時テーブルの上に身を乗り出して、潤平の様子を見てたピー男爵が板材に勢い良く飛び掛かる。
「スリスリするにゃー!」
そして板材に自分の体を擦る様に擦り付けると、ただの猫のように何度も何度も板材に自身の体を擦り付けていた。
「ちょ、ちょいっ!?、何してんの!?」
潤平は板材に自分の体を擦り付けているピー男爵を引き剥がそうとするが、ピー男爵が板材から決して離れまいと爪を立てて抵抗する。
「ちょっと!? 爪! 爪立ってるから!? 傷つけないで!?」
「嫌にゃー! もう少しスリスリするにゃー!」
そうして格闘すること十分、ルリとフミの力を借りて何とか板材からピー男爵を引き剥がす事に成功する。
「…………ごめんなさいだにゃ。どうしても抑えきれなかったにゃ…………」
テーブルの下では自責の念に駆られて、反省してしょんぼりしているピー男爵がいた。
折角の貴重な板材を傷付けてしまった事に、申し訳なくなり今まで潤平が見たことない位反省している。
「……いやいいよ、俺もちょっと不用意だったし」
潤平は自分の浄化の魔力のせいでこうなってしまったと自覚していた。
きっと板材に浄化の魔力が組み合わさった事で、ピー男爵の獣の本能? (妖精なのに獣の本能とか有るのかな)的な奴が刺激されたんだろうと考えている。
どうしても浄化の魔力は人を落ち着かせ近寄りたくなる性質があるため、妖精のピー男爵がこうなってしまうのは仕方がないことだと言える。
別に傷が付いたと言っても、表面を少し線が走った位の傷なので問題はないように思える。
「それでカントウさん。次はこれをどうすればいいんですか?」
「そうですな。素材と相性が良いと分かったのならば、次はこれを加工するための職人を探す事になりますな。腕の良い職人ならば勿論私が紹介できますが値が張ります。……どうなさいますかな?」
「お金が掛かるのか……」
潤平は自分のマナカードを取り出して、裏面に記載されている自分の貯蓄額を確認する。
そこには、八万七千三百と書かれていてとてもではないが、魔力媒体を作れる程の金額には足りない気がした。
「因みに確認なんですけど、この金額で作れたりしますかね……?」
「申し訳ないですが、最低でも数百万単位の資金が掛かりますので、例え会いに行ったとしても門前払いされるでしょう」
潤平のマナカードを見たカントウは渋い顔をして、資金が足りないことを告げてくる。
「デスヨネー」
とてもではないが足りない金額に、潤平は乾いた笑いしか出ない。
「そう言えば……、以前分け合った魔獣の素材は換金なされましたかな? それの分を入れればお釣りが来る程の資金が出来ましょうぞ」
パンっと潤平はカントウさんの言葉に反応して軽く手を叩く。
そうだ! 魔獣の素材を換金すれば良いんだ。
カントウさんと分け合った猿型の魔獣の素材も、前に守で討伐した魔獣の素材も、護衛をしていて討伐した魔獣の素材も全て換金すれば良いんだ。
ようしこれで資金の当ては出来た。
後は職人を探すだけだ。
「資金の当ては何とか確保出来たので、職人の方を紹介して下さい」
潤平はカントウさんに、職人の紹介をしてくれないかと頭を下げる。
「分かりました。我が商会が懇意にしている工房に連絡を入れときます」
そう言ってカントウさんは後ろに控えている使用人に合図を送ると、使用人は立ち上がり部屋から去って行く。
「話しは通しておきましたので、この後にでもその工房を訪れて下さい。案内には使用人を付けますので」
「ありがとうございます。それで何ですけども…………、この板材の代金なんですけどどれ位するんでしょうか……?」
潤平は気になっていた事を恐る恐るカントウに訪ねる。
国の天然記念物とも言える板材が、流石に無料で貰えると思っていないので、どれ程の金額になるのか気になってしまう。
もしも今、収納に入っている素材を全て売っても足りない額だとしたら、潤平は借金を抱える事になってしまう。
頭の中で色んな妄想を繰り返していた潤平だったが、カントウが不意に吹き出した事で現実に戻ってくる。
「はははっ。これは私からのお礼なのでお金を取るつもりはありません。以前私共を助けてくれた分の感謝の気持ちとして受け取ってくれれば良いのです」
「でもそれならピー男爵が貸し借りは無しだって前に……」
「ピー君はそう言ったかもしれませんが私共の考えは違います。これは私含め仲間達の命の値段だと思って下さい」
「お……」
「どうぞ受け取って下さい」
ちらりとルリとピー男爵を見ると頷いていたので、潤平は悩みながらも板材を貰い受けることにする。
「ありがとうございます。大切に使います」
大事そうにそれを収納に仕舞う潤平を、カントウさんはニコニコと笑顔で見守っていた。
その後は大事な目的が果たせたので、カントウとルリ達も交えてお茶を飲みながら談笑していた。
ルリはどうやら何か買いたい物があるらしく、隣の店から物を取り寄せたりして買い物を楽しんでいた。
そして良い感じに時間が過ぎた頃、潤平達はカントウの屋敷を後にする。
「またいつでもいらして下さい。潤平さんならいつでも大歓迎なので」
「ありがとうございます。また遊びに来ます」
「また遊びに来るのにゃー!!」
潤平達はカントウの屋敷を後にする。
次に着いたのは第二区画にあるこの国一番の魔法ギルドで、潤平はそこに魔獣の素材を売るために立ち寄った。
入り口には相変わらずでかい石像が建っていて、それに集まるように色んな人が石像の周りを囲んでいる。
しかし潤平達が用があるのは中なので、石像を迂回して建物の入り口に馬車を着ける。
潤平とスミレはそこで下りると馬車の扉を開ける。
中からヨリ、フミ、ピー男爵、ルリの全員が下りると、馬車をしまっておく。
ミオリと馬に乗っている者達は、魔法ギルドの横に備え付けられている馬車や馬専用の小屋に向かってそこで待機している。
ピー男爵の話によれば、素材の売却カウンターは1階の奥にあるため、そこまで皆で歩いて行く。
潤平は道中すれ違う人達から注目を浴びている気がした。
どう見ても貴族のお嬢様っぽい少女と使用人を引き連れて、魔獣の売却なんて似合わない所にいるのは目立っているかもしれない。
後は足下に可愛らしいピー男爵もいる。
衆目に晒されているのを我慢して、売却カウンターの所まで来ると、潤平は人の熱気と人数に押されて立ち止まってしまう。
そんな潤平の足下をチョイチョイと引っ張って、ピー男爵が開いている窓口を示してくれた。
潤平は我に帰ると言われた通りその窓口へと足を運ぶ。
「いらっしゃいませ! 売却希望の方ですか?」
「あ、ああはい。魔獣の素材を売却したくて……」
対応に当たってくれた職員は女性で、潤平達が集団で訪れても表情を顔に出さず、快活そうな笑顔で対応に当たってくれた。
全体的に小さな女性だが元気そうな笑顔が印象的に映り、潤平も釣られて笑顔になってしまう。
「分かりました! それではどの様な素材をお売りになられますか?」
「ああ、えーっと魔獣の名前が分からないので……、取り敢えずカウンターに出してもいいですか……?」
「はいどうぞ!」
潤平は収納から売るつもりの魔獣の素材をカウンターに乗せようと一つずつ出していく事にする。
「まずは、尻尾が二つに分かれている灰色の狼の死体五匹分と、巨大なスズメバチの毒針とその内蔵それが二十体分あります。群れを作って統率を取って襲ってきた魔法を出す巨体な虎、それが七対。それと川にいた時にそこら辺にいた巨体なカニ、これは五十体位あります。腕が四本あって物凄い膂力を持っていた猿型の魔獣、それが三体分あります。それととにかく長く俺を執拗に襲ってきた蛇、これが一体。手足が長い熊みたいな魔獣、これが親子会わせて四頭分あります。そして極めつけは巨大な怪鳥。恐らく全長十メートルは超えていて、俺を追っかけて来たので首を折って仕留めました。そしてよっと……乗るかなこれ? 最後に大型の猿型魔獣の素材があります。まだありますけど取り敢えずこれでいいかな?」
もりもりっと潤平が魔獣の死体を出した事で、辺り一面に魔獣の血生臭い匂いが広がる。
それを最後まで黙って見ていた女性の職員は、顔が引き攣っていてどんどんと顔が青くなっていた。
ピー男爵とルリは潤平の後ろで頭を抱えている。
「……………………せっ」
「やべっ、崩れてきそう」
「せんぱーーーーーーーーーーっっっっいっっ!! 助けてーーーーっっっ!!」
耐え切れなくなった女性の職員が、大声で叫んで他の職員に助けを求める。
「どうしたぁっっ!?」
その時窓口の後ろの扉が勢い良く開き、中から違う女性の職員が現れた。
「せんぱーーいっ!! 私には無理ですぅぅっっ!!」
最初の職員の女性は泣きべそをかいて、後ろから現れた先輩らしい職員の女性に縋り付く。
急に大声で呼ばれて駆け付けたと思ったら、目の前には魔獣の山が出来ていて後輩に泣いて縋られる。その女性はどうにかして事態を飲み込むのが精一杯だった。
「…………………………はあっ、こちらの素材纏めて査定することになりますと、それなりの時間が必要になりますがそれでもよろしいでしょうか?」
「………………ああ~、……はいそれで構いません。無理を言っているのはこちらの方なので、例え時間が掛かっても問題ありません」
魔獣の素材を売却するに当たって、話し合いを改めてすることになったのだが、今度は潤平ではなく代わりにルリが話し合いに応じていた。
ルリの相手をしているのは、後から現れた黒髪短髪の女性の職員で、その後ろに最初に対応した茶髪のポニーテールの女性の職員が控えていた。
彼女は泣き腫らした目でジッとルリの隣にいる潤平を睨み付ける様に見つめてくる。時折鼻をすすっているのが先程まで泣きべそをかいていた証拠になる。
そんな潤平は、自分がまた馬鹿なコトをやってしまった事で自己嫌悪に陥っていた。ピー男爵にも色々言われたりルリさんにもチクリと小言を言われた。フミさんに至ってはわざとらしく溜息を吐かれ心が傷付いた。
この上最近中が良くなった気がするスミレさんと、あまり接点のないヨリさんにまで何か言われたら耐えれないので、敢えてそちらの二人には視線を向けていない。
「……数日程度掛かると思われます。査定が完了しましたら日を追ってこちらから、記載された住所に完了した旨を送りますので確認の程をお願いします」
「ありがとうございます。これだけの素材を纏めと引き受けてくれて感謝の気持ちしかありません」
「いえこ私達は魔法ギルドなので。持ち込みされた素材を断ることは致しません。それに最初は驚きましたがこれだけの大口の取引を逃す程、私達も馬鹿じゃありませんので」
ルリさんと女性の職員の交渉は大詰めの段階に入っている。
その間も潤平はまだ自己嫌悪から立ち直れていなかった。
(………………やっちまったなー。普通魔獣の素材を売るってなったら解体をするのが常識だろうに、馬鹿な俺はカウンターにそのまま死体を置いちゃった。そんな奴いるか!? 職員の人を困惑させちゃったみたいだし、あれからずっと俺を睨んでいる気がする。なんでこー俺って考え無しにやっちまうんだろうなー)
ちらりと奥に控えている女性を見ると目が合い、その瞬間目つきが鋭くなった気がした。
はあ~っと小さく溜息を付くと、横に座っているピー男爵がそんな潤平を見て笑っていた。
「…………それではこれでよろしいかと。本日は大量の素材の持ち込み誠にありがとうございました。こちらの素材の査定我々魔法ギルドが精一杯頑張らせていただきます」
「こちらこそ御迷惑お掛けして申し訳御座いません。次からはこの様な事がないようにしますので」
ようやく話しが纏まった様で、ルリと女性の職員は握手をして話し合いを終わらせる。
(潤平様っ!)
まだぼーっとしている潤平に対して、ルリがこそっと小声で話し掛ける。
潤平はそれに気付いて慌てて現実に戻ってくる。
見るとルリと黒髪短髪の女性が潤平の方を見ており、その後ろで泣きべそをかいた女性も潤平をまだ睨んでいた。
「改めて私の名前はカラスマ。後ろの職員はツグミと申します。次からは何かあれば是非私達にお申し付け下さい。私達が対応しますので」
「はい…………。分かりました…………」
「それとあまりこの様な騒ぎを起こすのは他のお客様や職員の御迷惑になりますので、次からは控えて貰えますと助かります」
「はい……。分かりました……。迷惑掛けてすいませんでした……」
「それでは査定が完了しましたらご連絡を致しますので」
カラスマの言葉を最後に、潤平達は魔法ギルドを後にする。
「またのお越しをお待ちしております」
潤平達が馬車に乗り込む最後まで、カラスマとゆう女性職員はお見送りをしてくれた。その横にはツグミと言われた女性職員も立っている。愛想は少し足りなかったが……。
馬車に乗り込んだ後も潤平はしばらく無口で下を向いていた。
「先輩のお陰で助かりましたっ。先輩がいなかったら私一人で捌けなかったですっ!」
「そうかもな」
「それにしても困ったお客さんでしたっ。いきなりカウンターにあれだけの魔獣の死体を置くなんて全く非常識なお客さんですねっ、私が困った顔してもポカーンと抜けた顔をしてましたし、見れば私よりも年下っぽかったので常識の知らないガキですねっ」
「そうだね」
「そんな相手にもちゃんと対応する先輩は流石ですね。変わった相手の貴族っぽいお嬢様相手にも平然と対応してましたし、私ではこうは行かなかっただろうな~」
「…………」
「てゆーか先輩。どうしてあんなにしっかりと対応してたんですか? 先輩がそんな風にする要素は見当たりませんでしたけど、まあ特徴があったとすれば魔獣の量が物凄いあったくらいですけど、それ以外は別に今までの貴族様と変わらない気がしましたし……」
「……………………」
「……先輩っ! 私の話聞いてますかっ!?」
「…………これを見な」
カラスマはそう言って先程ルリが書いた書類の写しをツグミに見せる。
「…………これが何ですか?」
「そこに書いてある住所をよく見な」
「? 貴族様なので第三区画に住んでるのは普通じゃないですか?」
「もっとよく見な」
「?? 分かりません何ですか?」
「……お前魔法ギルドの職員なのに勉強不足だね。第三区画なのは分かりきったことさ。それよりもその先に記載してある住所がやばいのさ」
「何処ですかここ」
「そこは御三家様の屋敷がある住所さ。間違いない課長が前にお偉いさんと近くに行った事を聞いた事がある。彼女は御三家のお嬢様だ」
カラスマの言葉を聞いてツグミは驚愕して口をあんぐりと開ける。
「気合い入れなツグミっ。この仕事とちったら私らの首どころか魔法ギルドの信用を落としかねないよ」
そう言うカラスマは笑っていたが、額に汗をかいて端から見れば自分を追い込んでいる様に見えた。
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