第三十九話 近付くが決して辿り着かぬもの
辺りがすっかり暗くなり外を歩く人の数が殆ど無くなった頃。地球の時間軸で言えば午後の十一時を過ぎた辺り。
ある屋敷のある部屋で、ろうそくの明かりだけが灯ったそんな空間で男女が数人密会していた。
一人は元盗賊の頭をしていた男で名前はワドウと言った。
潤平にやられた深手を治すとためしばらくの間この屋敷で療養していたのだった。
もう一人の男は、ワドウの頼れる右腕で盗賊の相談役をしていた男名はハズシ。
透明になる魔法を使い潤平から制服を盗んだ男だ。
そしてその制服勝手に売り捌いた事で、潤平から並々ならぬ怨恨を受けている。
そしてこの場唯一の女性、名前はイチヨウ。
くノ一として腕の立つ女である男に雇われている。
潤平がアジトを襲撃した時、潤平に魔法で傷を負わせたくノ一だ。
そして最後の男だが、顔を隠しておりこの場にいる全員が顔を見たことがない。所謂新顔とゆう奴だ。
とにかく上背があり筋骨隆々で、一目見たら分厚くて太いそんな印象を受けるだろう。
そんな男はこの部屋に来てから一言も話していない。
後ろ暗い面々が灯りの少ない部屋で顔を付き合わせて密談している。
どう見ても人のためになる様な話をしに集まった訳ではないとゆう事が分かる。
「我が主が参られました」
その時、生気の無い青白い顔をした美しい顔の女性の使用人が、襖を開けて今回の密会の主催者が到着した事を知らせる。
「はっ、ようやく来たか遅えんだよ。じじいだから歩くのが遅えんじゃねぇか?」
ワドウは呼び出されてから、随分時間が経った事で少し苛ついて悪態を吐いてしまう。
その瞬間、襖を開けて正座をしていた使用人が、物凄い速度でワドウの方に振り返り、一瞬で腕が伸びてワドウの首を握り締める。
「ぐっ……ごぉっ……」
(何だ…………!? この馬鹿力は…………!! この女只の女じゃねえ………………!? 俺が振りほどけないなんて…………!?)
「我が主への愚弄は許しません!」
長い黒髪が逆立って広がり、目が限界まで開かれた女性の使用人は、自分の主人が馬鹿にされた怒りで我を忘れて、ワドウの首をギリギリギリギリと物凄い握力で握り締めている。
「げぇっ………………」
(やべえ…………!? 意識がっ…………!!)
両手を使って自身の首を握り締めてる、使用人の手を外そうとするがびくりともせず、次第に顔は赤色から紫色に変色していき口の端からは涎が垂れてきている。
「よしなさい」
声は襖の外から聞こえてきた。
男の老人が、怒りで我を忘れている使用人に待ったの声を掛ける。
主の声で、使用人の女性はふっと冷静さを取り戻すと、先程の様に生気の無い青白い顔付きに戻る。
「げはぁっ…………!! ごえっ…………!! おぇっ…………!! ぐっ…………!!」
「大変失礼致しました」
首から手が離れた事で、ワドウはようやく息が吸えて畳の上でのたうち回る。
そんなワドウに対して謝罪の気持ちが籠もっていない、形だけの謝罪を使用人は述べる。
「彼らは客人だ。丁寧にもてなしなさい」
「畏まりました」
襖の影から老人が姿を現す。
その人物を見て、ワドウは首を押さえたまま睨み付け、ハズシは小さく喉を鳴らし、イチヨウとごつい男は特に何も反応を示さなかった。
「まあ楽にしてくれ」
老人はゆっくりと彼らの前に正座をして並ぶ。
「さてとワドウ君とは初めましてかな。ハズシ君は声だけのやり取りは何度かしているから、初めましてではない……かな」
ワドウとハズシの二人を品定めするように、老人はゆっくりと眺める。その目は鋭く瞳の奥からは無機質な感情が伺えた。
そして老人が二人に挨拶をしている間、イチヨウとごつい男はスススッと老人の後ろに、丸で控えるかの様に移動する。
「……匿って貰った事には一応感謝はする。だがな俺達を一体どうしたいんだ? 屋敷に監禁でもするかの様に閉じ込め、あんたは姿も見せないし連絡も無い。こんな盗賊崩れの俺らに何をさせようってんだ?」
「……国からも討伐要請が出るくらいの、一端の盗賊団を率いていた長が盗賊崩れはないだろう。何君らに頼む事は簡単な事さ」
「何をさせるんだ?」
「時が来たら仲間を引き連れてこの都で暴れて欲しい。只それだけ事だよ」
「……都で暴れる?」
「そうだ。生き残った仲間でも良い新たに都で集めた者でも何でもいい。それらを引き連れて都で暴れてくれ。ああ後私の手勢を少し託すからそれも頼む」
「そんな事をしてあんたに何の意味があるってんだ」
「おっとあまり深く詮索しない方がいい。それ以上踏み込みすぎると、君とそこの片腕が無くなってしまう」
「…………」
「まあ一つだけ言えるとしたら私には欲しいものがある。それはね…………明日だ。……私はどうしても明日が欲しい。そのために騒動を起こすのだ」
「………………」
「どうかね……? 報酬は君等の前科と手配賞の完全削除。それと私からの金品、ああ……暴れた際にそこら辺から奪った物は全部君の好きにしていい。それでどうかね……?」
「………………………………」
「やる気になったかね?」
「どちらにせよ、あんたに関わった時点で俺らに選択肢はねえ。やるしかねえだろうが」
「そうか……頼もしいよ、私の期待に応えてくれたまえ。そうだハズシ君、……あれの所在は判明したかね?」
今までワドウと会話していた老人が急に、自分に話を振ってきた事でハズシは一瞬戸惑うが、遅れて老人の質問に返答する。
「あ、ああはい。前に連絡を受けて見に行った時は邪魔が入ったので分かりませんでしたが、情報によるとこの都に入っていると聞きました。なので明日にでも貴方の前に現れるのではないでしょうか」
「それは重畳。……大事にした甲斐があるとゆうもの。それが揃いさえすれば後は時が来るのを待ちましょう。何……近い内に動き出せるでしょう。イチヨウとラショウは引き続き指示していた通りの働きをして下さい」
「はい」
「……」
「それでは私はこれにて帰るとします。その時が来たら私からイチヨウに連絡をします。貴方方はそれまで使えそうな仲間を集めといて下さい。……それでは」
そう言って老人は部屋から出て行った。
先程ワドウの首を絞めた女の使用人が、襖をタンッと締めると薄暗い部屋の中には四人が残った事になる。
「くそっ! 何つー馬鹿力だあの女っ。もう少しで窒息するどころか首の骨が折れて死ぬとこだったぞ!」
「ワドウ君が変な事言うからでしょう? 勘弁してよね余計な波風立てないでよ」
「頭ぁ、首にくっきりと手の後が付いてますぜ」
ワドウは手の後がくっきりと付いた自分の首を指でさすりと撫でる。
傷が有るわけではないから、指の感触が変わるわけではないが締められた所が妙に熱く感じた。
ワドウは傍に置いていた酒瓶を強引に掴むと、そのまま勢い良く飲み干す。
「はあっ。……それに手勢を引き連れて暴れろだあっ? 一体何をしようってんだ?」
「それはお館様にも言われたでしょ。あまり深く詮索しないこと、じゃないと君等二人とも物理的にゴミになっちゃうよ?」
「けっ! 盗賊なんて元々ゴミ同然の様なもんだろう? それが死ねば只のでかいゴミになるだけさ。それで? ハズシ。俺ら以外に生き残った団員はどれ位いる?」
「この都に情報収集のために残していた数人と、色んな場所に潜伏させていた数人を会わせても二十人にも満たないですぜ。もしあの人の言うとおりにするのであれば、サムライや第二師団とやり合う事を考慮しても、数百人規模の人数が必要ですぜ」
「半月前までは、二百人近くいた団員が十分の一にまで減ってるのか。これもあのサムライのガキのせいだ、あいつだけは俺の手で始末しないと気が済まねぇ。受けた借りは倍にして返してやるっ」
「取り敢えず都にいる団員には招集を掛けてます。問題はどうやって頭数を増やすかですぜ。それもある程度腕の立つ奴を入れなきゃならない、そんなすぐに集まるもんですかい?」
ハズシの言葉にワドウはちらりとイチヨウを見る。
目線を受けたイチヨウは、懐から数枚の紙を出して四人の中心にそれを置いた。
「これは?」
「ワドウ君から事前に話を貰っていたのさ。ここには都にいる盗賊や後ろ暗い商売をしている者の情報とある程度の所在地が書かれている。こっちの紙には弱みを握っている師団所属の兵士の情報が書いてある。取り敢えずここからある程度の人数は選べると思うよ」
「それと足りない分の人数は都周辺の盗賊団から引き抜けばいい。その盗賊団の中心人物達を連れてくれば問題ないだろ」
「そいつらに断られたら?」
「んなもん力尽くで連れてくればいい。幸いここら辺で俺らより力のあった盗賊団はいないからな。俺とハズシとそこのでっかいあんちゃんを連れてけば事は足りるだろう。その間にイチヨウが使えそうな人物を集めればいい」
「簡単に言うけどね、こんな奴らの相手をするのは疲れるんだからね。この前だってワドウ君が言っていた強弓のうんたら君。あれだって物凄い面倒くさい話し合いだったんだから」
「事前に言ったろ? 物凄げぇ面倒くさい性格だって、その分あいつが味方に付いたら頼もしいのはこの上ねえ。だから間違いじゃなかったと思うぜ」
「盗賊団の方はどの位の数を引き抜くつもりで? あまりにごっそりと盗賊団が急に無くなったら師団の連中に怪しまれませんか?」
「いつかは気付くだろうがすぐには気付かないだろうな。何せ今は別の事件に掛かりっきりの筈だ」
「なるほど。例の貴族殺しですか」
「その件は俺が関係ない所でやってるらしいが、イチヨウによればまだ続くらしいからな、その事件に夢中で師団の奴らは盗賊団が幾つか潰れても気にしないだろうさ」
「そっちはあの方に言われて別の奴と私が動いているからね。君等はあの方に言われた通り仲間を集めて、その時が来たら暴れるだけさ」
「取り敢えずこの屋敷から出て、大二区画のどこか目立たない場所に俺らの拠点を作るか。後はそこで話し合いをすれば良い」
「ではすぐに都に残している他の面子に伝えて、拠点になりそうな場所を探させときます」
「おう頼むわ。それまでの間今日か明日か分からんがゆっくりとこの屋敷で休むとするわ」
「私はあの方に言われた仕事があるし、ちょっと行きたい所もあるからキミ達とは一旦お別れだね。次会うのはあの方から連絡がある時かな? それじゃまたね」
イチヨウはそう言って襖を開けてこの部屋から出て行く。
「……てゆーかよぉ、さっきからこのあんちゃん一言も喋らないけど何でなんだ?」
「……確かに、顔も隠しているから表情も見えないですし、
ピクリとも反応しないですからね。かなり不気味ですぜ」
イチヨウが去ってから、ワドウとハズシがこの場にいるもう一人の人物、 老人はラショウと言った。
唯一名前だけ判明している男について、こそこそと小声で話していると、ラショウは懐から何やらごそごそと取り出すと、それをワドウの目の前に差し出す。
「お、おお? 何だこれは?」
「………………」
手の平を開けると、そこには紙に包まれた塩まんじゅうが入っており、どうやらそれをワドウにくれる様だった。
「あ、有り難くいただくぜ」
ワドウはそれを受け取ると、お礼を言って口の中に放り込む。
ラショウはハズシにも塩まんじゅうをくれ、ハズシも遠慮がちにそれを貰う。
「す、済まないな」
「………………」
そんなラショウを見て二人はどこかやりづらさを覚えるのだった。
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