第三十八話 泣く者と笑う者
潤平が縁側でぼけ~っとしながら胡座を組んで呆けていると、隣の部屋が騒がしくなりルリ達が、ナオイエを見送って戻ってきたのだと気が付いた。
そのまま縁側で待機していると、テコテコと歩いてピー男爵が潤平の元にやって来て、日当たりの良い場所に座った。
「にゃー、とても緊張したにゃー。ナオイエ様と話すの何て久しぶりだから緊張で体がカッチコチにゃー」
ピー男爵は寝転んで陽光の下で体をのびーっとほぐすように伸ばすと、大きなあくびをする。
そしてそのまま大きく伸びた体勢で横になる。
潤平はいつもの事なのでそれを横目に流し見るだけ。
少し経つとルリが隣の部屋から潤平の元にやって来た。
何故わざわざ依頼主である、今は潤平の主人のルリが、フミを連れて縁側にまでやって来るのか分からないが、潤平は只黙ってルリをジッと見詰めている。
「あ、あの……私の顔に何か付いてますか?」
潤平がルリの顔を真剣な顔付きでいつまでも眺めているものだから、ルリは恥ずかしくなり白い頬に血色の良い色合いが色付く。
ルリはどうやら先程の服装から着替えたようで、少しラフな着物姿になっていた。
桜色の着物がとても似合っていて可愛らしい。
「ルリさんって凄い人だったんですね」
「な、何でしょうか急に……、どうしたんですか……?」
急に潤平の口から、自身を褒める言葉が出て来てルリは対応に困ってしまう。
「いやあんな顔の威圧の凄いお爺さん相手に、引かずにハキハキと喋れるなんて凄いなーと思って。やっぱり本物のお嬢様なんだと思って」
「…………」
潤平の言葉にルリは一瞬思っていたのと違う反応をするが、表情を切り替えると潤平の近くに座った。
「そんな事はありません。私はナオイエ様の話を聞くので精一杯でしたし。これがお姉様やお父様ならもっと気の利いた対応をするでしょうし、仕事の話ももっと円滑に進めれると思います。その証拠にナオイエ様は私に対して孫に接する様に対応なさっていたと思います」
「そうなんですか?」
潤平から見たら、ちゃんとした対応に見えていただけにルリの言葉を聞いて驚く。
「はい、ナオイエ様はお優しい方なのでわたしに対してもお優しい対応をして下さいました。とても器の広い方です」
「そうは見えなかったですけどね…………」
「…………ふふっ。私が小さい頃、御祖父様と話をしている所を何度も目撃していますが、ナオイエ様が本気になるとその場の雰囲気が一瞬にして締まる感じがします。御祖父様は平気だったようですが私達は凛々しいナオイエ様を知っているので、あの程度ではちゃんとした対応とは言えませんよ」
そこまで言ってルリは顔を暗くして俯く。
「……それに私はちゃんとしたお嬢様ではありません。お父様の身の安全を確保出来ませんし、お姉様の力になる事も出来ません。私は不甲斐ない出来損ないのお嬢様です。牛蒡も食べれませんし魔法の才能もありませんし」
しまった。
潤平はルリの地雷を踏み抜いてしまった事に気付いて、渋い顔をする。
ちょっとだけだが彼女の事が分かってきた気がする。
彼女はいじけモードになるとどんどんと暗くなって行き、自分の世界に入ってしまう傾向にある。
最初の内はそういった様子は見せなかったが、最近少しづつそんな様子を見せてくれるのだが、それがルリの中で気を許したって事になるのか、嬉しいのか難しいのか分からない気持ちになる。
ちらりとフミさんの顔を見ると、無言で頷いているのでこれは潤平が責任を取って戻して下さい、と言われている気がした。
潤平は覚悟を決めるとこれも護衛の仕事の内だと割り切る事にした。
「……そんな事はないと思いますよ。実際僕の目から見たらルリさんはしっかりとあの老人相手に対応出来ていましたし、それに自分の父親を助けたいとゆう気持ちはちゃんと伝わりました。あの老人もそれを見て力になってくれると言ってくれたのでちゃんと伝わった筈です。」
「……」
「それにルリさんはやっぱりちゃんとしたお嬢様ですよ。今だってこうやって家のお仕事をやってますし、毎日勉強してますし魔法の訓練だって欠かさずやっています。遅刻や寝坊をしたこともありませんし牛蒡だって、嫌いだと言いながらちゃんと食べてるじゃないですか。だからもっと自分を認めて褒めてあげて下さい」
「……でもこの前寝坊したじゃないですか」
「それは具合が悪かったからじゃないすか、そんなのは俺の中では数える内に入りません」
「……本当ですか?」
「ですです。ルリさんは立派なお嬢様ですよ」
ここまで言ってようやく、ルリはいじけモードから立ち直り表情に明るさが戻った。
ルリの後ろでは、フミさんが無表情ながら満足げな顔をしていて、潤平の言葉は間違ってなかったみたいだった。
やれやれ護衛の仕事も楽じゃないぜ…………。
まあ、ルリさんの笑顔が見れるならやった甲斐はあるか。
そのまま、潤平とルリは縁側に並んで座り少しの間休息をする。フミはどこからか櫛を出すとピー男爵の体を優しく毛繕いする。
しばらくは四人で中庭でまったりと過ごしていると、ヨリとスミレが廊下を歩いてきて、もう一人後ろに誰か付き添って歩いているのが見えた。
「どうもどうも、ルリちゃんこんにちわっす。フミさんもこんにちわっす」
「ミオリさんこんにちわ。今日も元気ですね」
「ミオリ様こんにちわ」
その人は元気にルリとフミに挨拶すると、続いて潤平に目を向ける。
「護衛の君もこんにちわっす」
「ども、こんにちわ」
この人はミオリさんと言って、タマヨさんが最も信頼してる腹心で第二師団の副兵長を務めている人らしい。
少し茶髪掛かった髪色をしており、短い髪の毛を奇麗に切り揃えて後ろで少し縛っている。
着物でそうは見えないが、引き締まった体をしており柔軟そうな筋肉が付いている。潤平はイメージするとしたらガゼルのイメージが頭に浮かんだ。
ミオリは人一人分開いていたルリと潤平の間に強引に座ると、体を捻じ込むようにして間に入ってくる。
「……ちょっと何でここに来るんですか。もっと他に場所はあるでしょう」
「ふっふーん、少年幾らルリちゃんの護衛だからって、こんなに近いのはお姉さんが許さないぞ~。もう少し護衛としての自覚を持ち給え」
「そんな事言っても……」
近付いてきたのは、その依頼主であるそこのお嬢様なんですけどね。俺は最初からここに座っていて後からそこのお嬢様が横に座ってきたんですけどね。とは面と向かって目の前の人物に直接言えない潤平だった。
「ミオリさん、私が勝手に潤平様の隣に座ったのです。あまり潤平様を責めないで下さい」
「おお~っ、ルリちゃんは可愛いね~只の護衛の事も護ってあげて、お姉さんがルリちゃんの事を沢山褒めてあげるっ。お~よしよし」
そう言ってルリの肩を抱いて引き寄せて、頭を優しく撫でて上げるミオリ。
ルリはそれを嫌がりつつも、どこか恥ずかしく受け入れている。
「それでミオリは今日は何の報告をしに来たんだにゃー」
それを横になりながら見ていたピー男爵は、勢い良く起き上がりミオリに向かって質問する。
「あっそうそう。今日の報告を忘れてた」
ミオリはルリから手を離すと、パンっと手を叩いて本来のここに来た目的を思い出す。
「タマヨからの報告によると、何人かの貴族がこちら側に付いてくれるそうだ。少ない味方だけどいないよりはましらしくて、引き続き他に味方になってくれそうな有力な貴族を探すって。それとまだ首謀者の尻尾が掴めないらしい。これだけの貴族が絡んでいるのに肝心の計画を企てた中心人物が見えて来ないらしい。その辺は引き続き調査するって」
「ふむふむ他には?」
「後はまた貴族の当主が殺されたらしい。しかも今度は屋敷にいる親類と使用人纏めて殺されたって。それは第三師団と連携して調査するって」
「そうかにゃ。酷いはなしだにゃ」
「まったくね。動機も怪しい人物も何も分かってないから捜査は難航しているっぽいよ。殺された人達にも繋がりがないっぽいし。後は第一師団のサムライ共がタマヨの所に訪ねて来た位かな」
「…………にゃ? 最後に情報をぶっ込んできたにゃ。何で将軍家お抱えの第一師団のサムライがタマヨの所に訪ねてくるにゃ?」
「んとね。私もその場に居たんだけど、どうもタマヨに用があったみたいだよ。次の将軍が早めに決まったらしくてそのために御三家の当主、今はタマヨが代理だけど。そのための緊急会議と儀式のための神器の確認みたいだった。それだけ確認したらすぐに帰って行ったけど。別にタマヨに何か尋問するとか罪を責めるとかはなかったけどね」
「そうなのかにゃ、もう次の将軍様が決まるのかにゃ。僕が予想していたよりも早く事が進んでいるにゃ」
「まあ亡くなられた先代の将軍様には嫡男が一人しか居なかったからね。以外と話は楽に進んだのかもしれないよ」
「にゃー。てことは正式にその嫡男が将軍に任命されたら、タマヨ達が置かれているこの状況も少しは風通しが良くなったりするのかにゃ?」
「どうだろうね。先代は話しの分かる人でタマヨの父君にもお優しい人だったけど、嫡男の方はそこら辺どう考えているか私にはさっぱり分かんないね」
「…………あの~、私は御嫡男の方に直接お目通りしたことはないのですが、どの様な方なのでしょうか?」
「ああルリちゃんはまだ会ったことはないのか。ん~…………こう言っては失礼に値するかもしれないんだけど、凄く普通の人って感じだね」
「普通のお方ですか?」
「うん。私達は同世代で何度かタマヨに引き連れられて、他の御三家の同世代の奴らと交流したことあるんだけどさ。その時の印象が優しいお方って感じで、普通に笑って普通に喋って普通に感動してたね。私達の会話にも普通に混ざってたし。凄く優しい普通の人だった。」
「そうなんですか」
「後、本人達は気付いてなかったぽいんだけど、ナオイエ様のお孫さんのお嬢さんに惚れていたっぽいよ」
「カリンさんにですか!?」
「あ~違う違う、そのお姉さんの方にさ。どっちもお互いに思い合っていたぽいんだけど、中々その関係がね進まなくて見ている私達は少しは焦れったかったかな」
「はあ。お姉様はどんな気持ちだったんでしょう」
「ん? タマヨ? 無い無いあいつはね昔は超が付くほどのかったい人間だったからね。そうゆう恋愛感情とか一切持ってなかったと思うよ。実際一人だけそうゆう空気に気付いてなかったし」
「お姉様…………」
「まあとにかく次の将軍はそのお方になるって訳。そのためにサムライがタマヨの所に訪ねて来ただけさ」
ミオリは軽い感じでそう締め括る。
話しについて行けない潤平は途中から、飽きてきて縁側から離れて中庭で腕立て伏せをしている。
魔法の訓練もいいが、やっぱり基礎体力と筋肉を付けるためこうゆう事はやっといた方がいいと潤平は思って、前から腕立てをしている。
決してミオリが潤平に近付き過ぎたため、いたたまれなくなって中庭に逃げた訳ではない。
何かこの人距離感近いんだよな。
ルリさんに近付くなって言って自分は俺に近付いてくるし、こちとら思春期真っ盛りなんだからそうゆう事は勘弁してほしいよ。四百八十二……、四百八十三……。
「と、タマヨから預かった言伝は以上です。私は引き続きこの屋敷の警備責任者の仕事に戻りますっ」
「そうですか。お疲れ様です」
ミオリが引き続き仕事に戻ると言ったので、ルリが労いの意味も込めてミオリに労りの言葉を送る。
「…………」
「…………」
しかし何時になってもミオリはその場から動こうとしなかった。
「…………あの~、ミオリさん? お仕事には行かれないのですか?」
「うん? もういるよ? 屋敷の警護もしてるし何よりルリちゃんの警護もしなくちゃいけないからね。私はここにいるのが一番いいのさ」
「そうですか……」
ルリはその言葉にどこか溜息をつきたくなる気持ちになる。
「しっかし君は本当に疲れ知らずだね、人間がそこまで自分を追い込めるなんて見たことも聞いたこともないよ」
ミオリはさっきからずっと腕立てを繰り返してる潤平に向けて喋っている。
神様によって強化されたこの体は、常人の何十倍も動けるし、ほとんど負傷せず毒も効かない。正にスーパマンの体になっているのだ。
それでもこの世界で傷つけられた事もあるし、一応疲れも感じる。こうして腕立てをやってはいるが筋肉痛だってちゃんとある。
まあ少し寝たら全部回復しているが。
腕立てが二千回に届きそうな辺りで潤平は腕立てをやめた。あまりやり過ぎると前みたいにハイになって、何処までもやり続けてしまう。
前にそれで酷い目にあった。一時間経った頃に物凄い筋肉痛が襲ってきてしばらくプルプルと震えたまま、固まって動けなってしまったからだ。
あの時は筋肉痛の痛みと自分の馬鹿さ加減にに涙を流した。
自分の体の限界を確かめるために、一万回を越えても腕立てをやめなかったんだから。あんな経験は二度とごめんだ。
「暇だったからやってるだけっすよ」
「暇だからって、そこまで自分を追い込む奴はいないと思うけどね」
だって本当に暇だったんだもん。
そう思わずにはいられない潤平だった。
どこからかスミレさんが濡れた布巾を持ってきてくれたので、スミレさんにお礼を言って顔から出ている汗を拭う。そして流れるような動作で布巾を潤平から受け取ると、スミレは代わりに竹筒に入った水を潤平に手渡す。
「ぷはっ。おーし今度は魔法の練習じゃい」
続け様に魔法の練習をする潤平を、ミオリは呆れて眺め、ルリとフミは黙って見詰めスミレは少し心配そうに見て、ピー男爵はまた何かやるんじゃないかとワクワクした目つきで眺めていた。
潤平はそんな視線を受け止めて、新しい魔法の練習に取り組み始める。
そして数秒後には大きな音を出して、門の外で屋敷の警護に当たっている人を驚かすのだった。
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