第三十七話 現役当主
ルリの護衛役に任されタマヨが自分の職場に戻ってから二日が経った。
あれから特に何も騒動は起きず、ルリの体調も前よりも良くなり落ち着いた日々を過ごしていた。
そんな中潤平は大きな変化を遂げる。
ソフトボールサイズまでにしか縮まらなかった初級魔法が、ようやくゴルフボールのサイズにまで縮む様になったのである。それも二個も。
この大きな進歩に潤平は飛び跳ねて喜んだ。
それを見守っていたルリとスミレとフミも、潤平が魔法の熟練度が上達している事に喜んでくれた。
ピー男爵とヨリはいつものように普通に振る舞っていたが。
これで魔法を一つだけ出そうとしても、馬鹿げた出力で出すことも無くなったのである。
ようやく繊細な魔力のコントロールが出来るようになってきたと潤平は実感する。
けれどもまだまだ道のりは遠い。
二つ出来るようになったと喜んでいるが、言い換えればまだ二つしか魔力のコントロールが出来ていないとも言える。
潤平は更に熟練度を上げていくため、魔法の修練にのめり込んでいく。
そこから更に一日が経った頃、屋敷にタマヨの部下が来て屋敷の警護をすることになった。
屋敷には数十人の部下が配置され、交代で屋敷の警護にあたっていた。
その時にタマヨも一度屋敷に帰ってきて、何か情報を掴んだかと会話をしたがこれと言って大きな進展はなかった。
その代わりに、最近貴族の人間が殺されている事件が数件多発しているとの情報があった。
それなりの貴族当主が、屋敷の中で殺されていると騒ぎになりタマヨ達の周りにも動揺が走った。
タマヨはその事件を、団長として報告を受けており直接調査した訳ではないが、事件のあらましは聞いており、どれも違う死因である事から捜査は難航しているとの事だった。
潤平はその事件は自分達には関係ないと考え、頭の片隅に留めておく位にした。
「見て見て見てっ! ピー男爵! これを見て!」
魔力の出力制御の訓練をしていた潤平は、自分の大きな成果を自慢したくて、縁側に横になって毛繕いされているピー男爵とスミレに向かって大声で呼び掛ける。
「おお~っ。凄いにゃ~やるにゃん」
横になっていたピー男爵は、体勢を変えると中庭に広がる潤平の初級魔法の上達振りに声を上げる。
そこには十個ほど出した風球が、ちゃんと小さくなって並んで潤平の目の前に浮かんでいる光景があった。
しかもゴルフボールサイズの小ささを目指していた潤平だったが、今では豆粒ほどにまで小さくコントロールすることに成功していた。
実はあれから闇雲に何百個も魔法を出すより、決まった数を出してそれを集中してコントロールした方が、熟練度の上達が効率が良いことに気付いた。
確かに何百個も出した方が上達は早いのかもしれないが、その度に倒れていたら面倒だし、それに今は護衛の仕事をしている最中なので倒れるのは論外だ。そして魔力も何かあった時のために残しておいた方が良いことに後から気付いた。
なので実践で使うように、十個ほど魔法を出して集中して修練する方が良いと、気付いてからはそれだけを重点的にやった。
勿論それだけじゃなく、生活の時にも魔法を使うことを忘れない。
火を起こすために使ったり、髪や体を乾かすために火魔法と風魔法を複合させたり、後これは誰にも教えてないが、ウォシュレットがないので火魔法と水魔法を複合させてそれっぽい事にも試した。
そうして生活していく中で、潤平の魔法の熟練度はみるみる上達していきようやくここまで来たと言う訳である。
これだけ小さく魔力を制御出来れば、もう中庭で魔法を暴発させたりする事もない。
実はやんわりとだがタマヨとルリに屋敷で騒ぎを起こすなと注意され、それから一層魔力の制御にも力が入った。
とは言っても集中して制御出来るのが最大十個であり、気を抜けばすぐに崩れてしまうのだが。
それでも特に意識せず、慣れた様子で使えるのは四個なので生活する分にも、戦闘をする分にも十分と言っていい程にまで上達はしていた。
この潤平の驚異的な上達振りに、ピー男爵もスミレも驚いていた。
普通の人が一年は掛かる所を、たったの一週間で修得した事にピー男爵は人間じゃない、スミレは有り得ないと呟いた。勿論それは潤平の耳にも届いた。
魔力の制御がようやく、一般人と同じラインになったことで潤平は次の段階に進もうとした。
それは前に作っていた火魔法の中級を試す時が来たとゆう事である。
中級魔法はイメージが大事だとピー男爵は言っていた。
それならと、どんな魔法をイメージすれば良いのか、潤平は修練中に平行して魔法のイメージをしていた。
生き物に模したり武器とか自然のものにイメージしたり、色んなイメージを頭の中で繰り返し繰り返し思い描く。
そしてそれらのイメージを頭の中で描いていくのと並行して、魔力の熟練度上げも行っていた。
それでもまだ漠然としたイメージしか出来ないので、中級魔法をどうするかは悩んでいる最中だ。
それと魔法の出力媒体をどうするかも、潤平の頭を悩ませている。修練中はより感覚を掴むためにそうゆう物は使わない方針であったが、これからは魔法の行使を楽にするために使った方が良いと考えている。
しかしそうゆう物が自分に必要なのかとも思った。
魔力の総量は誰よりもあるし、魔力の制御にも慣れ始めて来ている。
果たしてそうゆう物はこれから必要になって来るのかと考え、ピー男爵とルリに相談したが二人とも確実にあった方が良いと断言した。
確かに潤平の魔力の総量はかなりのモノであるし、熟練度も物凄い速度で上達しているがそれでも、魔法を楽に行使出来るには超したことはない、と言うので潤平はそれに従った。
こればかりは実際に使ってみないと分からないらしいので、またしても感覚がモノを言うらしい。
そして媒体になる物も、自分の感覚に合っているモノじゃないといけないらしく、そこら辺についても考えている。
「媒体かー、どんなモノがいいんだろうなー」
潤平は手の平に豆粒程の風球魔法を四個出して、ペン回しの要領で指の間でスルスルと遊ばせている。
「こればっかりは感覚とその人の適性がモノを言うにゃ、市販品のモノでもいいけどそれだと面白くないし、潤平の場合その媒体が魔力に耐えられないと思うにゃ。だから出力媒体については気長に考えるしかないと思うにゃ」
「そうかー。まあ今はそんなに必要としてないから急いで探すこともないか。とにかく今は魔法の熟練度を上げる事に集中するか」
「それがいいにゃ。一般人と同じラインに立ったとはいえ、潤平が成すことはかなり険しい道だと思うにゃ。それならもっと魔法の熟練度を上げて、達人の域まで行ってもいいと思うにゃ」
「達人か……。いややるならこの世界でも屈指のレベルになってみせる。目指せ魔力制御世界一」
「世界一は大きく出たにゃー」
潤平が新たな目標に決意を燃やしているのを、ピー男爵は寝転がりながら聞いており、スミレはその言動を微笑ましく聞いていた。
そして丁度、昼食の用意が出来たらしく三人を呼びに来たヨリによって、三人とも昼食を食べるために動き出す。
昼食を食べ終えてまったりと休憩している時に、屋敷にお客が来たと警備をしているタマヨの部下の人が伝えてきた。
今は当主代理のタマヨが不在なため、代わりにルリとピー男爵がお客の対応に当たる。
他の子使用人の人達もお客様の対応に当たっている間、潤平はと言うと隣の部屋で待機させられていた。
何かあった時のためにといつでも飛び出せるように、襖の前で待機していて下さいとルリに言われて、大人しくその言葉に従っている。
ただ今回のお客様は、そこまで危険視する程の人物ではないとルリに言われ、潤平も少し気楽な気持ちで待機していた。
尋ねてきた人物とは、同じ御三家を担っているナオイエと言われている人で、ルリの祖父と同じ年代を生きたこの国を支えている、大変重要な人物だという。
潤平は襖の前でワクワクしながら待機していた。
こうゆう事をしていると、忍者の真似事をしているみたいで楽しい気持ちが湧いてくる。
襖の前で同じ御三家の当主と言われている人が、どんな人物か潤平は想像していると、部屋に入ってきた老人を見て潤平は驚く。
てっきり腰が曲がって禿げた小太りの老人を想像していただけに、想像とは違う人物が入ってきて驚く。
その老人は潤平よりは背が小さいが、背筋はしっかりと伸びていて足取りも力強い、髪の毛もふさふさの白髪が生えておりそれを後ろに流している。
眉毛は少し太くて、目は鋭く人を威圧するような目つきをしていた。
全体的に芯が細い見た目だが、潤平はその老人を見てエネルギッシュな様子が見て取れた。
老人はルリとピー男爵の向かいに座ると、少し雰囲気を和らげて会談に当たる。
御三家の当主を務めているだけあり、低い声だったがその場に良く通る声をしていた。
「当屋敷まで足を運んで頂き誠にありがとうございます。本来なら私たちが足を運ばねばいけないのですが、今は簡単に動けぬ立場なのでこの様な形になってしまいました。御迷惑をおかけして申し訳御座いません」
「いいのだよ。同じこの国を支える同士、困った時があればお互い様だ。何よりこれ位の事は面倒な事の内に入らんよ」
「そう言って戴くと助かります」
ルリの堅苦しい挨拶にも、老人は気さくな雰囲気で対応する。
「君のお姉さんにも一目会って挨拶をしときたかったが、それどころじゃないらしいからね」
「……はい。お姉様は父の無実の証明と都の治安維持。それと最近起きている貴族の殺人について方々を駆け回り、屋敷には帰ってきません」
「あんなに小さかったタマヨ君が、そんな責任ある立場になるとは時が経つのも早いもんだ。全く誰が将軍殺し等と言い出したのか、ミチカタ様が亡くなったのは病気によるモノだと言うのに、君達の父親と君達一族が邪魔な貴族による工作であろう。それに最近の不作の事も魔獣の活動が活発化している事も、何もかもが憶測の域に過ぎないだろう。何故彼らはそこまでして君の父親を追い詰めるのだろうか」
「分かりません。最初は御三家である私達をただ叩くためだと考えていましたが。それにしても父上を国家反逆罪等と言う大それた罪で、収監するのはやり過ぎにな気もします。彼らだって同じこの国を支える家の者達の筈。何故そんな立場の人達が執拗に我が当主である父上を叩くのか分かりません」
「ふむ。他の国による妨害工作による可能性は?」
「姉上はそれも考えましたが、他の貴族や御三家に妨害が無く私達にのみ害がある事。やり方が粗く結果が見えない事から他の国による仕業ではないとの考えに至ったそうです。それに今までも他の国による妨害工作はありましたが、そのどれもが今回の事と当てはまらない事から、その可能性は低いらしいです」
「そうか。確かにかの国による妨害工作なら我等もやられてはいるが、ここまで直接的で尚且つ後が見えないやり方はしない。これはこの国に住む有力者による策略だろう」
「はい。お姉様も同じ結論に至りました」
「嘆かわしい。同じ国を護る同士だと言うのに、これが名誉あるモノのする事かね」
「……お姉様は今全力を尽くして父上を救おうと走っています。ですが彼らの邪魔が入りまだ決定打になりそうな証拠が掴めずにいます。どうかナオイエ様の力を貸して戴けないでしょうか!」
「……うむ。同じ御三家の当主として、私の力が必要とあらば使ってくれと言いたい所だが、将軍が急死し民の生活もままならなくなり、国民の断罪を望む声も高まっている。このままでは私の力だけでは抑える事も難しくなるだろう」
「……もう一人の当主様は何と仰っているでしょうか」
「キクナガか? 奴は頑固で偏屈な奴だからな。一度そう思えば考えを曲げる事はないだろう。それに奴はもうまともに歩けず当主の座を息子に譲るとも聞いている。仮に話を通したとして力になってくれるか怪しいものだな」
「……それでも少しでも望みがあるのならば、私はお願いしたいと考えています」
「分かった。話は通しておく。同じ御三家の問題だ奴も話を聞かずに断る何て真似はしないだろう」
「……ありがとうございます」
「いずれにせよ、君の父上に掛けられてる国家反逆罪等とゆう大それた罪は、今一度改めて考え直してみないといけないな。そんな事に力を注ぐのでは無く、今は亡くなられた将軍家の跡継ぎの事と民の生活をどうするか、それとこの国を狙っている国の対処をどうするか、それを考えるのが先決だとゆうのに」
「……仰る通りだと思います」
「まあ私に出来る事はするつもりだ。もし私の力が及ばない何てことがあったらキクナガみたいに、私も家督を息子に譲って楽隠居でもするかな。はははっ」
「ナオイエ様はまだこの国に必要な存在ですわ」
「私ももう歳だ、いずれ近い内に隠居することになるだろうさ。とにかくユウタロウ君に掛けられてる大罪の無実を証明する事が何よりも先決だ。国がこんな状況になっている時こそ、我々が一丸となって民を守り切らねばな」
「はい、承知しております」
「うむ。今日はここに来て良かった、情報も共有出来たしルリ君の成長も見ることが出来た。……そう言えばルリ君はいつ頃学園に復帰するつもりなのかね?」
「……今はまだ明確にいつ頃復帰するつもりかは決めてません、騒動の渦中にいるので。復帰するとしてもこの騒動が納まってからなのでまだ先の事になると思います」
「そうか。いやな孫のカリンが君と仲良かったろう? それで君の様子がどんなものなのか心配しておったからな。少しでも喜ぶ情報をと思ってな」
「カリン様には良くして貰っております。ですが私達に対する疑いが晴れない限り私が学園に戻る事はありません。しばらくの間会えなくなりますので申し訳ございませんとお伝え下さい」
「分かった。カリンにはそう言っておくよ」
「重ね重ね申し訳ございません」
「さて大事な話も話せたので私はここら辺で帰るとするよ。ミチカタ様が亡くなられた事でこの国の中枢はゴタついてる。早々に次の将軍を決めて纏めなければいかん。やることは山積みだ」
「貴重なお時間を戴いてありがとうございます。外までお見送りいたします」
「うむ」
そう言ってから三人はそれぞれ立ち上がると、廊下に歩いて行き隣の部屋からは人の気配がしなくなる。
ルリからは一瞬の間に、潤平に向けてサインが出ていて、もう戻っても良いとの命令が出たので、潤平はその場を後にする。
潤平は待機していた部屋から出ると、ルリ達とは逆に屋敷の中心に歩いて行き、潤平が寝泊まりしている部屋まで来ると、部屋には入らず縁側に座り中庭から外の景色を眺め始める。
「ほんとにお嬢様なんだなー……」
さっきまでの御三家の当主に対するルリの対応に、潤平はルリがこの国の位の高い家のお嬢様なんだと実感する。
話しには聞いていたし、本人の口からもその様に聞いていたが、実際に自分の目で見ると本物のお嬢様なんだと感じてしまう。
自分よりも何倍もの年上の老人に対して、あそこまでしっかりと対応出来ることに素直に尊敬の念を抱く。
潤平は屋敷を見渡して、改めて自分が護っている少女が途轍もない存在なんだと認識した。
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