第三十六話 護衛の心得
潤平は屋敷の廊下を歩く誰かの足音で目が覚めた。
目が覚めた潤平は、寝癖がついて寝巻きがはだけてヨレヨレになっていた。
まだ起ききっていない頭を働かせ、襖から漏れた日の光で今の時刻が朝なんだと気付く。
首が痒くなったのでポリポリと掻いてのそのそと布団から起き上がると、軽く布団を直して部屋の襖を開ける。
どうやら今日の天気は曇り模様みたいで、ぬるっとした生暖かい風が顔を打つ。
取り敢えずトイレに行くかと思い悩んで部屋から出ようとすると、丁度廊下の向こうからスミレさんが歩いて来るのが確認後出来た。
スミレさんも部屋から出て来た潤平に気付いたらしく、微妙に廊下を歩く速度を速めて潤平の元に駆け寄ってきた。
「おはようございます潤平さん。体は大丈夫ですか?」
「スミレさんお早うございます。ちゃんと寝たので大丈夫ですよ、魔力の方もしっかり回復してますし」
「そうですかそれは良かったです」
そう言ってスミレは潤平に柔和な笑顔を向けてくれる。
(朝から可愛い女の人の笑顔を見れるなんてついてるな~。前の世界じゃこんな事無かったからな~)
潤平がぽや~っとだらけきった顔でいると、スミレさんが潤平の様子がおかしい事に訝しむ。
「潤平さん? 大丈夫ですか?」
「あ、ああっ、大丈夫本当に大丈夫です」
取り敢えず潤平は変な様子が誤魔化せた事に安心する。
「? そうですか。タマヨ様とピー男爵が朝食を先に済ませましたが、潤平さんは朝食を此方の部屋で済まされますか?」
「大丈夫っす。自分で運んでこの部屋で食べます」
「そうですかなら向かいましょう」
そう言ってスミレは潤平の前に立って本邸の方に向かおうとする。あっさりと潤平の提案は却下され無かったことにされる。
しょうがないので皆が待っている部屋に向かおうとするが、潤平は数歩歩いてその場で止まる。
潤平がその場から歩こうとしない事にスミレは疑問を持って、後ろに振り向く。
「潤平さん行かないのですか?」
「あ~えっとお便所の方に用があって……」
「そうですかなら待ってますね」
潤平のお世話係をしてるスミレは、潤平の行動を把握しておかなきゃいけないため、潤平がどこかに用があるのかと聞いてくる。
それがトイレに行くためだと分かると、素直に従って待機するとスミレは言った。
潤平は急いでトイレに行くと用を足し、男子トイレから出てくる。
すると便所に前にはスミレが静かに待機しており、潤平はそれを見てびっくりして固まってしまう。
「えっ……、先に行って待ってるんじゃ……」
「? 私は待っていると言いましたが、先に行くとは言っていませんよ?」
「そ」
んな事はと言いかけて止まる。
確かにスミレさんは待っているとは言ったが、先に行くとは言っていない。
潤平が早とちりした事で何だか余計な気苦労が発生した。
だってまさかトイレの前で待ってるとは思わないじゃん。
思春期の男子には少し恥ずかしい出来事が朝から起きた。
そのまま少し戻る事になるが中庭に行って、深夜と同じ要領で魔法で手を洗って乾かす。
潤平がやってる一連の動作をスミレは不思議そうに眺めていた。
ようやく潤平とスミレは本邸の方に向かって歩いて行った。
その途中、屋敷の中が朝だとゆうのに少し騒がしい事に潤平は気付いた。
使用人の人達が少し慌ただしく動いており、それが潤平の目に止まった。只スミレさんもその様子を不思議そうに見ていた為、緊急性のある事では無いと潤平は判断してそのまま無視をして歩いて行く。
潤平が昨日皆と食事をした大部屋に着くと、以外にもまだ、朝食を終えたらしいタマヨとピー男爵がテーブルの前に座っていた。
そしてタマヨの隣には厚着の着物を着たルリが静かに食事をしている。
「潤平君お早う」
「お寝坊さんだにゃー。もう朝食食べちゃったにゃー」
「……潤平様、お早う御座います」
「おっ早うございますっ。遅れてすいませんっ。それとお騒がせしてすいませんっ」
部屋に着た潤平の顔を確認した三人は、それぞれが潤平に朝の挨拶をしてくれる。
潤平はそれにしっかりと返し、昨夜の騒動の事をタマヨに謝罪する。
「いいのよ、しっかりと寝て魔力は回復させないと。それに当の護衛対象はこんな様子ですからね。当分貴方の仕事は少ないわ」
潤平は自分が起こした体調不良なのに、タマヨさんに優しくカバーされて恥ずかしくなって俯く。
だがすぐにタマヨさんの続きの言葉を聞いて顔を上げる。ルリを見ると言われた通りまだ体調がよろしくないのか、食事の量も少なく顔も少し血色が悪い。
ルリは潤平と視線が合うと力ない笑顔を向けてくれた。
それを見て、潤平は初めてルリの顔を見た時の事を思い出す。あの時は彼女の後ろから陽光が差していて、丸で天使かと間違える程の神々しさと純真さがあった。
それが今や見る影も無い。心労がたたり体調を崩していしまったせいでそれらが失われている。
勿論可憐な可愛さは健在だがそれでも、あの時見た程の眩しさは無い。
潤平はどうにか彼女の力になれないかと考えるが、その前にスミレさんとフミさんが見事な連携で、潤平の前に朝食を運んでくれる。
今日の朝食は白身魚の付け焼きと瓜と何かの酢の物、それと蓮根っぽいのと豆と何かの煮物それに定番の漬け物に、その隣には笹に包まれた例の物が並んでいた。
「スミレさんこれは……もしかして……」
「はい。総料理長に潤平さんがかなり気に入っていたと伝えた所、もう一度作ってくれたらしくてそれに、ピー様が食いたい食いたいと仰るので今日の朝食にも並びました」
「おおっ」
「それに試作の段階から改良を重ねて、更に美味しくなっているとの事なので、潤平さんにも食べて感想を戴きたいとの事です」
「おおおおっ」
「お代わりも有りますので沢山食べて下さい」
「おおおおおおっ。いったっだっきまーす!」
潤平は上品にけれども勢い良く食べていこうと思ったが、その前に昨夜起こした騒動の経緯と、何故そんなことをしようと思ったかをタマヨに説明する。
ルリはそれを聞いて一言、「変なことを思い付くんですね」と、バッサリ切り捨てタマヨは苦笑いしていた。
変なことですか…………。
潤平は自分の中では妙案だと思っただけに、ちょっと傷付いた。
それが終わると潤平は朝食にありついた。
タマヨは何かの書類に目を通して、ピー男爵はルリの隣に行き、額に魔法を発動させて何かの薬を渡していた。
その後ろでは常にフミが待機しており、スミレさんも潤平の後ろにいるのかと思い後ろを確認したが、スミレさんは居らずどこかに行ってしまっているようだった。
しかし潤平はそんな事を気にする余裕は無く、目の前の朝食に全力を注いでいた。
「ご馳走様でしたっ」
「はい。それじゃ潤平君にはこれとこれを渡しておくわね」
朝食を食べ終えてお茶を啜る潤平の目の前に、タマヨが用紙と長方形の木の札を渡して来た。
「何ですこれ?」
「これは護衛をするに当たっての契約書。それとこの屋敷と第三区画を出入りするための札よ。契約書に貴方がサインしてくれると私がそれを魔法ギルドに提出すれば、それが貴方の実績と護衛をやり遂げた証拠になります。目札の方は貴方がこの家に雇われている為のセキュリティパスになります。決して落としたり無くしたりしない様に」
「なる程。分かりました大事に収納の中に仕舞っときます」
「助かるわ。それならここに貴方の名前を書いて頂戴。それと護衛の仕事はルリがこの様子だから、しばらく屋敷に留まって貰ってルリの護衛兼屋敷の警護もしてくれないかしら? 何れ私の部下に屋敷を警護させるつもりだけどまだ用意が出来てないの。少しの間だけでも警護してくれると助かるんだけどどうかしら?」
「全然大丈夫っす。ここに住まわせて貰ってご飯も食べさせて貰ってるんで、どんな事でもやりますっ」
「……本当助かるわ。私は一旦第二師団の宿舎に戻らなければいけないので、それまでの間この屋敷に帰る事が出来ません。なので何かあったらピー君に連絡するか、フミに一言言って貰えると私に連絡が行くと思います。屋敷に私の部下が行くまでの間、貴方とピー君とスミレとヨリしか戦力がいません。なのでもし何者かがこの屋敷に襲ってきたら屋敷を捨てて、第二師団の宿舎まで逃げてきて下さい。敵はルリの捕縛と神器の弓の強奪を狙ってくるので、それらを護りさえすれば私達一族は無事です」
敵がもしなりふり構わずこの屋敷に襲って来たとしたら、四人だけの戦力でルリを守り切るのは難しい。
そうなった場合は、タマヨがいる第二師団の宿舎まで逃げきれば対処は十分可能だと言う。
「私は急いで他の二人の当主に連絡を取り、お父様の解放と弁護をするため協力をお願いします。他の貴族達は正直抑えられるかは分かりませんが、あの二人が口添えをしてくれるのならば大きな力になるでしょう」
御三家の二人、モトマサとナオイエの力があれば他の老中や貴族の声を抑えられる筈。その間にタマヨの父と将軍の死について無関係である事を証明し、この国に纏わり付いてる淀みの魔力について調査をし、潤平がそれらを浄化すればいい。
「分かりました。全力でルリさんと屋敷を護らせて頂きます」
「……屋敷は捨てても大丈夫だから」
そう言ってタマヨは最後にルリの頭を撫でる。
「ルリ。貴方は体を休ませる事に集中しなさい。大丈夫です皆付いてますから、それにお父様もきっと大丈夫です。また笑顔で私達の前に現れる筈です。それ以外の結果は私が許しません」
「……お姉様」
ルリは自分が不甲斐ないのか俯いてしまい、テーブルの下で両手に物凄い力を入れて握り締めてる。
「だからルリも無事でいなさいね。お父様を助けても貴方がまた捕まった何て聞いたら、皆壊れてしまうかもしれないから」
「……はい。お姉様をご無事でお戻り下さい」
「ふふ、分かったわ」
姉妹の奇麗な絆を目の前にして潤平は胸が熱くなる。
これを見たらどうやっても護衛をやり遂げなければいけないとゆう気持ちが湧いてくる。
「潤平君、ルリの事を頼みましたよ」
「はい! 任せて下さい」
「それと護衛をするに当たって、貴方が寝泊まりする部屋を与えます。ルリの隣の部屋を使ってね」
「……はい?」
「今スミレ達に諸々の物は運ばせてます。護衛をするんだから常に近くにいないと、この件についてはルリも快諾してくれたわ」
「…………」
ばっとルリの顔を勢い良く見ると、ルリは赤くなった目を潤平に向けて頷いてる。
き、聞いてないよぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!!!!!!
潤平は平静を取り繕っていたが、心の中では焦りと驚きが出て背中に冷や汗が垂れていた。
「それでは行って来ます。くれぐれも皆気を付ける様に」
タマヨはそう言葉を言い残し、馬車に乗って第二師団の宿舎に向かって行った。
それを潤平とピー男爵とルリの三人で手を振って見送る。
「……お姉様」
「大丈夫にゃ、タマヨはやってくれる娘だにゃ。信じるにゃ」
「はい」
ピー男爵はくるりと向きを変えて屋敷に向かって歩いて行く。
ルリと潤平もそれに続いていく。
「コホッケホッ」
ルリが少し咳き込んでよろけたので、潤平はルリの様子を窺う。しかしルリは手で軽く大丈夫だと潤平を制すると、何もなかったかのように振る舞う。
それでも前よりもルリの潤平に対する距離はかなり近くなっていた。
歩く度に肩がぶつかり位の距離まで近付いて、急なルリの接近に潤平は緊張する。
ルリの方は堅い表情をしており、緊張なのかそれとも不安の表れなのか特に意識をしているとは感じなかった。
これからこの少女を護る為潤平は体を張る。
この先命のやり取りが始まるが、何があろうともこの女の子と屋敷の人達は全力で護ろうと潤平は自分に誓った。
そしてこの先、壁を隔てた向こうでこの子がいる生活に早く慣れていこうと潤平は思った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
皆さんの応援が日々の執筆の励みになっています。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、画面下の【★で称える】や【フォロー】をポチッと押していただけると非常に嬉しいです!




