第三十一話 感覚を掴むコツ
タマヨとの会談が終わった後、潤平はまたしても騒ぎを起こした中庭に来ていた。
しかし先程とは違う点は、一人で来ており縁側に腰を掛けて風に揺られている花を眺めていた。
勿論只ぼーっとしている訳ではなく、暇を出されたので中庭に来て、淀みの魔力の手懸かりをどう探すか考えている所だった。
タマヨは仮眠を取るため自室に戻り、ルリに至っては実は熱が下がる気配がないので、自室に戻りその付き添いと診察の為ピー男爵とフミがついて行ったのである。
その間時間が出来た潤平は、何もする事が無くなり中庭に来て花を眺めながら、淀みの魔力について考えていた。
「手掛かりかー、屋敷が襲撃された時しか淀みの魔力の反応はなかったもんなー。この都に入ってからも他に反応は無かったし、どこに行ったら見つかるのかなー」
足の甲に昇ってきた蟻みたいな虫を指で弾いて考える。
手懸かりが無くなった以上、あの時逃がした襲撃犯を捕まえられなかった事が尚更悔やまれる。
潤平は手の平に納まる程の水球を出すと、訓練用のかかしに当てる。かかしはぐらついて辺り一面に水が広がる。
ピー男爵とタマヨに、潤平は魔力放出のコントロールが出来ていないと言われたので訓練として、ゴルフボールサイズの水球まで留めること、魔力をコントロールする事を義務づけられた。
まず最初にこれをする事で、皆感覚を掴んでいくのだと言っていた。
この世界に来てからばかすかと魔法を放っていた潤平からすれば、初めてのちゃんとした訓練だと思いしっかりと学ぶ事にした。
「ちょっとね~難しいんだよねこれ。俺が下手くそなのかもしれないんだけど、小さな水球を作るのって結構難しいんだよね」
二人は潤平に、ゴルフボール位のサイズにまで留める事を伝えたが、どうやってもソフトボールサイズ迄にしかならない。
潤平がうんうん唸っていると、廊下の奥から誰かがこちらに近付いてくる足音がした。
潤平はそちらの方向に背を向けていたため、誰が来たのか分からずどうせ来たとしてもピー男爵だろう、と思い水球を小さく出すコツを気軽に聞こうと思って勢い良く振り返る。
「ねえ、どうやっても小さくなんないんだけど、何かコツとかな……い…………の…………」
振り向くと廊下の奥から現れたのはスミレさんで、すっかりと回復をしたようで顔色も良くなり、前とは違い顔がよく見える様にふわふわだった茶色い髪の毛を、後ろに一つに纏めていた。
「スミレさん……」
潤平は、あんな事が起きてから後ろめたくなり会ってなかったスミレさんに、どう接したらいいのか分からず固まってしまう。
その際手の平に作っていた水球が、集中を掻いたせいで形をなせなくなりばしゃりと崩れて潤平の膝と太もも、それと縁石と地面を盛大に濡らす。
「潤平様、膝が濡れてます」
「え? あ、ああこんなの放っとけば適当に渇きますよっ」
「駄目です。濡れたままだと気持ち悪いですし、体が冷えます」
スミレは立ち上がると、近くの部屋からタオルを持って来て、潤平の膝を優しく拭いてくれる。
「大丈夫ですって! 自分でやりますから!」
同年代の女の子に膝を拭いて貰うのがこそばゆくなり、潤平はスミレさんからタオルを奪い取るようにして、自分の膝を拭く。
ある程度濡れた箇所を拭き取ると、潤平はタオルをどうすればいいか分からず、手に握りしめておく。
それを見かねたスミレが、潤平の手からタオルを優しく受け取ると、縁側から動いて中庭に行きそこでタオルを絞って水気を切る。
思ったよりも水を含んでいたのか、搾ったタオルからポタタッと水が出てくる。
地面に落ちた水はじわりとじわりと染み込んで消えていく。
水球爆発事件の時も思ったんだけど、この中庭水捌けが良くないか? と地面に染み込んで消えた水を見て潤平は思う。
スミレさんはパンっパンっと水気を切ったタオルを、叩きつける様に空中で振ると、タオルを懐にしまって縁側に座る。
何故か潤平の隣に座ってきて、潤平は少し居心地が悪くなり若干体を斜めにして遠ざける。
そのまま二人は数分間の間沈黙が続いた。
潤平は何を話したらいいか分からずずっと空を見ていた。彼女がどの様な要件でここに来たのか聞く事も出来ず、かと言ってあまり話した事のない相手との気安い世間話も出来る筈がなく、会話の糸口が掴めずにいた。
それに潤平は、彼女の意識を失わせたとゆう後ろめたい事実が先行して、どうしても話が切り出せなかった。
それでも迷惑を掛けたとゆうのは事実なので、まず先に謝ろうかなとしようとした時だった。
「あの、潤平様」
「はいんっ」
準平は驚いてしまって思わず声が裏返ってしまった。それに語尾もおかしくなってしまった事に、潤平は恥ずかしくなり苦い顔をする。
「私の事を助けていただいたと、フミさんとヨリちゃんから聞きました」
スミレは、潤平の返事の事なんか気にしてないのか、それとも耳に入っていないのか、昨日起きた事を喋り始めた。
やっぱりその事で来たかと潤平は思い、これは先に謝っとくべきなのではないかと考え、縁側に出していた足を引っ込め、スミレに向かって土下座の体制を取り謝罪する。
「ごめんなさい! 幾ら緊急措置だったとは言え、スミレさんの意識を失わせる様な形になって申し訳ないと思います! 本当にごめんなさい!」
許して貰うまで頭を抱え上げない覚悟でいると、スミレが間を開けて返答してきた。その声色は少し困惑と怒気がが含まれている感じがした。
「……何で潤平様が頭を下げるのですか? 謝罪の言葉を言うのならば本来は私ではないのですか?」
「だから、急に意識を失わせる様な事をして、害意を掛けた事を謝ります!」
「…………頭を上げて下さい。お願いします」
スミレの優しい声色に潤平はゆっくりと顔を上げてスミレを見る。
潤平の目に映ったスミレの顔は、泣き笑いをしてる様な顔付きに見えた。
「いいえ。潤平様は私を守ってくれたんです。それなのに私が危害を加えられた何てそんな事、謝罪の言葉を口にしても非難の言葉を言う筈がありません」
スミレは体を少し後に動かすと潤平に向かって、綺麗な土下座の姿勢を見せる。
「重ねて、盗賊から救って貰った時の感謝の言葉は、ルリ様が言ってくれましたが、私が直接潤平様に言った事はありませんでした。遅れて申し訳ないと思っていますが、昨日の件と合わせて深く感謝意を表します。本当にありがとうございました」
綺麗でそれでいて熱意の籠もった姿勢に潤平は一瞬感情を揺さぶられるが、直ぐに我に帰る。
「頭を上げて下さいスミレさん! 貴方に危害を加えたのは本当なんです! その事は事実なんです! なので俺も謝んなきゃいけないのは本当なんです!」
女の子に頭を下げさせているとゆう現象に、潤平は焦って来てしまいワタワタとスミレが頭を下げている上で、一人腕を振って変な動きをしている。
それでも頭を上げないスミレに、潤平はどうすればいいのが分からなくなってきた潤平は、心の中で助けを求める。
「二人ともそこら辺にしとくにゃー」
そんな時廊下の奥から歩いて来たのは、可愛らしいシルエットをした、二本足で立つ茶トラのお調子者。我等のムードメイカーピー男爵である。
「大声で喋っているから、遠くにいても丸聞こえだにゃ。ルリちーの時も言ったけど謝罪の押し付けもいい加減にするにゃ。」
ピー男爵は、潤平とスミレの近くまでポテポテと歩いてくるとすみれ野横ではなく、潤平の横にトスンと座る。
「どちらも受け入れないと終わらないにゃ、なのでちゃんと謝罪を受け入れる事から始めるにゃ。別に相手を許せない程、怒ってたり恨んでたりする訳じゃないんだからにゃ、ちゃんと受け入れるにゃ」
「……そうだね」
「はい……」
「潤平は、これを機に二度と同じ間違いを起こさない様に気を付ければいいにゃ。スミちーはまだ大きな貸しが残ってるんだからそれはいつか返すにゃ。それに潤平は危害を加えたって言うけど、悪い事だけではなかった筈にゃ。スミちーはの体はすこぶる元気な筈にゃ。」
「はい。目が覚めてびっくりしました。あれだけ重くて倦怠感のあった体が、回復していてそれでいて元気が有り余ってくるんです」
「そうだろうにゃ。そこら辺はお釣りとして受け取っていおくにゃ」
「はい。……潤平様、貴方様にはまだ大きな借りがありますので、いつかちゃんとお返ししたいと思います。救って貰って本当にはありがとうございます」
土下座はもうしなかったが、スミレは深く潤平に頭を下げる。ふわふわな髪の毛がその動きに合わせて、ふんわり揺れる。
「僕も、危害を加えてすいませんでした。次からはこの様な事はしないと誓います」
潤平も二度も同じ様な事を起こさないと自分と目の前の人に誓う。
潤平とスミレの二人は、顔を上げて視線を合わせると笑顔を交換し合う。その二人の様子を見て、ピー男爵は満足そうにうんうんと頷いている。
「うん。それで良いにゃ」
※
「そう言えば、ピー男爵がここに来たって事はルリさんの体調はもう大丈夫だって事?」
話が落ち着いたので、潤平はピー男爵がここに来た理由を聞く。
「ん~、まあ僕が作った薬を飲んで眠ったから大丈夫だと思うにゃ。数日はまだゆっくりとしておいて欲しいけど、まあだ大丈夫だにゃ」
「そう、それなら良かった」
「ルリちーはにゃー、元々体が強い方じゃないからにゃー、一気に疲れと心労が襲って来たんだろうにゃー」
「そうですね。ルリ様は本来ですとそんなに体の丈夫な方ではなく大人しい人ですからね。こんなに起き続けて動いているのは珍しいですね」
「懐かしいにゃー、昔は良く遊んだ後高熱を出してはいたにゃー、その度に僕とタマヨで看病したもんだにゃ」
「大人しい……? ルリさんが? そん風には見えないけど」
「何故か潤平様の前では、ルリ様はテンションが異様に高いんですよね」
「そうなの?」
「はい。それと多分ですけどフミさんも普段よりテンションが高く見えます」
「えっそうなの?」
「はい」
軽い感じで言うスミレの言葉に、潤平は信じられなくて頭を捻る。
(全然そう見えないけどな。ルリさんは出会った時からあんな感じだし、フミさんに至ってはいつも凜としすぎていて、テンションが高いなんて事を感じた事もないし。でもいつも一緒にいるスミレさんがそう言うって事はそうなのかな?)
あの日初めて会話した時の事を思い出す。燃え盛る盗賊のアジトから脱出した後、潤平はルリと初めて会話した、その後ろにはフミさんも付き添っており、救っただの救われただの平行線の話し合いをしていた。
思えば今のスミレの時もだが、ルリの時も感謝とか謝罪の押し付け合いしていた事を思い出して笑う。
「何をニヤニヤしてるんだにゃ、気持ち悪いにゃ」
「気持ち悪いは言い過ぎでしょ」
どうやら、思い出し笑いをしていたのをピー男爵が見ていたらしく、潤平の顔を見て気味悪がる。
「そう言や、ピー男爵は何でここに来たの?」
潤平は縁側から足を出すと、ブラブラさせながらピー男爵が潤平の所に来た理由を聞いてみる。
ピー男爵は潤平の隣に座ると、同じ様に短い足を縁側から出して、ブラブラさせながらその質問に答える。
「只暇になったから来ただけにゃー。他にする事もないし気が付いたらここに足が向いてたにゃー」
「そうかー」
「にゃー」
二人して、足をブラブラさせながら、中庭をぼーっと眺めている。
スミレも何処かに行くわけでもなく、静座をしながら二人を後ろから眺めている。
「スミちーも、静座ばっかだと足が疲れるにゃ。座って楽にするにゃ」
「……はい」
ピー男爵の気遣いに一瞬逡巡したが、言葉通り足を斜めに崩して座る。
しかし姿勢を崩して座ったのは良いが、何故かより潤平に近付いて座った事で潤平の心はドキンと跳ね上がる。
てっきりピー男爵の方に近寄ると思っていたので、スミレの突然の行動に落ち着かなくなり、手汗が滲み出てくる。
心の中では、リトル潤平が騒ぎ出しており緊急事態警報が鳴り出していた。
『エマージェンシー! エマージェンシー! 総員!緊急事態に備えろ! 目標は急速に此方に向かって接近、目下の所危険性は感じられないが、警戒体制を維持し動きが有り次第、随時報告せよ!』
『艦長、目標との距離が急激に縮まりました!』
『馬鹿な……、計器は嘘を付かない筈だ何かがおかしい。総員持ち場について不具合が起きてないか確認せよ!』
『艦長! 風が吹き隣から良い匂いが発射されました!』
『! 此方艦長! 総員衝撃に備えろ!』
『着弾まで……5、……4、……3、……2、……1、着弾!』
『『『あっ、良い匂い』』』
中庭から漂ってくる花の匂いとも違う、お風呂上がりの女の人の良い匂いが潤平の鼻をくすぐる。
気のせいか先程よりも、スミレさんが距離を詰めて来た気がする。
潤平は平静を装っているが、心拍数が上がっていきじっとりと汗が出てくる。
どきどきばくばく、心臓がギアを上げる様に心拍数を上げていくと、左の太ももに何かが刺さる鋭い痛みが走る。
「痛いんですけど」
そこには陽光が気持ち良かったのか、存分に体を伸ばしたピー男爵がコロンと転がっており、そして何故か爪を出して潤平の太ももに爪を立てていた。
「んんんんんんにゃ~~~~~はぁ~~、暇だにゃ~~」
潤平の太ももに爪を立てている事も気にせず、ピー男爵は思う存分伸びをして、体にたっぷりと陽光を浴びせる。
潤平は伸びたピー男爵の体を、首から尻尾まで撫でてあげると、ピー男爵は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
そのせいか分からないが、気持ちが大分落ち着いて来たので、結果的に助かったと思う事にする。
潤平はひとしきりピー男爵を撫で終わると、大事な事を聞くのを忘れていたのを思い出し聞いてみる。
「そういやさ、魔力の出力の制限のコツとかってないの?」
スミレさんが来て曖昧になり、ピー男爵が来てのんびりしてしまい、結局聞けず仕舞いだった魔力の出力のコントロールについて聞いてみる。
「にゃあ~? コツかにゃあ~?」
だらけていた体制から体を起こすと、ピー男爵はゆっくりと動いて胡座を組んで潤平に向き直る。
「そう、どうやっても水球の大きさが小さくならないから、何かコツがないかなぁと思って」
「ん~、コツね~それはずばり!」
「ずばり?」
「分からないにゃ、そんなの」
馬鹿にした様に返答するピー男爵に、潤平は言葉に詰まる。
そのまま、ピー男爵は顔を洗うとどうでも良い感じで、また横になる。
それを固まったまま見てる潤平と、潤平の隣越しに見てるスミレとの対比具合が、ピー男爵の視界に入ってきた。
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