第二十九話 味の記憶
潤平が黙っていると、面識があるピー男爵が先に声を発した。
「い、今のは魔法の訓練していて、潤平が、えっと隣の彼が魔法の出力媒体を使った事がないとゆうから、貸してみて試しに打ってみたんだにゃ。そしたら思いの外高出力になってしまった魔法を、ここで打たないように彼が空に向かって打ったんだにゃ。それでこんな騒ぎになってしまったんだにゃ……ですにゃ」
「何故早朝にも関わらず、魔法の訓練なんかしているのですか?」
「それは……、僕が彼の魔法を見たいと頼んだからにゃ」
「それは、ピーがいつもの様に調子よくお強請りをしたからでしょう? 彼に上手いこと言って、魔法を見せてくれとか何とか頼んだんでしょう。そうじゃないですか?」
「はい……、そうにゃ……ですにゃ」
女の人は大きくため息をつくと、疲れた顔で責めるような悲しい様な目を、二人に向けてきた。
「良いですか? 私が急いで屋敷に返って来れば突然の爆発音、それも屋敷の中で。心配して見にきたら中庭は辺り一面が濡れた状態。そこでピーと知らない人が向かい合ってる。この時の気持ちが分かりますか? 屋敷が襲撃されたかしれないと心配した私の気持ちが分かりますか? これ以上心配事を増やさないで下さい」
そう言って女の人はまた大きくため息をついた。
綺麗な顔に大きく皺が寄っていて、潤平はそれを見て申し訳ないと思ってしまう。
「ごめんなさいにゃ。タマヨ」
ここで初めて女の人の名前が分かった。
薄々感付いてはいたが、この人がルリのお姉さんで父親に代わって当主をしている人か。
それと第二師団だかの団長も務めているんだっけか。
「騒ぎを起こしてすいませんでした」
ピー男爵が頭を下げたので、潤平もそれに倣って頭を下げる。
騒動を起こした張本人だし、何よりこの人を目の前にして申し訳ないと感じている。
潤平は深々と頭を下げた。
タマヨはもう一度大きく息を吐くと、ピー男爵と潤平を見比べる。
その目つきは、さっきよりもどこか柔和な目つきをしてるように見えた。
「襲撃ではないことが分かれば大丈夫です。ですが今後二度とこの様な騒ぎは起こさない事。それと貴方も軽々とピーの口車に乗せられない事。分かりましたか?」
「はい……」「にゃあ……」
「ふう、帰って来て早々頭が痛いです。それでピー君今更ですが、其方の彼を紹介してはくれませんか?」
タマヨの口から、厳重注意が出たことで潤平とピー男爵の二人はしょぼくれる。
そんな二人を見てタマヨは話題を変えようと思い、ピー男爵に潤平の紹介を進める。
騒ぎを起こしてタマヨに迷惑を掛けた事が、相当悪いと思ったのかピー男爵は、耳がへにょりと垂れてしまい力なくタマヨの言葉に応じる。
「そうだったにゃ……、こちらの少年は潤平と言うにゃ。何でもルリちー達が盗賊に捕まってる所を助けてあげて、そのままこの屋敷まで護衛を引き受けたみたいなのにゃ……」
「……そう。報酬はちゃんと渡したのですか?」
「……それは、ルリちーがちゃんと渡してたのにゃ。僕もその場にいて確認したから間違いないのにゃ」
「なら、何故まだこの屋敷にいて中庭で、貴方と魔法の訓練をしてるのですか?」
「……それは、ルリちーの護衛を延長したのと、この少年が僕達の救世主になるからだにゃ。いや正しくは彼が僕達を救うのにゃ」
「……その根拠は?」
「……その話をしたくて、タマヨを待っていたんだがにゃ。にゃあ、こんな事になるとは」
「はあ、いい加減立ち直りなさい。幾ら叱られたからと言って、そんなにしょげていてはまるで叱った私が悪いみたいじゃないですか」
「にゃあ」
「まったくもう。それで潤平さんと言いましたか? 貴方をピー君は救世主と言いましたが、どうゆう事なのですか? 私には只の青年にしか見えないのですが?」
ピー男爵が落ち込み過ぎて、きりがないと思ったのかタマヨは、潤平に話の続きを聞いてくる。
「あ~、それがどうも、俺の境遇とゆうか俺がしなきゃいけない事とゆうか、俺の使命とゆうかそれがどうも関係あるみたいなんですよね」
急に話を振られたので、潤平は頬に汗を垂らしヘラりとぎこちない笑顔で返答する。
「貴方の使命? それが何か私達と関係があると?」
いまいち納得がいってないのか、タマヨは訝しんだ顔で潤平の顔を見る。
その潤平の言葉の続きをピー男爵が繋いだ。
「取り敢えずタマヨに何があったか、それとこれからどうするかを話たいのだけど、ルリちーがまだ眠ってるにゃ。個人的にはもう少し寝させときたいから、タマヨもご飯を食べて少し疲れを癒やすにゃ。ちょっと顔色が悪いにゃ」
「顔色が悪いのは、貴方達の騒動も含まれているんですけどね」
暗に、君たちのせいだと言われたので、ピー男爵と潤平は口を横に紡ぐ。
「はあ、分かりました。私もご飯を食べて少し休みます。この所ずっと気を張っていたので、そうですね、皆集まるのは昼頃を目安にしますか」
「大丈夫にゃ。それならルリちーも起きれると思うにゃ」
「ではそうしましょう。ああ、貴方達二人は中庭の掃除をお願いします。何もないじゃ示しが付かないので、騒動を起こした責任はきっちりととって下さい。壊れた箇所があったらそれも直すように、いいですね?」
「分かりました」「にゃあ」
その言葉を、最後にタマヨに部屋からの退室を促されたので、潤平とピー男爵の二人はタマヨの部屋から出て行く。
中庭に戻ると、何処からか話を聞きつけたフミさんが、二人を手伝おうと布巾と桶を待って待っていたので、潤平とピー男爵の二人は、そんな迷惑を掛けられないと言ってフミの好意をやんわりと断った。
それでもフミは廊下に座って、二人が中庭に広がった水を何とかするのを静かに眺めて見ていた。
中庭から水を掃き、廊下や屋敷の一部を水浸しにしていたのを乾かし、修繕して全てが終わる頃には太陽が真上に昇っていて、タマヨが言っていたお昼を目指す時間になっていた。
「ぐあ~っ、やっと終わったにゃ~~っ」
「思ったより時間が掛かった~っ」
二人が思っているよりも長く掛かった中庭の修繕は、潤平が水魔法を爆発させた時と同じ状態にまで戻っていた。
地面に溜まった水を掻き出し、屋敷の壁や廊下が濡れていたら、ピー男爵が器用に火魔法と風魔法魔法で乾かし、屋根の瓦が爆発の影響で壊れていたら、潤平の修復魔法で直したりした。
二人は縁側に腰を掛けると、上半身をエンガワに掛け、下半身を外に投げ出すとそのままぐで~っと、仰向けになる。
そこにフミが冷たいお茶を差し入れてくれる。
「どうぞ、冷えたお茶です」
「ありがとうございます」
「フミちーありがとうだにゃ!」
渡されたお茶を、潤平とピー男爵の二人は勢い良く飲み干すと、あっという間に湯飲みは空になり、二人はぷっはーっと勢い良く気持ちいい息を吐く。
さながら夏に見掛けるお茶のCMの様な一コマになり、分かる人が見ればそれを思い出す様な光景に見える。
「もうお昼だにゃ~、ご飯はさっき食べた気がするのに、もうお腹が減ってるのにゃ~」
「確かに、朝食がついさっきの様に思うわ。ずっと水と格闘してたから腹が減ってるわ」
肉体労働していたので、潤平とピー男爵の二人は昼頃な事もあって、お腹が減っていると言い出す。
それも予想していたのか、フミは昼食の準備が出来ていると二人に告げる。
「既に昼食の準備は出来ております。タマヨ様が先程起きていらして、話をするのについでに昼食も取ろうと言ったので、お二人の分も用意してあります」
「それは助かるのにゃ! こうしちゃいられない早く行くにゃ!」
「ですがその前にお二人は、汚れを落とした方がいいかと」
見ると潤平もピー男爵も結構汚れが付いていた。
このまま昼食を食べる訳には行かず、二人はまたしてもお風呂場に向かった。
只今回は簡単にお風呂を済ませた。
潤平は今回ワイシャツと制服のズボンではなく、風呂上がりに用意されていた半袖短パンの甚平を着る事にした。
ワイシャツと制服のズボンは、後で修繕魔法でも掛けとこうと思い収納魔法に仕舞っといた。
用意された部屋に向かうと、既にタマヨは座っていて何やら書類を見て険しい顔をしていた。
二人が来たと分かると書類から顔を上げて、二人を歓迎した顔になる。
「どうぞ、座って」
さっきの険しい顔から一点、優しい笑顔になり潤平はその笑顔に惹かれる。
ルリを大人にしたような顔付きが、潤平の頭の中に鮮明に残った。
顔に目立つ傷跡があるが。そんなのが気にならない位彼女の笑顔が綺麗だった。
「にゃ~、座るにゃー。あれルリちーはまだ起きて来てないのかにゃ?」
「そうね。まだ来る気配がないわね」
「なら僕が様子を見て来るにゃ。ちょっと待ってるにゃ」
そう言ってピー男爵はルリの所に駆け出して行く、潤平をこの場に置いて。
残された潤平は、タマヨと二人きりになり気まずい空気の中、昼食が並んでいるのを待っていた。
「さっきはごめんなさい。少し言い過ぎた気がします」
突然のタマヨの謝罪に潤平は、面を食らう。
「えっ?」
「あれから少し休んで考えたの。ルリを救ってくれた命の恩人に対して、あまりにも言い過ぎたのではないかと。それに感謝の言葉の言わないで部屋から追い出してしまったので。なので改めてルリを救ってくれてありがとうございます」
「そんなっ、俺が騒動を起こした原因ですし、タマヨさんに余計な心配を掛けたのも事実ですっ、それを謝られるのは違うと思います。それにルリさんの件に関しては偶々です。俺が盗賊に因縁があってそこにルリさん達が偶然いたんです。命を助けて貰ったとゆうなら俺だって、命を救って貰ってます。だから俺が助けたなんて思ってません」
「そうなの。君は優しい子なんだね」
大人の雰囲気を出したタマヨの笑顔に潤平はやられてしまう。
以外と自分は年上が好きなのでは? と錯覚しているとピー男爵の足音が聞こえてきて、直ぐに部屋に入ってくる。
「ルリちーを連れてきたにゃっ」
「ありがとう」
「いやー、やっぱり僕が思ったとおりだったにゃ」
「何がです?」
「お熱だにゃ。今起きたばかりでどこかぼーっとしてるので、熱を測ってみたら少し熱が出てたにゃ。そのまま寝といていいと言ったんだがにゃ。タマヨに会いたいと言って今着替えてるにゃ。だから少し前遅れてくるにゃ」
「そうなの……。平気なの?」
「うんにゃ、一応大丈夫だと思うにゃ。朝食が終わったらちゃんと診察するにゃ」
ピー男爵が言った通りそれから数分後、ルリが遅れて部屋にやってきた。
軽く頬が上気して、綺麗だった黒髪に少し寝癖が付いていた。
「おはようルリ。よく眠れましたか?」
「……あっ、タマヨお姉様。ご無沙汰をしております。はい、ルリは随分と休むことが出来ました」
「……そうですかそれは良かったです。では皆をこれ以上待たせるのも何ですし、昼食を食べましょうか?」
「あっはい、戴きましょう。フミ私には少し少なめに盛り付けて下さい」
「畏まりました」
「それではルリも来た事ですし、食べましょうか」
「わーいっ、いただきますにゃっ」
「いただきます」
皆を思い思いに食事の挨拶をして昼食に有り付く。
ピー男爵はやはり好物なのか、魚の塩焼きを一番最初に食べていた。
タマヨとルリはお上品に汁物に口を付ける。
潤平はやはり食べ盛りとゆう事もあって、気になっていた肉団子と野菜の餡かけを一番最初に口に運ぶ。
肉団子と炒めた野菜に、とろっとした甘酢の餡かけが掛けてあって、一口食べる毎にご飯がどんどん進む。
しかしそれだけでご飯を空にするわけにはいかない。
他にも、魚の塩焼きや何かの佃煮っぽい物、汁物もある。
それに極めつけはこの漬物だ。
これがとても上手いっ、誰が作ってるのか知らないが、ご飯の合間合間に箸休めの漬物がとても美味しいのだっ。
主役になるわけでもなく、かといって端っこに追いやられる訳でもなく、丁度良い塩梅さが心に響く。
潤平はばあちゃんが作ってくれた、漬物の味を思い出していた。
ばあちゃんも漬物を漬けるのが上手く、じいちゃんが食卓に並ぶ度に、食べてしまうのでよく小言を言っていたっけ。
でも、その時の二人の顔は満更でもない顔をしていた様な気がする。
いきなり漬物を箸で持って、見つめながら黙ってしまった潤平を見て、ピー男爵は口に食べ物を詰め込みながら訝しむ。
詰め込んだ物を勢い良く飲み込むと、ピー男爵は潤平にどうかしたのかと聞く。
「どうしたのにゃ? 漬物を見て固まってそんなに美味しかったのかにゃ?」
「……いや、美味しいのは勿論なんだけど、漬物を食ってたらばあちゃんを思い出してしまって、ばあちゃんも漬物を漬けるのが上手かったなーと思って……」
「ほえー、そうだったんだにゃ」
それまで静かに食べていたタマヨだったが、二人のやり取りを聞いていて、内容が気になったのかタマヨは潤平に質問をする。
「君のおばあ様は漬物を漬けるのが上手かったのですか?」
「あっはい。漬物もそうですけど梅干しとかも漬けてましたね、前に物凄い塩っぱいのを作って、俺とじいちゃんが嫌々喰わされましたけど」
何気ない潤平の過去の発言に、それを聞いていたピー男爵とルリは只聞き流す。
だがタマヨだけは気になる事があるのか、潤平を質問攻めにする。
「そうですか、君の祖父母はこの国のどこ出身ですか? 西の方ですか? それとも北の生まれですか?」
「いや、この国出身ではありません。俺もこの国の生まれではないです」
「……では、どこの国の生まれですか?」
「えーとそれは……」
タマヨの質問に答えずらくなった潤平は、ちらっとピー男爵とルリを見て助けを求める。
今この場でその話をしても良いのか、食事が終わってから話すつもりだったのが、急な先制に三人は戸惑いの色を見せる。
「ふふっ、そんな堅くならなくても大丈夫ですよ。何も責めてる訳じゃありませんから。只私は漬物に対して凄く思い入れがあるのは何故なのかと思っただけなので」
三人の様子を見たタマヨは笑顔を浮かべると、堅くなった三人に対して柔和に接する。
「それに、食事が終わったら全て話してくれるんでしょう? なら潤平さんの話はその時に聞きます」
「それは勿論っ、元々そのつもりでしたからっ」
お姉さんの笑顔にやられてる潤平は、ついついお姉さんに対して意気込んでしまう。
それを見ていたピー男爵とルリは、どこか面白くないような表情を見せていた。
「そう言えば潤平さん、箸の持ち方がとても綺麗ですね。それとお茶碗にご飯粒が一つも残ってないのも凄いと思います。この国出身でない潤平様が、どこでその様な作法を学ばれたのでしょう?」
お代わりをフミに頼もうとした潤平だったが、またタマヨの質問攻めが始まり、動きを止めてしまう。
結局、皆が食べ終えて潤平がお代わりを食べ終わるまで、タマヨの潤平に対する質問攻めは終わらなかった。
タマヨの顔には潤平に対する好奇心が満ち溢れていて、それを見てルリとピー男爵は、静かにお茶をすする事しか出来なかった。
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