第二十七話 ビバ 和食
「ふぃ~、気持ちよかった~」
お風呂にしっかりと浸かって、身も心もさっぱりした潤平は、元々いた来賓用の部屋に戻って来て、気持ちよかったのか畳にゴロリと寝転がった。
「さっぱりしたかにゃ?」
「うん、とても気持ちよかった。言われた通りお風呂に入って良かった」
「そうかにゃ、それは良かったにゃ。テーブルの上にフミちーが用意した夕食があるにゃ。それを食べるといいにゃ」
「おほっ、それは助かる。いただきまーす」
がばっと起き上がると、テーブルの上に用意されてる食事を見る。
上には、布が掛けられておりそれを取ると見事な食事が用意されていた。
特大の握り飯が二つとお味噌汁、それと筑前煮っぽい物と漬物が並んでいて、それを見た瞬間潤平のお腹は勢い良く鳴りだしてお腹が減っていたのが分かった。
やっぱり日本食が一番だと、食事をしていて潤平は今更ながらにそう思う。
それにちゃんとした食事は、この世界に来て初めてだったので感激のあまり、潤平の目尻に僅かに涙が滲んでる。
「食うのにゃー、そんなに美味しいのかにゃ」
ピー男爵の言葉にも返事が出来ない程、潤平は食事をするのに夢中になっていた。
それだけちゃんとした食事が美味しく感じるのだ。それになにより白米と味噌汁が食えた事が大きい。
それだけで何倍にも食事の美味しさが膨れ上がったと錯覚する。
「しょうがないにゃー、僕のおむすびを一個上げるにゃ」
「ひひの!?」
「うんにゃ。僕さっき沢山お菓子を食べたからにゃ。ちょっとお腹いっぱいにゃ」
「はりがほう!」
潤平は更に食事をする速度を加速させて行く。
「ご馳走さまでしたー!」
すっかり空になった御前を前に、潤平は手のひらを合わせて感謝の言葉を口にする。
「これどうぞ」
「あっ、いただきます」
食事食べ終わった潤平に、横からフミさんが食後の温かいお茶を差し出してくれる。
それを潤平は有り難く受け取る。
「後は潤平はゆっくりしてるといいにゃー。何かあったら僕が起こすのにゃ」
「そうなの?」
「うんにゃ、他にすることもないしこの屋敷の事は僕がするのにゃ、大丈夫だにゃゆっくりとすると良いにゃー」
「分かった、ありがとう」
「うんにゃ」
そうお礼を言って、潤平はテーブルの横に胡座をかいて外の景色を眺める。
外は既に真っ暗で、虫の大合唱が庭にある茂みの中から引っ切りなしに聞こえてくる。
潤平は夜空に浮かぶ三日月を眺めながら、ここまでの経緯を思い出していた。
盗賊のアジトを襲撃した時から、ここまで色んな事があったなと思いに耽る。
それがまさかとんとん拍子に、住処と食べ物とそれにお風呂に入れる事になるなんて、そこまで上手く事が進むとは思いもしなかった。
だがやる事も沢山ある。
ルリの護衛、襲撃者の判明とこの国の淀みの魔力の所在と、それにワドウから制服を取り返す事、思い返すだけでも結構ある。
それらを順番に片付けて行かなきゃならない。
潤平は胡座をかいてるのがきつくなってきたので横になる。
その際さっきまで座っていた座布団を曲げて枕代わりにする。そしてそのまま膝を曲げて縮む様に丸くなる。
横になって見上げた夜空と月はいつもと違う景色に見えた。
明日はルリのお姉さんに会って色々話をしなきゃな。それと報酬のお金を魔法ギルドに持ってって、マナカードに入れとかないと。
それとついでに観光もできたら良いな……。
色々な事を考えながら、潤平は瞼が重くなってきたので自然と目を瞑る。
しばらくすると、外の虫の合唱に加えて潤平の規則正しい寝息が混じる。いつの間にか部屋からはピー男爵が居なくなっており、潤平は一人部屋の中で夜を過ごしていく。
「う……ん……」
潤平は気持ち良く寝ていた所に、急に息苦しさを感じて寝返りを打つ。
この世界に来てから、何度目か分からない悪夢にうなされ苦悶の表情が出る。
何か不気味なものが、こちらをじっとりと見ているそんな夢を見ている。
「…………」
目が覚めると、黒茶色に染まった木製のテーブルが目に入った。
潤平はむくりと起き上がり、部屋の中をゆっくりと見回す、まだ頭が覚醒しきってないのか、ぼーっとしていて反応が鈍い。
「あ……、ここは部屋か」
部屋以外の何処に居るのだろうか。
畳の上で寝たことでほっぺたと肩に付いた後が、急劇に痒くなりその箇所をぽりぽりと指の先で掻く。
髪の毛に盛大な寝癖が付いているとは知らず、潤平はゆっくりと立ち上がる。
その際、赤茶色の毛布がパサリと畳に落ち、誰かが潤平に毛布を掛けた事が伺えたが、潤平はそれに気付かない。
「今は何時だ……?」
ゆっくりだが冴えてきた頭が、今は何時頃なのかを確認するため、外を見ろと信号を促してくる。
それに従い、潤平はふすまを開けると窓の外に目を向ける。
外は若干明るくなってきており、屋敷の庭には薄い霧が出ている。
それを見て潤平は、大体朝の三~四時頃かなと予想した。
襖を開けた事により風が入ってきて、温い風が潤平の頬を撫でてくる。縁側に腰を掛け段々になっている縁石に足を乗せる。
世界が青く見えるとゆう事は、これから太陽が登って来るのかな、何て事を考えて潤平は一つ大きなあくびをする。
するとその時、庭にある茂みがガサリと揺れた。
潤平は何ら緊張感も抱かず、茂みから何が出てくるのを待った。
そうして待ってると茂みから出て来たのは、何かの生き物を口に咥えた猫だった。
猫は縁側にいる潤平の事を注視すると、ぷいと無視をしてさっさと何処かに行ってしまった。
潤平はそれを見て、ただ痒くなった肩をひたすらぽりぽりと掻いていた。
「じじくせ……」
一言そう残し、潤平は襖を閉めてまた畳の上に寝転がってしまう。
所謂二度寝と言う行為をやるつもりだ。
次起きる頃には、太陽も登り切ってるだろうと思い、潤平は目を閉じて、二度寝の世界に入って行く。
そして誰かが部屋の扉を開けて、潤平の肩を揺すって起こすまで潤平は二度寝の世界に浸っているのだった。
「凄い寝癖だにゃー!」
開口一番潤平に会ったピー男爵は、潤平の頭を見てそう口に出してゲラゲラと笑っている。
二度寝から目覚めた潤平は、フミさんに用意された朝食の味噌汁を啜りながら、不機嫌そうにピー男爵が笑っているのを眺めている。
鯖みたいな魚の塩焼きを食べて、ご飯を口に入れ咀嚼して飲み込むと、笑い転げてるピー男爵に向かって反論する。
「そうゆうピー男爵も、右頬の毛がぺったんこになっているけど、机か何かの上で寝そべってたの?」
潤平の言葉に、ピー男爵は動きを止めると自分の右頬を、さわさわと手で触って確認する。
「見事に直角に跡が付いてるけど、人の事笑えるのかな
~?」
「うにゃにゃにゃ」
「昨日は、綺麗な毛並みだっただけにちょっと勿体ないんじゃな~い?」
「いいんだにゃ! これは功労の証だにゃ! 僕はちゃんと頑張ったんだにゃ」
そう言ってピー男爵は自分の顔を何度も手で洗う。
その姿を見る限り、最早普通の猫にしか見えない。
「ふーん、そうなんだ。……ご飯食べないの?」
何時までも顔を洗っているピー男爵に、潤平は折角フミさんが作ってくれた、ご飯が冷めてはいけないと思い、ピー男爵に食事を勧める。
「あっ、そうだにゃ。フミちーいただきまーすにゃ」
「はい、お召し上がり下さい」
そう言って、並んだ朝食にありつくピー男爵。
腹が減っていたのか、物凄い勢いで朝食を食べて行く。
「フミさん、ご飯のお代わり有りますか?」
「ええ、あっ、私がやりますから」
「えっ、いや、それ位自分でやりますよ。ただご飯をよそうだけですし」
「それをするのが給仕の仕事と言うやつです。私がやるのでお茶碗を渡して下さい」
「何か悪い気が……」
「僕もお代わりにゃ!」
「食うの早いなっ!」
「素直に、フミちーにお茶碗を渡すにゃ。じゃないと折角ここにいる意味が無くなるにゃ」
「そう言うもん?」
「そうにゃ」
「じゃあ、お願いします」
「はい。二人とも大盛りで宜しいですか?」
「勿論」「にゃ」
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」「にゃ」
新たに、ご飯がてんこ盛りになったお茶碗を受け取り、勢い良く口の中にご飯を詰め込んで行く。
その途中、潤平はふと気になった疑問が頭に浮かんで、二人に聞いてみた。
「そう言えば、フミさんは昨日も今日も普通に過ごしてますけど、休んだりしないんですか?」
昨日からフミさんが休んでいる所を、全く目撃していないので気になった潤平がふと、フミさんがいつ休んでいるのかを聞いてみる。
「ちゃんと休みましたよ」
「えっでも、昨日はほぼルリさんの近くにいたり、この部屋で給仕の仕事をしてましたよね……」
「ええ。ですからそれが終わり夜になってから休みましたよ」
「それじゃ、ほぼ休んでいないんじゃ……。それに他の二人は一日休みを貰って部屋にいるのに、フミさんは今日も朝からこの部屋に来て仕事してるじゃないですか?」
「使用人足るもの主人より休むわけにはいきません。夜しっかりと寝て朝はきちっと起きる。それが使用人の努めです。」
「あっいや、盗賊に捕まっていたんだし、長旅もしたんですから、その心身共に疲労がかなり溜まってると思うんですけど……」
「そんな物はありません。有ったとしても使用人は決して顔には出さないのです」
「ええ~っ」
「ルリちーもだけど、フミちーもかなりの働き者で頑固者だからにゃ。休めと言ってはいそうですか、と言う性格をしてないにゃ」
「使用人として当然です」
「でも今は、そのご主人様は疲れて眠っているにゃ。だからフミちーも休んで良いと思うんだがにゃ」
「……その間違う仕事が有りますので」
「若干間があるにゃ……、まあこの性格は今に始まった事じゃないし、ルリちーがやりたいんだだったらやればいいにゃ」
「そうか……、余計なお世話だったかな?」
「いんやー、僕も昔同じ事を口酸っぱく言ったけど、結局止めにゃかったからにゃ。気にしなくて良いと思うにゃ」
「潤平様、気にして下さりありがとうございます。ですが私は今の自分が気に入っていますので」
「そうなんですね、分かりました。てゆーかしれっと大事な情報喋んなかった今? ルリさん寝ているの?」
「言ってなかったかにゃ。お風呂に入ってご飯を食べた後限界が来てソファに寝ちゃったにゃ、でそのまま寝かせとくのも駄目なので布団に運んだにゃ。まあ僕の予想だとまだ起きてこないと思うし、多分良くない気がするにゃ……」
「? ……ふ~んそうなのか。そうだ! それならスミレさんはどうなったの? あれから何かあった?」
「スミちーは、朝早く起きてお風呂を浴びてご飯も食べて、大丈夫な様子だったにゃ。寧ろ元気が余ってしょうがないと本人が言ってて、朝に屋敷の庭の掃除をしてたにゃ」
「おー、それなら良かった。何ともなかったって事だろ?」
「そうにゃ。やっぱり僕の見たとおり、魔力の過剰な供給が起こした、体の防衛本能で間違いないと思うにゃ」
「そかそか良かった良かった」
スミレさん本人に悪影響がないと聞いて、潤平はホッと胸を撫で下ろす。
初めて人に浄化魔法を掛けた結果が、事故を起こしていたら、潤平はショックでトラウマになってしまってたかもしれない。
その様な事にならなくて、潤平は心から安心する。
「後で、ちゃんとスミレちーに謝っとくにゃ」
「うん、ちゃんと謝る」
スミレさんを見つけたら、ちゃんと謝罪をしておこうと潤平は心の中に留めておく。
「てか、そう思うとピー男爵結構遅くまで起きてたんじゃない? 話を聞く限りかなり働いてるみたいだけど?」
「そうにゃー! だから今若干眠いにゃー! タマヨもまだ帰って来ないし、ああ言った手前ルリちーを起こすのも忍びないし、誰かさんはご飯を食べた瞬間、目を離した隙に畳の上で横になって眠ってるし、僕一人色々やってタイヘンだったにゃ!」
「ほんとすいません」
「まあ良いにゃー、これでも医者の端くれだし忙しいのには慣れてるにゃー、夜あちこち駆け回って皆の事を見に回るのも大丈夫だにゃー」
そう言って、ピー男爵は落ち込んだ雰囲気を醸し出して、小鉢の中の副菜を箸でいじいじと突く。
時折、潤平の方をチラチラと見て何か言いたげな表情をしている。
今喋った内容と動きが逆になっている。
「悪かったって、ほんとごめんなさい」
「悪かったって本当に思ってるにゃ……?」
「思ってる思ってる、心の底から思ってる」
「じゃあ僕の言う事聞いてくれる……?」
「嫌待て、それは違う気がするぞ」
「やっぱり。心の底から謝ってる何て嘘なんだにゃ」
「ぐっ」
そう言って、さっきよりもいじけた雰囲気を醸し出すピー男爵。
だが、先程箸で突いてた副菜は律儀に口に運んでいる。
どう見ても演技なのだが、悪い事をしたと思ってるのも事実、しょうがないので潤平が折れる事にした。
「分ーかった、分かりましたよ。俺は何をすればいいんだよ?」
「潤平の使える魔法を見して欲しいにゃ……」
「えっ、そんな事?」
以外にも、ピー男爵は潤平の魔法が見たいと言い出したので、これには潤平も予想してなかったので、意外な反応をしてしまう。
「そうにゃ……」
「それだけだったら別に幾らでも見せれるけど」
「本当にいいんだにゃ!?」
潤平の反応とは逆に、ピー男爵はテーブルの上に、身を乗り出して物凄く驚いた反応をする。
「う、うん別に良いけど……」
「こうしちゃいられないにゃ! 直ぐ食べ終えて中庭に行くにゃ!」
ピー男爵は残ったご飯を、物凄い勢いで平らげていき、最後にお茶を勢い良く飲むと、早く行こうとして潤平を急かす。
「フミちーご馳走さまにゃ! ほら早く中庭に行くにゃ!」
「あ、ああ、ちょっと待って」
先程迄とは違うあまりの豹変振りに、潤平はその勢いに押されてしまう。
「フミさんご馳走様でした。美味しかったです」
「はい。行ってらっしゃいませ」
部屋に残ったフミさんを置いて、ピー男爵は潤平を引っ張り、ずんずんと屋敷の中を進んで行く。
潤平はただ、後ろからピー男爵の揺れる尻尾を見ながら、黙ってついて行く事しか出来ない。
その様子を、すれ違う使用人の人達は不思議そうに眺めていた。
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