第二十六話 O HU RO
木製の廊下を歩く度にギィコギィコときしんだ音が鳴る。
あれから、ちょっと貰い過ぎてる気がする報酬を収納に仕舞って、ピー男爵と共に気を失ったスミレの状態を診察するために屋敷の中を歩いていた。
ピー男爵は使用人も付けずに、勝手知ったるルリのお屋敷をずんずんと進んで行く。
その後をちょこちょこと申し訳なさそうに潤平はついて行く。
途中開けた通路を通り、ルリ達が居た屋敷とは違う作りの建物に入って行く。所謂使用人達が住んでいる別館とゆう建物だろう。
ピー男爵はその建物の一室に入って行く。
すると中に、布団の上に静かに寝かされてるスミレの姿扉の外から確認出来た。
「ちょっとそこで待ってるにゃ」
流石に部屋の中に男の潤平が入る訳には行かず、潤平は部屋の外で待たされる事になった。
待ってる間暇になったので、壁にもたれかかりながら何かする事がないか考える。
すると足下に何か違和感を感じたのでそちらに視線を向ける。
「んがっ」
そこには見事に親指の所が破けた靴下があった。
酷使した影響で破れてしまった靴下を、潤平は急いで脱いで修復魔法を掛ける。
まさか靴下が破れてるとは、もしかしなくても破れたままこの屋敷に入ったのか? そう思うと恥ずかしくなって顔と耳に熱を帯びてくのを感じる。
潤平はこの際だから、汚れているワイシャツや制服のズボンにも修復魔法を掛ける。
ワイシャツは所々汚れていたし、ズボンに至ってはこの前修復魔法掛けたばっかりなのに、裾の所が汚れてほつれ掛けていた。
これは靴にも、修復魔法を掛けといた方がいいなと思いつつ、そう言えばパンツはどうなってるんだろうと、思ったところでその考えに待ったを掛けた。
使用人の女子寮の中で、パンツに手を掛けてる男とゆうのは、もしかしなくてもかなり不審者に見えるのでは? もし今誰かがこの場を通って目撃したら、やばいのでは?
そう思ったので、潤平は下着を直すのをやめた。
それに潤平はしばらくお風呂に入っていないのだ。
幾ら水浴びをしていたとは言え、かなり汚れているだろうし、女子の花園をわざわざ汚くするのも忍びないか、と思って扉の横に座ろうとする。
「潤平様?」
びっくーーーんっ!!!
いきなり話し掛けられた事で、潤平の心臓と体が跳ね上がる。
「ここで何をしてるんですか?」
「よ、よ、よ、よ、ヨリしゃんっ!?」
「はい?」
そこには風呂に入って着替えたであろう。綺麗になったヨリが建っていた。
風呂上がりなのであろう、若干頬が赤み掛かっている。
もしかして今の行動を見られていたっ!? やばい最悪だっ、これで俺は変態の烙印を押されるんだ……。終わった……、ごめんじいちゃんばあちゃん……、孫は異世界で女子寮で下半身を露出していた、変態野郎になってしまったよ。
「潤平様? スミレの部屋の前で何をしてるんですか?」
その時きぃぃとスミレの部屋の扉が開き、中からピー男爵が顔を出した。
「あれ? そこで何してるんだにゃ?」
ピー男爵は不思議そうに、絶望をしてる潤平とヨリを交互に見て頭を捻っていた。
「原因は魔力の供給過多だと思うにゃ」
スミレを診察していた、ピー男爵の口からそんな言葉が発せられる。
それを横で聞いていた潤平と、ついでにスミレが倒れて気を失ったヨリは、同時の上に?マークが浮いていた。
「過多って事は、魔力を多く貰っちゃったって事?」
「そういう事になるにゃ、恐らくだけど潤平がスミちーに、淀みの魔力に侵されてないか心配して、浄化の魔力を掛けた事が影響してるにゃ」
「俺が大量に浄化の魔力を掛けすぎたから?」
「そうにゃ。大量にそれも良質な浄化の魔力を、掛け過ぎたせいでスミちーの体が、びっくりして気を失ってしまったんだと思うにゃ。要するに魔力を食べ過ぎたというやつにゃ」
「と言う事は、俺が魔力を掛け過ぎたのが原因って事か……」
その瞬間、潤平の全身から血の気が引いた。
前に淀みの魔力に漬かった、手錠を思いっきり浄化の魔力で浄化した事があった。
その際手錠は、ボロボロと砂になって崩れてしまって、それを見て潤平は人に浄化の魔力を使う際は、もっと慎重にやろうと心に決めたではないか。
その時の事を思い出し、まさかスミレさんの体にも同じ様な事が起こったのではないかと思った潤平は、自分が大変な事をしでかしたのではと思って目の前が暗くなる。
「そう悲観することもないにゃ。触れていなくても淀みの魔力が、余波の影響でスミちーに悪さをしている可能性もあったにゃ。それを考えたら別に浄化の魔力をかける判断は間違ってないと思うにゃ。ただ次からは、人に浄化の魔力注ぐ際は量を気を付けるにゃ。じゃないとこうなってしまうにゃ」
しかし潤平の心配を余所に、ピー男爵はスミレの体には何も問題が起きてないと言い、潤平はその言葉に心底救われる。
「……分かったよ、次から気を付ける」
「まあ、スミちーは数時間もすれば目を覚ますんじゃないかにゃ。それに潤平の浄化の魔力は良い物にゃ。起きたら気分が良くて、体が軽く感じるんじゃないかにゃ」
「あ~、本っ当に無事で良かった~」
スミレに悪い影響がないと分かって、潤平はホッと胸を撫で下ろす。
ピー男爵は、寝ているスミレの額に滲んだ汗を、拭き取る様にナプキンで額をさらりと撫でる。
眠っているスミレは、とても幸せそうな顔をしていて、心地よさそうに寝息を立てていた。
「多分、他の医者に診せても同じ事を言うと思うにゃ。たからスミちーの事は心配いらないにゃ。大丈夫だと思うにゃ、ヨリちーはこの後何か仕事が有るのかにゃ?」
「いえ特には、ルリ様にも従士長にも疲れただろうから、ゆっくり休んでいなさいと言われていたので、お風呂に入りスミレと談笑でもしようかと思いここに来ました」
「そうか。それならスミちーを少しの間、見ておく事は出来るかにゃ?」
「それ位なら構いませんが……」
「済まないにゃ、お願いするにゃ。それと本人が暑そうだったら、部屋の窓を少し開けて風通りを良くした方がいいにゃ、かなり汗を掻いてるからにゃ、結構暑い筈にゃ」
「了解しました。何か他にやっておく事は有りますでしょうか?」
「うんにゃ特に何も。着替えとかさせたいけど、寝ている人の着替えは重労働だからにゃ。数時間で目を覚ますならば、ゆっくりして水分補給でもして、お風呂に行って汗を流せばいいにゃ」
「分かりました。そう伝えます」
「うんにゃ。それでは僕たちは早々にここを立ち去るとするかにゃ。オスがいつまでも、女の子の住処に入り浸ってるもんじゃないにゃ」
「オスて。俺をそんな呼び方で呼ぶなよ」
「男は皆オスになるんだにゃ。ヨリちーも気を付けにゃよ、潤平は大人しそうな顔をしてるけど、歴としたオスだからにゃん」
「はあ」
「……ぐっ」
先程までパンツを脱ごうとしていた潤平は言葉に詰まる。
「僕は歴とした由緒正しい妖精だからにゃん、そんな枠組みに入らないんだにゃん」
「ここぞとばかりに、妖精の名前を使うんだな」
「そんな事は良いから、早くここから出て行くにゃ。ほら早く早く」
「はいはいはい」
「それではスミちーを頼んだにゃん」
「はい。お疲れ様です」
「ばいばいにゃん」
扉が閉まると、騒々しかった部屋が急に静かになる。
その温度の差に、ヨリは少し寂しく感じる。
廊下からは、二人が騒いでる声がまだ聞こえてきた。
屋敷まで競争だにゃん。とゆう声とドタドタと騒がしい音が聞こえてきて、その音も遠ざかって行くと、部屋だけでなく建物全体がシンと静まりかえる。
ヨリはただ待ってるだけなのは暇だと思い、自分の部屋から時間潰すための、読みかけの本を持って来ようと思い、席を立つ。
そう言えば、ピー男爵が水分補給をとも言っていたので、何か飲み物も持って来よう。
「んしょ」
ちらりとスミレの寝顔を見てから、部屋の窓を少し開け放つ。
幸い今日は少しも気温が高い日なので、体を冷やす様な冷たい風が入って来る事はない。
隣の部屋なので直ぐに戻って来よう。
そう思い扉を開けるとぶわっと、少し強めの風が部屋の中に入る。
ヨリはそれを気にすること無く、扉を閉めて隣の自分の部屋に入る。
スミレの部屋では、窓から入って来る心地良い風が、窓に備え付けられてカーテンを揺らしていた。
そしてその部屋の主は、幸せそうな寝顔で右に寝返りを打つのだった。
「スミちーの体には異常は見られなかったにゃ、数時間もすれば目を覚ますと思うにゃ」
「そうですか……、良かったです」
ピー男爵の報告を聞いたルリは、自分の身内に何も無かった事が分かると、大きく息を吐いて心から安心した様子を見せた。
それを遠くから聞いていたフミも、若干だが頬が緩んでいて安心した様な表情を見せた気がする。
気がするとゆうのは、潤平がフミさんに目を向けた時には既に、いつもの凜とした表情に戻っていたからだ。
せっかく違う表情が見れると思ったのに、大きなチャンスを逃した潤平は悔しそうな顔をする。
そしてそれに気が付いているのかいないのか、フミさんも潤平に対して、少し余裕のある表情をした様な気がする。
やっぱりそんな気がする程度の話だが。
「ルリちーは休まないのかにゃ?」
そんな二人の攻防は置いといて、ピー男爵はまたもや出されたお茶菓子を食べながら、ルリの体調を気遣う。
今回出されたお茶菓子は、フミさんが作った物らしくピー男爵は凄い勢いで食べていた。
潤平もそのお茶菓子を口に運ぶ。
先程食べたお茶菓子はしょっぱい味をしていたが、ルリさんが作ったお茶菓子は、上品な甘さのお菓子だった。
潤平はそれを食べ進めて行く内に、何処か食ったことのある様な気がしてきて、必死に、頭の中でその記憶は思い出していた。
「私はまだやる事が沢山有りますので」
「駄目にゃ! ルリちーまで倒れてしまったら、この屋敷を誰が纏めるんだにゃ! 盗賊の所から助け出されて長旅をしてきたんだから、相当心労が溜まってる筈にゃ。それにルリちーが倒れたなんてタマヨの耳に届いたらタマヨの心は持たないにゃ。只でさえ今は精一杯だと思うにゃ! 何処かで休息を取らないと体が持たないにゃ!」
「それはそうですが、今はそんな事を言える状況ではないのです。大丈夫です、人はそんな簡単に倒れたりしません」
「んにゃ~! この分からずにゃー! フミちー! ルリちーお風呂に入れて綺麗にして、少しでも休ませとくにゃ! 後温めたお茶と温かいご飯でも食べさせとけば、コロッと眠るはずにゃ!」
「承知しました」
「えっ、フミ? 私は大丈夫よ?」
「駄目にゃ! これはお医者さんとしての義務で言ってるんだにゃ! ルリちーしっかりと休息を取りなさいにゃ!」
「えええええっ」
ピー男爵が声高々にそう告げると、フミと使用人数人がルリを何処かに連れて行く。
その際ルリの力ない声が、屋敷の奥の方に消えて行く。
「何かあったら僕に報告してにゃ、これでもまだ僕の名前は使える筈にゃ」
ピー男爵は残った使用人にそう告げる。
それを聞いた使用人は、頭を軽く下げると部屋から消えて行く。
部屋に残ったのは潤平とピー男爵だけ。
ずずっと潤平のお茶を啜る音が部屋に木霊する。
「潤平も休んだ方がいいにゃ。聞く所によると人力車とかゆう乗り物を、イズナイから爆速で引いてきたらしいにゃ。それならかなりの疲労が溜まってる筈にゃ」
一瞬イズナイって何ぞ? と思ったがアズマの前に寄った町が、そんな名前だったなと思って、頭の中で一人で解決する。
「俺? 俺はいいよ神様のお陰で疲れ知らずの体になってんだから。あれ位じゃ疲れないよ」
「体は大丈夫かもしれにゃいけど、心はそうはいかないにゃ。きっとかなりの心労が溜まってる筈にゃ。取り敢えずお風呂にでも入ってさっぱりしてくるにゃ」
「確かに、お風呂にはしばらく入ってないな」
「でしょ? ならそうするといいにゃ。入り終わったら、ここに軽食を持ってくる様に言っておくにゃ、だからこの部屋に戻ってくるといいにゃ」
「ならそうするわ、お風呂に入って来る」
「うんそれがいいにゃ。お風呂は分からないと思うから僕が案内するにゃ。ついでに僕も入るにゃ」
「おうそうしよう、一緒に入るとしよう」
「所謂裸の付き合いって奴にゃ」
「猫と人間がか?」
「失礼だにゃ、僕は妖精だにゃ」
潤平は談笑しながら部屋から出る。
ピー男爵の、揺れる尻尾を眺めながら着いて行くと、立派な男性用のお風呂に着いた。
「男性用と女性用に別れてるんだにゃ」
「へえーそりゃ凄い」
木製の扉を開けると脱衣所があり、そこで潤平とピー男爵は、着ている物を脱いで裸になる。
ピー男爵の方が着ている物が少なく、さっさとお風呂の入り口を開けて中に入って行く。
潤平もそれに続いて、中に入って行く。
するとそこには、綺麗な景色が広がってると思いきや、暗い空間にポツリと、小さい魔道具の灯りだけが灯された景色が広がっていた。
潤平は、現代の温泉の風景を期待していただけに、その光景に少しがっかりした。
そう言えば、江戸時代の温泉は真っ暗な中で入っていたと、聞いた事がある気がする。
そう思うと、貴族のルリの屋敷のお風呂がこれなのも、かなり上等な部類なのかもしれないと潤平は考える。
昔、じいちゃんとばあちゃんが若い時代に、五右衛門風呂がまだ使われていた、とゆう話をしているのを聞いた事がある。
異世界に来てまで、五右衛門風呂に入るとは思ってないけど、これを見るとその可能性が少し出て来た気がする。
ま、五右衛門風呂じゃないだけマシな方か、と潤平は開き直る。
「ぷはぁーーっ!」
器用に桶でお湯を掬って、頭の上からお湯を掛けてるピー男爵。
今更ながら思ったが、普通猫って水が嫌いなんじゃないの? 何でそんな気持ちよさそうにお湯を浴びてるの?
「まずはここで体を洗うにゃ。そうじゃないとお風呂に入ってはいけないにゃ」
「お、おお、分かった」
言われたとおり、潤平も木製の桶を手に取り、椅子に座って頭と体を洗う。
ここら辺は言わずもがな、慣れた手つきでお湯を掛けて洗っていく。
ふと、ピー男爵が壁から何かどろっとした物手に取っているのが気になった。
「それなに?」
「これにゃ? これは液体にゃ」
「あ、いやそうじゃなくて中身の話?」
「にゃあ、これは壁に備え付けられた人口の魔道具に、殺菌と抗菌作用のある装置を備え付けて、そこからとろっとした液体を出させてるにゃ。これを頭や体に付けて洗うと汚れが落ちるんだにゃ」
そんな物があるの!? 凄いな! しょぼいお風呂だと思っていたけど、まさか液体石鹸に近い物が存在するとは、ごめんちょっと舐めてました。
潤平は目の前にある壁からにょきっと出てる蛇口を軽く押してみる。
すると、ゆっくりとうにょょんと液体石鹸らしき物が、流れて来てそれを慌てて手のひらで受け取る。
「おおー! 凄いちゃんと泡立ってる! それにしっかり洗えてる気がする!」
「そうにゃ。淳平もしっかり洗うにゃ」
始めは、汚れが多かったのか泡立ちが悪かったが、何回も洗ってく内に、しっかり泡立ち汚れを洗えてる気がしてくる。
「あんまりポンポン使わないにゃ。その魔道具かなり高価だからにゃ、勿体ないにゃ」
「あっ、確かにそうだよね」
貴族のお風呂に備え付けられてる物なんだ。
こんな魔道具が安物の筈がないよね、あんまり無駄遣いするのは止めよう。
と言いつつ、しっかり体を洗いましょう。
しばらく洗ってなかったから、背中とお尻とアソコと足の指の間とかも、しっかり洗おう。
「それ! ざぶーんっ!」
ピー男爵は既に体を洗い終えて、浴槽に飛び込んでいた。
普通は、お風呂に飛び込むのは禁止行為だけど、やりたくなるのはしょうがないよね。
お湯を頭から何度も掛けて、体に付いた泡を洗い流していく。
あらかた体を流し終えると浴槽に向かう。
潤平は、ピー男爵の様に飛び込む事などせず足から静かにお湯に浸かっていく。
やはりお風呂に入るのは心地いい。
日本人の性なのか、全身が喜んでると実感する。
「じゃあ、僕はもう上がるにゃ」
そう言って、ざばっとお湯から上がると、ピー男爵は扉も閉めて脱衣所に行ってしまった。
「もう上がるの?」
しっかりとお湯に浸かって、お風呂を堪能している潤平と違って、さっさと行ってしまったピー男爵に、呟いた言葉は彼に届く事は無かった。
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