第二十四話 生き物の音
「マナカードを確認させてもらいます」
いかにも威厳のある怖そうな顔付きをした衛兵が、ルリ達の馬車を止めてそう尋ねてきた。
潤平達は第二区画を通り過ぎて、第三区画へと通るための外壁の前の詰め所にいる、そこでもやはり厳重な警備がされており、一筋縄では入れなそうな雰囲気を感じた。
外壁も第一区画、第二区画の所よりも幅が広くなっており、所々には穴が付いていてそこから黒い筒の先が見えていた。
潤平が窓からそーっと覗くと、衛兵の一人が此方を睨み付ける要に見ており、潤平は感じが悪くなったため見るのをやめる。
どうやら許可が下りたらしく、重そうな鉄製の扉がゴオーーンと開くと、ルリ達を乗せた馬車はゆっくりと動き出しその中へと進んで行く。
中に入ると潤平は窓から見えた景色が、第一区画、第二区画とも違う様子に衝撃を受けた。
まず人がほとんど歩いておらず、歩いていると思えば巡回してる衛兵だったりと、道を歩いている人の姿がほとんどなかった。
そして、建物のほとんどが白色の壁で覆われており、建物と中の様子が見えない様になっていた。
建っている屋敷の敷地も凄い事になっていて、ほとんどの建物が広く壁の端から端まで何十メートルもあった。
第三区画に入ってからはピー男爵も喋らなくなり、車内は静かな空間となって、ゴトゴトと揺られながら馬車は進んでいった。
第三区画に入ってからしばらく経って、ある建物の入り口の門の前で馬車は止まった。
ここがどうやらルリの実家らしく、スミレが一言喋ると家の人が門を開けたみたいで、開いた門をくぐり馬車はその中に入って行く。
ようやく長かった旅も終わったらしく、潤平は小さく息を吐く。
それは、向かいに座っているルリも同じだったらしく、小さく息を吐くと体から力を抜いていた。
スミレとヨリが屋敷の使用人と一言二言話すと、玄関の前で馬車を止める。
「……潤平様もピー様も、今暫く馬車の中でお待ち下さい。家の者と話をして参りますので。旅の疲れを癒やしたいでしょうが、今暫くご辛抱をお願いします」
「分かりました」
「分かったにゃー」
そう言ってルリはフミを連れて馬車から降りて行った。
大事そうに屋敷の使用人が傍にぴったりと着いて、ルリは屋敷の中に消えて行った。
そしてフミもその後に着いて行って、残ったスミレとヨリも荷物を馬車から降ろす作業をしていた。
車内に残された潤平とピー男爵は、する事もないのでぼーっと窓からルリの屋敷の景色を眺めていた。
「……潤平はルリちーの護衛が終わったらどうするんだだにゃ?」
沈黙に耐えきれなくなったのか、ピー男爵の方から質問が飛んできた。
いきなりのピー男爵の質問に、潤平は何て答えればいいのか悩んで足を組みながら考える。
幸い馬車の中は人が減ったため、足を組む位のスペースは確保できている。それに向かいに座っているのは猫のピー男爵なためスペースの余裕はあった。
潤平は答えとして、淀みの魔力を探すため都中を歩いて回りまーす。とは言えなかったので、適当に都を観光すると答えた。
「まあ、お金も入るのでそれなりの宿を探したら、そこに止まって都を観光するよ。それが飽きたら魔法ギルドにでも行って、何か稼げそうな仕事でも探すかな」
「そうにゃのかー」
「……まさか、また着いてくるとか言わないよな?」
「ギクッ、そ、そんな訳ないにゃ! 何度も黙って着いてくる程僕は暇じゃないにゃ!」
「どうだか」
ピー男爵の慌てぶりに、潤平は何かを感じて予め釘を刺しておいて良かったと思った。
浄化の旅にまで、着いて来られてはたまったもんじゃないのでこれ以上は勘弁して欲しかった。
ピー男爵は引き攣った笑顔で誤魔化すと、再び窓の外で働いてるスミレとヨリに視線を向ける。
そしてそのまま、潤平が考えてもいなかった言葉を潤平に告げた。
「だったらこの屋敷に泊まればいいじゃにゃいか」
「あ?」
「ルリちーの護衛を延長して、この屋敷に住まわせてもらえばいいにゃん。そうすればお金も貰えて、衣食住も付いてきて、ルリちーの身の安全も保証出来て全てが纏まるにゃ。」
「護衛の延長って、そんなの向こうが決める事だろ……?」
「うんにゃ~、多分だけどルリちーは喜んで了承すると思うにゃ。君みたいに腕の立つ護衛は、幾らでも確保しときたい筈にゃ。それにルリちー達とも何故か知らないけど、気心が知れてるみたいだし? 良いんじゃないかにゃ」
「気心ね~、そんな事ないと思うけどね。だって出会ってまだ半月も経ってないんだよ? そんなに慕われてるとは正直俺は思えないな~」
「確かに。連れ立った日数は大事かもしれないけど、それよりも、出会ったインパクトの大きさも大事だと僕は思うにゃ。ルリちーは複雑な環境で過ごしたからにゃ、心を許せる人は少ないと思うにゃ。それでも、潤平に向かってあれだけ喋るのはルリちーが、心を許してる証拠だと僕は思うにゃ。」
「……」
「まあ、本人の中で何があったかは分からないけども、何かしら大きな事があったのは確かだにゃ。じゃなきゃ知り合ってちょっとの人に、ルリちーが笑顔を見せるとは思えないにゃ。だから潤平に対して嫌悪を抱いてる事はないと思うにゃ」
「……そうなのかな?」
「そうだにゃ。嫌いな奴と一緒に同じ空間に乗ったりしないにゃ。ルリちーは一応身分の高いお嬢様なんだから。そうゆう風に育てられてるにゃ。大丈夫だにゃルリちーは話が分からない女の子じゃないにゃ。話せば通じるにゃっ! だから潤平は自信を持ってルリちーの護衛を続けるにゃ!」
「だから、そんなのまだ分からないって」
「何でにゃ、こんな良い条件の職場はないにゃ。報酬は良くてご飯も美味しい。護衛対象は可愛くて年も近い。綺麗な屋敷に住めて僕と一緒にいられる。こんな好条件の働き口は他にないにゃ!」
「まぁそうなんだけど……、っておい最後っ」
「だから僕と一緒にこの屋敷に住むにゃ! 絶対にそれが良いにゃ!」
「結局それか! 着いてくるのに理由が欲しいだけか!」
「そんな事はないにゃ~、今言った事は全部本心だにゃ~」
「全部って事は、俺に着いてきたい理由も本心じゃねえか!」
「んも~、いちいち面倒くさいにゃ。僕も一緒に付いていくから一緒にルリちーに、護衛の延長を頼みに行こうにゃ、きっとそれが良いにゃ」
そう言ってピー男爵は器用に、潤平の足から登っていき、頭の上に登って髪を掴んだきり離れなくなった。
「おいっ、このっ離れろよっ」
「嫌にゃー! 僕は決して離れないにゃー!」
そうやって暫く、馬車を揺らしながら暴れていると、不意に馬車の扉がノックされ開けられる。
「……あの、ルリ様から屋敷の中への許可が出たのですが、……どうされましたか?」
扉を開けたのは、この馬車を作り出してるスミレ本人で、荷物も纏め終えたスミレは、ルリの元へ向かい潤平達の許可の快諾を取りに行っていた。
「何でもないです」「にゃ」
頭に必死にしがみついてる猫を、無理矢理引き剥がそうとしているのを、何でもないの一言で済ますのは無理があるだろう。
スミレは怪訝な顔をしたが、敢えてそれを無視し自分の仕事へと戻って行く。
頭にピー男爵を乗っけたまま、潤平は馬車から降りるとスミレが荷物も人も無くなった馬車の魔法を仕舞う。
便利なスキルだなと、潤平はスミレのスキルを見てそう思う。
スキルで作られた馬と荷車。
それを最長一日出現させる事が出来る、何て便利なスキルなんだろうか。
潤平は前にどんな魔法を作ろうか悩んでいたが、スミレさんの馬車を出すスキルを作るのも、一つの案として頭の中に入れておく。
そんなスキルを出し続けていたスミレはと言うと、馬車のスキルを解除した事から大きく息を吐いていた。
見れば額に大粒の汗をかいており、髪が額に張り付いていた。
無理もないだろう、潤平の案で比較的楽になったとはいえ、半日も馬車を出し続けていたのだ。
それに第三区画に着いてからは、スミレさんが馬車を動かし続けていた。
かなり体力と気力を消耗した筈だろう。
潤平はスミレさんから視線を外すと、足早に屋敷の方へと向かう。
俺は紳士だからね。
あまり女性の顔をまじまじと見ては行けないからね。
決して、汗をかいてる女性の姿が艶めかしかった、なんて一ミリも考えてないんだからね。
足早に屋敷に向かう事で、頭の上からピー男爵の小さい声でにゃふ、にゃふ、にゃふと聞こえてくるが無視をする。
いつまで頭に乗ってるんだこの妖精は。
そう思い、首根っこを掴んで引きずり下ろそうかと考えた矢先。
「すいませ~ん! お届け物で~す!」
門の外からそんな声が聞こえてきた。
その声に反応してスミレは反応すると、一人分だけ入れる門の入り口を開けて、荷物を受け取ろうとする。
潤平も配達人の声に反応して、門の方に視線をゆっくりと向ける。
小さな木箱が、配達人からスミレの両手へと受け渡されようとした時。
潤平には夕暮れの影響もあってそれが気味悪い物に見えた。
木箱からおどろおどろしい淀みの魔力が噴出していたのだ。
「触るなっっっっ!!!!」
ほぼ怒声とも言える声を潤平が出した事で、周りの空気がビリビリと震える。
潤平はその場から、全力で走り出すと木箱を受け取ろうとしてるスミレの元へと駆け付けた。
衝撃で屋敷の玄関の地面が抉れ、綺麗に整えられた庭の木々も衝撃にさらされる。
潤平が大声を出した事で、驚いて固まったスミレと配達員は、木箱の受け渡しが出来ずその場に落としてしまう。
その瞬間木箱の蓋がずれた事で、更に強く吹き出す淀みの魔力。
近くにいたスミレの足下に淀みの魔力が襲い掛かろうとした時、潤平はスミレをかばい、右手で木箱に全力で浄化の魔力を掛ける。
潤平の浄化の魔力を、一瞬で叩きつけられた木箱と中身は、浄化されて淀みの魔力をなくし中身に至っては砂になって崩れてしまう。
淀みの魔力の元凶が無くなった事で、潤平は取り敢えず一安心して体から力を抜く。
そして落ち着いた事で、木箱を届けに来た配達員がいる門に目を向けるが、そこにはもう誰も居らず、潤平は重要参考人を取り逃がした事に遅れて気付いた。
「スミレさん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
潤平は取り敢えず逃がした配達人の事は無視をして、スミレさんに怪我はないかどうかの確認をする。
潤平の言葉にもスミレは鈍い反応を見せるだけで、まともな返事が帰って来なかった。
それを見た潤平は、淀みの魔力に影響されたのだと勘違いして、ゆっくりとだが力強く浄化の魔力をスミレに流し込む。
「あうっ……」
するとスミレの体がびくんと強く反応すると、前のめりに倒れ込む。
まさか淀みの魔力を浄化した副作用か、あの一瞬でそんなに淀みの魔力がスミレさんの体に届いていたのか。
良くない考えが頭を巡り焦った潤平だったが、抱き抱えたスミレの表情を見ると、汗はかいていたが何処か幸せそうな顔をして気を失っていた。
潤平はそれを見て困惑してしまい、スミレさんを抱き抱えたまま、どうすればいいか反応に困って固まってしまう。
屋敷の方からは、潤平の怒声を聞きつけたルリ達と他の使用人が慌ててやって来ており、潤平はこの状況をどう説明したいいのかと、頭の中で言葉を探って思考を巡らせていた。
「び、び、び、びっくりしたにゃ~!」
そんな困惑している潤平の頭の上では、ピー男爵が潤平の突然の行動に驚き振り落とされない様に、必死に潤平の頭にしがみ付いており、そのせいか、ピー男爵の爪が深々と潤平のこめかみと後頭部に突き刺さっている。
潤平は頭から来る鋭い痛みを我慢しつつ、スミレを抱き抱えると、此方に近寄ってくるルリ達に近寄り、ゆっくりとだが今し方起きた出来事を話せる範囲で説明していく。
その様子を離れた所から覗いてる者がいた。
風に揺られてなびいている巨木、その木の幹に小さな生き物が張り付いてる。
その生き物は細かい動きで木の幹を移動すると、時折舌を出して周囲を伺ってる。
頭に赤黒い宝石のような物を埋め込まれたその生き物は、木の根の方まで降りるとそのまま木の影に溶けるように消えていく。
それを遠くから見てた者は、自分が呼び出した生き物を大事そうに、両手で抱えると人差し指で優しく撫でる。
生き物は慕ってる主からのご褒美に、ご機嫌そうに反応すると主の指に擦り寄る。
それを見た主は満足そうにすると、顔の近くまで持っていき舌で生き物を巻き取ると、口の中に入れる。
咀嚼をする度に、血と肉それと宝石を噛み砕く音が口の中に広がる。
男は勢い良くそれを飲み込むと息を吐く。
「失敗したか。結局の所紛い物を使ったとて、結果は得られんとゆう事か」
吐いた息からは、生き物の血生臭い匂いがする。
その者は、咀嚼によって崩れた髪をかき上げると、ねっとりとした目つきで世界を見つめる。
「本腰を入れよう。使える者は全て使い手を汚す事も厭わない。全てはこの国のため、民をより良い方向に導くために」
静かにだがその者の決意のこもった言葉が虚空に消えていく。
それを聞いた者はこの場では本人しかいない。
まるで自分の中に落とし込む様に、誰からも返答を求めない自分勝手な言葉が紡がれる。
その者は立ち上がると。何処かに消えていく。
後に残ったのは虚空に消えた言葉と、人知れず残った静かな熱と決意だけ。
潤平はこの時まだ気付いていなかった、自分がいつの間にかこの国の大きな騒動に巻き込まれている事と、この国の確信に迫っている事に。
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