第二十一話 匂いと記憶
丘の向こうの様子を確認するため、待機させていたルリ達が乗っている馬車を動かして、ゆっくりと丘を越えて魔獣と戦闘をしていた人達が退避させていた、馬車の後ろに一列に並ぶ様に人力車を停める。
その際向こうの人達は何故人間の力で馬車が引けるのかと不思議な顔をしていた。
潤平は馬車の窓を開けて、向こうには聞こえない声量で何が起きたかを一部始終をルリに報告する。
そして、一応雇い主であるルリを飛ばして話しをするわけにいかず、潤平は一緒に話し合いの席についてくれないかとルリにお願いする。
ルリは潤平のお願いにも、嫌な顔ひとつせずに人力車から降りると、フミと潤平を引き連れて向こうの一団へと足を向ける。
ヨリとスミレは馬車の中で待機だ。
そちらに出向くと、向こうの一団は既に魔獣との戦闘の後処理をしている所で、魔物を解体したり戦闘で負傷した者の治療したり、魔獣によって壊された馬車の修復をしている所だった。
潤平が声を掛けようか迷っていると、向こうの一団の中から一人の男性が潤平に気付き駆け寄ってくる。
「この度は大変助かりました。私この一団を率いてる行商人のカントウと言います、この度は仲間の命を救ってもらいまして感謝してもしきれない程の思いを抱えております。誠にありがとう御座います」
潤平の元に寄ってきた老人は名前をカントウと名乗り、低い物腰で潤平に感謝の気持ちを精一杯を伝えてきた。
潤平は名前を聞いて、自分が元いた日本の関東地方とゆう言葉が頭を過ったが直ぐにそれを横に流した。
老人の背は潤平よりも一回り小さく、白髪を纏めて後ろで結ってお団子状態にしていた。
顔と手の皺から察するにお爺ちゃんと呼ばれても良い年齢に見えるが、背筋は綺麗に真っ直ぐ伸びており潤平達に駆け寄る時も足取りは力強かった。
自分のじいちゃんと比べてもかなり元気な方だな、てな事を考えながら潤平はカントウの受け答えに応じる。
「俺の名前は潤平と言います。俺はただ危なそうだったから助けに入ったまでで、邪魔にならなかったら良かったです」
「邪魔などとはとんでもない、貴方の助けがなかったら私共は、今頃あんな風に楽しく笑う事など出来ませんでしたよ」
カントウさんはそう言って、楽しそうに魔獣の解体をしている自分の仲間を嬉しそうな表情で眺めている。
「それでですね。潤平様が倒したあの大型の猿型魔獣なんですが、その素材を感謝の印として受け取ってもらいたいのですが……、如何でしょうか?」
「えと、素材……ですか……?」
カントウは自分の仲間達に向けていた視線を潤平に戻すと、感謝の印として大型の猿型魔獣の素材を渡すと提案してきた。
この話しには潤平もちょっと困って、隣にいるルリの顔を伺う様に視線だけルリに向けた。
ルリは潤平の視線を受けて一瞬考えると、小さく潤平に頷き返して潤平の代わりに返答をしてくれる。
「横から失礼します、私この一団を纏めていると同時に潤平様の雇い主をしていますルリと申します。今回護衛の潤平様が活躍したとの事で、感謝の印にあの大型魔獣の素材をくれるとゆう事ですが、それは全てとゆう事で宜しいのでしょうか」
話の間に入ってきた少女に、カントウは嫌な顔をする事もなく丁寧にその質問に返してくれる。
「おおこれは。私はカントウと申します。そうです潤平様が倒されたとゆう事で所有権は潤平様にあると私共は考えております、これにはあちらで解体をしている皆の同意を得ています」
カントウが横目で解体している仲間の方を見たので、潤平もその視線を追うようにそちらを見てしまう。
そこでは楽しそうに解体をする傍ら、あのピー男爵と名乗った二本足で歩いてる猫が、自分の爪で器用に魔獣を解体してる姿が目に映った。
未だに信じられないその光景に潤平はピー男爵に目が釘付けになる。
猫が二本足で立って歩いて喋ってる。そして魔法まで使っているとはこの世界に来る前の潤平ならば信じられなかったであろう。
だがカントウの仲間達はピー男爵を見ても、驚いたりしていないとゆう事はこれが普通の光景なんだろうと、潤平はあまり深く考えないようにした。
それに潤平はどちらかとゆうと猫派なので、見ている分には可愛くて癒やされるので今の所、見ていて不快になるとかそんな気持ちになることは無い。
潤平が熱い? 視線を送る中自分が見られてるとゆう自覚がないピー男爵は、自慢の爪の切れ味が良さ過ぎたのか魔獣の臓物を間違って切ってしまい、頭から思いっき魔獣の血を被ってしまっていたが。
そんなピー男爵を見て笑っている人や、心配して水魔法を使ってピー男爵の体を洗ってあげる人がいるなど、とても仲よさそうにしているのが印象に残った。
カントウさんが言った通り、潤平がいなかったらこの光景も見られなかったなと思うと、潤平はあの場に間に合って本当に良かったと心から思う。
「では七対三の割合ではどうでしょうか? 止めを差したのが潤平様と言っても、その前に貴方方が戦っていた影響も少なからずあるでしょう。それを考えたらこの位が妥当かと思われます」
「……分かりました。本当は全ての素材をお譲りするつもりだったのですが、そこまで言うのであれば、そちらの言う通り七対三の配分宜しいでしょう」
潤平の隣では、ルリとカントウによる素材の分配がようやく決まっていた。
幾ら何でも全てを貰うことは出来ないと言い張るルリと、感謝の印だからと全て譲るつもりのカントウとの間で、中々折り合いが決まらなかったがやっと落とし所を見つけたらしく話しが纏まっていた。
「では私は仲間達と素材の受け渡しをするので向こう戻ります」
そう言うと、カントウは魔獣の解体がもう少しで終わりそうな仲間達の所へと戻って行った。
残された潤平達三人は、する事も特にないので人力車に戻ろうとする。
「すいませんルリさん、あんな風に話を投げてしまって、俺交渉事とかやった事なくて分からなくて……」
「だと思いました。困った顔で此方を見てくるんですもの、交渉が上手くいって良かったです」
「優しそうな人で良かったですね。それにしても倒した魔獣の素材全部は流石に驚きました」
「そうですね、流石に私もそこまで戴くのは腰が引けたので少し遠慮しました。流石アズマの国にあの人ありと言われただけありますね、その名は伊達じゃなかったのですね」
「ん? あの人有名な人なんですか?」
「はい。私は父の付き添いで一度しか拝見した事がないのですが、アズマの国では有名な商人の方ですね。大きな多数の商店を一人でまとめ上げたと言われている有名人です。もう引退して実子に会長の座は譲ったと言われていましたが、まさかこんな所でお会いするとは。私の事も一度会っただけなのに覚えていらっしゃいましたし」
「へ~、そんな凄い人なんだ」
見た目は普通の白髪のお爺ちゃんなのにな。まあでも今考えると纏ってる雰囲気がウチのじいちゃんとは違うかな。
こうのんびりとしてないとゆうか、年を取ってもやっぱりこうゆう一線で活躍した人はどこか違うもんなんかね。
まあとは言っても、ウチのじいちゃんが駄目ってゆう話なわけではないんだけどね。
「それと……」
潤平が自分のじいちゃんについて考えていると、向こうの一団を振り向いたルリが何かを言おうとした、がその瞬間カントウが潤平を大声で呼び出して、ルリの続きの言葉を遮ってしまう。
「潤平さ~ん! 素材の解体が終わりましたので素材の引き渡しをしたいのですが~! どこが欲しいとか希望は有りますか~!?」
どうやら大型魔獣の解体が終わったらしく、潤平に引き渡す準備が出来たとの事。
ただどの部位が欲しいと言われても、潤平にはさっぱりちんぷんかんぷんなので、しょうがなく潤平はもう一度ルリに出張ってもらう事をお願いする。
「どこが欲しいと言われても……、うーん。すいません、ルリさんもう一度お願い出来ますか? それとフミさんも」
潤平の困った顔でお願いされた事で、ルリは何かを言おうとしてたがそれを引っ込めて、潤平のお願いに快く承諾する。
そんなフミの後ろでフミは、いつも通りの涼しい顔をしていたがどこが浮かない顔をしていた。
カントウ達が解体していた方に近付くと、思ったよりも解体された量が多い事に潤平は驚く。
「この量は……、フミさんこれ収納に入りますか?」
「……この量は無理かと思います、限界まで入れたとしても三割も入らないでしょう」
フミの言葉に潤平は少し考えると、自分が欲しい物もしくは使いそうな物だけ潤平の収納に仕舞う事にした。
「では、この大猿の太ももと他の可食部を少しだけ収納してもらって、他の素材は俺の収納に入れる事にします。それなら入りますかね?」
「……その量なら何とか入ります」
「ではそうしましょう」
話が纏まったので、早速大猿の素材を仕舞う作業に取り掛かる潤平。
その横では驚いた顔をしたルリと、驚いていたが直ぐに切り替えて作業に取り掛かるフミがいた。
「……潤平様も『収納』スキルをお持ちだったのですか?」
………………しまった。
そう言えば、彼女達の前で収納を使った事はなかったかもしれない。
「あぁはい、言ってなかったですかねすいません」
潤平は額に汗を掻きながらも、収納魔法に次から次へと魔獣の素材を入れていく。
厳密にはルリが言ったスキルの類いではなくて、潤平が作った魔法に分類されているのだが、そこら辺を突っ込まれたら説明が面倒なので、『収納』スキルを持っている事にする。
「ふぅん、そうなんですか」
ルリは目を細めて潤平を見つめて納得をし、その横でフミは黙々と素材を収納していたが、そのフミの表情がいつもは無表情な筈なのに、今は唇の端が微かに上がっている気がした。
「こ、これで俺達の分は全部です!」
潤平とルリの間に気まずい空気が流れたので、潤平は誤魔化すために口早に素材を詰め込んだ。
「では、余った此方の素材を私達が引き取るとしましょう」
そんな潤平とルリの気まずい空気に気付いていないのか、カントウさんは話し合った通り潤平達が残した大猿の素材を引き取って行った。
彼らがさっき喋っていた内容を確認すると、襲ってきた猿型魔獣の素材は結構な値段で売れたりするらしく、他にも良い武具を作るのにも適しているらしく喜んで魔獣の解体をしてのだ。
それと太ももの肉が以外と美味しいらしく、焼いても良し煮込んでも良しでその点でも喜ばれていた。
それが小型のが五頭、大型のが六頭ともなるとかなりの量になり、降って湧いた収入に向こうの一団は嬉しさが顔に出まくっていた。
そして後には使えない部位と使えない臓物だけが残ったので、それらを魔法を使って焼却するための穴に纏める作業が残っていた。
潤平もそこまで来ると、貰っているばかりではすまないと思って、穴を掘る作業を手伝い自分の火魔法を使ったりして作業に加わったりした。
火魔法で要らない部位を燃やすと、辺りに生き物の肉と血が焼ける嫌な匂いが漂い、潤平は不快そうに鼻を鳴らした。
そんな時ふと潤平は生き物の焼ける匂いを嗅いで、変な事だがじいちゃんとばあちゃんの火葬の事を思い出していた。
初めて嗅いだ人間が焼ける匂いに、当時は不快でそれが髪や服にも付いていた事からちょっと気持ち悪くなったっけ。
後で思い返して、何で買ってきた肉を焼くのは不快に感じなくて、火葬場の匂いは不快に感じるのかとか考えたりしたなあ。
まあ後に食べるための物だとか、人だとか自分の身近な人だとか色んな考えで適当に纏めたが。
何で今更になってこんな事を思い出したのか分からないけど、あの時より生き物の焼ける匂いが不快にならなくなったなと潤平は感じていた。
「これで全てにゃー!」
「ようやく終わりましたね」
「結構早く終わったな」
燃え盛る炎の周りにいた人達が口々に魔物の解体が終わった事を口に出していく。
「これで全て終わりました、今回潤平様に助けていただき本当に感謝の気持ちしかありません。出来ればもっとちゃんとお礼をしたい所ですが、今は旅をしている身なので出来ないのが悔しい限りです。いつかまたどこかで会えたらその時は宜しくお願いします」
「そんな、偶然通り掛かっただけなのでそんなにお礼をされる程の事はしてないですよ」
「いいえ。何度も言いますが貴方は私の仲間の命を救ってくれたのです、何回でも感謝しますとも。それにルリさんも少しばかりのお心遣いをいただいて、此方にも感謝をいたします」
「そんなに畏まらないで下さい。私はただ規則に則って分配を決めただけなのですから、何もしていません」
「いいえその心遣いが有り難いのです。本当にありがとうございます」
何度も頭を下げるカントウに、潤平とルリはいたたまれなくなり、早々に別れの言葉を切り上げてカントウ達と別れる事にした。
そして潤平達が、自分達の人力車に戻ろうと踵を返そうとした時だった。
「何ですとっ!?」
カントウの元に中年の男性が掛け寄ってきて、カントウは悲鳴にも似た声を上げるのだった。
それを聞いた潤平とルリは驚いて、返す足を止めてカントウの方に振り向き何かあったのかと視線を向けてしまう。
そこには切迫した顔をしている中年の男性と、額から汗を流して焦っているカントウが何やら話し込んでいた。
そして二人は会話も切り上げると、深刻な顔をしながら潤平とルリの方に向かって歩いてくる。
その深刻そうな二人の様子に潤平は、ただ事ではないと思い体を強張らせる。
そして二人が潤平達の正面まで来ると、想像もしてなかった事を口にするのだった。
「潤平さんルリさん、申し訳ないが車輪の換えを持っていたり作れたりする者はおりますか?」
その言葉に潤平とルリはお互い顔を見合わせる。
そんなカントウの言葉に続く様に中年の男性が会話を繋いでいく。
「申し訳ない。此方の確認不足だったのだが先の魔物との戦闘で馬車の車輪に深刻な傷が出来てしまっていて、馬車が走行出来る状態ではなかったのだ。此方の不手際とは言え迷惑を掛ける事になって済まないと思う。命を助けてもらった上に素材まで優遇してもらって、その上馬車の不備まで世話になるのはおかしいと思うが恥を承知で頼む。何か部品が余っていたり、それらを作れるスキルを持っている者などいたりしないだろうか?」
「私からも頼みます。時間は掛かっても宜しいですし、作れると言うのならばそれ相応のお金は払うつもりです。何卒力になってはくれないでしょうか」
カントウと中年のおじさんが必死に頭を下げてくる。その後ろを見ればカントウの仲間達も、心配そうな顔で此方を見てきていた。
勿論ピー男爵も此方を心配そうに見詰めている。
「……」
潤平は困った顔で首の後ろを掻く仕草をする。
この場合はどうすればいいんだと、自分の雇い主をであるルリの顔を見ると、はにかんだ顔でそれでいて何か言いたそうな顔をしていた。
これはもしかして判断は俺に任せます、的な感じですか? そうですかならそうします。
潤平はルリの意を汲み取り一つ息を吐いた。
「ふーっ、分かりました。なら俺が引っ張ります」
潤平のその言葉にカントウと男性は理解が出来ず潤平の言葉を復唱した。
「「引っ張ります??」」
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