第二十話 一人の御仁?
高笑いもとっくに落ち着いて、潤平の体内時計で二~三時間が経過した頃、ルリから一旦休憩を取りたいので止まって欲しいとゆう指示が出た。
潤平も喉が乾いていたので快くその指示に応じ、丁度良い開けていて見晴らしの良い場所に人力車を停めた。
「………………ううっ」
荷車の中から降りて来たルリ達は、一様に皆青白い顔をしていてどう見ても気分が悪そうだった。
そんなルリ達の様子を見て、荷車を牽引していた潤平もどこか申し訳ないない気持ちなる。
どうにかして荷車内の快適性を求めてスミレに頼んで作らせた潤平だったが、それがあまり効果がなかったみたいで、二重な気持ちで申し訳なくなる。
「あううっ、お尻の感覚がないですぅ」
そう言ってお尻を摩っているのはスミレで、どうも予め作ったクッション製を施していた座椅子では、衝撃をあまり吸収しきれなかったみたいで、少なくないダメージがお尻に響いていたそうだ。
チラッと見ればルリやヨリだけでなく、フミもお尻を気にして労っていた。
そんな光景を見て潤平は、新たに人力車の改造に着手しようとしたがルリに止められた。
曰く、時間が勿体ないし潤平の体力とスミレの魔力を無駄に使う必要がないからだそうだ。それよりもしっかりと休憩を取り、この後も走るための体力を回復させて下さいとの事だった。
そう言われては潤平も引き下がる他なく、フミ達と一緒に休憩の為の軽食の準備を手伝い始める。
「ヨリ、少し頼みたい事が出来たのですがいいですか?」
休憩の準備を手伝っていたヨリを呼び止めて、ルリは何やらヨリに頼み事をする。
どうやらお尻への衝撃の対策として、何やら秘策があるらしくそれを作れるヨリに頼んでいるみたいだった。
「……という事で出来ますか?」
「まっかせて下さいっ!」
敬愛している主からの頼み事を断ることもなく、ヨリは元気に自分の胸を叩いてから駆け足で荷車に戻ると、その手に何やら小さな箱を携えて戻ってきた。
そして適当な岩に座ると自分の膝の上で裁縫を始め出し、見事な手際でみるみると何かを形作っていく。
「ヨリは『裁縫』のスキルの持ち主なんですの」
「へぇ~」
「このスキルを持っている者はそう少なくはないのですが、ヨリはその速度と品質が並のスキルよりも上でして、他の方よりも綺麗に丈夫に作れますの」
「そりゃ凄い」
「…………」
ヨリは主からの素直な賞賛に、嬉し恥ずかしいらしく俯いて裁縫をしてはいるが耳が赤く染まっていた。
「私が頼んだのは私達の下に置くクッションです。それがあればかなり楽になると思いまして、それにこうすれば潤平さんとスミレの手も煩わせないかと」
「なるほど、あっありがとうございます」
潤平はフミさんが丁寧に入れてくれたお茶を一口啜る。
そして喉を潤したら今度はお菓子を口に入れる。何やら豆を揚げて練った様なお菓子で、面白い食感が口の中から伝わる。
皆も同じ様にお茶とお菓子を食べて談笑して一息ついている様子だった。
ヨリさんも裁縫を縫う手を止めて、お茶とお菓子をゆっくりと味わっていた。
「そう言えば、都までは後どれ位なんでしょうか?」
潤平は、ここまでただ人力車を引っ張って走っていただけなので、今自分達がどこに居て都まで後どれくらいの距離があるのか気になって質問する。
ただ道を真っ直ぐ走ってきただけなので、順調に進んでいるのかすらどうかも潤平は分からなかった。
「半分は行かない位の距離といった所でしょうか、結構前に目印の石積みを通り過ぎたのを目撃しましたので、それから考えると都まで三~四割位の所だと思います」
ルリは顎に手を添えて今自分達がいる大体の場所を弾き出す。
「まだ半分行ってないのか……」
「いえ私は逆にもうここまで来たのかと考えています。何しろこの速度は驚異的です。このまま行ったら一日と言わずもしかしたら日が沈む頃には都に着いてるかもしれません」
潤平の驚異的な脚力のお陰で、ルリは自分が考えていた旅程よりも早いペースで進んでいる事に驚いている。
このまま行けばその日の内には、自分達の家に着く事が出来るかもしれないと淡い期待が持てる。
「ですがあまり潤平様に無理をして貰っても困りますし、スミレもずっとは馬車を出しとく事は出来ないので、こまめな休息は必要ですが」
ルリは思考の沼から顔を上げると、潤平とスミレを気遣って心配してくれる。
「潤平様。ここからは安全運転でお願いします。町と町の間の場所なので何かあってからすぐに対処できる様にしませんと。魔獣だけではなく盗賊の類いにも警戒しませんといけません。何しろ私達は盗賊に因縁がある身なので」
ルリの言葉に潤平は頷く。
幸いな事に朝から出発して今までトラブルとゆうトラブルに遭遇していないが、潤平達がいる場所は町と町の丁度間の場所なのだ。
ここからは護衛として気を引き締めながら、人力車を動かしていかなければいけないと潤平は肝に銘じた。
しばしの間潤平はお茶とお菓子を手に持ちながら空を眺めていた。
時折吹く風と降り注ぐ陽光が体を潤してくれる。
今日が雨日和でなくて良かった、と今更ながら天気に感謝する。
「出来ました!」
休憩しだして少し経った頃、ヨリがルリに頼まれて作っていたクッションが完成したようで、高らかに出来たと宣言する。
完成したクッションの出来栄えに皆興味津々で、特にルリは手に取ってしっかりと眺めていた。
潤平も見させて貰いその出来栄えに感嘆の声を漏らす。
三日月型の形をしており、派手でもなく地味でもない刺繍が周りを彩っている。お尻を守るように出来ており衝撃もちゃんと吸収出来る様になっている。
改めて潤平はそのクッションの出来栄えに衝撃を受ける。
「さて。それでは休憩も終わりにして都に向かうとしましょう。次の休憩の目安は大体三~四時間後にするとしてそこで遅い昼食を取るとします。それでは潤平様とスミレよろしくお願いします、そして気分が悪くなったら直ぐにでも仰って下さい」
「はい」
「承知しました」
「それでは素早く片付けて出発するとしましょう」
ルリの号令に各々がやることをしていく、潤平も素早く片付けて自分の周りを片付けて人力車に戻って行く。
「それでは皆乗りましたか?」
「「はい!」」
皆乗車した事を確認すると、潤平は勢い良く人力車を走らせ始める。
(っと、安全運転安全運転)
ルリに言われた言葉が頭をよぎり、潤平は人力車を出来るだけ安全運転で走らせて行くことにした。
勿論護衛も兼ねているので何かあってもいいように、いつでも油断せずに目を光らせながら人力車を走らせていた。
人力車を走らせて、昼食を取るために休憩して、また人力車を走らせて、最初に休憩した時から五~六時間が経過していた。
潤平は今森の中を走っており、後一~二時間もすれば日が完全に落ちるかと思われる。その前にこの森の中を抜けようと潤平は必死に人力車を走らせている。
ルリの話ではこの森が都に着くまでの最後の森らしく、ここを抜ければ後はなだらかな道が続いていると言っていた。
裏を返せばここが都に着くまでの最後の鬼門らしく、盗賊も疲れてきたここで仕事をする事も多く、魔獣もそれなりの数が出現すると言われていて、大抵の通行人はこの森を迂回するらしい。
ルリ達みたいに時間が惜しい一団や、資金が乏しい行商人は仕方なくこの森を通過すると言っていた。
だが今の所拍子抜けと言ってもいい位、何も起こらず潤平は順調に人力車を走らせる事に成功していた。
そして森の中を数十分走らせると森の出口が見えてきて、潤平は人力車を走らせる足を少しだけ速くした。
そんなに規模の大きい森じゃなかった事が幸いし、以外と直ぐに森を無事に抜けられた事に、潤平だけでなく後ろの四人もホッと胸を撫で下ろした。
潤平は自分が最初に迷い込んだ森の規模を想像していたので、こんなに早く森を抜けれた事に安心と複雑な気持ちを抱く。
(あの森がどれだけでかかったんだつー話)
潤平が最初に降り立った森はこの世界でもそうそう見ない規模の森なのだ。あんな規模の森がそこら中にあってはこの世界の住人も困ってしまうだろう。
それにあの森の魔獣のレベルもこの世界の平均よりも上なので、人が入ったら簡単には生きては出られないだろうと推測される。
あの森を一週間ちょっとで抜けれたのは、神様に強化された身体あってこそなのだと潤平は深く噛みしめている。
そうこうしてる内に人力車を走らせ続けてるとようやく森を抜ける事に成功した。
後ろの車内からは拍手と小さな歓声が聞こえてくる。
後は目の前の丘を越えればこの森は完全に見えなくなる、と潤平が考えているとどこからか鼻に血生臭い匂いが漂ってくる。
それは丘に近付けば近付くほどどんどんと強くなっていき、潤平はその匂いが丘の向こうから漂ってくるのだと気付く。
そして新たに、近寄って気付いたのだが匂いだけではなく、怒声と金属音それに魔法が着弾して爆裂する音が聞こえ始めてきた。
潤平は人力車の速度をゆっくりと落として、丘の中腹辺りのなだらかな場所で馬車を停める。
潤平がいきなり人力車の速度を落とし始めたので、ルリ達も気になって窓から潤平の様子を伺い出した。
潤平はルリ達に向かって、人差し指を口に当てて静かにするようジェスチャーすると、自分が先行して様子を伺ってくるとルリに伝える。
ルリは潤平の無事を祈ると潤平はそれに頷いて、丘の向こう側の様子を伺いに走り出した。
潤平が丘を越えた向こうで見た光景は、人と魔獣が苛烈な戦闘を繰り広げていた。
どうやら人側に負傷者が出ているらしく、肩の辺りから血を流した負傷者を後ろに庇いながら大型魔獣と戦っていた。
それでも様子を見る限り、人側の方が優勢に見え魔獣をもう少しで討伐出来そうな雰囲気が出ていた。
最後に残った耳が途轍もなく長い、大きな猿みたいな魔獣にとどめを刺そうとしようとした所、猿型の魔獣がいきなり大きく吠えてその場にいた人達の動きがぴたりと止まってしまった。
「やばいっ……」
そう潤平が呟いたと同時に猿型の魔獣は動き出し、一番近くにいた人を頭上から片手で潰そうとして腕を振り上げた。
潤平は目にも止まらぬ速度で駆け出すと、右手に『収納』から出した槍を握り、左手に火球を出して猿型魔獣にぶつけて牽制する。
急に食らった火球に魔獣は悶絶し、潤平はその間に襲われそうな人と猿の間に割って入り、猿の胸を槍で思いっきり貫いた。
ブツンッと筋肉を割き骨を砕いた感触が手に伝わったが、潤平は槍の勢いを決して緩めず貫き通す。
三メートルは超えているであろう猿型魔獣の巨体が、潤平の力で吹き飛ぶとスズンッと地面を揺らしながら倒れて、そのままピクリとも動かなくなる。
潤平は魔獣が動かなくなったのを確認すると、後ろを振り返り固まったままの人達に視線を向ける。
どうやら彼らは商人の護衛か何からしく、今この場にいる人達は武器を携え防具を身につけていた。
向こうはこの状況にまだ驚いてるらしく、視線をキョロキョロさせるだけで体を動かさなかった。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
その内の何人かと、視線が何度か交錯したが目で感情を訴えてくるだけでまだ誰も喋れなかったみたいだ。
これはどうすれば良いのかと潤平が困っていると、固まっている人達が何やら必死な目で何かを訴えてきた。
皆目を血走らせて潤平を睨んでくる。
何? 皆どうしちまったんだよっ。分からないって!
そう言いかけて潤平が狼狽えてると、後ろで大きな影がユラリと動いた気配があった。
「あっ」
潤平が気付いた時には、瀕死の猿型魔獣が拳を振り下ろす最中で、動けずに固まって見ている人達の脳内には、潤平が潰されてトマトみたいになってしまう光景がそれぞれの脳内を過っていく。
「させにゃいにゃっ!!」
だがそうはならなかった。
潤平を潰そうと振り下ろした魔獣の拳は、最後まで下ろされる事はなく、潤平の目の前で茶色い猫の手形が付いた盾みたいな物に防がれる。
その盾は魔獣の拳の一撃をものともせずに、悠々と潤平の目の前には存在してい。
二度も自分の不意の攻撃が防がれた事で、猿型魔獣は面を食らっていたが、直ぐに二の手を潤平にぶつけてこようとした。
しかしそれを黙って見ている潤平ではなく、左手に先程牽制した時よりもまりょくを込めた火球を出すと、猿型魔獣の口の中にそれをぶつける。
火球は猿型魔獣の口内で勢い良く爆発すると、鎖骨から上が無くなり体の統制を無くした猿型魔獣は、そのまま後ろにぐらりと倒れ込んで動く事はなかった。
今度こそ魔獣を倒したと潤平は確信すると、魔獣の胸に刺さったままだった槍を引き抜く。その先にはべっとりと赤黒い肉や血が付着していたので、潤平は槍を振ってそれを払い落とす。
そして改めて固まったままの人達の方に振り返る。
先程の、猿型魔獣の攻撃を防いでくれた主の存在を確かめたかったからである。
猿型魔獣を倒したことで、固まったままだった人達も動ける様になり、皆口々に喋ったり体を自由に動かしていた。
そんな中、潤平のお目当ての人物は彼らの後ろから割って出てきた。
「いやー、僕らのクルーの危ない所を助けて貰って感謝だにゃ。でも君の命も救ったからこれでおあいこって事で貸し借りは無しにしてほしいにゃ」
その人物は語尾ににゃを付けて彼らの足下から歩み出て来た。
「申し遅れたにゃ、我が輩の名前はニャン・リカルド・ピー男爵、歴とした貴族で妖精だにゃん」
成人男性の膝上くらいまでしかない、立って歩いているふさふさの猫がご丁寧に挨拶をして来た事に、潤平は目を見開いて暫く動けなかった。
「……まじか、流石異世界こんな生き物も有りだってか」
潤平は我に帰ると顔に手を当てて空を仰ぎ見る。
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