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体調の回復と共に、アイリスの表情はどんどん柔らかくなっていった。大公国に来た頃の、暗いまなざしは消え、張り詰めていた雰囲気も和らいだ。痩せ細っていた身体は少し丸みを帯び、血色も良くなった。公妃と笑顔で語り合う様子は、本物の姉妹のようであり、側に使える者たちもアイリスに好意的になっていった。
来国直後の雰囲気が嘘のように、和やかな日々が続く中、アイリスは大公と正式な面会を行うことになった。会議場に案内され、中に進んでいくと、神妙な面持ちの大公と重臣等がアイリスを待っていた。
「アイリス第二皇女、この度は大変な不始末を犯し、まことに申し訳なかった。代表して、深く陳謝する」
大公が深々と頭を下げ、重臣等もそれに続いた。病床にいたときも、大公は繰り返し謝罪をしてくれた。大公の誠意は十分すぎるほど伝わっていたし、アイリスには元から、大公国を責める気持ちなどなかった。
「大公閣下、頭をお上げください。もう過ぎたことですし、今のわたしは大公国の皆様に本当に良くしていただいています。もうこれ以上、謝罪なさらないでください」
アイリスはにこやかに答えた。こんな明るい表情ができるようになったのも、大公国のおかげだった。
「それよりも、帝国のこれまでの仕打ちについて、わたしから深くお詫びいたします。皆様がわたしを良く思わなかったのも当然です。帝国はそれだけのことをしてきたのですから。公妃さまがいらっしゃるのにわたしを降嫁させるような無礼な真似をして、嫌われないわけがありません」
「しかし、あなた自身の責任ではなかった。あなたには、何も決定権がなかったのだろう?」
大公の口ぶりから、自分の生い立ちや帝国での立場についてもう知られていることを悟った。それならば、とアイリスは言葉を続ける。
「そうですね、わたしはいわゆる…大公国への嫌がらせとして送られたに過ぎません。皇女としての権限など1つも持っていません。もしろん、間諜としての役割もありませんので、ご安心ください」
間諜の可能性をきっぱりと否定する。場の空気が、少し軽くなったような気がした。
大公はうなずき、そして申し訳なさそうに口を開いた。
「公妃が信じるあなたの言葉は本当だろう。我らもあなたを信じよう。
しかし…、あなたを妃として迎え入れることは…」
歯切れの悪い大公に、アイリスは微笑んだ。自分の処遇をどうするか、決めあぐねていることは分かっていた。今の公妃をさしおいて、アイリスを妃に立てることを、誰も望んでいないことが、それをアイリスにどのように伝えるべきか迷っていることもひしひしと伝わってくる。
(わたしから、しっかり伝えなくては)
アイリスは息を吸い、そして笑顔で語りかけた。
「皇女というのは名ばかりで、わたしは使用人として生きてきました。今の待遇は、わたしにとって分不相応であることも分かっています。公妃の地位など望んではおりませんし、何か大公国の方に御迷惑をおかけしたいとも思っておりません。わたしの処遇など、帝国はもう気にしていないでしょう。もう体調も回復しましたし、これからは侍女として公妃さまにお仕えできたらと思っております」
これがアイリスの本心だった。自分の心を救ってくれた公妃に恩返しがしたい、それが願いだった。
大公は驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情になった。
「あなたの思いは大変ありがたく思う。だが、帝国の皇女であるあなたを侍女にすることはできかねる。公妃はあなたを妹のように思っているようだ。…提案なのだが、あなたを公妃の話し相手として遇することはいかがだろうか」
「話し相手…?」
思っていなかった提案に、アイリスは目を丸くした。そのような役職があるのだろうか。
「あくまで皇女として、大公国にはいてもらいたい。公妃と同等以上の待遇を約束する代わりに、公妃の友人という立場になってはもらえないだろうか」
「わたしとしては何の異論もありませんが、そんな厚遇を受けてしまってよろしいのでしょうか」
アイリスは困惑した。申し訳なさそうに言うにしては、扱いが良すぎる気がした。
「当然ですわ」
ずっと面会の様子を見守っていた公妃が口を開いた。
「皇女さま、あなたは謙遜しすぎです。もっと自分の権利を主張しなければ。大公閣下以上の待遇を約束させたって誰も文句は言いません」
「公妃、それは…」
困った顔をした大公に、場の雰囲気が明るくなった。
「皇女さま、これからはわたくしの友人として、一緒に過ごしてくださいね」
公妃のあたたかい言葉に、アイリスは安心してうなずいた。やっと、自分の居場所を見つけられた気がした。
* * *
「皇女さまはお強いですね」
面会から帰る途中、スミールに声をかけられた。まなざしからは、以前の侮蔑の色は消えていた。
「わたしは、あなたさまを見誤っておりました。大公国に害をなす存在であると。謝罪の言葉もありません」
深く頭を下げるスミールを見つめながら、アイリスはぽつりと言った。
「害をなす存在では…あるかもしれません」
「皇女さま、それは一体」
「帝国がわたしの存在を忘れてくれれば、何も心配はありません。ですが、何かわたしに命令してくるかもしれません。絶対に帝国のいいなりにはならないと誓いますが、もしもの場合は、すぐにわたしを罰してください」
驚きの表情を見せるスミールに、アイリスは強い口調で言った。
「この大公国に何か害をもたらすことをわたしは望んでいません。でも、わたしの望みとは逆の方向に動いてしまうことがあるかもしれません。公宰相さま、あなたはこの国を誰よりも大切に思っているでしょう。どうか、帝国に立ち向かってください。」
皇帝は有能であるが、皇后は何をするか分からなかった。もしかしたら、アイリスの存在を利用して大公国に何か仕掛けるかもしれなかった。それに立ち向かう気持ちはあるが、自分では役不足であることも分かっていた。だからこそ、スミールには自分の思いを知っていて欲しかった。
「皇女さまの覚悟はよく分かりました。大公国を守るために、力を尽くします」
スミールの言葉は力強かった。自分の思いが通じたようで、アイリスは心から微笑んだ。




