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あれは本当に皇女なのだろうか、というのがスミールの感想だった。伴も連れず、大した荷物もなく、たった一人で大公国にやってきた小柄な少女。確かに美しい顔立ちをしていたが、見るからに痩せ細った身体と艶のない髪からは、皇宮で大切に育てられてきた皇女とは思えなかった。嫌がらせのために嫁いできたのだから、さぞや横柄な振る舞いをするのだろうと思っていたが、拍子抜けするくらい皇女の腰は低かった。降嫁の日に大公がいないことも、当然だとでもいうかのように受け入れていた。
(それほど警戒すべき相手ではないのか?)
こちらを油断させるための演技なのだろうかとも思ったが、あの力のない瞳をした皇女に何かできるとは思えなかった。
皇女の扱いについて思案していると、侍女頭が戻ってきた。
「公宰相さま、皇女さまの案内が終わりました」
「ああ、ご苦労。皇女の様子はどうだ?」
侍女頭は困った顔で言った。
「何も。閣下の居室から離れた部屋に案内しても、表情一つ変えませんでした。部屋を変えるように叱ってくるだろうと予想していたのですが、淡々としていて。あまり自分に気を遣わなくてもよい、とおっしゃいますし」
スミールはやはり、と呟いた。自分がどんな扱いを受けるか分かっているような皇女の態度は彼には異様に思えた。帝国はいつだって大公国を見下し、邪険に扱う存在だったからだ。
「皇女さまのお世話はどういたしましょう。手厚くもてなすことは、難しいかと思われます」
王城に仕える侍女たちは、帝国への敵対心が人一倍強い。多くが、皇室に命じられた戦で死んでいった者の妻だった。夫に死なれて困っていた女性たちを王城で雇うことを大公が命じたため、侍女たちは皆大公への忠誠が厚かった。
「皇女の様子をもう少し見たい。間諜なのか、ただの力のない皇女なのか、今の段階ではよく分からぬ」
今の扱いを皇女は帝国に報告するのだろうか。更に扱いを悪くしたら、さすがに怒りを見せるのだろうか、それとも何も言わないのだろうか。
「皇女が気にするなと言っているのだから、世話は必要最低限で良いだろう。求めてきたら、手厚くしていけばよい。閣下がお戻りになるまで、皇女の出方を探ろう」
(まずは皇女のことをよく調べねば。もう少しで、帝国に放った偵察隊が戻ってくるだろう。)
スミールは有能であった。常に2,3歩先を見て行動していた。すべては、大公国と大公のために。しかし、スミールにとってそれ以外の事象は些細なことにすぎなかった。大公に忠誠を誓っている優秀な侍女らが、必要最低限の世話で良いと聞いて、どのように皇女を扱うのか正確に想像しようとしていなかった。
侍女頭は去って行くスミールに頭を下げながら、うっすらと笑みを浮かべた。
* * *
第二子を出産した公妃の療養が終わり、大公夫妻が帰城したのは第二皇女が王城に到着してから10日後であった。もう少し別荘地で公妃と生まれたばかりの愛娘とゆっくり過ごしたいというのが大公の本音であったが、当の公妃が早く皇女をお迎えした方がよいと進言し、日程が早まったのだった。
「あなた、そんな浮かない顔をなさらないで。皇女さまをこんなにお待たせしてしまったのだもの、歓迎の御挨拶に伺わないといけません」
「分かってはいるのだが、どうしても気が進まぬ。私はあなた以外を妃に迎えたくはない」
家臣には見せない、子どものような表情の年下の夫の頬を、公妃は愛おしそうに撫でた。
「皇女さまがいらっしゃっても、わたくしがあなたの妃であることは変わりません。わたくし、妹がほしかったの。無礼かもしれませんけれど、皇女さまと姉妹のように過ごせたらと思っているのです」
公妃は少し眉を下げた。
「慣れない北の国にいらっしゃって、皇女さまはさぞ寂しい気持ちでいるでしょう。城の者は、あまり帝国によい感情を持っていないから…、肩身の狭い思いをしていらっしゃるかもしれません。それが少し心配で」
「あなたは本当に…」
慈愛あふれる公妃への愛しさがこみあげて、大公は公妃を抱きしめた。この愛しい妻と、我が子、そして領民を守るためにも、帝国への対策を考えなければならない。
「あなたのような妃がいて、私はほんとうに恵まれているな」
「ふふ、ありがとうございます。それでしたら、わたくしのお願いも聞いてくださいね」
公妃は温かい笑顔を大公に向けた。
「ああ。皇女を迎える宴を開こう。少しでもこの国で我々に好意的に過ごせるように」
大公は微笑み、外に控える侍従を呼んだ。
「重臣等に、明日会議を行うと伝えよ」
「かしこまりました」
「皇女にも一度我らで会おう。今日の夜は内々での晩餐会の予定だったな。皇女もお招きしよう」
「え、…かしこまりました」
侍従は少し驚いた表情を見せたが、すぐに頭を下げて退出した。しかし、その様子を大公も公妃も見てはいなかった。




