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知らせを受けた大公は、政務もそのままに、公妃の部屋へ駆けつけた。自分の命よりも大切な妻の顔は、今まで見たことがないほど青白かった。公妃が横たわる寝台の側に力なく座り込み、公妃の手を握り続けた。
「公妃は、公妃はどうして…」
憔悴しているのは大公だけではなかった。看病をする侍医も、多くの侍女も、悲痛な面持ちで側に控えていた。この城の光であった公妃の突然の不幸を、誰も受け入れることなどできなかった。
公妃が倒れた原因は、お茶に含まれていた毒であった。つまり、公妃は毒殺を試みられたのだった。そして、その容疑者はお茶を用意したアイリスであった。
「閣下、公妃さま御容態は安定してまいりました。まだ危険な状態ではありますが…、もうすぐ目を覚まされるはずです。ですから、どうか閣下もお休みになってください」
目の下に隈をつくりながら、公妃の側を離れようとしない大公に堪りかねて、侍医は進言した。しかし、大公は首を振る。顔色は悪かったが、まなざしは鋭かった。
「いいや、公妃が苦しんでいる中、わたしが休むわけにはいかない。公妃がこうなったのは、わたしが油断したためだ。帝国を甘く見てはいけなかった。皇女を信用してはいけなかったのだ」
アイリスの部屋からは、公妃が飲んだ毒と同じものが見つかった。公妃に出すお茶はアイリスが自ら用意していたことも、大きな証拠になった。
公妃がアイリスを可愛がっていたことは、城内では周知の事実だった。帝国から来た皇女を、あのように優しく気遣う公妃を、こともあろうに毒殺しようとしたとあっては、アイリスをかばう者など誰もいなかった。
「閣下、皇女の処分は如何様にいたしますか」
近衛隊長が厳しい顔で大公に問う。近衛隊長もまた、大公と公妃への忠誠心が強い人物だった。
「皇女は自白をしたか」
「いいえ…ただ、公妃さまの容態を繰り返し聞いてくるのみで、会話になりません」
アイリスの尋問を担当した近衛兵がうんざりした様子で答えた。
「罪は明らかなのに、今更公妃さまを心配するふりをして…、とんだ悪女ですね」
「そのように振る舞うよう、帝国から指示されているのだろう。帝国の命令だということが公にならぬよう」
低い声でつぶやき、そして大公は空いている方の拳を握りしめた。
「帝国が関わっていることが明らかであるのに、それなのに帝国を公に責められない己の弱さに吐き気がする。自分の妻一人、守れないとは…」
大公の言葉に、その場の全員が黙り込んだ。
誰もが、皇女が起こした責任を帝国に問いたい気持ちでいっぱいだった。しかし、帝国を問いただしたところで、あちらはのらりくらりと追及を避けるだろう。最悪、虚偽の訴えを起こしたとして大公国が処罰を受けるかもしれなかった。大公国の立場が弱いばかりに、またしても帝国に対して毅然とした対応がとれないことが、歯がゆくて仕方がなかった。
「まさか、皇女の処罰自体もなくなるわけではありませんよね…」
入り口に控えていた侍従が、場の空気を感じ取って険しい表情で大公に近づく。
「私は、町で生き倒れていたところを、公妃さまに救っていただき、このように王城でお仕えする機会を与えていただきました。公妃さまには返しきれないほどの恩があります。そんな公妃さまを害そうとした者を、許すことなどできません」
「ああ、それは私も同じ思いだ」
大公は公妃の顔を見つめた。公妃をこのような状態にした者を許すわけにはいかなかった。
「そなたたち、閣下をあまり困らせるな。一番お辛いのは閣下なのだから」
なおも口を開こうとする侍従を、スミールはいさめた。そして、静かに進言する。
「閣下、私には今回の事件に違和感を覚えてなりません。犯人は、本当に皇女なのでしょうか」
「どういうことだ」
「あまりにお粗末すぎませんか。毒の入ったお茶を自分で出すなど、自分が犯人だと言っているようなものです。それに、公妃さまを毒殺することは、皇女にとって何の利益があるのでしょう」
「公妃の座を狙ってのことだろう」
「それでしたら、自分が犯人だと分からない方法で動く必要があるでしょう。ただ、大公国を混乱させるためであったとしても、わざわざ自分に好意的な人物を害しようとするでしょうか」
スミールの冷静な言葉に、その場が沈黙した。
「皇女が何らかの形で関わっていることは間違いないでしょう。ですが、すべて皇女と帝国の仕業だと片付けることは尚早かと」
「…そなたの言うとおりだな」
「閣下」
声を上げる侍従を、大公は手で制した。
「恨みだけで動けば、新たな恨みしか産まない。それは、公妃が最も嫌がることだ。公平に精査して、皇女の処罰を決めよう。公宰相、近衛隊長、任せても良いか」
「承知いたしました」
指名された二名は深く頭を下げた。一人、納得のいかなそうな侍従だけが、唇をかみながらうつむいていた。




