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こりすま日記  作者: らいどん


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鏡花読書~小品 その十八(深川浅景)

深川(ふかがわ)浅景(せんけい)』(昭和二年七月-八月)


青空文庫

https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/50780_63870.html


 まず真っ先に言っておかなければならないのは、上の青空文庫のリンク先のテキスト(いますぐXHTML版で読む)は『深川浅景』の全篇ではない。ここで表示されるのは、冒頭四分の一ほどにすぎない。全体は、いったいどういう判断で本作が小品の部に編入されたのかと、首をかしげるほど長いのである。

 図書カード https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card50780.html から「ファイルのダウンロード」で落としたファイルから開くと、なぜかこちらでは全篇が閲覧できる。

 ネット上では「いますぐXHTML版で読む」版が『深川浅景』のすべてだと信じて感想や解説を書いている人もいるのだから、事態はすでに深刻である。


 鏡花の『深川浅景』が含まれた『大東京繁昌記』は、昭和二年七月十七日から八月七日に東京日日新聞夕刊に連載された、著名作家による関東大震災の復興ルポルタージュ企画で、レポーターは島崎藤村、高浜虚子、有島生馬、谷崎精二、徳田秋声、藤井浩祐、藤森成吉、加能作次郎、宮嶋資夫、小山内薫、上司小剣(以上山手篇収録)、芥川龍之介、泉鏡花、北原白秋、吉井勇、久保田万太郎、田山花袋、岸田劉生(以上下町篇収録)といった豪華な顔ぶれ。

 昭和三年に春秋社から『大東京繁昌記 山手篇』『大東京繁昌記 下町篇』の二分冊で単行本化され、以後、何度か復刊されたらしい。現在では平凡社ライブラリーと講談社文芸文庫で読める(いずれも絶版だが入手しやすい)。

 また『深川浅景』単体では全集の他に、『新編 泉鏡花集』第四巻および岩波文庫の『鏡花紀行文集』にも収録されている。

 私の手元には、a)平凡社ライブラリー『大東京繁昌記 下町篇』、b)『鏡花全集』巻二十七、c)『新編 泉鏡花集』第四巻、d)『鏡花紀行文集』の四種があるのだが、a)は他の作家の作も読めて挿絵付き、b)は旧字旧仮名総ルビの本文、c)は解説と挿絵付き、d)は田中励儀による優れた語注付き。ただし、十七回連載の各話に添えられた鏑木清方の挿絵十七葉が、a)には(『新編』の解説によると単行本の時点から)なぜか十六葉しか収録されていなかったりもして、それぞれ一長一短がある。これがあれば万全という一冊はない。


 おそらくは新聞社の側が、この作家にはこの場所をと、テーマを割り当てたのだろう。鏡花に振られたのは深川・木場の地であって、かつて『辰巳巷談』『葛飾砂子』『芍薬の歌』などの舞台になった土地をめぐっている。

 とはいえ、四年前の震災でいったんは焼け野原になった地は、すっかり様変わりしている。鏡花は仙台堀と油掘を間違えて、同行する記者にたしなめられる始末である。それどころか、間取りを知っている屋敷の中二階で岐阜提灯に燈を点す想像上の美女や、永代橋からはじまった散策ルートの反対側にある霊厳島(れいがんじま)の荒廃した墓地の記憶、はるか北西にあっても目を楽しませる岩崎公園(旧岩崎邸庭園)の緑といったものに意識が飛んで、ちゃんと目の前のものを見ているのかすらおぼつかない。はたして「大東京繁昌記」なる企画に鏡花は適任であったのかと、読んでいるほうが心配になってくる。

 ……と、青空文庫の「いますぐXHTML版で読む」には、このあたりまで――最もつまらなく思える部分しか収録されていない。


 さて、永代橋だ、霊厳島だ、木場だと言われても、ほとんどの読者は位置関係がおぼつかない(私も地図を見ながら印を付け、ときどき旧地名や橋の名を書き込みながら読んだ)と思うので、老婆心ながら整理しておくと……。

 かつて、隅田川に架かる永代橋から南東に三キロほど下ったあたりに、洲崎(すさき)遊廓地区があった。このルポルタージュでは、永代橋からその洲崎近くまで、途中からは油堀に添って、梅雨時の雨のなかを、ごく短い距離、徒歩で(帰りは少し電車を使って)移動するだけである。

 油堀とは、元禄年間に開削された掘割、つまり運河で、現在は埋め立てられ、ちょうどその流れに沿って首都高速9号深川線が走っている。

 ネットの地図で永代橋を見つけて、太く描かれた首都高速9号深川線を東にたどり、洲崎神社にたどりつくまでが、おおよその道程である。

(ちなみに洲崎遊廓があったのは、洲崎神社のすぐ東にある、大門通りに貫かれた四角い土地。また霊厳島とは、永代橋を対岸に渡ったところにある新川地区のこと)


 こんな短い移動距離を、老境に入った鏡花と案内者は道に迷いながらうろうろと進み、要所要所で(すだれ)の向こうにちらつく美女の影や路地裏の草花、震災前の遺物を見つけて一喜一憂するのだが、やがて小さな奇跡に行き当たる。

 かつて油堀に架かっていた永喜橋という小さな木橋に突然姿を現した少女が「雨が面白そうに、中の暗い工場の裏手の(ひさし)下を、池について、白地をひら〳〵、蝶の袖で伝って」行ったかと思うと、「ボンと飛んで」川面に浮かぶ船に飛び降りるのである。まるで鏡花がかつて書いた『芍薬の歌』のダークヒロイン、お船のように。

 だが、それを見た鏡花が想い出したのは『芍薬の歌』のことではなく、谷崎潤一郎が脚本というか(実際は監督の栗原トーマスが書いたとも言われているが)、ほぼ製作者の立場で映画化した『葛飾砂子』(大9.12公開)の撮影現場を見学したときのことだった。谷崎に続いて船に乗ろうとした鏡花は、船頭の助けがあったにもかかわらず、乗り損ねて転んでしまう。


 ▶それから思うと……いまの(ねえ)さんの飛乗(とびのり)は人間(わざ)じゃあないんだよ◀


 人間……じゃあない……という、つい口にしたことばをきっかけとするかのように、以後、鏡花の叙述はどことなく怪談めいていく。

 掘割には、まるで幻のように、角乗(かくのり)(水に浮かべた角材を足で自在に操る木場の筏師(いかだし)の曲芸)に興じる若者が現れ、不意に川筋を「来るわ、来るわ」と船や筏が上る活況を見せる。鏡花の「大東京繁昌記」は、旧時代の幽霊めいた人々による、復興ならぬ復旧の繁昌記となるのだった。


 続いて鏡花が訪れたのは、今は若干移動して洲崎神社の境内に移されたのだという木場の波除碑(津波警告の碑)で、寛政三年(1791年)九月四日に、深川洲崎一帯に襲来した高潮の記憶をとどめたもの。ここで、案内者が洲崎大門あたりに煙草を買いに行くと、一人になった鏡花に、怪しい老婆が不吉な予言めいたことばを投げかける。


 ▶旦那(だな)さ――ん……濁り濁った、この、なう、溝川(どぶがわ)も、堀も、入江も、(きよ)めるには、まだ/\(しお)が足りませぬよ、足りませぬによつて、のう、真夜中来て見なされまし。――月にも、星にも、美しい、気高い、お姫樣が、のう、勿体(もつたい)ない、(しず)(わざ)ぢや、今時の女子(おなご)の通り、目に立たぬお姿でのう、船を浮べ、(いかだ)に乗って、大海(たいかい)の水を、さら/\と、この上、この上に(そそ)がっしゃります事よ。……あゝ、有難うござります……◀


 そして戻ってきた案内者は、洲崎前の囀新道(さえずりじんみち)の路地裏で、ふわりとした白い服(韓服なのか)の、三人の妓生(キイサン)のようなものを見たのだと告げる。鏡花はいつの間にか震災の炎の向こうに見える洪水幻想、あるいは『芍薬の歌』や『山海評判記』の物語世界に迷い込んでいるかのようで、


 ▶――忘れたのではない。私たちは、実はまだ汐見橋に、其の汐を見つゝ立っている。――◀


 と、(洲崎神社から汐見橋までの500mほどの移動が瞬時に行われた印象を受けることも手伝って)このルポルタージュのどこかしらの時点からが夢だったとでも言いたげな気味の悪いことを言って、我を取り戻す。


 鏡花小説としては、ここで終わるのが適切だった。

 だが、少し紙面が余ったようだ。富岡八幡宮参詣の後、昼食時の蕎麦屋で見かけた強烈な印象のやくざ者(女の自慢話をして豪快に鼻血を吹き出す)、水芸の仕掛けのような生け簀がある魚問屋の見学、上司が案内者の懐に仕込んだ軍資金のおかげでありついた夜の御馳走と、蛤町(はまぐりちょう)生まれの若い芸妓の蓮葉な印象が付け足される。


「大東京繁昌記」などという眼前の直視を迫る企画に縛られながらも、事実の向こう側にある異界を頑なに透かし見ることで、たんなるルポルタージュを幻像文学の佳品たらしめた鏡花の筋金入りの幻視者ぶりが、なんとも頼もしい。とはいえ、付け足しのように書かれた生世話なスケッチにも、けっしておろそかにはできない魅力がある。どちらもあってこその鏡花である。



 鏡花読者としては、平凡社ライブラリー版の解説で関川夏央が「鏡花はさらに十二年の余命をたのしむがさしたる作家活動はなく、昭和十四年に死ぬのである」などと(これから『山海評判記』をはじめとする晩年の新境地が開かれていくというのに)切り捨てている的外れな解説を読む必要はなく、『深川浅景』の(とも)として読むべき文章は意外なところにあった。

 文藝春秋社の「本の話」というWebページに、金井美恵子の『深川浅景からコスモスの夢』という書評があって、これは山尾悠子の『飛ぶ孔雀』の書評でありながら、『深川浅景』を読まずにいられなくなる、誘惑的な文章でもある。ぜひ題名で検索して読んでみてください。


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― 新着の感想 ―
いつも楽しく、と言うより感心しながら読ませてもらっています。ここまで鏡花を詳しく読み進めるその知識に圧倒されています。 今回の「深川浅景」も面白い読み物でした。鏡花の表現の妙に今さらながら味わい深さを…
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