鏡花読書~小品 その十五(玉川の草、火の用心の事)
『二三羽――十二三羽』(大正十三年四月)
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/1037_20651.html
当日記内の別稿「鏡花読書~楓と白鳩、二、三羽――十二、三羽、頬白鳥」(2025/04/20)参照。
〇
『玉川の草』(大正十三年十月)
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3541_20542.html
秋の野花――ことに玉川(多摩川)河川敷の――にまつわる思い出。
女郎花、嫁菜、藤袴、吾亦紅、刈萱と、秋の草づくしではじまる。
……千鳥刈萱の通称はツリガネニンジンだと鏡花は書いているのだが、ツリガネニンジンに千鳥刈萱の別称が見あたらない。草花の名に詳しいわけでもなくてよくはわからないのだが、国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで鏡花蔵書にある『内外実用植物図説』を調べてみると、
https://lab.ndl.go.jp/dl/book/832569?page=194
同じく鏡花蔵書にある『実用新案普通植物図解』にも、こんな図がある。
https://lab.ndl.go.jp/dl/book/832620?page=156
どうも鏡花はこれらの図を見て、ラン科のミズチドリ(麝香千鳥)をキキョウ科のツリガネニンジンと取り違えたのではないか、という気がする(そうであっても、なぜ萱草の仲間のように書かれているのかはわからないのだが)。
興味のある方は上図と、ツリガネニンジン、ミズチドリの検索画像を見比べてみてください。
話題は日本橋浜町に住んでいた頃の鏑木清方の庭の草花に。
玉川河川敷から、何も生えていない土を採ってきて庭に置いたところ、その土から紅蓼、露草、蚊帳釣草、犬じゃらしなどが生えたのだという。
この話からはすぐさま、鏡花と画家の面談を描いた鏑木清方の「小説家と挿絵画家」(昭26)という画が想起されて、画の描かれている季節は夏なのだけれど、背景にある庭に秋草が茂るさまが髣髴する。
後半は、「花政の爺さん」から預かった木菟のこと。
花屋の若い衆が錦木を刈るついでに冗談で生け捕った木菟を「洒落に持ってって御覧なせえ」と、鏡花の妻に持たせたのだという。
ヒロインの錦木和歌子が花政の政右衛門老から譲り受けたミミズクが大活躍をする『幻の絵馬』(大6)の素材となった逸話が、こんなところで回想されている。
▶その真黄な大きな目からは、玉のような涙がぽろ/\と溢れそうに見える。山懐に抱かれた稚い媛が、悪道士、邪仙人の魔法で呪われでもしたようで、血の牛肉どころか、吉野、竜田の、彩色の菓子、墨絵の落雁でも喙みそうに、しおらしく、いた/\しい。
……その菓子の袋を添えて、駄賃を少々。特に、もとの山へ戻すように、と云って、花屋の店へ返したが。――まったく、木の葉草の花の精が顕われたようであった。◀
木菟が現れたとたん、鏡花の想像力は幻想世界へ急転直下である。
〇
『火の用心の事』(大正十五年四月・五月)
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/50779_44663.html
明治三十五年、一月三十一日から二月十日にかけての十一日間、鏡花は雑誌「新小説」四、五月号の特集企画「名古屋参り附り伊勢まゐり」の特派員として、同門の柳川春葉とともに名古屋へと赴いた。
当地で金欠気味の二人を手厚くもてなしてくれたのが、名古屋市電話交換局長、和達陽太郎の妻、和達瑾で、「金色夜叉夫人」などと綽名された熱狂的な紅葉ファンであった。
のちに瑾夫人がモデルだとおぼしき女性を自作に登場させた際には、鏡花は彼女の美貌を称賛することにやぶさかではなかった。とはいえ『続紅雪録』(明37)では主人公のけなげな姉と、彼を色仕掛けでたぶらかした悪女に分裂するのだし、『新泉奇談』(明35)では工学士子爵の美しい妻として噂されるものの、『愛火』(明39)では同じ妻が、驕慢で厄介な女としてアンビバレントに描かれることになる。この『火の用心の事』の記述にも、充分な謝意を表しつつも、紅葉の「弟子」としてあしらわれた、という遺恨が、どことなく漂っている気がしないでもない。
さて、その金色夜叉夫人が、上京ついでに鏡花の南榎町の家に立ち寄ることになった。もてなしに困った鏡花は夫人のために、高級な座布団をあつらえる。
その座布団が「これから一寸薄どろに成る」、つまり、怪談めいた話につながる。
火鉢の炭が跳ねてその座布団が燃えあがり、危うく大火事になるところだったと、まさにタイトルどおりの事件が出来するのだが、事前にたっぷりと語られた金色夜叉夫人と尾崎紅葉のエピソードがからんで因果話っぽく思えるのは、まさに語り口の妙である。
続いて大震災時の火災の記憶と、それ以前に番町の家で起こった小火騒ぎが語られるのだけれど、幼少時のなぜか節分の夜に繰り返し起こした火の過失との符合に気づいて、鏡花は冷や汗をかく。
――このエピソードは二年前に書かれた、非常に面白い短編『火のいたづら』(大13.4)の素材の打ち明け話にもなっているから、併せて読むと鏡花の小説作法の一端を知れた気になること請け合いである。
鏡花の短編の素が三、四本ばかり詰めこまれているような、中身の濃いエッセイだった。




