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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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444 肉料理:レーヴェ・フロムダール(38)

取り囲んでいた男たちに「ゾアルめ!」と叫ばれ、ようやくレーヴェという一個人は、今日終わることを意識した。だが定めに付き従って生きていくなんてできるわけがないと、割り切った。ロラインは事切れた少女を抱いたまま淡い青の帯に包まれている。五つ重ねの呪文帯に包まれ、やがて同じ文言をくりかえす低い声が呪いの言葉に変わった。頬に垂れた前髪から零れ落ちた涙が、幼い面影の残る頬に落ちた。


「離れろッ!」


気力がたぎる喉元に剣先が払われる。すぐさま飛び退いたレーヴェの元に、重ねて二打目がかかる。後ろに回転して避けると、男たちは背中に大主教を隠した。身を回したレーヴェは体が異様に身軽で誰の一振りも喰らわなかった。身体能力は変化していないが、五本目の手足として腰部に生えた太い尻尾が俊敏な動きを補助していた。


「術隊は閣下をお守りしろ! 剣構え!」

「災いの源を封じろ! 大聖堂を穢してはならん!!」

「抵抗するな、さもなくば殺す!」


臆面もなくそう言い切られ、カッと毛先まで怒りが走る。「殺すだなんて…」下唇を噛むレーヴェに相手は驚いて言った。


「ゾアルに生きる価値があると思っているのか!」


教職者のなかではゾアルは人ですらないというのだ。背後で大きな振動が生じる。腹立たしくてならないというように尻尾が床を打ち、亀裂を広げていく。

なるべく浅く小さな呼吸をして激情を飲み込み続けるレーヴェの前を、足を踏み荒らし、我先にと斬りかかる男たちが突っ込んでくる。人殺しをものとも思わない男たちは尻尾の横薙ぎに仰け反り、剣を盾に構えたまま吹き飛ばされた。横臥した者を横目に体勢を低くするレーヴェに術がかかった。透明な空気に圧迫され、床ごと体が沈み込む。


固く握った拳と尻尾を軸にかろうじて膝をつかずにいたレーヴェは、「なぜ……」と目だけを上げた。体が軋み、血を吐くと、いかにして尻尾や手足をそぎ落とそうと剣をふりあげた者たちも、過剰に距離を取り、逃げるのに必死とみえた。吐いたのは顔に掛かったリーリートの血だったが、彼らは判別することなく唾棄している。


唾液を掌に吐いて、集団の足元に投げ込むと地面に引きずり込む術がやみ、レーヴェは勢いをつけて真横に跳んだ。壁を走り、集団の裏側に回り込む。腰を足蹴にして数人を転ばせて、したたか全身を打って倒れた衛士の背中に乗りあげた。

膝を押し当てて必死に振り返ろうとする顔にこう言った。「どうか動かないで」体重をかけても鎧が男の身を守っているため、肺を圧迫することなく自由だけを奪えた。長剣を顔の真横に突きたてて、非難する目を鋭く投げ寄越す面々にわだかまりを吐き捨てる。


「ゾアルだからなんだというのです! 私は貴方方と同じ人です! この体が何だと言うのですか?!! 私は誰も傷つけはしない! 貴方たちに災いを与えることなどないのです!!」


柄から手を離し、端切れをまとう体を見せる。


「どうでもいい! ゾアルとわかれば、いかなる者でもここから出ていってもらわねばならない!!」

「大主教様! 理力を追ってください! その者こそ真の不心得者なのです!!」と腹の底から叫んでも、誰も光を見上げない。集団に隠された奥で青い帯がまだ回転を続けている。


一向にわからないことだった。先程まで護衛として周囲を固めていたはずの面々は、頼りがいのある大人に見えた。何故こうも手のひらを反して傷つけようとするのか。声を聴かず、いち早く災いを遠ざけたいという焦りがある。成人もしていない男一人にこうまでして群がるのは、自分が知らない理由があるのではないか。奥で「やめよ」とロラインの声がかかった。理力の光が移動を始める。


ロラインの声は誰へ向けた制止なのか誰も判ずることができない。全員が挙動を止めた隙をつき、レーヴェは背中を見せた衛士の肩に足を掛けて跳びあがった。


天井から吊り下がる照明に飛びつくと、支柱を掴む。円状の蝋燭立てに足を乗せると、レーヴェの体は左右に揺れて真下の衛士たちがどよめいた。「縺れよ(リュオラ)!」ひとりが放った詠唱が支柱に当たり、水晶で埋め尽くされた照明が砕け散る。廊下には破片が散り、レーヴェは残った支柱に尻尾を絡ませながら、天井を横切る梁に飛び移った。そこから更に足を振り、反動をつけると次の照明に飛び乗る。追いかけてくる詠唱を誰かが制そうとしたが、即行術を止めることは容易ではない。「縺れよ(リュオラ)!!」また照明が落下し、朝日がのぼる前の一等の暗闇が廊下を包んだ。

レーヴェの眼下で術隊が次々と陽光術を唱え、淡い光がいくつも連鎖していく。光は照明の影を廊下の奥までのばした。


「……まぁなんて元気いっぱいの猿でしょう」


一直線に流れた理力は、廊下の奥に佇む一人の男の前で止まった。


衛士たちと向かい合う男の間、絨毯の上に音もなく降りたレーヴェの鋭い眼光に、後ろ手を組んでいた男は「あぁ、ははは」としゃがれ声で笑った。







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