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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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439 肉料理:レーヴェ・フロムダール(33)

「ならばどうして口にしたのですか?」

「貴方がどう感じるかは貴方の自由だわ……こう言うと、すごく冷たく聴こえるわね。でも私は感覚的な確信を前提に話を進めている。言ってしまえば私の錯誤の上に成り立っているということよ。貴方が平然と流せても深く傷ついても、私には干渉できず、判断することでもないのだから」

「その通りです」


回答になっていなかったが頷く。添削するつもりはなかった。彼女はひとつひとつの思考の膜を確かめ、本来必要なものを見出そうとしている。段々と鋭利になっていく表現からは、あくまで彼女自身の経験から絞り出しているが、そうしたものを排除して思弁的になろうと努めていることが感じ取れた。彼女は自分のそうした"情感に寄りすぎる"側面を理解して、押し留めようとしているのだろう。


(何を見たのだろう……)


唐突に海を凝視してから、精神が揺らぎ始めたことは確かだ。繰り返して押し寄せる波の中に、心に迫るさざめきがあったのだろうか。レーヴェにはそういう兆候はない。どう努めて見ても乏しい感覚を突きつけられるだけだ。


「私は過去を見たの。遥か遠く、数え切れないほど昔の出来事もあったわ。それは大切な人との記憶だけど、自分自身との対立とも言い表せる。記憶と向かい合ったあと、とても嬉しかった。私が求めていた理想がかすめていくような予感があった。心はすでに白んで、手を伸ばせば掴めるほどに近くに感じていた。でも……貴方の言葉が過ぎった。貴方が"自分を愛するよう"に言ってくれたことは、これまで私を見てくれていた愛しい人たちの言葉と同じだと気づいたの。私の大切な人達……向き合うにはあまりに遅くなってしまった。それでも向き合いたいの。彼らがみてくれた自分を見つめ直したい……初めてなの、こんなこと……おかしいわね。自分のことなのにわからないなんて」

「……質問しても?」

「勿論」

「一度経験した記憶です。何故、いま影響を受けたのですか」

「記憶は透明な花だわ。刻印された形は端から消えていってしまう。けれど想起さえすれば再び色づいて濃厚に蘇る。記憶の中である人が言ったわ。『自分自身と全体を区別することを学ぶべきだ』って。どこかで聴いたことがあるでしょう?」

「まさか私の言葉がきっかけとなったというのですか……」


妙な気分だった。体の奥底がざわめいている。これは何の前触れだろうか。


「記憶の中で何をみたのです」

「愛することばかりで、愛を受け取ろうとはしない自分の醜さを見たわ」

「……それは正しい表現だとは思えません」

「ううん、事実よ。だって私は……」


顔を歪めて口を結んだ表情は痛ましいものだった。音にせずとも彼女が言わんとすることは伝わってきた。この人は、自分自身のことを"嫌い"ながら、そうした負の言葉ひとつ吐きだすことができないのだ。


「不誠実な行いを肯定してしまった自分が許せないから、否定(しゃざい)を選んだのですね」


彼女は深く頷く。


「あのまま貴方のくれたやさしさに甘えることもできた。自分のための世界に閉じこもっていることも……でもそんな自分は許せない。それにね、新しく"始め"たいの……偽りからじゃなく正直な言葉から」

「その"始まり"が何を示すかはわかりませんが、その為に私を傷つけてもいいと判断したわけですね」


陰険な物言いを意図的に使用した。レーヴェは至極真面目な顔で問いかけている。

傷つけられたわけではないが、彼女がそう思っているなら彼女の中の自分はそうなのだ。斬りつけることを覚悟して斬りつけられたなら、こちらにも言い分はある。


この場所で心から投げかけた声は思い出すまでもない。すっかりそのまま再現することができる。自身を蔑ろにして他事を優先させる彼女に自身を愛するように伝えることは、レーヴェの深奥を吹く風のように静謐なことだ。


彼女は確かに寄り添うふりだけみせて頷きはしなかった。笑い合いもしたが心の底では孤独のままでいることを選んだ。レーヴェもそれを理解していた。あえて孤独を選ぶ理由を否定することも、自分に迎合してくれないことに憤ることもない。


(私は子供じゃない……)


ここまで考えてレーヴェは心の端に怒りを感じていることに気づいた。烈火のごとく猛るものではなく、静かに燃える青い炎が揺らめいている。男としての矜持というべきものが傷ついているのだ、――とまで考えて、我ながら笑ってしまう。否定しながら結局"傷ついている"という言葉を使ってしまった。

レーヴェは彼女にその程度の男だと思われていることが心外でならなかった。正しく認めてもらいたいという欲求が、炎に薪をくべている。それを彼女に伝えたくはないが、傾いてばかりの顔を眺めているだけではいたくないことも確かだ。






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