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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
39/60

救いを求めたのは side.框矢

周价達との模擬戦から少し経ったある日。


「ちょっと思うんだけどさ、弱点、克服しておいた方が良くね?」


「……眼の事か?」


俺の返しに影人が頷いた。


「そう。あいつ、框矢の動体視力の高さと身体能力が結び付いてる事を知って、眼を攻撃してきただろ」


「確かに」


「絶対、克服しておいた方が良い。同じ事をやられたら、次はどうなるか分からないし」



それは俺も思っていた事で。

あの時は、影人が絶妙なタイミングで来てくれたから助かったものの、次回はどうなるかなんて予測がつかない。


かと言って、何か良い案があるわけでも無い。



取り敢えず毎日筋トレはしてるけど……眼を鍛えられるわけでは無いし、そもそも眼ってどうやって鍛えるんだ?



「眼の克服法なんてあるのか?」


「う……。そう言われるとなぁ」


瀧宗を研く手を止め、そう聞けば腕組みをして唸る。


うーん、うーんと腕組みしたまま唸り、考え込む影人の隣でまた瀧宗を研き始める。


研き終えた瀧宗を鞘に納め、次は村雨を研く。その間もずっと考え込んでいるのを横目で眺め、内心感心していたんだ。



他人の為に、真剣に考え込む事が出来るこいつは凄いよなぁ、って。



影人にとっちゃ俺は親友で、二人して両親が居ない。影人なんかは、物事がちゃんと解る年になってから親を失ってるんだ。


そんな境遇の中で人を避け、関わらない様に生きて来た俺とは違って、他人の事も考えつつ、明るく暮らしてるんだから。



俺には多分無理だ。



「……そうだ!」


「っ?!」


物思いに耽っていた所に大声を出され、村雨を慌てて持ち直す。



全く、危うく怪我する所だったじゃねえか。



「ダイルに相談すれば良いんだよ!」


「ダイルに?」


ひどく懐かしい名前に、思わず目を瞬かせる。


「近況報告も兼ねてさ。まあダイルのことだから、今も現役バリバリだろうけど」


……まあ確かに。



当時71でもあれだけ元気なら、きっと今も元気だろうな、とも思う。


だけど、いきなり押し掛けるのもな。


俺が悩んでる間に影人の奴、さっさと何かを手紙に書いてラプターに持たせてしまったんだ。



「じゃ、頼むよ」



ラプターは一声不満げに鳴くと、窓から出て行った。


「……えらく不満げじゃなかったか?今の」


「まあ……寝てた所だったし、ラプターもダイルの居場所は正確には知らないしな」


「おいおい」



それって大丈夫なのか?幾ら何でもどこに居るか知らない人間に、届けるなんて無理じゃねえか。



「ま、大丈夫だよ。ダイルの顔なら憶えてるはずだし、あいつのことだからちゃんと見つけるだろ」


「……」


楽観的な答えに、思わず溜息を吐いた。


けれど、数日後にラプターが持ち帰って来た紙には、たった一言が記されていた。



“見つからんように来い”



まさか、本当にダイルの所に行ったなんて。



「凄いな、お前は」


ラプターの頭を撫でてやれば、目を閉じ嬉しそうにする。



「さて、と。良い返事も来たことだし、行こうぜ框矢」


影人の声に頷き、瀧宗を入れたケースとリュックを担ぐ。


「……ラプター、お前も来るか?」


俺がラプターにそう言うと、数度羽ばたきして窓から出て行ったんだ。


俺と影人の昔の記憶を頼りに、通りを歩いてるうち、ケースに重みが掛かった。


「?」


ケースには、ラプターが停まっていたんだ。


「なんだ、お前も行くのか」



てっきり行かないのかと思ってたんだけどな。


そうしてケースにラプターを停まらせ、二人と一羽で行くことになったものの、行き交う人の大半の注目を浴びる事になってしまったんだ。


ラプターは猛禽類。

食物連鎖の頂点に立つ鳥が、人の荷物に停まってる事……と言うか、都会で見るなんてそうそう無い事だし、仕方ないのかもしれないけどさ。


流石にダイルの所へ行くのに、目立っちゃ困る。


「影人。……路地から行こう。目立ち過ぎる」


影人の袖を引っ張り、眼でラプターを指せばそうだな、と頷いた。


そっと路地に入り、幾度となく曲がり、壁を越え、人気の無い路地を進んで行く。




俺達自身、どの道を通って来たかなんて分らなくなるくらい進んで来た時、不意にパッと目の前が開けた。


「「……」」


二人して思わず息を飲んだ。



目の前に、懐かしいあの家があったから。


「居るのかな」


「さぁ……」


鍛治場は人気が無いし、隣の住居スペースにも明かりは付いてない。


少し躊躇してから、影人と顔を見合わせて頷き合い、歩を進めようとした。


その時だったんだ。


キィ、と小さな音と共に、住居スペースの扉が徐に開いたのは。


「「!!」」


思わず身構える。

対峙するのがいつもあいつ……ダナニスのせいか、次は何を使って来るのかと思って。



だけど、出て来たのはあの、懐かしいダイルだった。



「……お前達、何を身構えとるんだ。さっさと来んか」


相変わらずの口調で一つ溜息を吐く。そして俺達に手招きして、部屋の奥へと消えてしまったんだ。



俺は、もう一度影人と顔を見合わせると、ダイルの家へと足を踏み入れた。


「久しぶりだな……いきなりその隼が来た時には驚いたぞ。

銀筒なんぞくっ付けて、中を見ろと言わんばかりに脚を出して来るんだからな」


不思議な香りのする茶を、俺達に淹れてくれながら、そう言うダイル。


「飲め、先ずは一服だ」


その言葉に甘えて、茶を啜る。俺は大丈夫だったけど、影人は余りの熱さに耐えられなかったようで。


そんな彼に一頻り愉しそうに笑うと、ふっと眼に真剣な色を浮かべた。


「それで?

儂を訪ねて来たということは、何かあったんだろうが。何で訪ねて来た」



何で、と言われてもな。



「何で、って言うか、知恵を借りたくて来たんだよ」


未だに痛むらしい舌で、ヒーヒー言いつつ、影人が答えた。


「……手紙にあった、あの男の事か?ダナニス・青馬衣とか言う、社長の」


「そう!」


何で知ってんだ?って思ったけど……なんだよ、手紙で書いてたのか。


「何度かあいつ、ダナニスと対峙して、毎回返り討ちにして来たけど。諦めが悪過ぎるんだ。既に無関係だった人間も、数人巻き込んでる。

最後の対峙で俺の弱点が見つかったんだ。だからダイルなら助けてくれないかな、って」


「……」


「出来るだけダイルが言った通りに、瀧宗は使わずにいようと思ったけどさ……。

ダナニスの奴、俺の事知ってたんだ。FARMの事も、33番って呼ばれてた事も」


何?と片眉を上げる彼に、要点を絞り過去を伝えていく。


対峙する度に、部下の人数を増やしている事。


表向きは若手起業家で慈善家だけど、裏では大それた野望の為に、俺を手に入れようとしてる事。


その手段を選ばない事や、勤め先の上司に毎回手を出して来る為に職を辞めざるを得なくて、今は無職だって事。


俺みたいな人間は、日本じゃマガイモノと呼ばれる事。


過去を知っている人間は増えたものの、ダイルの事は名前すら明かしてはいない事。


知り合いの中には元警察、陸上自衛隊長官、更には裏社会の人間もいる事。


結局、瀧宗を振るう事が増えたものの、長官のお陰で所持していて良いとなった事。


そして、前回のダナニスとの対峙で、ロケットランチャーで攻撃され、眼をやられると身体全体に支障をきたすと分かった事を話した。


「眼、か」


ダイルは、ぽつりと呟く様にそれだけ言うと、考え込む仕草を見せる。


もし良い方法があるのなら。

教えて欲しいし、もし無理でもダイルが一緒と言うのはものすごく安心するんだ。


「一つ方法があるとすれば、だがな?」


徐に、そんな出だしでダイルから出て来たのは、戦闘方法を変えるというもの。


「お前は確かに眼が良い。そのダナニスとやらが、そこに目を付けて眼を狙って来たのも的を射てる。

眼が逆に支障を来すなら……眼を使わなければ良いだろう。眼を使わず、気配で感じ取り、視界が利かずとも身体で動けるようになれ」


「……は?」



そんな無茶苦茶な。



「いや、だってさ。そんなの、どうやってやるんだよ」


影人に手伝ってもらえるとしても、方法もわかんないのにさ。


「お前達、絶対に漏らさないと信頼のおける奴が居るんじゃなかったのか。呼べ」



呼べ、……ってええ?!



「はい?!」


「そ、そんな事したらダイルの居場所バレるじゃねえか!」


影人の焦りにもフン、と鼻息を一つ吐く。


「馬鹿かお前は。誰がこの家に、と言った?

框矢、お前の能力を見せてもらったあの部屋があるだろう。あの部屋に呼ぶんだ」



確かにあの部屋ならこの家からは離れてるし、広さも十分だとは思う。


思うけど。



問題はあの二人が来れるかどうかなんだよなぁ。


「影人。とりあえず、ラプター飛ばしてみてくれ」


「ああ」


「周价は部下無しが良いと思う。無理なら無理で、来なくて良いと付け加えといてくれるか?」


「部下無しで?何で?」



そう聞いて来たものの、直ぐにピンと来たのか、一つ頷いた。


「俺は長官に電話する」



本当は、こんな軽々しく電話なんてしたらいけないとは思うけど。



でも何かあれば連絡を、と言ったのは向こうだからな。


能力の事は既にバレてるからともかく、ダイルの事は絶対に漏らせない。


李郢がダイルの事を知ってるかも、と影人に聞いた。


腹心の部下が知ってる事を、周价が知らないなんて事は多分あり得ない。


漏らすとは言えないかもしれないけど、疑わしいものは徹底して省くに限るからな。




“鍵重だ”


数回のコール音が途切れ、聞こえた重みのある男声。


「お疲れ様です、長官。框矢です。先日はお願いを聞いて頂きありがとうございました」


“おお、框矢か!いやなに、大した事ではないからな、礼には及ばんよ。今日はどうしたのかね?”


相手が俺だと判った途端、声のトーンが上がって明るくなった。


「度々申し訳ないのですが、実は、ご相談があって電話をお掛けしました」


“ほう、私に相談かね?宜しい、聞こうじゃないか”


電話越しにも穏やかに笑う長官の顔が見えた気がして、ふっと笑みが漏れた。



「前回、あの男にロケットランチャーでの攻撃をされた際、俺の弱点が発覚しました。俺の身体能力の高さは、動体視力の良さと繋がっていたんです。

眼をやられると、俺の身体能力、戦闘能力は子供より劣ってしまうんです」


ふむ、と無言で頷いてくれるのが分かり、話を続ける。


「その弱点を克服する為、俺は友人と共に、恩師を訪ねました。彼は一つ、手段を見つけてくれましたが、その為には……友人と恩師だけでは人手が足りないんです」


“その手段とは何かね?”


「俺の戦闘方法を変える事です。

俺は今まで眼に頼り、瞬時に相手との距離や向かってくる攻撃を判断して、戦って来ました。ですが、眼が弱点となってしまうと分かった今、眼に頼らない戦い方へ変えなくてはいけなくなりました。周りの気配を感じ取り、視界が無くとも反応出来るように」


“……成る程”


長官は暫く黙っていたけど、五分程してから口を開いた。


“宜しい、鮫島君に特別任務として君の所へ派遣しよう。期間は特に定めないが、君の弱点が克服され次第、私の元へ返してくれたまえ。良いかな?”



「もちろんです。ありがとうございます、長官」



通話を切り、思わずガッツポーズが出てしまう。


まさかこんなにあっさりと、鮫島さんを向けてくれるなんて思って無かったから。


「その様子だと、そっちは上手くいったみたいだな」


「ああ。長官に感謝しないとな」


いつの間にか後ろに来ていた影人に、そう肯き、そっちの首尾は?と聞けば、明日明後日には分かるだろ、と返って来た。






そしてその数日後、鮫島さんと周价が来て、あの部屋に通したんだ。

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