救いを求めたのは side.框矢
周价達との模擬戦から少し経ったある日。
「ちょっと思うんだけどさ、弱点、克服しておいた方が良くね?」
「……眼の事か?」
俺の返しに影人が頷いた。
「そう。あいつ、框矢の動体視力の高さと身体能力が結び付いてる事を知って、眼を攻撃してきただろ」
「確かに」
「絶対、克服しておいた方が良い。同じ事をやられたら、次はどうなるか分からないし」
それは俺も思っていた事で。
あの時は、影人が絶妙なタイミングで来てくれたから助かったものの、次回はどうなるかなんて予測がつかない。
かと言って、何か良い案があるわけでも無い。
取り敢えず毎日筋トレはしてるけど……眼を鍛えられるわけでは無いし、そもそも眼ってどうやって鍛えるんだ?
「眼の克服法なんてあるのか?」
「う……。そう言われるとなぁ」
瀧宗を研く手を止め、そう聞けば腕組みをして唸る。
うーん、うーんと腕組みしたまま唸り、考え込む影人の隣でまた瀧宗を研き始める。
研き終えた瀧宗を鞘に納め、次は村雨を研く。その間もずっと考え込んでいるのを横目で眺め、内心感心していたんだ。
他人の為に、真剣に考え込む事が出来るこいつは凄いよなぁ、って。
影人にとっちゃ俺は親友で、二人して両親が居ない。影人なんかは、物事がちゃんと解る年になってから親を失ってるんだ。
そんな境遇の中で人を避け、関わらない様に生きて来た俺とは違って、他人の事も考えつつ、明るく暮らしてるんだから。
俺には多分無理だ。
「……そうだ!」
「っ?!」
物思いに耽っていた所に大声を出され、村雨を慌てて持ち直す。
全く、危うく怪我する所だったじゃねえか。
「ダイルに相談すれば良いんだよ!」
「ダイルに?」
ひどく懐かしい名前に、思わず目を瞬かせる。
「近況報告も兼ねてさ。まあダイルのことだから、今も現役バリバリだろうけど」
……まあ確かに。
当時71でもあれだけ元気なら、きっと今も元気だろうな、とも思う。
だけど、いきなり押し掛けるのもな。
俺が悩んでる間に影人の奴、さっさと何かを手紙に書いてラプターに持たせてしまったんだ。
「じゃ、頼むよ」
ラプターは一声不満げに鳴くと、窓から出て行った。
「……えらく不満げじゃなかったか?今の」
「まあ……寝てた所だったし、ラプターもダイルの居場所は正確には知らないしな」
「おいおい」
それって大丈夫なのか?幾ら何でもどこに居るか知らない人間に、届けるなんて無理じゃねえか。
「ま、大丈夫だよ。ダイルの顔なら憶えてるはずだし、あいつのことだからちゃんと見つけるだろ」
「……」
楽観的な答えに、思わず溜息を吐いた。
けれど、数日後にラプターが持ち帰って来た紙には、たった一言が記されていた。
“見つからんように来い”
まさか、本当にダイルの所に行ったなんて。
「凄いな、お前は」
ラプターの頭を撫でてやれば、目を閉じ嬉しそうにする。
「さて、と。良い返事も来たことだし、行こうぜ框矢」
影人の声に頷き、瀧宗を入れたケースとリュックを担ぐ。
「……ラプター、お前も来るか?」
俺がラプターにそう言うと、数度羽ばたきして窓から出て行ったんだ。
俺と影人の昔の記憶を頼りに、通りを歩いてるうち、ケースに重みが掛かった。
「?」
ケースには、ラプターが停まっていたんだ。
「なんだ、お前も行くのか」
てっきり行かないのかと思ってたんだけどな。
そうしてケースにラプターを停まらせ、二人と一羽で行くことになったものの、行き交う人の大半の注目を浴びる事になってしまったんだ。
ラプターは猛禽類。
食物連鎖の頂点に立つ鳥が、人の荷物に停まってる事……と言うか、都会で見るなんてそうそう無い事だし、仕方ないのかもしれないけどさ。
流石にダイルの所へ行くのに、目立っちゃ困る。
「影人。……路地から行こう。目立ち過ぎる」
影人の袖を引っ張り、眼でラプターを指せばそうだな、と頷いた。
そっと路地に入り、幾度となく曲がり、壁を越え、人気の無い路地を進んで行く。
俺達自身、どの道を通って来たかなんて分らなくなるくらい進んで来た時、不意にパッと目の前が開けた。
「「……」」
二人して思わず息を飲んだ。
目の前に、懐かしいあの家があったから。
「居るのかな」
「さぁ……」
鍛治場は人気が無いし、隣の住居スペースにも明かりは付いてない。
少し躊躇してから、影人と顔を見合わせて頷き合い、歩を進めようとした。
その時だったんだ。
キィ、と小さな音と共に、住居スペースの扉が徐に開いたのは。
「「!!」」
思わず身構える。
対峙するのがいつもあいつ……ダナニスのせいか、次は何を使って来るのかと思って。
だけど、出て来たのはあの、懐かしいダイルだった。
「……お前達、何を身構えとるんだ。さっさと来んか」
相変わらずの口調で一つ溜息を吐く。そして俺達に手招きして、部屋の奥へと消えてしまったんだ。
俺は、もう一度影人と顔を見合わせると、ダイルの家へと足を踏み入れた。
「久しぶりだな……いきなりその隼が来た時には驚いたぞ。
銀筒なんぞくっ付けて、中を見ろと言わんばかりに脚を出して来るんだからな」
不思議な香りのする茶を、俺達に淹れてくれながら、そう言うダイル。
「飲め、先ずは一服だ」
その言葉に甘えて、茶を啜る。俺は大丈夫だったけど、影人は余りの熱さに耐えられなかったようで。
そんな彼に一頻り愉しそうに笑うと、ふっと眼に真剣な色を浮かべた。
「それで?
儂を訪ねて来たということは、何かあったんだろうが。何で訪ねて来た」
何で、と言われてもな。
「何で、って言うか、知恵を借りたくて来たんだよ」
未だに痛むらしい舌で、ヒーヒー言いつつ、影人が答えた。
「……手紙にあった、あの男の事か?ダナニス・青馬衣とか言う、社長の」
「そう!」
何で知ってんだ?って思ったけど……なんだよ、手紙で書いてたのか。
「何度かあいつ、ダナニスと対峙して、毎回返り討ちにして来たけど。諦めが悪過ぎるんだ。既に無関係だった人間も、数人巻き込んでる。
最後の対峙で俺の弱点が見つかったんだ。だからダイルなら助けてくれないかな、って」
「……」
「出来るだけダイルが言った通りに、瀧宗は使わずにいようと思ったけどさ……。
ダナニスの奴、俺の事知ってたんだ。FARMの事も、33番って呼ばれてた事も」
何?と片眉を上げる彼に、要点を絞り過去を伝えていく。
対峙する度に、部下の人数を増やしている事。
表向きは若手起業家で慈善家だけど、裏では大それた野望の為に、俺を手に入れようとしてる事。
その手段を選ばない事や、勤め先の上司に毎回手を出して来る為に職を辞めざるを得なくて、今は無職だって事。
俺みたいな人間は、日本じゃマガイモノと呼ばれる事。
過去を知っている人間は増えたものの、ダイルの事は名前すら明かしてはいない事。
知り合いの中には元警察、陸上自衛隊長官、更には裏社会の人間もいる事。
結局、瀧宗を振るう事が増えたものの、長官のお陰で所持していて良いとなった事。
そして、前回のダナニスとの対峙で、ロケットランチャーで攻撃され、眼をやられると身体全体に支障をきたすと分かった事を話した。
「眼、か」
ダイルは、ぽつりと呟く様にそれだけ言うと、考え込む仕草を見せる。
もし良い方法があるのなら。
教えて欲しいし、もし無理でもダイルが一緒と言うのはものすごく安心するんだ。
「一つ方法があるとすれば、だがな?」
徐に、そんな出だしでダイルから出て来たのは、戦闘方法を変えるというもの。
「お前は確かに眼が良い。そのダナニスとやらが、そこに目を付けて眼を狙って来たのも的を射てる。
眼が逆に支障を来すなら……眼を使わなければ良いだろう。眼を使わず、気配で感じ取り、視界が利かずとも身体で動けるようになれ」
「……は?」
そんな無茶苦茶な。
「いや、だってさ。そんなの、どうやってやるんだよ」
影人に手伝ってもらえるとしても、方法もわかんないのにさ。
「お前達、絶対に漏らさないと信頼のおける奴が居るんじゃなかったのか。呼べ」
呼べ、……ってええ?!
「はい?!」
「そ、そんな事したらダイルの居場所バレるじゃねえか!」
影人の焦りにもフン、と鼻息を一つ吐く。
「馬鹿かお前は。誰がこの家に、と言った?
框矢、お前の能力を見せてもらったあの部屋があるだろう。あの部屋に呼ぶんだ」
確かにあの部屋ならこの家からは離れてるし、広さも十分だとは思う。
思うけど。
問題はあの二人が来れるかどうかなんだよなぁ。
「影人。とりあえず、ラプター飛ばしてみてくれ」
「ああ」
「周价は部下無しが良いと思う。無理なら無理で、来なくて良いと付け加えといてくれるか?」
「部下無しで?何で?」
そう聞いて来たものの、直ぐにピンと来たのか、一つ頷いた。
「俺は長官に電話する」
本当は、こんな軽々しく電話なんてしたらいけないとは思うけど。
でも何かあれば連絡を、と言ったのは向こうだからな。
能力の事は既にバレてるからともかく、ダイルの事は絶対に漏らせない。
李郢がダイルの事を知ってるかも、と影人に聞いた。
腹心の部下が知ってる事を、周价が知らないなんて事は多分あり得ない。
漏らすとは言えないかもしれないけど、疑わしいものは徹底して省くに限るからな。
“鍵重だ”
数回のコール音が途切れ、聞こえた重みのある男声。
「お疲れ様です、長官。框矢です。先日はお願いを聞いて頂きありがとうございました」
“おお、框矢か!いやなに、大した事ではないからな、礼には及ばんよ。今日はどうしたのかね?”
相手が俺だと判った途端、声のトーンが上がって明るくなった。
「度々申し訳ないのですが、実は、ご相談があって電話をお掛けしました」
“ほう、私に相談かね?宜しい、聞こうじゃないか”
電話越しにも穏やかに笑う長官の顔が見えた気がして、ふっと笑みが漏れた。
「前回、あの男にロケットランチャーでの攻撃をされた際、俺の弱点が発覚しました。俺の身体能力の高さは、動体視力の良さと繋がっていたんです。
眼をやられると、俺の身体能力、戦闘能力は子供より劣ってしまうんです」
ふむ、と無言で頷いてくれるのが分かり、話を続ける。
「その弱点を克服する為、俺は友人と共に、恩師を訪ねました。彼は一つ、手段を見つけてくれましたが、その為には……友人と恩師だけでは人手が足りないんです」
“その手段とは何かね?”
「俺の戦闘方法を変える事です。
俺は今まで眼に頼り、瞬時に相手との距離や向かってくる攻撃を判断して、戦って来ました。ですが、眼が弱点となってしまうと分かった今、眼に頼らない戦い方へ変えなくてはいけなくなりました。周りの気配を感じ取り、視界が無くとも反応出来るように」
“……成る程”
長官は暫く黙っていたけど、五分程してから口を開いた。
“宜しい、鮫島君に特別任務として君の所へ派遣しよう。期間は特に定めないが、君の弱点が克服され次第、私の元へ返してくれたまえ。良いかな?”
「もちろんです。ありがとうございます、長官」
通話を切り、思わずガッツポーズが出てしまう。
まさかこんなにあっさりと、鮫島さんを向けてくれるなんて思って無かったから。
「その様子だと、そっちは上手くいったみたいだな」
「ああ。長官に感謝しないとな」
いつの間にか後ろに来ていた影人に、そう肯き、そっちの首尾は?と聞けば、明日明後日には分かるだろ、と返って来た。
そしてその数日後、鮫島さんと周价が来て、あの部屋に通したんだ。




