模擬戦 side.影人
「二人共、その柵内から出るなよ。出て怪我しても知らないからな」
お前もだぞ、と俺の右隣の部下にもそう告げ、遠退いて行く周价。
俺達の根城から、ヘリで連れて来られたのは一棟のビル。特に広いわけでも無く、一機分のヘリの収納庫が屋上に付いているだけの古いビルだった。
「まさか、こんな狭い所でやるのか?」
こんな住宅が密集してる所で?と聞いた鮫島さんに、ふっと笑った。
「そんなわけ無いだろう。まぁ、付いて来れば分かる」
そうしてビル内をエレベーターで下がって行けば、その地下には横も幅も、天井も途轍もない高さの空間が広がっていたんだ。
確かにこれなら、でかい音を立てても外には響かない。地下にあるから近所迷惑になる事も無い。
上手い事考えてあるもんだ。
柵内に俺と鮫島さん、そして部下を残し、框矢と何かを話す周价は何だか生き生きとしているようにも見える。
「なあ、影人」
「はい?」
柵に寄り掛かり、彼らを見ながら呟く鮫島さんに眼をやる。
「お前は怖いと思った事は無いのか?框矢のあの身体、戦闘能力を見て」
俺はあいつの戦う所を見た事が無い。だからかもしれないけど、怖いと思った事は無かった。
「俺は框矢の戦っている所を見た事はありません。だからまだ怖いと感じた事は無いです。あいつは俺の初めての人間の友達なんですよ、鮫島さん。最初はウザがられてましたけどね。
相棒のラプター……隼が不良っぽい奴に捕まった時、たまたま通り掛かったのがあいつなんです」
初めて会った時の事を思い出して、ふっと笑いが零れた。
どれだけ修羅場をくぐって来た眼をしてんだ、って思ったんだよなぁ。あの時は。
「完全に巻き込まれた形だったんですけど、大事な相棒なんだ、って言ったら助けてくれたんです。たった数秒で、俺達より図体のでかい三人を回し蹴りと顎と鳩尾への一発で倒してしまいました。
隼の脚に付いていた鎖も、回し蹴りで壊してしまいましたし」
「蹴りで鎖が壊れるものなのか?」
「普通は無理でしょうね。でも……框矢の蹴りの速度と衝撃が、鎖の耐久力を超えてしまったんだと思います。超合金みたいな素材でも無かったし」
目を丸くした鮫島さんに笑みを向ける。
「でもあの時は流石にびっくりしましたよ。明らかに框矢よりもでかいあなたを背負って、ビルの屋上を跨いで来た彼が全身返り血で塗れていた時は」
「!」
一瞬、俺の言葉を聞いた彼の呼吸が止まった。
「俺を背負って、屋上を越えた?」
「ええ。あなたの上着をダメにしてしまったようですが、簡易止血で血が垂れない様にしてビルの屋上を渡って来ました。そうするように言ったのは俺です。
あんな血塗れの服で、路上を歩けば大騒ぎになりますから。それに……框矢ならあなた一人くらい、背負って屋上を飛び越えて移動出来ると踏んだから」
「……」
悔いた表情になって行く鮫島さんを見ながら、一つ息を吐いた。
何を思ってるのかは分からない。でも、一体何を悔いる必要があるんだ?
「今、あなたは無事でここに居る。自分の足でしっかり立っている。それで良いじゃないですか。
俺達があの時、ああした事に自分はまた力になれなかった、と悔いられたら……俺達があなたを助けた意味が無くなります。これ以上、悔いるのは止めて下さい」
少しキツい言い方にはなったけれど、これが俺の本音だし、きっと框矢だって同じはず。
力になれなかったと、悔やまれる為に助けた訳じゃ無い、ってきっぱり言うだろうな。
「……人。影人!」
「?!」
全く意識してなかった框矢の声が、唐突に耳を突き抜けハッとした。
「影人!聞いてんのか?」
「あ、悪い悪い。鮫島さんと話してたから気付かんだ。何?」
いつの間にか近くまで来ていた框矢が、パシッと俺に投げて寄越した物。
それは瀧宗をいつも入れている、竹刀の入ったケースだったんだ。
「それ、持っててくれ。模擬戦には邪魔だから」
「わかった」
そしてちらっと鮫島さんを見ると
「俺達に関わって後悔しているのならともかく、力不足を感じるからといって嘆かないで下さい」
そう告げて、周价の方へ駆けて行ったんだ。
『彼はエスパーか?』
そんな呟きが右隣りから聞こえて来て、思わず吹き出した。
まさか、と英語で否定して、部下の茫然とした表情にまた吹き出して。
『……そんなに笑わなくても』
どうやら機嫌を損ねたらしい。
そんな姿に一頻り笑って、ちゃんと否定し直した。
『彼は、ああいう身体能力を持たされた為に、他人を良く観察する術を持ってるんです。鮫島さんと周价は例外ですが、普通の人間は先ず、彼の能力を見たら怖れますから。相手を見極め、その感情を知る事に長けてるんですよ。
そうやって相手に合わせ、時には遠退いて暮らしている。日本人は特に、余りにも自分達からかけ離れた存在を怖れますからね』
『だから、彼の気持ちも解ったと言うわけか』
『ええ。そう言う事です』
鮫島さんにちらっと目をやり、框矢達の方へ視線を向ける部下。
距離を取り、框矢は瀧宗を、周价は拳銃を手に対峙していた。
瀧宗はもちろん、周价が持つ物も本物。模擬戦とは言いながら、それは実戦に等しい。
「框矢ー?お前良いのか?実弾で」
「構わねえよ。実弾の方が油断して怪我する確率が減るしな」
一応聞いてみれば、案の定予想していた答えが返って来る。
『もう始まってますか?』
その声に振り向けば、パイロットを務めていた部下が柵内に入って来た所で。
『まだだ。間に合って良かったな』
スキンヘッドの部下の返しに良かった、と一息。
その時だった。
銃の連射と金属音が錯綜したのは。
ハッとして全員で框矢達の方へ視線が向いた。
距離を詰めつつ、銃を連射しながら框矢の隙を探す周价。
対して框矢は、右手一本で瀧宗を捌き、全てを防いでいく。
銃弾を防ぐ間にも、左手は腰の短剣の柄を握っていた。
「あれは?」
鮫島さんが指したのは框矢の短剣。
「あれは村雨ですね。切れ味、強靭さ共に、瀧宗に並ぶ最高峰の代物です」
『村雨だと?』
軽いフットワークで床を蹴り、真横に逸れてから、周价に向かって反撃に入った框矢。
そんな姿を捉えつつ、驚愕した様にスキンヘッドの部下、李郢が呟いた。
『かの名工が造った物じゃないのか……!』
「?」
鮫島さんが首を傾げたのを尻目に、ハッとして李郢を見る。
ダイルの事を知ってるのかもしれない!
『李郢。その名工の名は絶対に出さないで下さい。彼は俺と框矢にとっても深い関わりがある人物です。バラされて困るのは、俺達だけで無く、彼にも迷惑が掛かります。
そして彼の事がバレた場合、困るのはあなた達も同様です。例外では無くなる』
李郢に近付き、鮫島さんには聞こえない様に囁く。そこに、はっきりとした威嚇を込めて。
『確かに、彼の持っている村雨は、あなたの言う名工が造った物で間違いないです。が、その事について、俺は何も話しません。それに框矢も何も言わない』
声音を普通に戻し、小声でそう続けた。
『どうやって手に入れたか知りたいのでしょうが、誰しも他人に言えない事はあります。
特に、大恩ある人物の事は口が裂けても。あなたもそうでしょう?周价を裏切る事は絶対に出来ない様に、俺達も彼の事を話す事は出来ません』
李郢は納得のいかない表情で俺を睨んでいたけど、周价を持ち出すと渋々頷いてくれた。
框矢と言えば、瀧宗と村雨の二刀流で周价を翻弄しては僅かな刀の振りだけで、彼の銃弾と短刀の攻撃を防いでいた。
流石は、框矢だな。
自分の親友がこんなにも腕が立つと言うのは、心強いし誇らしくもある。
しかもこれは彼の本気じゃ無い。
情報屋なんて物騒な事を、生業の一つとしてる俺にとって、これ程に強い味方は居ないんだから。
「一度休憩挟ませてもらうぞ」
框矢が周价にそう言った次の瞬間。
框矢は瀧宗と村雨を手離したかと思ったら、床をたったひと蹴りで、周价に距離を詰めた。
ズダンッ
そんな叩きつけられる音と共に、床に仰向けで倒れたのは周价だったんだ。
柔道、一本背負い。
それも、彼には反撃も防御もさせない程に鋭く低いもの。
「お前、疲れが見えてんぞ。休憩で体力でも回復させなきゃ、俺はお前を素手でも倒せる。
……だけど腕は上がってる。俺に勝つにはまだまだだけどな」
くっくっと喉の奥で笑い、周价を覗き込む様にしゃがんでいた身体を起こし、瀧宗と村雨を拾いあげる。
「影人!ケースん中に、鞘が入ってるはずだから投げてくれ」
「はいよ」
預かっていたケースから鞘を抜き出し、框矢に投げる。
左手で受け取り、そのまま流れるように滑らかな動作で納刀。
周价が立ち上がったのを見てから、俺達の方へやって来たんだ。
「すごい音がしてましたね。大丈夫です?」
腰や肩を摩る周价にそう聞けば、苦い顔で俺を軽く睨んで来る。それはきっと、俺が愉しそうな表情を隠し切れてないからで。
「あんなに鋭く技を掛けられたら、痛いに決まってるだろうが……」
「手加減はしたんだけど?」
「もっと加減してくれ。あれは屈強な奴でも呻くぞ」
彼をよく見れば、涙眼になっていて。
受け身の構えも出来なかったから、尚更響いたんだろう。
『周さんがあんなにやられる所なんて、初めてです。……No.2の腕なのに』
『俺達じゃ比にならない程、框矢の腕が勝ってるんだ。負けても良いから、まともに相手になれるようになれば、とは思うんだがな』
パイロットの部下に応える周价を見つつ、ヒョイ、と腕力だけで柵を越えて、俺のそばに立った框矢。
「どうよ?周价の腕は」
「筋は悪くないな」
フッと小さく笑う框矢は、どこか愉しそうで。
上から目線でそう言うけど、実際、彼の方が実力は上だからなのか嫌味には聞こえないんだ。
今の模擬戦で、框矢の姿は見れていた。でも、本気を出した姿は捉えられない気がする。
何となく、でも直感だった。
「鮫島さん。あの日、路地奥の空地で、框矢の姿は捉えていられましたか?」
「いや。相手がいきなり出血しながら倒れて行く姿しか見えなかったな」
……あぁ、やっぱり。
予想通りの答えに、一つ溜息に似た吐息が漏れた。
「な、何だ?それがどうかしたのか?」
目を瞬かせる鮫島さんに、もう一度溜息を吐いて見せる。
「あなたは框矢の本気の能力を見たかったのでしょう?あの空地の件で、彼の姿を捉えられなかったということは……框矢が本気を出せば、俺達は相手が倒れた姿しか見れないということなんですよ」
次いで框矢に眼を向ける。さっきの抑え加減は?と聞けば、少し考える素振りを見せた。
「全力の三分の……いや、四分の一くらいか」
「何……?」
框矢が口にした途端に会話に混じってきたのは周价で。
「お前、あれでまだ半分も出してないのか?!」
「当たり前だ。全力なんか出したら、お前を瀕死にさせちまうからな。そんな事をすれば、李郢とそっちの部下から恨まれる。要らん恨みは買いたくないのでね」
柵に寄り掛かり、腕組みしながら周价を見やる。その表情には呆れの色が濃く出ていた。
「框矢の本気を見たかったら、超スロー再生出来るビデオカメラを持ってこなきゃいけない、か」
しくじったかな、と思ってたら、見なくて良い、と框矢に一蹴されてしまった。
「そんな物回されたら、動き辛い」
なんだよ、つれないな。
框矢の隣に寄り掛かった俺に、ハァ、と溜息でまた呆れの意を示す。
「何でそんなに俺の本気を見たがるのか、さっぱり分からん」
「そりゃあ、興味が湧くからだろ」
「……」
つまらなそうに天井を見上げていた彼は、ふと思い付いた様に周价を見ると、彼を呼んだ。
「周价。李郢と……そっちの部下、腕は?」
「李郢は短剣の扱いに長けてる方だな。伯馬は……体術じゃなかったか?」
周价が部下達に顔を向ければ、まぁそうですね、と頷いた。
「模擬戦に混じるか?負ける気はしないけどな」
それは三対一でやる、と言う誘い。
え、と一瞬動きを止めたものの、李郢と伯馬は顔を見合わせると頷いたんだ。
「で、体術って何が得意なんだ?」
框矢の問いに、伯馬は暗殺術、と答えた。
ふぅん、と頭を一つ掻くと、周价、と彼を呼ぶ。
「お前、銃は使わない方が良い。俺は避けれるが、部下は違うだろ?
短刀だけにしとけ」
俺は素手で受けてやるから、との妥協案に渋い顔つきをする。
そして周价は短刀、李郢は短剣、そして伯馬は複数の小さめの武器を腰から外した。
「へぇ、珍しい物持ってるな」
「?」
伯馬の出した武器に、柵越しに思わず声が出る。
それは、苦無の中でも小型な方の、飛苦無だったんだ。
日本じゃ厳しい規制が掛けられてて、滅多にお目にかかれない代物。
『それ、どこで手に入れたんですか?』
伯馬を呼び止め、そう聞けば
『私の家に、代々受け継がれて来た物です』
苦無は忍者の道具。中国に忍者が居たなんて聞いた事が無い。
と、言う事は。
『ご先祖の中に、日系か日本人は?』
よく見れば伯馬は何処と無く日本人に近い顔立ちをしてるからな。まぁ、中国人だってアジアなんだから似てて当たり前だけど。
『ええ。かなり遡りますけど、居たはずです。何故それを?』
やっぱりな。それなら、苦無を持ってるのも理由がつく。
『その武器、飛苦無って言うんです。知ってました?日本に居た、忍者と呼ばれる者達が持っていたとされる道具なんですよ』
え、と目を見開き、詳しく聞かせて下さい、と俺に近寄ろうとした瞬間。
『伯馬!どうしたんだ?始めるぞ』
李郢の声に、慌てて彼らの方へ駆けて行った。
周价は短刀、李郢は短剣。そして伯馬は飛苦無を手に、框矢と向かい合う。
框矢が着ていたセミロング丈の上着のボタンを全て外した。
あんな事をすれば動き辛いのに、何やってるんだ?
でも何も声を掛けれなかった。
右手で手刀を作り、前に構えた框矢が放ったもの。
それは、俺達20代前半が放つには余りにも殺伐とした、殺気にも似た武人としての気配だったから。
『「……」』
そこいらの、弱い者苛めする様な奴なら、きっと腰が抜けてしまう。
そう思わずにはいられなかった。
現に今も気配だけで、周りを圧倒してしまったんだから。
「……框矢……」
スウッとその気配を薄れさせ、微かにまだそれを纏いつつ、対峙する三人へ足を踏み出す。
そんな框矢を見ていて、隣から聞こえた掠れ声に目をやる。そこには、鮫島さんが苦しみに耐える様な色を滲ませて、彼を見ていた。
「何でそんなもの纏ってるんだよ……。俺はそんな殺伐なもの、これ以上持って欲しく無いのに……」
「……」
鮫島さんの言うことも分からなくはない。俺だって、框矢にはあんな恐ろしいものを纏って欲しく無い。
だけど。
だけど……仕方無いじゃないか。あいつ、ダナニスが居るんだから。
「向かって来ないのか?俺は素手なのに」
周价達の静かな深呼吸の音のみが聞こえる中に、そんな框矢の声が響く。
その声はまるで、三対一のこの状況を、愉しんでる様にも聞こえたんだ。
框矢はタン、と軽い足音を響かせ、一歩二歩と蹴る度に加速する。
『!』
李郢の前に着いたと思った瞬間。
彼の上を飛び越えついでに、ダンッと痛そうな音と共に李郢を床に叩きつけた。
傍から見ていても、何が起きたのかよく分からなかった。
どうやったら、宙に浮いた状態で李郢を巻き込めるんだ?
床で呻いて、直ぐに身体を起こせない李郢を他所に、框矢の手は周价と伯馬に伸びて行く。
顎や鳩尾の急所は出来るだけ外してる様にも見える。
と言うことは、まだ、二対一でも框矢は手加減していると言うことで。
突き、蹴り、しゃがみ、時には宙を舞い、攻撃を躱す。
李郢もまた加わり、それでも三方からの攻撃全てを躱していく框矢。
突如、伯馬が後ろに飛び退き距離を置いた、瞬間。
続けざまに投げたのは、飛苦無。
それに対する框矢の反応も素早く、上着を一瞬で脱ぎ、それを振り回し飛苦無全てを弾いた。
「なるほどね……そう言う事か」
上着のボタンを、模擬戦前に外したのはこの為だったのか。
上着で弾いた飛苦無のうち、上に飛んだ二本を空の右手で捉える。
と思った瞬間には、二本同時に伯馬に向かって放っていた。
『……ッ!』
彼が咄嗟に飛苦無を払う隙に、框矢の足は李郢の利き手を直撃。
短剣を弾き上げ、その勢いを殺さず軸脚を変えて、回し蹴りで彼の腹部を一蹴した。
「あ、悪い!加減忘れたっ」
数m後ろに崩れた李郢に一言叫ぶと、再度飛んで来た飛苦無をはたき落とす。
「大丈夫なのか?あの部下」
「……リタイアですね、あれは」
鮫島さんと模擬戦を観戦しながら、動かない李郢の状態を交わす。
気絶かな、ありゃ。
未だ粘る周价と伯馬を上手く捌きつつ、反撃する框矢に眼を戻す。
「影人!」
「何?」
二人と戦いながら俺を叫んだ框矢に返せば、二分読み上げてくれと言う。
「……二分?」
鮫島さんの不思議そうな呟きを横に、一つ肯いて框矢に声を掛けた。
「二分!」
声を上げた瞬間、框矢の動きが素早くなる。
それは、彼が模擬戦を早く切り上げようとしていると言うことに違いなかった。
「一分三十秒!」
二方からの同時攻撃をバク転で躱す。
そして周价の背後へ回り込むと脇腹への蹴りで彼を倒した。
「一分!」
残った伯馬には下からの回し蹴りを放ち、顎を蹴り上げる。
よろめいた所に更に利き手に撃を打ち、飛苦無を取ると足を掬った。
「三十秒!」
倒れ込んだ彼に框矢が向けたのは、手にした飛苦無。
そして飛苦無を投げて、伯馬の服を床に縫い付けてしまった。
『?!』
袖、肩と縫い付けられたら動けないのは当然。動こうにも動けずにもがく伯馬を見て、框矢は大きく息を吐いた。
「ゲームセット、だな」
ちょうど二分経った所で、まさか数えていたのかと思ってしまったんだ。
「影人来てくれ」
「ん?あぁ分かった」
框矢の呼び声に、柵を乗り越えて李郢のそばに近寄った。
口元に手を翳せば呼吸はある。脈も確認出来てほっとした。
「気絶してるだけだと思うぜ。……と言うか、手加減忘れるなよ?見ろよこの痣」
李郢の腹部にははっきりとした打撲傷が残っていて、痛々しい色になっていた。
「いや、な?
この三人、意外と粘るもんだからさ。抗争の時やあいつの部下みたいな、烏合の衆じゃなかったから……つい、な」
「つい、なじゃねえだろーが」
呆れの溜息を大げさに吐いて見せ、次は周价に近寄る。
「……大丈夫ですか?」
彼はゆっくり上体を起こした所で、しきりに脇腹を摩っていた。
「あーあ、こっちもか」
思わず二度目の溜息を吐いてしまう。
それは失礼、と断って服を持ち上げた先には、李郢と似た様な打撲傷があったからだ。
「框矢……、何割出した?」
「五、六割程。
悪いな周价、李郢は暫く安静にしておいた方が良いと思う」
謝りはするものの、心底から謝ってるようにはあまり見えなくて。
「何?安静……?」
ぴくっと片眉を上げた彼を、李郢の元へ連れて行って、腹部の打撲傷を見せた。
「手加減を少し忘れて、反撃してしまったみたいです。気絶してるだけのようですし、頭は多分打ってないと思うんですが……」
『……すみませんがこっちも助けてくれませんか。動けないんですが』
周价にそう話してるところへ割り込んで来た伯馬の声に、後ろへ振り向く。
そこには、床に転がったままの彼が頭だけ持ち上げて俺達を見ていた。
袖、肩を床に縫い付けられ、何とか顔だけ持ち上げ見てくる彼に近付く。
『あなたが一番、怪我の度合いが軽そうですね』
『そうなんですか?』
飛苦無を床から抜こうとしたものの、余程深く刺さってるのか、中々抜けない。
「框矢!お前どれだけ強く投げたんだよ……っ」
「軽く投げただけだけど?」
絶対嘘だ!
渾身の力を込めて引っ張って、漸く抜けた飛苦無と框矢を苦々しく眺める。
「そんなに強く刺さってんのか?」
頭を掻きつつ、伯馬に近付くと飛苦無を握った框矢。いとも簡単に全ての飛苦無を抜いてしまった。
伯馬に飛苦無を返し、未だに気絶したままの李郢をどうするかを周价と話す。
十数分程して目を覚ました彼に、暫くは安静に、と伝え、次の手合わせは当分先延ばしと言う事になったんだ。
「……悪かったな。意外と粘るから、つい加減を忘れた」
「それは褒め言葉か?」
「もちろん。次の手合わせはお前が望めばまたしてやるよ」
そんな周价と框矢の会話を聞きつつ、李郢がヘリに乗るのを手伝う。
「ああそうだ。もう少し左脇を締めとけ、隙だらけだった」
「左脇、か」
「それから右脚をもう少し鍛えとけよ。踏込みも踏ん張りも右が弱いし、バランスが悪い」
「……」
その指摘には渋い顔をする。
「年下のお前に、こうも的を射た指摘を貰うとはな……。師として仰ぎたくなってくるな」
「止めてくれ、他人に教えるのは性に合わないんだ」
互いにフッと笑みを漏らし、李郢を本拠地へ帰してから俺達は日本へ帰ったんだ。




