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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
40/60

鍛練 side.鮫島

「また会ったな」


長官の命令で国際空港に向かうと、ロビーで声を掛けられた。


振り向くと、黒スーツのいつか見た顔が立っていたんだ。



「……周价さん、でしたか?確か」


「さん付けは止してくれ。そんな柄じゃない」



マフィアのNo.2が、一人でこんな所に居て良いのか?



「お前も呼ばれたのだろう?……框矢に」


「ええ。あなたも?」


「俺は影人に呼ばれた。理由は恐らく同じだろう」


フッと笑うと、こっちだ、と俺を連れて一つの搭乗口へと向かう周价。


「今日は部下の方は連れていないのですね。良いのですか、No.2の地位の方が一人で」


隣の彼に声を潜めて聞けば、ちらっと俺を見た。


「部下は連れて来るな、だとさ。無理なら無理で、来なくても大丈夫だと言って来たんだ。何かあるんだろう」


「……」


搭乗口付近まで来た時、スーツの男が俺達を引き留めた。


「失礼致します。鮫島様、周様で宜しいでしょうか」


「そうだ」


「影人様より、ご案内するよう、承っております。こちらへ」


周价の返しに穏やかな物腰でそう告げ、踵を返した。


それに続けば、ヘリが俺達を待っていたんだ。


「これはどういう事だ。何故影人が?」


腑に落ちない表情で、案内役の彼に周价が近寄ると、相変わらずの穏やかな物腰で答えた。


「私共は、上層部からの命で動いております。影人様に関して、何も申し上げる事が出来ません」


一つ呼吸を置き、頭を下げると俺達を見る。


「恐れ入りますが、目隠しをさせて頂きます。こちらは、影人様、框矢様の連名で依頼されております。

目隠しは目的地に到着した時、お取りしますので、決して外さない様にお願い致します」


「……どういう事なんだろうな、これは」


「さぁ……」


真っ暗闇の中で、周价の呟きに返す。


一体、何がどうなってる?

何で目隠しが必要なんだ?

しかも影人と框矢の連名で?


疑問は幾つも出て来るものの、それに対する答は浮かんで来ない。



そんなこんなするうちに、ヘリのプロペラ音が遠退き、消えた。


「到着致しました。目隠しをお取りします」


そんな言葉と共に、ヘリから降ろされ目隠しが外された。



暗闇に慣れた眼が刹那、午前中の明るさに悲鳴を上げる。


「では私は失礼致します。本日は弊社をご利用頂き、ありがとうございました」


一礼し、ヘリが去って行くのを茫然と眺め、改めて二人で辺りを見回す。


どうやら何処かの屋上らしい。


一辺にだけ、やたら頑丈そうな金具が取り付けられているその場所で、周价が辺に沿って歩き出した。



この屋上には、柵も無ければ、下に降りる為の梯子も無い。これでは地上に降りる術が無い。



「横幅共に8、9mくらい、か」


周价の声に彼を見ると、ちょうど下を覗き込んでいた。


「高さも同じくらい……正立方体の建物だな。窓も一つも無い、何だこの建物は」


冷静に分析しつつ、首を捻る。その時だった。



タン、と小さな音が聞こえたのは。



パッと振り向けば、俺達の対角線上の屋上の角に、框矢が立っていた。



いつの間に……?!さっきまで、絶対に居なかったのに!



こっちの驚愕を他所に、框矢は穏やかに微笑んでいた。


「ヘリの音が聞こえたので、迎えに来ました。来て頂いてありがとうございます」


すたすたと一つの辺へ向かうと、手にしていた太いロープを降ろす。


そして、あの金具にロープの片端を結び付けると下を見下ろした。


「影人!」


「OK!」


框矢の視線を辿れば、そこには小さな影人の姿があった。


地上にロープの端を固定したのが、遠目に見える。


「どうぞ」



そう言って渡されたのは。


ロープに繋がれた、とんでも無くごつい、手錠の様な物の片側。



まさか、これで降りろと?!



足の進まない俺達を見て一息吐くと、近付いて来る。


「しっかり掴まってて下さいね」


血の気が引いた俺達に構わず、框矢は軽々と周价を背負い、屋上を蹴った。


声にならない周价の悲鳴。


そしてロープを伝ってあっという間に戻って来た框矢に、有無を言わさず背負われてしまった。


「ーーーッ!!!」


そして、声にならない悲鳴を上げる羽目になったのは言うまでも無く。



地上で降ろされると、情けない事に、周价の隣で腰が抜けてしまったんだ。



框矢と言えば再度屋上へ戻って行く所で。


「お久しぶりです。周价、鮫島さん」


愉しそうな表情の影人が、俺達を見ていた。


「すみません。あの屋上から降りるには、このロープを伝うしか無いんです」


そう言って太いロープを指す。


「影人は平気なのか」


「ええ。慣れたら楽しいですよ」


にこりと笑う彼に、思わず周价と顔を見合わせ溜息が漏れた。


「框矢!ロープ外せたかー?」


「ああ」


影人の声に小さな返事が聞こえ、ロープが落ちて来た。


……。



ちょっと待て!!

ロープ外したら、框矢はどうやって降りるんだ?!



「お、おい……まさか」


どうやら周价も、俺と同じ事を考えたらしい。


10m近くもある高さから、框矢が飛び降りるって。


刹那、脳裏にSPの頃の、鍵重長官の護衛任務の記憶が蘇った。


高層ビルの中層から、飛び降りて平然としていた彼の姿が。



框矢は止める暇も無く、軽く屋上の縁を蹴り、ダン、と地面を響かせ着地する。コンクリートなのに、痛がる素振りさえ無い。


そして何とも無い様子で、俺達の所へ近寄って来たんだ。


「鮫島さんも周价も、何を腰抜かしてるんですか。たかが10mを飛び降りたくらいで」



俺達にとっては“たかが”じゃない!



影人はと言えば、驚いた様子も無く太いロープを束ねにかかっていた。


「鮫島さんはSP時代に見てるじゃないですか、俺が一度、高層ビルの中層から飛び降りたのを。あれに比べれば、大した事無いでしょう?」


可笑しそうに短く笑うと、影人に眼をやる框矢。二人してなんて事は無いと、また笑ったんだ。



改めて見れば、目の前の白い建物はやっぱり正立方体の様で、まるでサイコロにも見える。


その後、建物内に招き入れられた先に居たのは、一人の老人だった。



年は70後半って所か。



眼光も鋭く、年老いて尚、そこいらの奴には体力も負けていないようにも見える。


「紹介します。俺と影人の恩師です」


框矢の言葉に、ハッとして改めて彼を見る。


「ダイル・アルーノと言う。お見知り置き願いたい」



彼が、框矢達が話そうとしなかった恩師。



「ダイル……アルーノ、だと?」


信じられない、と言わずともわかる声音は隣の周价のもの。


「いつか、会ってみたいとずっと思っていた……」


「儂を知っているのか、お前は」


「裏社会では、知らない人間の方が少ないだろうと思います。名工であるあなたの造った物は、かなりの高額で取引きされていますから」


恭しくそう言った周价の言葉に、俺は目を瞬かせるしかなくて。


俺は、目の前の老人が一体誰なのか、全く知らなかったんだから。



「な?ああしておいて良かっただろ」


「まあ、確かに」


框矢と影人の会話が耳に届いて、彼らに顔を向けると、理由を言ってくれた。


「周价の部下、李郢はダイルの事を知っている様だと影人から聞きました。それも強い羨望の色が、声には混じっていたそうです。

信用してないわけでは無いですが、下手に口を滑らせる可能性も低くありません。完全に信用の置けるのは、あの組織内では周价のみです。だから、部下は置いて来て欲しいと言ったんです。部下がどうしても着いて来そうならば、鮫島さんだけを呼ぶつもりでしたから」


そう、一息吐くと、今度は影人が口を開いた。


「俺が持っている叢雨、框矢が持つ瀧宗と村雨は、ダイルが造った物です。

框矢は時折刀身を研いていますが、俺は貰ってから一度も研いていません。それでも、切れ味が落ちたことは一度も無いです」



「お前達は一体、何を喋っとるんだ。余計な事を言いおって」



背後からの不機嫌そうな声に、過剰な反応を見せる框矢と影人。


次の瞬間には、二人の姿は2m程離れた場所にあった。


「ふん、逃げ足だけは速くなりよったな」


そして、つい、と俺に目を向けると、また口を開いた。


「お前が鮫島武司か。……良い眼をしとる。だが弱点が痛いな」


来い、と手招きして、周价と框矢達の方へ歩いて行く彼に付いて行けば、本題を切り出された。


「鮫島武司、周价。お前達には、框矢の弱点を克服させる為に来て貰った。暫くお付き合い願おう。

儂なりの礼はさせてもらうつもりだ」


ぶっきらぼうな口調でそう、切り出した彼は、その克服方法を告げた。


それは、目隠しをした框矢に、四方からテニスボールを投げるというもの。


ボールには意志が無い。

それを避けられるようになり、反撃に移せるまでになれたなら、自然と気配察知力も上がっているだろう、と言う事だった。


「框矢には休みは殆ど取らせん。儂らが休憩中は、筋トレをしてもらう。流石に夜は寝るが、実質の休みは三日に一度だ。

悪いが風呂はシャワー程度、睡眠も此処で取ってもらう」



それは全然構わない。だけど、そんなにハードにやって、框矢は大丈夫なんだろうか?



ダイルから筋トレのメニューを貰った框矢は、ざっと目を通すと、ニヤッと笑った。


「やり遂げてやろうじゃねえか」


そのメニューを、周价と影人と一緒に見せてもらって、あまりのハードさに茫然としたのは言うまでもなかった。


「テニスボールが用無しになった時は、別の方法を考える」


言い切ると、床下収納を開けてそれなりの大きさのカゴを四つ取り出したダイル。


カゴ全てに、目一杯のテニスボールが入っていたんだ。



その日から、框矢の鍛錬とも言うべき特訓が始まった。



流石に目隠しをした状態では、どこから飛んで来るか分からないボールの気配を察するのは、框矢でも難しいらしい。



背中、腹、腕、脚とあちこちに当てられ、時には頭を直撃するボールに悪戦苦闘していた。



その為に、框矢の身体は打撲だらけ。それでも俺達が休憩している時は筋トレをこなす。


その表情は、決して余裕があるとは言えない。



けれどひと月、ふた月と過ぎていくにつれ、明らかにボールが身体に当たる確率は減っていく。



筋トレ中の表情も、余裕が見えるようになっていったんだ。


框矢とこの建物内で過ごして居て、気付いた事。



随分と、寝起きが良いんだな。



寝る時は、横になった瞬間には既に深い眠りに落ちてる。起きるのだって、ひどく目覚めが良い。


まるで、垂直の深い谷底に落ちる様に意識が途切れ、耳許で風船が割れた時の様に眠気と断絶する。


「随分と寝起きが良いんだな、框矢は。何かコツでもあるのか?」



俺はあまり寝起きが良くない方だから、何か改善出来ないかと思ってたんだ。


だけど、框矢から返ってきたのは、俺には中々実践出来そうには無いもの。


「神経の一部を、常に起こしたままにしておくんです。そうすれば、誰かが近付いて来ても直ぐに反応出来ますから」


「お前……それ、俺にも出来るような方法を言ってくれよ」


「そうは言われても、これが俺のやり方なんですけど」


そんな会話を交わす間も、ずっと筋トレを繰り返す框矢。


その表情は、既に楽しんでいる様にも見えた。




特訓を始めてから半年。


テニスボールは更に硬い野球ボールへ、そして短剣へと変わり、難易度もなかり上がった。



けれど、框矢はその全てを躱し、逆に反撃して投げ返すようになっていたんだ。


二十代半ばになり、身体能力の伸びは良くないはずなのに、彼だけは何故か、そのスピードが衰えない。


まるで熱砂の砂漠に水を零したかのように吸収し、それを自分の物としていく。


その姿に、俺は軽く嫉妬した。もし、俺もあんな風に成長出来たなら……、って。


そんな事、叶うはずが無い。


それに、そんな普通の人間に框矢はなりたかったのに。



あの日、今は元SPメンバーの本野にマガイモノ呼ばわりされた框矢が放った言葉。


“俺だって、なりたくてこんな身体になったわけじゃない。出来る事ならこんな身体能力なんか捨てたいんだ。

普通に働いて、普通に年を取って普通に死にたかったんだ”



框矢にとっては、俺達みたいに普通に働き生きて、死んでいく平凡な人生が、何より願っていた事だったのに。



「……」


考え始めてしまうと、中々そこから思考が離れてくれない。框矢の特訓の手伝いに来たのに、と頭では解っていても、動きが鈍ってしまう。



不意にパンパン、と手を叩く音に反応すると、ダイルが俺を見ていた。


「……框矢。お前、今日はここまでだ。前倒しになるが今日は休め。儂はあやつと話がある」


そう俺を指して告げると、框矢も俺を見て一つ肯いた。


ダイルに連れられ、框矢達から最も遠い部屋の隅に腰を下ろせば、俺の前に腰を下ろしたダイル。


框矢が瀧宗を抜刀し、それを研いているのを興味深々に眺める周价。


そしてその二人と一緒に影人も何か会話しているのを遠目に見ていると、鮫島武司、と呼ばれた。


「お前、自分でも分かってるんじゃないのか。自分の弱点が」


「!」


特訓に集中出来ない俺を責めるわけでも無く、ただ、静かに俺を見据える彼の声に、まともに顔を上げられなかった。


「お前の弱点は、非情になれない点だ。場合によっては仲間を見捨て、自分を見捨ててまで行動しなければならん時もある。

いざという時、万が一という時……非情になれないお前は厳しい目に遭うだろうよ」


その言葉に何も言えなかった。確かに俺は、過去に一度も非情になれなかったから。


「儂は内戦地域を渡り歩いて生き延びて来たからな、それなりに多種類の駆け引きも経験した。

影人は親を亡くし、遺産の為だけに自分を引き取ろうとする親戚と、縁を切らざるを得なかった。しかも情報屋なんぞやっとるからな、時には非情にならないとやっていけん」


ダイルの声に彼を見れば、俺では無く框矢達の方を見ていた。


「框矢は、お前も知っての通りの過去がある。元々、正の感情を知らんだから、非情になる事は容易かっただろうよ」


「……正の、感情?」


「楽しい嬉しいといった上向きの感情を、儂はそう呼んどる。逆に悲しい、憎い、痛い、辛いは負の感情。それに、框矢は今の生き方にさして不満はなさそうだからな、お前が負い目を感じる必要は無い。

周价とか言うあの男は、裏社会の人間と聞いた。それならば他派と抗争する事もあるだろうし、時には非情に相手を倒す手立てを考えていかねば、その社会では生き残れんだろう」


「……」


ダイルの言葉は結局、俺以外は皆、非情になれるということで。


「お前、妻子は?」


「俺は独り身です」


「大事な人間は?」


「老いた両親が居ますが、弟夫婦が面倒を……」


口にしてみて、俺には大事な人間が本当に居るんだろうか、と改めて考えてみる。


「大事な奴は特に居ない……。

なら、何で框矢達に関わろうとする。あいつらに関わらなければ、お前が狙われる事も無かったし、警察を辞める事も無かったはずだ」


その物言いに、昔の記憶が脳裏を掠めた。



框矢にも、影人にも言われたな。



「何だ。何が可笑しい」


ダイルの声に、笑みが漏れていた事に気付いて、首を緩慢に振った。


「昔、框矢にも影人にも、似たような事を言われたのを思い出したんです。

……何故自分達に構うのか、って。框矢達の過去を知り、框矢の能力を目にしても尚、繋がりを持とうとする。放って置いて良いのに、と言われても、俺にはそれが出来ませんでした」


「……」


「まるで、俺だけが安全圏に置き去りにされて、框矢達が危険な渦に飲み込まれて行くのを……助けに行く事も出来ずにただ眺めてるしか出来ない、そんな気がして。

鮫島さんはバカな人ですね……と、二人して言われました」


「確かに、お前は馬鹿だとは儂も思う」


素っ気無く、溜息と共にダイルにまでバカだと言われ、思わず項垂れてしまう。


「だが、救い様がある馬鹿だ。お前みたいな奴は、あまり居らんだろうよ。人間離れした者を、普通の人間と変わり無く接する事が出来る奴は滅多に居らん」


特にこの日本にはな、と付け加えるとフッと笑みを漏らしたダイル。


「框矢は眼が弱点だ。眼をやられてしまうと、身体全体に支障を来す。それを克服する為に、お前と周价を呼んだ。眼に頼らずとも反撃出来るようにな」


そして不意に口角を上げた。


「己の弱点を自覚しているのと、していないのでは発揮出来る能力も変わる。

……非情になれないのは、ある意味良かったのかもしれんな」


「……」



それは褒め言葉と、思うべきなのか……?



框矢の特訓を中断してまでダイルと話した事は、どうやら俺にとって良かったらしい。


随分と、気持ちが軽くなった気がするんだ。



「ちょっとは吹っ切れました?」


框矢達の所へ近寄って行けば、影人の明るい声に迎えられた。


「鮫島さんの事だから、どうせ、また俺達の事で悔やんでたんでしょう。若しくは情を殺す事が出来ない事でも指摘されましたか」


「……」


何も言えなかった。框矢の言葉は、確かに核心を突いていたから。


「……鮫島さんは変わらなくて良いですよ。と言うか、変わらないで下さい。

非情にならなくてはならない、やり取りをするのは俺達だけで十分です」


ふっと表情が和らいだ框矢を見て、とても複雑な気分だ。


框矢の役に立てて嬉しい半面、俺は何もしなくて良いと言われた気がして。





翌日からまた、框矢の特訓が再開して、そのハードさは一段とレベルが上がった。



「良いか、力の限り叫べ。だが、声を一声たりとも出すな」


休憩中、框矢にそんな事を言い出すダイルを眺める。



一言も声を出さずに、力の限り叫ぶ?



そんな無茶な、とも思ったし、一体どういう意味なんだ?と疑問も浮かぶ。


「何か狙いがあるんでしょう。ダイルが、框矢に出来ない事を言い渡すはずがありません」


影人は特に気にしていない様で、俺の隣で盛大な欠伸をすると昼寝に入ってしまった。


声を出さずに叫ぶ、というよく解らない特訓が追加されながらも、短剣を四方からランダムに投げ、それを避けて反撃する。



そんな特訓を更に数ヶ月重ね、全ての特訓が終わったのは五月に入ろうかという所。


「鮫島武司、周价。よくまあ、半年以上も付き合ってくれた。これで特訓は全て終わった」


どこかほっとしたような表情で、そう言ったダイル。


「鮫島にとってはあまり要らない物かもしれんが、儂なりの礼だ。受け取ってくれ」


そう、俺に差し出して来たのは、シンプルな造りの小刀だった。


「日本は銃刀法があるだろう。6cm以上は引っかかると聞いた」


「ええ、そうです」


頷けば、やはりな、と呟く。


「それは5.8cmにした。鞘の鯉口に近い所に輪が付いているだろう?ベルトにでも下げておけば良い」


「ありがとうございます」


小刀を受け取り、まじまじと見つめる。シンプルな造りなのに、とても高級な物に見えてくる。


輪を持ってぶら下げれば、水平に近い角度で安定した。


これなら、日常付けていても、上着に隠れて他人からは見えない。


次にダイルが周价に渡したのは、俺のより刃渡りの大きい短刀。


「お前の短刀を、鍛錬しておいた。お前、あの短刀は重くて使い辛かったんじゃないのか」


「何故それを……?!」


「恐らくお前の組織の上部から貰ったか、家に伝わるものかのどちらかだろう?」


周价は驚いて目を丸くしていたけど、ダイルにそう言われると一瞬、動きを止めた。


「……ええ。俺がNo.2になった時、トップから貰った物です。ずっと使ってはいましたが、重いし、柄は太めで俺には合わなかった」


「やはりな。見るだけでも、使い辛い代物だと思っていた。勝手かとは思ったが、柄も弄らせて貰った。以前よりは使い易くなっているはずだ」


ダイルから短刀を受け取り、柄を握った瞬間。


周价の顔が驚きと喜びで明るくなったんだ。


「握り易くなってる……!それに、こんなにも軽くなるなんて……信じられん」


「柄に使われていた、柄巻は以前のままだ。まあ柄を細くした分、長さは減らしたがな」


周价の喜びように、ダイルも満足そうで。


「お前は裏社会の人間だろう。日本の銃刀法の様に、縛られる事も無い。何かあれば、影人を介して儂の所へ来るが良いさ」


本当に?!とがっつく勢いの周价に釘を刺す様に、但し、と目つきを鋭くすると、俺にも目を向けて来たんだ。


「必ず影人を間に通せ。儂の一切を外部に漏らすなよ。儂は正式な入国をしておらんからな。居場所然り、儂がやった小刀、短刀についても何も言うな。特に周价は、腹心の部下にも言ってはならん。鮫島の場合は長官だ」


有無を言わさない口調に、俺と周价は頷く事しか出来なかった。


「框矢と影人が信用出来ると言うから、お前達とも会ったが……おい框矢。本当に信用出来るんだろうな?」


「出来る。周价の部下は微妙だけど、周价自身は大丈夫だ。鮫島さんも、信用して良い」


「……」


框矢のきっぱりとした物言いに、がしがしと頭を掻いて一つ頷いたダイル。


徐に外へ出ると、影人を呼んだ。


「ヘリはどうなってる」


「とうに呼んだよ。後十分もすれば来るらしい」


この建物に来た時にあった太いロープを担ぎ、俺達に近付いて来る影人。


その一端を持つと、框矢に渡した。


框矢はグッと脚に力を溜めたと思った瞬間、屋上目掛けて跳んだ。


そして屋上の縁に手を引っ掛け、いとも簡単に屋上に上がってしまったんだ。助走も何もせずに。



「やっぱ能力上がってんなー。特訓の成果だな、こりゃ」


のほほんと笑う影人。

俺達がこの建物に到着した時は、助走を付けないと屋上に上がれなかったらしい。


「どうぞ。ロープを伝って上がって来て下さい。鮫島さんはこれくらい楽勝でしょう?」


ロープを屋上の金具に固定し、壁に垂らしたその隣に腰掛け、框矢が愉しそうに笑う。


「お前……俺を苛めて楽しいか?」



いくなんでも、10mも垂直にロープを伝って上がるのは大変なんだぞ?!



「苛めるなんて人聞きの悪い。鮫島さんの実力なら、手助けせずとも登れると思っただけですよ」


そりゃあ、SP時代はそれなりに鍛えてたし、今も時々には鍛えてるけど。


腕力だけで10mも登れるほどの筋トレはしてない!


「影人、お前も上って来いよ」


框矢の声に一つ頷くと、影人は壁をけりつつ、ロープを伝って上がってしまった。


「ヘリが来てしまいますよ?ほら速く」


影人にも急かされ、漸くロープに手を伸ばした。俺の後には周价が続き、ダイルも屋上に上がる。


「ありがとうございます。上の方々に大変助かりました。機会がありましたら、また利用させて頂きます、とお伝え下さい」


「恐れ入ります。またのご用命をお待ちしております」


影人とパイロットがそう交わしている横で、ヘリに乗り込む。


行きと同じ様に、再度目隠しをされてヘリで空港まで移動した。


「まさか彼に会えるとは……。しかも短刀を鍛錬して貰えたなんて、夢の様だ」


隣から聞こえる周价の声音からは、まだ興奮してるのが分かる程。


「ダイルはそんなに有名な方なんですね。しかも、框矢達の師とは驚きました」


「お前は表社会の人間だからな、知らないのは仕方ないだろう。彼の造った刀は、かなりの高額で取引きされる。本人が全く姿を現さないし、どこに住んでいるのかも分からないから、殊更に値が上がるんだ。

日本刀以外を造っていた時期もあったみたいだが、数十年も前から日本刀しか世に出していない。姿を現さないから、鍛錬してもらうなんて雲を掴む様なものなのさ」


「へえ……」



そんなに凄い人だったとは。



「彼の刀を求めて、彼を捜して会えた奴は今までに一度も、一人も居ない。幻の名工なんだ」


周价が、瀧宗も村雨も本当に素晴らしい代物だと、框矢が羨ましいとしきりに羨むのを聞きながら、俺は長官の下へ、彼は香港の本拠地へと足を向けた。

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