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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
41/60

人質作戦 side.ダナニス

「……」


「……」


部下達が無言で顔を見合わせる。部屋の中は、ピリピリとした空気に包まれていた。


そして僕も。


日本全国を地道に捜し、一年も掛けて框矢を捜し当てたというのに、またしても邪魔が入った。



思い返すのも腹立たしい、北海道十勝のあの草原。


ロケットランチャーを独自に開発し、彼を捕らえる手筈は万全だったはずだった。


そして予測した通りに、開発した特殊弾で彼の視界を奪う事にも成功した。


今までの対峙での框矢の戦闘方法を思い返し、眼と身体能力は繋がりがあると確信したからだ。



「一体、あいつは誰なんだ……!!」



もう少しで框矢を手中に、と思った刹那。


ヘリのプロペラ音が響き、威嚇射撃と催涙弾、煙幕で視界を奪われた。


“退避!”


視界を奪われ、ヘリの騒音の中で聞こえたのは、あの一言だけだった。



視界が晴れ、涙も治まった時には框矢の姿は疎か……ヘリの姿すら、もう消えてしまっていたんだ。



やはり、思い返すだけで腹が立つ。


ピリピリする空気の中、おずおずと一人の部下が僕に近付いて来て、頭を下げた。



「恐れながら、一言宜しいでしょうか。ダナニス様」



「……もちろんです。どうぞ」



出来るだけ穏やかに口を次いだつもりだったけど、穏やかに聞こえただろうか。



「あの、框矢と言う青年を捕らえる策ですが……」


「……」


「今までダナニス様は、私共を動員し、様々に手を打って来られました。

……視点を変えてみてはいかがでしょうか」



……視点を変える?



「詳しく聞かせて下さい」


もしかしたら、役に立つかもしれない。


促せば、部下がほっとしたのが分かった。


「框矢という青年を、今よりも更に深く調べ上げ、彼が大切に思っている者を探し出すのです。

そしてその者を人質として、彼にダナニス様の下に付く様に申し渡せば良いのでは」


「その方法は、以前僕が試した事です。框矢には通用しないでしょう」


所詮、部下が考えるのはその程度。試してしまった事を今更やったって、成功するはずがない。


そう、内心溜息を吐いたが、部下の話はまだ終わっていなかった。


「ダナニス様がその作戦を取られた事は存じております。今度は、人質の質を変えるのです」


「質?」


「はい。ダナニス様がこの作戦を取られた際の人質としたのは、彼が勤める職場の上司でした。下請会社の社長や、SPの班長など……。ですが、それは彼が職場を辞め、彼らと繋がりを絶ってしまえば人質としての価値は無くなってしまいます」


確かにその通りだ。納得し、部下の言葉に肯いて先を促す。


「今度取る人質は、繋がりが切れない者を選びます。彼には両親の存在が確認されていませんが、彼がこの世に存在するにはやはり生みの親が必要です。

また、彼はFARMで育っており、世の中の常識、知識を知らないまま施設から逃走しました。ですが、ダナニス様や私共が知る彼は、常識や生活に必要な知識をきちんと持っております」


「……」


目の前の部下が言いたい事が見えてきて、一つ頷いた。


初めて顔を合わせてから、少なくとも六年は経つ。もちろん年数が経てば、知識も常識も身に付くだろう。


けれど初めて会った時、彼はあの下請会社で働いていた。



と、言う事は。



その頃既に、框矢は生活するには金が要り、その金を入手するには仕事に就かなくてはいけないのだ、と知っているという事で。


そうなると、誰かが彼に常識、知識を教え与えたという事になる。


「あの青年がまだ青少年と言えた年のあの頃に、誰かが彼に生活する為の常識、知識を教えた事になります。

その人物を探し出し、人質とするのです。この世の事を教えたその人物ならば、彼にとっては師と仰ぐ存在のはずですから」



成る程……それは面白いかもしれない。



「良いでしょう。貴方のその案を、採用してみましょう」


「ありがとうございます、ダナニス様。……もう一つ、付け加えても宜しいですか?」


「どうぞ」


「彼が師と仰いでいるであろうその人物の案、それが仮に失敗した際に備え、彼の生みの親も探し出すと宜しいかと思われます。居なければ違う策を、もし居たならば彼らを次の人質として利用するのです。

自分の子ならば、どんなに離れて居ても、会った事が一度も無くても、一目逢いたいというのが親心と言うもの。彼とて、もし自分に血の繋がった親が居たならば、逢いたいと思うはずです。唯一の家族になるわけですから」



……生みの親、か。僕にとっては下らないものでしか無いが、効き目はありそうだな。



「分かりました。策は不測の事態に備え、一つでも多い方が良いでしょう。

皆さん、今の策は聞いていましたね?……捜索に掛かって下さい」


「はい、ダナニス様」


サッと、作戦実行の為に各自散って行く部下を自分の机から眺め、笑みが漏れた。


自分の手足の様に動く、者達が居るというのはとても気分が良い。


彼が師と仰ぐ存在の者を探す班、生みの親を探す班と部下を分け、捜索させる。


もっと難航するかと思っていたのに、師と仰ぐ存在については呆気ない程に簡単に割り出せた。



「ダナニス様。あの青年が師と仰ぐ者が特定出来ました。詳しい在住地はまだ特定出来ておりませんが、その者は日本に居る様です」


「この日本にですか。……しかし、国籍取得者とビザ取得者の中には居ないと聞きましたが?」


何度と無く受けた報告の中には、その者らしき名前があるとは、一度も無かった。


「はい。彼は正式な入国はしておりません。密航者です」


「……。その者の名前は?」


「ダイル・アルーノだそうです」



……ダイル・アルーノ?何処かで聞いた名前だ。



「確か、刀鍛冶職人……でしたか」


「はい」


部下が一つ頷き、手元の書類に目を落としながら更に続ける。


「青少年から青年期を内戦地域に身を置き、その後各地を転々としながら、刀工としての腕を磨いたようです。今では至高の刀工として、特に裏社会では幻の存在だとか。彼を捜して会えた人間は、一人も居ないそうです」


「その幻の存在と言われる名工が、框矢の師ですか」


青少年から青年期を、内戦地域で生き延びるのは容易では無い筈だ。


いつ死ぬかもしれない中で、生きる術を模索しながら過ごす。


それが十代二十代と続けば、物事に臨機応変に対応し、時には格上相手に駆け引きをせねばならない事態も起こり得る。


そんな中で自立すれば、気が強く頑健な身体の者へと成長するだろう。


しかも現在も名工として健在だとすれば……。


内心溜息が漏れた。



厄介な相手になりそうだ。



「框矢の生みの親についてはどうなっていますか?」


「申し訳ございません。まだ、特定出来ておりません。もしかしたら、と思うものはあるのですが、私共ではその情報に辿り着く事が出来ないのです」


あらゆる分野で有能な者を、引き抜いて部下にしたはずなのに。


だからもちろん、ハッカーとしての腕を買って部下にした者も居る。なのに情報に辿り着く事が出来ない?


「貴方方の力でも出来ないとは、どういう事ですか?」


「……手掛かりらしき情報を見つけ、辿って行きますと、あるコンピュータに突き当たります。そのコンピュータが、問題なのです」


一呼吸置くと、僕を見て口を開いた部下。その口から出たのは、僕でも想像していないものだった。


「……政府のコンピュータに、突き当たってしまいました。この先は、セキュリティが高過ぎて私共では侵入出来ません。例え侵入出来ても、痕跡が残ってしまいます。

そうなれば、ダナニス様が政府から疑いを向けられかねません」



政府のコンピュータだと……どういう事だ?



何故框矢と政府が関係する?繋がりなど無いはずなのに。


報告した部下に目をやれば、力無くうな垂れていた。顔を上げて下さい、と促し、僕を見た彼に気になった事を聞いてみる事にした。


「政府のコンピュータに突き当たることになった、手掛かりがあると言いましたね。その手掛かりとは何でしょうか?」


穏やかな僕の声に少しほっとしたのか、緩慢にはい、と口を次いだ。


「ダナニス様はご存知かと思いますが、昔、日本は世界大戦で勝利を収めました。その裏にあったのは、国家が主体となって実施した、人間を生物兵器にする実験です。

現代では、その実験に魅せられた者がFARMと言う名で孤児院を創立し、戦時の実験体となった者の子孫を集め、人体実験をしていたとか」


部下が話し出したその事実には憶えがあった。


まだGBPのバックボーンだった頃、FARMの中に居た框矢を見つけたのは、他でも無い僕だったのだから。


「FARM内の孤児として収容されて居た子供は、生物兵器の子孫とそうでは無い一般人の子供。框矢は生物兵器の子孫だったようです。

政府のコンピュータには、その生物兵器だった当人と、その子孫達の情報が全て記されている、とまでは掴んだのですが……」


「……そうですか」



そこまで情報を掴んだだけでも、良いとするべきか。



「一つ聞きますが、貴方方以上のハッカーの腕を持つ人間の情報はありますか?」


「現在まだ捜索中ですが、数人リストが上がっています。日本では二人程。子牙敦(しがあつし)と影人と言う名前だそうです。アメリカではエリザ・クルー、ドイツではミシェル・クルス……」


部下以外のハッカーに依頼するとして、日本人では足が付いた時に僕の身元が割れるのも早くなる可能性もある。


それは外国人に頼むにしろ、リスクは変わらないかもしれない。だけど度合いは低いに限る。


ハッカーの名を挙げ終えた部下に、アメリカのエリザ・クルーに依頼要請を、と伝えた。


「希望する依頼金を聞いて下さい。そして完全に依頼してしまう前に、僕に報告して下さい。額によっては上乗せする事も可能ですから」


「承知致しました」


そう部下に指示した数日後、彼女、エリザ・クルーから連絡が入ったと報告が来たんだ。


「五百万円で引き受けるとの事です」


「五百万……!」


部下達がざわめく中、その報告を持って来た部下に、成功した暁には更に百万上乗せする、と伝えさせた。


その百万は口止め料だという事を、一応付け加えるようにと付け足す。


だが言わずもがな、彼女なら察するだろう。なんせ侵入するのは、日本国政府のコンピュータなのだから。



そして更に数日後、彼女から快諾の連絡が来たと、部下から聞いた。


「さて、と。これで彼を手に入れる為の最初の手段が確定しましたね。框矢がどこに居るのかを割り出して下さい。ダイル・アルーノと共に居るのであれば、好都合でしょう。

さぁ、皆さん。行きましょうか」


「はい、ダナニス様」


海外も範囲に入れなければならないのならともかく、国内だけなら、更には同じ都内なら楽なもの。


何度、框矢を捜して手段を講じたか分からないのだからな。




「ダナニス様。あの青年が居る場所が絞れました」


彼の大体の居場所が判ったのは、あの草原の一件から優に半年は経っていた。


「分かりました。では行きましょう」


「はい」


これで何度目になるだろう。框矢を手に入れる為に、動くのは。


次こそは上手くいくと良いが、と漠然な思いを抱えながら、僕は部下達と外へ足を向けた。

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