“僕はこの時を狙っていた” side鮫島
鮫島side
框矢があれだけ会わせる事を拒んでいた友人E。警察を憎んでいるのに俺を明るく迎えてくれた。そんな彼から聞いたのは、突然孤独になってしまった過去。
法鴉影人と名前を明かしてくれた彼は、明るく疑問に答えてくれた。素敵な両親を喪って、それなのに警察である俺は恨まないと言う。事件の担当者じゃ無いし、俺みたいな良い奴も居るんだと分かったから、と。俺はそんな良い奴じゃ無い。刑事課を目指しながら、SPに路線変更した意気地無しなんだ。……だけど、その後影人から聞かされたのはもっとショックなこの国の歴史だった。
戦時、日本が各国に勝った本当の理由。框矢の過去と同じ非道が国家主体で罷り通っていたなんて信じられなかったし、信じたく無かった。神国日本には八百万の神々が居て天照大神が居て、天皇は神聖な者として存在。国民は国の為に戦い、数え切れない程の死者を出して、辛くも勝利を収めた。俺はそう習ったんだ。そんな信じられない自分の国の歴史は、框矢の過去に酷似するもの。
影人の過去、框矢の過去、影人から名前から過去や今現在を全て秘密にして下さいと頼まれた事。全てがごっちゃになってしまって、整理するのもままならなくて。框矢は影人に信頼を置いているようで、国主体の人体実験の話を驚きながらも受け入れたみたいだ。
そして、框矢達が俺に告げたのは。
信じられなければ信じなくても良いんです、と言う事だったんだ。自分達にはあの過去がある。だからまだ受け入れられたけど、鮫島さんは違うでしょう?まともな人間の反応です、だから嫌な事を聞いてしまった程度に忘れてしまって下さい、と。
でもそれは、俺には出来ない事だった。まるで俺と框矢達は無関係だと言われた気分だった。俺を自分達の人生に巻き込まないように遠ざけられてる気がして。
どうしたら框矢達とこの先関わっていけるのか考えていたら、あっと言う間に駐車場に着いてしまった。その時だったんだ。框矢の様子が急変したのは。
「……」
辺りを見回す眼が鋭さを増し、瀧宗の入ったケースを左手で握りしめる。そして彼の雰囲気もガラリと変化した。殺伐とした武人の気配を纏う彼に、俺はただ驚いて見つめるしかなくて。
こんな、思わず一歩下がってしまうような気配を青年が纏えるなんてこの日本じゃあり得ない。
「影人、お前さっきのカフェに戻って待ってろ。女装は解くなよ」
耳を済ませて漸く聞こえるような小声で影人に話しかける。
「?」
「……あいつの気配がする」
その言葉にピンと来たのか、一つ頷いて短く一言二言框矢と交わすと彼はさっきのカフェへ戻って行った。
「き、框矢?」
「鮫島さん。すぐに、部署へ戻って下さい。部署じゃ無くても良い、車で何処か行ってください」
どういう事だ?
「以前、俺には追手が掛かってると言いましたよね。ダナニスとか言うあいつが追って来たみたいです。俺だけならまだ良い、あなたが居たらあなたまで巻き込まれます。職を失いかねない」
口早にそう告げてダッと駆け出した框矢に、運転席のドアに手を掛けたまま茫然とする。追手に迫られた?あのダナニス・青馬衣社長の手の者に?
気付いたら俺は框矢が姿を消した路地へ駆け出していた。俺に出来る事は無いのかもしれない。だけど框矢を一人にさせるわけにはいかない。愚かな、一種の正義感に掻き立てられて路地に入って行ってしまったんだ。SIG SAUER P230を抜き、弾倉に7発残ってる事を確認しながら。
路地の奥、少し開けた空間。周りはビルの裏側に囲まれたその場所に框矢は居た。数十人の軽武装した大人達に囲まれて。
「おやおや、これはお客様が来てしまいましたね。……まあ、こちらが優位なことには変わりませんが」
その声音に目を見開いた。正しく、あのダナニス社長の声に間違い無かったから。
「鮫島さん……どうして来てしまったんですか。来るなと言ったのに」
茫然と呟く框矢の声にはっとする。
「俺だけならまだ切り抜けられたのに……」
それは俺が居ては弱味になる、と言ったようにも聞こえたんだ。グッと歯を噛み締め彼に近付く。
「済まん。……一人にはさせたくなかったんだ」
「バカな人ですね。俺なんかに関わって、良いことなんて無いのに」
「……」
呆れと諦めの混じった表情で俺を見る。その時パンパンッ、と手を叩く音が響き、ぱっと音がした方を見た。
「お喋りはそれ位にして下さい。僕が手に入れたいのは框矢、君だけです。鮫島武司、貴方は必要無い。ずっと待っていたんですよ。君がSPを辞める、この時を」
「?!」
何故、俺の名前を知ってるんだ?!
そんな驚愕してる俺にフッと小さく嗤うと、ダナニス社長は当然の事のように口を開いた。
「知ってますよ、大概の事なら。框矢の過去も、何のアルバイトをしていたのかも。そして今日、貴方が班長を務める警視庁SPの第一班Sチームを辞めた事もね。僕はこの時を狙っていたんです」
“僕はこの時を狙っていた”
それはもし框矢がSPを辞める事が無かったなら、彼はこんな目に遭わずに済んだという事で。俺がもっとしっかり、本野を止めて居られたら良かったんだ。
自責の念に囚われそうになる。それを引き留めたのは、やっぱり框矢だった。
「鮫島さんの所為じゃ無い。過ぎた事に囚われていたら、何も進みませんよ」
背中合わせで周囲を伺いながら、聞こえたそんな言葉。俺は何度框矢に救われるんだろう。……今度は俺が框矢を救う番だ。
そんな決意を固めた直後。
二人VS数十人の戦闘が幕を開けた。




