事実を知る者がまた一人 side框矢
框矢side
ちょっと変わった、でも理解がある鮫島さんの下でSPの仕事をこなして。あっと言う間に任期が迫っていた。
唐丈さんや秋本さんは相変わらず時々俺に話し掛けてくれる。頻度は少なくなったけど青生さんと白峰さんも。
だけど、本野さんは俺を避ける様になった。当然と言ったら当然だと思う。あれが普通の反応だから。そして事あるごとに俺をマガイモノ呼ばわりする。
正直、マガイモノっていうのが何なのか俺にはまだ良く分からなくて。
時折、鮫島さんが彼を咎めるけどやめようとはしない。それは徐々にSチーム内に広がっていって、気にはしてはいなかったけど働き辛い雰囲気を感じる様になって行ったんだ。
鮫島さんは公平な人だから。だからこそメンバー全員と砕けた話をするし、俺にも目をかけてくれる。それは凄く有難かったし嬉しかったんだ。だけど俺をマガイモノとして遠巻きに避ける雰囲気は、チームメンバーに広がるだけで無く濃くなっていった。
この先も鮫島さんの下で働けたら、どんなに良いだろうと思うさ。だけどこんな雰囲気の中で、働き続けるのは良い気分はしない。
避けてもいい、と言ったのは俺だけれど。だけど、こうも雰囲気が悪いのは俺には合わなかったんだ。
***
任期終了が一ヶ月後に迫った頃。俺は休憩で鮫島さんと二人になった。
「鮫島さん」
「ん?」
意を決して彼を呼べば、いつもと変わらない明るい返事が返って来る。
「俺、この任期終了を機にSPを辞めようと思います」
その途端ばっと俺を見る彼。
何故?!と性急に尋ねて来るのを落ち着いて下さい、と抑えた。
「あの一件以来、本野さんの俺に対する態度が変わりました。俺は別にそれでも良いと思ってます。あれが普通の反応だから。でもそれはチームメンバー内に広がって行って、雰囲気的に俺には居心地が悪くなってしまいました」
「……」
「あなたの下でこのまま働けたらどんなに良いか。だけど俺が居る事でチーム内がガタガタになるのではいけないでしょう。
だから辞めるんです」
厳しい表情だった鮫島さんの顔は、俺が一言言う度に苦く自分を責める様なものへと変わっていった。
「俺がもっと本野を抑えて居られたら、もう少し違ったのかな」
彼の言葉に首を振る。そんな事を思った事も無いし、鮫島さんのお陰で任期終了までSPをやってこれたと思ってるんだ。
「鮫島さんが悩む必要は全く無いし、仕方無いのでは?俺は元々、表社会に出てきたらいけなかったんですから」
「そんな事言うなよ」
淋しそうに呟く鮫島さんに、曖昧な表情しか浮かべれなくて。その後の一ヶ月、鮫島さんはいつも以上に俺を気に掛けてくれた。鍵重長官を通じて、SPを辞めた後も瀧宗を持って居られる許可を取ってくれたり、何度も何かあれば連絡してくれよ、と言ってくれたんだ。
任期終了日。同時に俺がSPを辞めた日、鮫島さんが最寄り駅まで送ってくれた。
あの時と同じ様に。
「何かあれば連絡してくれよ、絶対に。
それから一ヶ月、空いたって二ヶ月に一度は連絡してくれ。無かったら俺から掛けるからな」
俺の手をガシッと握り強い口調で言ってくる。過保護だな、鮫島さんは。
その力強い手に腕を振られながら苦笑いが漏れてしまう。それを見た彼に、笑うなっ、と軽く睨まれてしまった。
「過保護なんて言わせないからな!……お前が大事なんだよ、身内みたいに」
俺は独り身だけどな、と小さく笑い車内に戻ろうとする彼を引き止めた。あいつに会わせる為に。
「会わせたい奴が居ます。あなたなら、会っても良いとあいつが言ったから」
長官の護衛任務が終わった後。久々に根城に戻ると、影人がえらく豪華な飯を作ってくれた。
それらを腹にしまいながらお互いに何をしてたとか、どんな事があったとかかなりの事を語りあったんだ。俺が任務で居ない間に便利屋で新しく顧客が出来たとか、情報屋でも二件程依頼があったとか。
「お陰で手取り300万超えたんだぜ」
「300万?!……お前、情報屋だけでやってけるんじゃないのか」
「そんな訳にいくかよ。信頼されてんのにさ」
そんで框矢は?と聞かれ、護衛した人の事や鮫島さんの事、マガイモノと呼ばれた事。順を追って話していく。ダイルや影人の身元は明かしてない事も、鮫島さんなら信用出来る事も。
「……」
影人はじっと床の一点を見つめ、硬い表情をしていた。そりゃそうだ。親を殺した犯人を逮捕しなかった警察を、こいつは憎んで居るんだから。
だけど顔をあげたと思ったら、俺に鮫島さんなら会っても良い、と言ったんだ。どれだけびっくりしたか!目を丸くした俺に、影人は暗い瞳のまま言った。
「今だって警察は憎い。憎くて仕方ないさ、父さん達を殺した犯人を逮捕しないんだから。でも父さん達の事件を担当した課と框矢の居たSPは部署が違う。それに……框矢が信用出来ると言って、相手がそれに値しない奴だった事なんて無いし」
鮫島さんは影人に会いたがっていた。だけどこいつが嫌なら、嫌で良かったんだ。会いたくない、と言えば会わせるつもりは無かった。影人は情報屋として、既に危ない綱渡りをしてるんだから。
「無理に会わなくても良いんだ。俺だってお前が嫌なら、何度頼まれたって会わせないつもりだったしな」
そう言えば、いつもの気の良い笑みを見せた。
「框矢が信頼してるなら、俺も信頼……信用出来ると思う。ただ、やっぱり全部は話せないけど」
その言葉に一つ頷き、どこで会うのかとかを決めた。流石にこの根城には案内出来ない。そうして、以前影人が俺を捜して再会したカフェで会う事を決めたんだ。
「框矢?」
俺を呼ぶ鮫島さんの声にはっとする。どうやらぼんやりしていたみたいで、心配そうに俺を見てる彼が目に入ったんだ。
「時間は大丈夫ですか?」
もちろん、と即答した鮫島さんをカフェへと案内する。
「良いのか?……俺と会っても。警察を憎んでるんだろう?」
市営の駐車場に車を停めて、俺に付いて来る鮫島さんの声には不安の色が混じっていた。
「今でも憎くて仕方ないのは変わらないようです。でも鮫島さんが所属するSPと、あいつの両親の事件を担当した奴は部署が違う、って言ったんです。あいつは、俺が信用出来る人間なら自分も信用出来るはずだとも言いました。全部はやっぱり話せないけど、会っても大丈夫だと」
カフェの奥の席に歩を進め影人の待つ席、その向かい側に鮫島さんを勧めた。……というか影人の奴、何で女装してんだよ。内心溜め息が漏れる。隣の鮫島さんなんか目を白黒させてるし。
「き、框矢?同性じゃなかったのか?俺はてっきり男だとばかり……」
パンツスタイルだけど服を重ね着してネックレスを付けてる。かつらまで付けて、見た目は完全に女だ。口角を上げてにっこり微笑む姿は、多分美人の部類に入るんじゃないかってくらいで。
「歴とした男ですよ、こいつは」
「え?!」
はぁ、と溜息を吐き影人を軽く睨む。
「お前、かつら外しとけ。何で女装してんだよ」
「ひでぇな框矢。女装がバレるかどうか試してたのに」
それにかつらじゃなくてウイッグだし、とぶつくさ言いながら短髪に戻った影人を手で指した。
「俺がEと呼んだ奴です。こいつ、隼の相棒が居ましてね。彼を取り戻す助けをしたのがきっかけで知り合いました」
ウイッグとネックレスを外すと、いつもの影人の顔に戻ったのを見て鮫島さんは目を瞬かせていた。本当に男だったのか……と呟く鮫島さんに、影人が吹き出したんだ。
「俺は男ですよ。もちろんニューハーフとかでもありません。框矢から聞いてます。確か鮫島さんでしたよね?法鴉影人です」
鮫島さんは影人が差し出した手を、少し躊躇ってから握った。本当に彼らしく無い。俺にしたみたいに、ずいっと手を差し出して来るような人なのに。
「……君は、俺とは会いたく無いんだと思ってたんだが」
「そりゃ警察は嫌いですよ。父さん達の事件を隠蔽したんですから。でもあなたは刑事課の人間じゃ無いでしょう?框矢だって警察は信用してない。框矢が信用出来る奴は、本当に数少ないけど間違いが無い。そんな框矢があなたを信用した。それなら大丈夫です」
鮫島さんはしんみりとした表情を崩さなまま、ぽつんと呟いた。
「強いんだな、君も、框矢も」
強い?俺が?
強いって言うのは、鮫島さんみたいな人の事を言うんじゃ無いのか。影人を見れば、少し困った様な表情で笑っていた。
「少なくとも俺も框矢も、自分が強いとは思ってませんよ。なぁ?」
「ああ。理解がある上に、親身になってくれる。俺から言えばあなたの方が強いと思いますけど」
影人に振られて頷いて言えば、俺なんて大した事ないさ、と首を振る。
「聞きたい事があればどうぞ。答えられるものには答えます。但し、框矢と同じ様に誰に聞かれても沈黙を誓って下さい」
「それはもちろん。……本当に聞いて良いのか?」
一つ頷いた影人に、いつもの鮫島さんに戻った彼が質問し始める。それに影人が答えてはまた質問が掛けられる。結局、殆どの事を影人は鮫島さんに明かしたんだ。
「お前、そんなに明かして良いのか?」
「まぁこの人だから、って所かな。それに全部は流石に無理だし」
確かに情報屋である事や、根城の場所なんかは明かして無いけどさ。
「今更だって事は重々承知だ。だけど謝らせてくれ。……済まなかった」
不意に、そう告げられて影人が目を瞬かせた。一体何を謝ってるのか、何が今更なのか。ピンと来てないみたいだし、俺も良く分からなかったんだ。
「何が“済まなかった”なんです?」
「影人。君が14歳の時に起きた両親の事件、その隠蔽は許される事じゃ無い。相手がどんな身分だろうと、有罪になる事件だったんだ。今更謝った所で許してもらえるとは思わない。だけど謝らせてくれ」
顔から感情の色が消えた影人に、頭を下げる鮫島さん。
「何で、あなたが謝るんですか。あなたは、あの事件の担当じゃ無いのに」
呟く様に言葉を区切って押し出した影人は、瞬きも緩慢に鮫島さんを見続ける。
「刑事課の奴は頭が硬い。例え、終結させた事件の捜査に誤りがあっても……決して詫びに行く事は無い。
元々俺は刑事課を目指してたんだ。少しでも被害者を救えたらと思って。だけどあの課の奴を見てたら俺には向かない気がした。居たら、あいつらと同じ色に染まってしまうと思った。それでも框矢や君の様な若者の信頼、信用が離れて行くのは避けたかったんだ」
悔しさを滲ませた声音で、俯いたまま話す彼を影人も俺もじっと見ていた。
「国民だって警察の中に幾つもの課がある事は分かるかもしれないが、結局の所は同じだ。警察と言う一枚皮に包まれた組織。一つの課が信用を失えば、他の課まで信用を失いかねない。SPは特定人物の護衛が任務だから、国民からは遠い位置付けかもしれないが」
一つ息を吸い込み、鮫島さんが影人に顔を向けた。
「課が違っても元は同じ警察官だ。護るべき相手を間違い、君を見捨ててしまった。恨まれても仕方が無い、今更謝ったって許してもらえるとは思ってない。だけど……」
「もう良いです、鮫島さん」
カフェで会ってから初めて、影人が鮫島さんを名前で呼んだ。
「影人?」
この短い時間で、両親の事件で積もった憎しみ恨みが消えるとは思えなかった。だけどあいつの声からはそんな負の感情は全く感じなかったんだ。
「俺みたいな奴に、警察が頭を下げてるなんて威厳に関わるでしょう。もう謝らないで下さい」
静かな声音。その表情もとても静かで、俺の隣で鮫島さんが顔を上げたのがわかった。
「威厳なんてものはどうでも良いんだ」
そう言う彼に、首を振る影人。
「そう言う訳にもいかないんじゃ無いですか?警察は国家機関だから。今でも、多分これから先も、きっと俺は警察を信用出来ない。だけど、そんな警察の中にもあなたみたいな人が居る。それだけで十分です」
彼を見れば、ギュッと口を堅く噛み締めていた。
「それは、全然十分じゃない。……情けないな。俺が逆に救われるなんて」
その横顔は痛みを堪えてるような、悲しんでいるような悔やんでるような……色んな感情が見え隠れしていた。
「もっと、気を楽にすれば良いのに」
彼にどう声を掛けようか悩んでると、向かい側からそんな影人の声が聞こえてきて。
「え……?」
「何でも抱え込み過ぎるといつかパンクしちゃいますよ、鮫島さん」
何だか愉しそうな影人が、そこに居た。
「俺や框矢の事が知りたい、信用を失いたく無い。俺達の事でSPでのチームの関係を悪化させたく無い、だけど秘密は守らなくちゃいけない。刑事課の奴みたいにはなりたく無い、でも皆を護りたい。
抱え込み過ぎですよ。俺達の事はほっといたって良いんですよ?」
なあ?と同意を求められて頷く。別に警察の守護が無くたって、俺達は生きて行けるんだ。今までと何にも変わらないし。
「そんな訳にはいかないだろ」
「鮫島さん」
ずっと横槍を挟まずに隣で聞いてきたけど、口を開く。彼は、本当に抱えてる物が多い気がしたから。その、公平で正義感からかもしれないけどさ。
「俺達は一度警察に見放されたんです。その状態で過ごして来て、護られなくても今までと同じ。何にも変わりません。
こいつの言う通りですよ。俺達の事は気にしないで良いんです」
と言うか、守護なんかされたら逆に暮らしにくい気がするんだよな。影人は情報屋なんかしてるから特に。
「框矢……。やめてくれよ、そんな悲しいこと言うなんてさ」
確かに否定出来ないけどさ、と片眉を下げる鮫島さんに影人が笑いかけた。
「多分俺も框矢も、この先信用出来る警察はあなただけでしょうね。実際、框矢はマガイモノ呼ばわりされたらしいから」
「……君はマガイモノについて、聞いた事があるのか?」
影人を見た彼に、頷くとまた口を開く。
「ええ。母や父から聞いた事があります。日本の伝承ですよね?確か戦時くらいから伝わるようになったとか。でもそれを聞くと同時に、何度も強く言われましたよ。“そんな伝承で、その人を差別したらいけないよ。自分の目でしっかりどんな人なのかを確かめた上で、交流を持つかどうかを決めなさい”ってね」
「素晴らしいご両親だったんだな」
「自慢の親でしたよ」
そう、ふっと柔らかい笑みを浮かべたと思ったら表情を引き締めた。
「俺の父は日本史の教師だったんですよ。元々歴史好きだったのもあったからなのか、良く俺に語ってくれてました」
一つ息を吸い込みワントーン声音を下げて重く口を開いた。それはまるで影人じゃない、別人を見てるみたいだった。
「戦時、日本は世界各国に対して圧勝しました。本当なら惨敗してもおかしくなかったんです。戦力でもある兵士の数が各国より少なかったから。そんな日本でも、当時からずば抜けていた物が化学力です」
「科学?」
「違いますよ、化学のほうです。
……その化学力で政府はとんでも無いものを作り出しました。それがワクチンです。詳しくは俺も知りません、父も知らなかったようですし」
気乗りしない風だけど、それでも話し続ける影人。昔の話なのに何故か身体がぞわぞわして気持ちが悪い。まるで、自分の事を言われてるみたいに。
「そのワクチンを徴集で男女問わず集めた健康体の若者に打った。……框矢が受けた実験と同じ事を、国が主体となってやったんですよ」
信じられます?と目を見開く鮫島さんに視線を向け、次いで俺にも目を向ける。
「徴集って何だ?」
「徴集は強制的に人や物を集める事さ。昔戦争をしていた時、国は戦う為の人材……兵士を集める為に徴集令を出した。従えば他国と戦って死ぬ可能性が高い。だけど従わなければ非国民と言われ殺されたんだ」
従っても従わなくても死ぬ?
そんな事が起きていたなんて。今のこの国じゃあり得ないことじゃないか。
「もちろんその実験で死んだ人間は沢山居たでしょうね。だけど成功した人間も居るわけです。その成功した人間は、男女混合の日本国軍兵士として戦場へ送られました。……特殊な能力を持った、マガイモノ軍隊として」
隣で鮫島さんが息を飲むのが分かった。その仕草や表情は、彼も全く知らなかったのだと良く分かるもので。
「マガイモノ……。その時から使われていたのか?」
「諸説あるそうですが、俺が聞いたのは“紛い者”と言うものです。能力は肉体が変化する様な目に見えるものでは無くて、使わなければごく一般的な普通の人間と何も変わらない。人の世に紛れてしまえば見つける事は難しいとされます。“常識ではあり得ない能力を持ちながら、人の世に紛れ過ごす者”。そこからマガイモノになったのだと」
「……」
茫然とする鮫島さんの横で、俺も初めて知る事に只々驚いていたんだ。影人が、こんな事まで知っているなんて想像も付かなかったから。まぁ会った後から好奇心の塊みたいな奴だとは思ってたけどさ。
「当時の日本国軍、彼らの能力はFARMの孤児が受けた物と然して変わらないとも聞きました。身体を変幻自在に変えれたり、高い身体能力だったり。
違うのはほぼ不死身という所だけです」
「!」
不死身。要は死なない、って事か?そうしたら俺も……?ダイルが死んで鮫島さんが死んで、影人が死んでも。俺は一人生き続けるのか、と冷えた風が身体の内を通り抜けた気がした。
「多分、框矢は違うと思う」
不意に俺に向けられた言葉に、影人に目を向けると小さく笑ったんだ。
「框矢はさ、俺と暮らし始めて二年近くだろ?普通に年取ってるし身長だって伸びてる。俺の今言った不死身って言うのは、ちょっと特殊なんだ。大丈夫。框矢は不死身なんかじゃ無いと思うぜ」
ま、俺も身長伸びたから分かり辛いけどさ、と俺の不安をあっさり笑い飛ばしてしまった。
こいつって凄いよな。なんで笑って居られるんだ?
そんな事を思ってる内に、影人はまた語り出す。
「第一期、戦時に国によって兵士として戦場へ送られた彼らは、年を取らず深傷を負っても翌日には元通りに戻ってしまう。戦闘に置いて唯一の弱点は、頭部への致命傷だったそうです。
倒した殺したと思った敵兵が、翌日にまた合間見える。各国からは“殺しても殺しても生き返る。まるでゾンビと戦っているみたいだ”と恐れられたと聞きます」
その高い身体能力も恐れられた一因でしょうね、と一度口を噤んだけど、また口を開いた。
「戦争が終わって、日本は自衛以外の兵力は持たないと法改訂しました。生き延びた兵士は日本各地へ去り子孫を遺した。……不死身の彼らが、今現在居ない理由。何だと思います?」
「移住して日本に居ない、とか?」
影人は鮫島さんの答えに首を振る。死んだんですよ、との一言に一気にこんがらがってしまった。
「ちょっと待て。第一期とか言う兵士は不死身なんだろ。何で死んだんだよ」
「……」
影人は少し言い難そうにしていたけど、意を決したように言葉を押し出した。
「鮫島さんはもちろん知ってるでしょうが、子供が欲しい時、ある行為をしますよね。それが原因だと父は考えていた様です。男ならその行為後、女なら出産後。個人差はあったと思いますが、例外無く急速に衰弱し死亡したのでは、と父は言ってました。俺の高祖父の又友人は娘を授かってから程なくして早死にしたらしいです」
「……」
鮫島さんは影人が語り始めてから殆ど喋らなくなって、深く考えてるような表情で話を聞いていた。
「ただ第一期よりも第二期、要は兵士だった彼らの娘や息子、そして更にその子供……と子孫を遺し血が薄れるにつれて、第一期の超人的能力と不死身の力も薄れほぼ俺ら一般的な人間と変わらなくなったんじゃないでしょうか。
……マガイモノの名ばかりが一人歩きした結果が、あなたのSPチームでの框矢に対する態度だと思います」
影人が一息吐き、手元のジュースのコップを見つめた。一口啜ってノロノロと言葉を押し出す。
「本当なら框矢は普通の人間として生まれてたかもしれないのに、FARMなんかの所為で新たに能力を与えられてしまった。第一期と同じ状態になってしまったんじゃないか、って俺は思うんです」
影人はそれ以上マガイモノに関する事は言わなくて、暫く会話を交わす事も無かった。
「影人、君は……何でそんなに詳しいんだ?俺ですら、学生時代に習わなかったのに」
漸く呟くように発した鮫島さんを、影人がゆっくり目を向けた。
「言ったでしょう?父から良く聞かされていたと。父は、日本史の中で戦時の人の暮らしとかに一番関心があったみたいです。自分なりに調べた結果だったんでしょうね、俺に語ってくれた事は。
でも……父がショックを受けてたのは中学になる前の俺でも分かりました。自分の国が幾ら戦時とは言えど人体実験してたって事実を、信じたくは無かった様でしたし」
そこまで言って腕時計を見ると、もうこんなに経ったのか、と鮫島さんにいつもの明るい眼を向けた。
「すいません、来てから二時間は経ってますね。もうそろそろ部署に戻られた方が良いかもしれません。……今お話しした事は、他言無用でお願いします。
周りに影響が出るでしょうから」
含みがある言い方。その意図する所は、俺でも分かった。
“これ以上俺達と親しい事が広まれば、あなたも同類扱いを受ける。だから知らん顔して下さい”
「駐車場までご一緒します。今日はありがとうございました」
ウィッグを再度着け直してから軽く頭を下げ、注文票を手に腰を上げる影人。俺もそれに倣って腰を上げ、レジに向かった。
「俺が払おう。外で待っててくれ」
影人から注文票を取り上げ、代わりにレジに並ぶ鮫島さんに頭を下げて外に出る。
「さっき言った事、本当にお前の父親が言った事なのか」
「いんや」
小声で聞けば、ニヤッと片側の口角を上げた。
「マガイモノの諸説と差別するなって所と、日本史教師で自分なりに歴史を調べてた所は本当。……框矢がSP任務で居ない時、政府コンピュータをハッキングして調べたんだ。GBPなんて組織が隠れてるくらいだからな、絶対にまだ国民に隠してる事があると思ってさ」
「お前、良くそんな所に侵入出来たな」
どこかの一般企業とかならまだ分かるさ。影人のハッカーの腕はかなりのものだから。だけど。国のコンピュータに侵入なんてとんでも無い荒技だぞ?
「不死身説と戦時の推測は?」
「俺がハッキングして見つけたデータ。しっかり記録してあった。それ見てショック受けたのは父さんじゃ無い、俺さ」
父さんは知らなかったからな、と宙を仰ぐ。
「お前の高祖父の又友人の話は?」
「本当。だけどデータ見て筋が通ったんだ。その又友人っていうのは、第一期の子供だったんだってな」
「……」
「それからかなりの人数のリストがあったんだ。多分あれは、第一期とその子孫のリストだよ。名前の横に、生存とか死亡とかの表記もあった。政府の奴ら、誰が第一期の子孫なのか管理してやがるんだ」
おかげで益々政府が信用出来なくなった、と嫌そうに呟く。
聞かなけりゃ良かった。だけど聞いてしまったものはどうしようもない。影人だけで無く、俺の中でも国家機関、政府への不信が募っていく。
でも。鮫島さんだけは疑いたく無い。漸く自分番が回ってきて、レジに注文票と金を置く彼に目を向けた。少しして店から出て来た鮫島さんと並んで歩き、駐車場へと向かう。
彼はずっと、明るいとは言えない表情で何か考えてるみたいで。それをどうしたら良いんだ?と影人と眼で会話しつつ、どうしようもないまま駐車場に着いてしまった。
その時だったんだ。
夜間工事でも感じた、あの得体の知れない気持ち悪さを、気配を感じたのは。
組織図に誤りがあるかもしれませんが温かい目で見てやって下さい……。




