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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
27/60

VS数十人 side框矢

どうして。

何でこの人は来てしまったんだろう。俺なんかに関わって、良いことなんて無いに決まってるのに。


SIG SAUER P230を手に俺の後ろで背中合わせに構える鮫島さん。……俺だけなら。何の心配もせずに、あいつの部下を倒す事だけに専念できたんだ。でも来てしまったものは仕方が無い。何とか、鮫島さんを元居た場所へ戻さないと。


彼は……俺とは違い、必要とされてる人だから。


瀧宗の鞘に左手を添える。



「起きろ、瀧宗」



鞘の上から鎬を撫でるように手を滑らせた。ダイルが瀧宗をくれた時に言っていた言葉。


“心が宿った刀は主と呼応し、宿る前の倍以上の力を発揮する。その刀本来の全力の威力や、思いがけない能力が備わったりするんだ”


その意味が漸く解った。


左手を滑らせた鯉口から鐺に向けて、まるで着火し短かくなっていく導火線の様に鞘が煙になって消えていく。こじりから左手を外した後には、刀身に走る鎬と刃紋が光を放っていた。


「鮫島さんは目の前の敵だけに集中して下さい。それは八発しか無いはず。弾切れしたら離脱する事だけを考えて下さい」


「……分かった」


不服そうな、それでも肯いてくれたのを眼の端に捉えると、ザッと周りの大人達の位置を確認する。



「瀧宗。行くぞ」


呟く様に瀧宗に言葉を掛け、脚に力を込めた。



直線を駆け抜けざまに三、四人に瀧宗を振るう。振るった全員が倒れたのを身体を回転させながら確認。


直後、瀧宗を一閃。


細く高い金属音と共に二等分にされた何かが足元に転がるが、それを見る余裕なんて今の俺には無い。

時折鮫島さんを眼の端に捉えながら一人、また一人と倒していく。


「!」


約半数を倒した時、眼にしたのは……鮫島さんを背後から狙う弓矢の男だった。


倒させるものか!と最大の脚力を込めて地面を蹴り、その男を倒したその時だった。



乾いた銃声が響いたのは。だけど俺は何とも無い。ハッとして鮫島さんに眼を向けると、脇腹を押さえ崩れる彼の姿が飛び込んできたんだ。


その後、何をしたのか朧にしか憶えていない。気付いたら彼を撃ったらしい大人を踏み付け、喉に瀧宗を突き刺していた。


額や腹にも深傷。拳銃を持っていたらしい手は手首で分断されて転がっていた。


致命傷以外にも深傷を負わせていた。だけど何の情も湧かなかった。まだ動けるあいつの部下達はそんな俺を見て蒼ざめていて。


ついとそっちに焦点を合わせれば、俺の周りの囲いが少し遠退いた。ずっと一番遠い位置で見ていたあいつでさえも僅かに蒼ざめていた。


喉から引き抜き瀧宗をピッと払って、刃紋や切っ先に付いた血糊を振り払う。そしてビル壁に寄り掛かり荒い呼吸を繰り返す鮫島さんと、部下達()を遮る様に立った。


「……次は誰だ。彼に手を出してみろ、そいつより酷い姿になる事を保証してやる」


ざわざわと怒りがこみ上げてくる。

俺ならともかく、関係の無い鮫島さんを背後から狙うなんて。更に二人同時に狙っていたとは!


「お前……部下が半数やられても動かないのか。お前が俺を捕らえる命令を出した所為で、部下が死んでいくのに」


極力声量を抑える。路地とは言え、誰がどこで見聞きしてるか分からないから。でも声量は抑えるものの、怒りは収まらない。半ば唸る様に出てきた俺の声に、更に囲いが遠退いた。


「何をしているのですか。撃ちなさい」


静かに聞こえたあいつの声。途端、部下達の様子が一変した。一斉に銃や弓を構え、全てが俺に向かっているのが見て取れる。



「……」


それが答えか。自分は手を下さず、指示するだけ。あの海外過激派の奴と同類だ。いや、同じ国籍だけにもっとタチが悪い。


次の瞬間。



俺は瀧宗を縦横無尽に振るっていた。

右腕を止めた時、足元に転がっていたのは分断された無数の銃弾や矢。


「まだやるか」


静まり返る敵に収まらない怒りを込めた眼で睨んだ。


「お前、恥ずかしく無いのか?自分は手を下さず部下に指示するだけ。俺を捕らえたいのならお前が動くべきじゃ無いのか」


「……」


「お前は海外過激派よりタチが悪い。変な野望なんかの為に周りを巻き込み、関係の無い鮫島さんまで巻き込んで。……国を治めたいのなら、一人で勝手にすれば良い。俺を、無関係な人間を巻き込むな」


冷たく言い放つ。本当に良い迷惑だ。だけどあいつは嘲笑うような笑みを浮かべると、更に俺を捕らえる命令を部下達に下した。そうして部下達も、まるで機械の様にそれに従う。


……おかしい。何で皆あいつなんかの指示に従うんだ?従えば俺が倒しにかかる事なんて考えなくても分かるはずなのに。まるで、洗脳されてるみたいだ。


「框、矢」


掠れ気味に俺を呼ぶ声に、ギリギリの視界の端に鮫島さんを捉える。


「そこから動かないで下さい、出血が酷くなる。……すぐに終わらせます。目を瞑っていて下さい。見ない方が良い」


一瞬、彼の顔に悲しげな色が浮かんだが、俺は顔を背けると二度目となった能力のリミッターを外した。



息を詰め、瀧宗を振るい相手の首や脇腹を裂く。弓の弦を切り、拳銃を二等分にし、指や手脚の健に刃を滑らせる。


仰向けになった女の肩から鋒を引き抜き、深く息を吐いた。気が付けば、残るはあいつと、あいつを護る三人の部下だけ。


動く奴は居ない。

始め、俺が数十人に囲まれていた開けた奥路地の空地は、壁には血痕、地面には死体と無数の肉片が散らばる惨状と化していた。


「あとはお前らだけだ」


ゆっくりあいつの方へ歩を進める。右手に、血塗れの瀧宗を握って。


少しでも俺の怒りが伝われば良い。鮫島さんを巻き込み、影人までも巻き込みかねなかったお前らの行動に、俺がどれだけイラついているか。


傍に戦闘の構えを見せる最後に残った部下に、鋭く回し蹴りを放つ。腹に直撃を受けたそいつらは、背後の壁にぶつかり気絶した。そうして、一人になったあいつの喉元に鋒を突き付ける。


「この空地(惨状)の後処理は、お前の仕事だ。俺はお前のくだらない野望なんかに、巻き込まれただけだからな」


「……っ、くだらないと言うな!!」


拳銃を俺の顔面に向け噛み付いてくる。俺は左手で目の前の拳銃を構えた手首を握り力を込めた。


「くだらないさ。少なくとも俺にとってはな」


握力を強めていけば、顔が歪んでいく。ガシャンと衝撃音と共に拳銃が手から地面へと落ちた。


喉元に鋒を突きつけたまま、左手を捻る。


「~~!!ヴぁ…ッ」


ボキッと鈍い音と同時に手を放せば、その場に崩れ落ちた。そして落ちた拳銃を拾い上げて腰に差し、冷たく目の前のダナニスと言う男を見下ろした。


「お前、社長なんだってな。それも日本じゃ有名な。俺にお前は全く必要無い。殺しても良いくらいだが、知名度が高いお前を殺せば俺はこの国では暮らせなくなる。これ以上俺や俺の周囲に何かする様であれば、容赦はしない」


折れた手首を片手で包みながら、痛みに悶えるそいつに背を向ける。鮫島さんの方へ歩を進めようとした時。


「……、ま、待てッ」


その声に足を止めて静かに振り向くと、何とか片膝立ちになったそいつが俺を必死に見ていたんだ。その眉間に、瀧宗の鋒を向けると彼を睨む。


「二度は言わない。後処理はお前の仕事だ」


そう吐き捨て、鮫島さんに近付いた。


意識が朦朧として、素人判断でも危ないと分かる。このままじゃやばい!焦った思考で、血の味のする指で高音の指笛を三秒吹く。


数秒して俺の元に降りてきたのは、影人の隼、ラプター。


彼には悪いと思ったが、鮫島さんの内ポケットから手帳を出してページを一枚拝借した。ボールペンも借りて、鮫島さんの状態の悪さと事が終わった事、根城に彼を連れて行くことを書いてラプターに持たせる。


彼はバサッと羽音を響かせ、あっという間に上空高く姿を消した。借りたボールペンと手帳を彼の内ポケットに戻し、そして俺よりも十数cm背の高い鮫島さんを、肩に担ぐように持ち上げる。


未だうずくまるように俺を見ているあいつを冷たく一瞥し、地面を蹴った。


ビル壁も踏み台代わりにして、廃ビルの屋上へ上がる。ラプターが建物の屋上を低く滑空してくるのを見て、彼をそっと床に下ろした。

影人は二つ返事で返してくれた。


“他の奴には見られないよう、屋上を渡って来いよ。根城の屋上の扉を開けておくから”


即座に動いてくれた影人に感謝しつつ、ラプターの頭を撫でてやると嬉しそうにして、また飛び立って行った。


「……う……」


微かな呻きに鮫島さんを見つめる。担いで揺らしてしまった所為か、意識が少し戻ったみたいだった。


「鮫島さん、聞こえますか」


俺の問いにも微かに頷く。


「あなたを俺と影人の根城へ運びます。揺れますが、少し我慢して下さい。喋らないで下さいね。舌を噛みますから」


「長、官に……連……」


“長官に連絡してくれ”


声では聞こえなかったけど、唇の動きで何と無くそう言ったんだとわかった。


「分かりました」


彼に見えるように肯き、鮫島さんの上着を長く割いて簡易止血をする。白いワイシャツの大半が赤黒く染まって、血独特の鉄の匂いがした。血の匂いが鼻に突く。嫌いでは無いけど、やっぱり顔を顰めてしまうんだ。


彼を何とか背負って、駆け出す。ダンッと床を蹴り着地する度、鮫島さんの頭がぐらりと揺れるのが怖かった。


俺の所為で彼が死んでしまうんじゃ無いか、って。死ぬって事に恐怖なんて無かったはずなのに。


頼むから、死なないでくれ。

根城へ向かいながらその事で頭がいっぱいだった。


あなたはまだ、表で必要とされてる人なんだ!俺の所為でこの世を去るなんて……勘弁してくれっ。


根城の古ビルが見えてくると、屋上に影人が手を振ってるのが見えた。着地した途端に近付いてくる。


「鮫島さんはっ?」


「意識ねぇんだ、弾は多分貫通してると思うんだけど」


「とりあえず部屋に。ありったけのバスタオル出しといた。彼をその上にでも寝かして……って框矢も血塗れじゃねぇか!」


俺の服を見てギョッとしたように目を見開くけど、それでも先導して屋上の扉、部屋のドアを開けてくれる。


「そこのソファにバスタオル敷いてあるだろ。鮫島さんを座らせて、上着全部外してくれ」


俺は、こんな時何をして良いのか全く分からない。だから指示を出してくれる影人がすごく有難くて。


「多分、シャツは乾いてきた血で張り付いてるはずだから慎重に。今もう一度湯を沸かすから、そこの洗面器にある湯にタオル突っ込んで絞って、身体拭いた方が良い。傷口には触れるなよ」


「あ、あぁ」


矢継ぎ早に指示を繰り出す影人に、俺はただ従うしか無くて。漸く胸や背中までこびりついていた血を拭い取る。そうして露わになったのは、酷く醜い銃痕だった。


「あとは俺が代わるよ。框矢はソファの後ろから彼の肩を支えててくれ」


「分かった」


完全に止まったとは言えない出血の止血を兼ねて、幅広の包帯をぐるぐると彼の身体に巻いていく。


そうしてそっと、バスタオルを敷いたソファに横たわらせる。


割いた所為で裾がボロくなってしまった彼の上着を上からそっと掛けて。ふぅ、と一息吐いた俺と影人。


「俺の服貸してやるからさ、框矢も着替えろよ。怪我はしてないんだろうけどすげえ返り血だぜ」


「あぁ、助かる」


服を脱いで濡れタオルで身体中を拭き、影人の服を着る。あ、と思い出して鮫島さんの上着から携帯を取り出すと、アドレス帳から鍵重長官を選択した。


“鍵重だ。鮫島君か、どうしたのかね?”


ワンコールで出てくれた事にびっくりしながらも、口を開いた。


「鍵重長官、俺を憶えていますか?以前、鮫島さんの下に居た框矢です」


“ああ!框矢か、どうかしたのかね?鮫島君は?”


電話の向こうで明るい声を出す彼に、早口で用件を伝える。


「鮫島さんからも連絡してくれと頼まれました。……お願いがあります。彼を、助けて下さい」


“?!”


向こう側で緊張が走った気がした。


「理由はまだ聞かないで下さい。鮫島さん、脇腹を撃たれて意識無いんです。お願いします……っ」


“撃たれただと?……分かった、今何処に居るのかね”


それ以上何も聞かず、直ぐにそう切り返してくれた長官に根城から少し離れたビルの屋上です、と答える。流石に根城ここに来られては俺と影人が困る。


“分かった。信用の置ける私の直属の部下にヘリで迎えをよこそう。そこで待機して居てくれ”


「ありがとうございます」


「……長官?」


電話を切った俺に、影人が声を掛けてきた。


「SPで俺のチームが護衛した陸上自衛隊の長官。ある程度俺の事も知ってる。困った時は連絡してくれと言われてる」


手短かにそう言い、一つ付け加える。


「これ以上は俺の過去を知る奴は作らないし、多分この先、長官に連絡取る事はしないと思うけどな」


「……」


影人は少し考え込む素振りを見せたけど、そうか分かった、と頷いた。それからまだ意識が戻らない鮫島さんを背負い、屋上に戻ると影人に頷き、瀧宗を預けて六、七棟離れたビルの屋上へ降り立つ。


影人が根城の部屋へ消えるのを確認して、ヘリが来るのを待った。


そうして十分後。意外に静かなプロペラ音と共に、屋上に停まったヘリから出てきたスーツの男達に、鮫島さんを預けた。


「君も来なさい。長官に状況説明をしてもらわなくては」


俺はその言葉に首を振った。長官の元へ行ったら、影人の所へ戻るのが遅くなる。今後の自分の身の振り方をずっと考えていた俺にとって、鮫島さんに付いて行く事は出来なかったんだ。


「彼が目を覚ましたら、説明してくれると思います。……それよりも。長官のお力でどうか鮫島さんを護って頂けませんか、と伝言をお願いします。このままでは彼は失職してしまうかもしれない。再就職出来てもまたあの男に狙われるかもしれないから、と」


スーツの男達は顔を見合わせると、一つ頷いた。


「長官にそのまま伝えれば良いんだな?」


「はい、お願いします」


遠退いて行くヘリを、ずっとその場で見えなくなるまで見つめていた。


「本当に、バカな人だ。……鮫島さんは……」


俺なんかに関わって、俺を助けようとした所為で重症になるなんて。


ギュッと拳を握り、ヘリが去った方向から背を向けると、元来た屋上を駆けて根城へ戻った。

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