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第十六個体観測録 十五文化圏周縁抄  作者: 黒瀬 量衡


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19/22

第6文化圏 リザードマン 船団家族と濁り水

 第6文化圏は、王立学術院の分類ではリザードマンの文化圏とされる。


 川の民である。


 ただし、川辺の民と呼ぶだけでは足りない。


 彼らは、川岸に家を建てる者ではない。

 川を道とし、川を倉とし、川を境とし、川を家の一部とする民である。


 王国の役人は、地図の上に線を引く。

 ここからここまでが領地。

 この橋からこの丘までが村。

 この道を越えれば隣の郡。

 そのように記す。


 だが、第6文化圏の者は、地図の上の線だけでは暮らせない。


 水は線の上を歩かない。

 増える。

 減る。

 濁る。

 割れる。

 浅くなる。

 深くなる。

 昨日通れた瀬が、今日は腹をこする。

 昨日なかった砂州が、今朝には船の腹を止める。

 昨夜の雨が上流で降れば、下流の朝は別の川になる。


 そのため、第6文化圏では、土地よりも流れが先に語られる。


 どの川筋に属するか。

 どの船団に乗るか。

 どの渡し場を使えるか。

 どの中州に停められるか。

 どの浅瀬を読めるか。

 どの水路に荷を通せるか。

 どの季節に、どの支流へ入ってよいか。


 それが家の力になる。


 第1文化圏が父の帳を重んじるように。

 第2文化圏が森の記憶を重んじるように。

 第3文化圏が炉と家名を重んじるように。

 第4文化圏が血とエサ場を重んじるように。

 第5文化圏が水脈と薬壺を重んじるように。


 第6文化圏は、流れと船団を重んじる。


 船は、道具ではない。

 家である。

 倉である。

 寝床である。

 作業場である。

 誓いの場である。

 逃げ場である。

 そして、ときには墓でもある。


 王国の商人は、船を荷を運ぶ板箱として見る。

 だが、リザードマンの船団にとって、船はただの板ではない。


 竜骨。

 舷。

 舵。

 帆柱。

 水桶。

 荷縄。

 魚干し台。

 雨覆い。

 寝板。

 幼い者を寝かせる浅い箱。

 濡れた足を置く横木。

 尾のごときものを休ませる船尾の低い段。

 船底に溜まる水をかい出す小桶。

 割れ目に詰める油布。

 船団の印を刻んだ板札。


 それらの配置を見なければ、第6文化圏は読めない。


     *


 リザードマンの身体は、陸の王国人から見ると重く見える。


 鱗。

 低い腰。

 外へ開く足。

 濡れた板をつかむ足指。

 後ろへ引く太き尾のごときもの。


 王国人は、それを蜥蜴の尾と呼ぶことがある。


 リザードマンは、その言い方を好まない。


 彼らにとって、後ろにあるものは、船板の上で身を支えるためのものである。

 浅瀬で水を押すためのものである。

 荷を持つ時に、後ろへ倒れぬためのものである。

 急な流れで船が傾いた時、横木に押し当てて身体を止めるためのものである。


 鳥ではない者を鳥と呼ばれれば怒るように。

 蛇ではない者を蛇と呼ばれれば怒るように。

 魚ではない者を魚と呼ばれれば怒るように。


 リザードマンは、自分たちを蜥蜴とは呼ばない。


 川の掟を持つ民。

 流れを読む民。

 船を家とする民。


 そう呼ぶ。


 王立学術院の記録には、しばしば次のように書かれる。


 第6文化圏。

 鱗を持つ。

 水辺に強い。

 船団を作る。

 水運に長ける。

 湿地と中州を使う。

 尾状の平衡器官を持つ。

 股関節は外へ開き、濡れた甲板での安定に優れる。


 この記録は、間違っていない。


 だが、十分ではない。


 リザードマンの身体は、川だけでは読めない。

 船で読まなければならない。


 彼らの足は、濡れた板を踏むためにある。

 彼らの腰は、揺れる船の上で低く構えるためにある。

 彼らの背は、縄を引き、荷を押し、浅瀬で船を押すためにある。

 彼らの鱗は、泥と水と縄の擦れに耐えるためにある。

 彼らの尾のごときものは、川の中で魚のように振るためだけのものではない。

 船の上で倒れないための、もう一つの支えである。


 だから、第6文化圏の船は、王国の川船とは違う。


 甲板は滑りすぎない。

 横木は低い。

 舷は手だけでなく、腰と尾のごときものでも押さえられる高さにある。

 荷置き場と寝場の間には、濡れた足を拭く板がある。

 船尾には、水をかい出す者の場所がある。

 船首には、流れを見る者の低い足場がある。

 子どもの寝箱は、船の中心に近い。

 水桶は、飲み水と洗い水で離される。

 汚れた桶は、船内の上手には置かない。


 上手。

 下手。


 王国の道では、右と左が大事になる。

 だが、第6文化圏の船では、上手と下手が大事になる。


 流れの上か。

 流れの下か。


 それを間違えると、水が死ぬ。


     *


 第6文化圏では、水は豊かである。


 だが、豊かな水は、清い水と同じではない。


 川は、飲ませる。

 洗わせる。

 運ばせる。

 冷やす。

 浮かべる。

 逃がす。

 隠す。

 腐らせる。


 同じ水である。


 上流で獣が死ねば、下流に匂いが来る。

 上流で皮をなめせば、下流の魚が浮く。

 上流で病人の布を洗えば、下流の子が腹を壊す。

 上流で船底の水を捨てれば、下流の飲み桶に濁りが入る。


 だから、第6文化圏では、川を信じすぎない。


 流れているから清いとは限らない。

 透明だから飲めるとは限らない。

 冷たいから良いとは限らない。

 魚がいるから安全とは限らない。

 古い渡し場だから、今日も使えるとは限らない。


 見る。

 嗅ぐ。

 指で触れる。

 水面の油を読む。

 浮く泡を見る。

 流木の向きを見る。

 鳥の降り方を見る。

 小魚の寄り方を見る。

 船底に残った泥を見る。

 子どもの腹を見る。


 それから飲む。


 第6文化圏の者は、王国人より水に近い。

 だからこそ、水を疑う。


 船団には、水を見る役がいる。


 船団長ではない。

 舵取りでもない。

 水運ギルドの書記でもない。


 もっと低い場所にいる者である。


 水桶を洗う者。

 船底の水をかい出す者。

 荷の下に溜まった泥を払う者。

 子どもが飲んだ桶を見張る者。

 濡れた寝板を日に当てる者。

 魚の内臓を捨てる場所を間違えない者。

 汚れた布を上手へ置かない者。


 彼らの名は、船団の外では残りにくい。


 だが、彼らがいなければ船団は腐る。


 船は水に浮く。

 だから清いように見える。

 川は流れる。

 だから汚れを連れ去るように見える。


 だが、船底には水が溜まる。

 荷の陰には湿りが残る。

 縄は腐る。

 魚は傷む。

 寝板は黴びる。

 子どもは濁った桶に手を入れる。


 そこに、第6文化圏の弱さがある。


     *


 第6文化圏の家は、父の名だけで続くわけではない。


 もちろん、父はいる。

 母もいる。

 子もいる。

 血のつながりもある。


 だが、船団家族は、血だけでは作れない。


 同じ船に乗る者。

 同じ荷を守る者。

 同じ浅瀬で押した者。

 同じ嵐で縄を引いた者。

 同じ水桶を分けた者。

 同じ子どもを船箱に寝かせた者。

 同じ船底の水をかい出した者。


 そうした者たちが、船団家族になる。


 王国の貴族家から見れば、それは緩い。

 父の帳に載らぬ者が、同じ船の食事を分けられるからである。

 婚姻で結ばれていない者が、子どもを抱くからである。

 血の薄い者が、船の竜骨に名を刻まれるからである。


 だが、第6文化圏では、それは不自然ではない。


 川では、落ちた者を拾う。


 流された子。

 沈みかけた船の者。

 洪水で家を失った者。

 水運ギルドの罰で船を下ろされた者。

 岸の村で生きられなくなった者。

 父の船に乗せてもらえなかった者。

 母の家から離された者。

 他文化圏の荷運び。

 名前を濡らした者。


 拾った者を、すぐに家族とは呼ばない。


 まず、船の隅に置く。

 水桶を洗わせる。

 荷縄をほどかせる。

 寝板を日に出させる。

 魚の骨を捨てる場所を教える。

 上手と下手を間違えないか見る。

 水を勝手に飲まないか見る。

 子どもの桶に泥を入れないか見る。


 それができれば、食事を分ける。

 それが続けば、寝場所を少し内側へ移す。

 さらに続けば、嵐の時に縄を持たせる。

 嵐の縄を離さなかった者は、船団の者として見られる。


 血ではない。

 流れの中で離さなかった手が、家族を作る。


 これが第6文化圏の船団家族である。


 外部の語で言えば、庇護共同体に近い。

 だが、第6文化圏の者は、それをそのようには言わない。


 同じ船に乗った。

 同じ流れを越えた。

 同じ水を疑った。


 それで足りる。


     *


 もちろん、船団家族は美しいだけではない。


 拾われた者は、拾った者に逆らいにくい。

 船に乗せられた者は、岸へ降ろされることを恐れる。

 水桶を任された者は、水の濁りの責任を負わされる。

 荷を守った者は、荷が消えれば疑われる。

 子どものそばに置かれた者は、子が熱を出せば責められる。


 家族と呼ばれることは、守られることでもある。

 同時に、船から逃げにくくなることでもある。


 川の上では、逃げ道が少ない。

 岸へ降りればいい、と王国人は言う。

 だが、降りた岸がどこの岸かを知らなければ、降りることは死に近い。


 知らない岸。

 知らない渡し場。

 知らない中州。

 知らない水番。

 知らない浅瀬。


 船を失ったリザードマンは、陸の王国人が思うよりも弱い。


 川の民だから、水があれば生きられるわけではない。

 どの水を飲めるか。

 どの岸に上がれるか。

 どの船団の名を出せるか。

 どの水運ギルドの札を持つか。

 それが分からなければ、川はただ広いだけである。


 第6文化圏の周縁者は、岸にいる。


 船に乗れない者。

 船団から下ろされた者。

 流れを読めない者。

 上手と下手を何度も間違える者。

 濁り水を見分けられなかった者。

 父の船にも、母の船にも、拾い船にも乗れなかった者。


 彼らは、王国人から見ればただの川辺の貧民に見える。

 だが、第6文化圏から見れば、船団の外へ落ちた者である。


 落ちた者は、流れる。

 流れた者は、どこかで拾われることもある。

 拾われなければ、沈む。


     *


 王立学術院は、第6文化圏を次のように記録する。


 河川水運型。

 船団単位の生活。

 中州・湿地・浅瀬の利用。

 水運ギルドによる通行管理。

 船団長と舵取りの強い実務権限。

 飲用水、洗浄水、船底水の分離。

 流路変化に応じた季節移動。

 庇護された船員集団を含む船団家族構造。

 上流下流の水利争議多発。


 この記録は、間違っていない。


 だが、十分ではない。


 第6文化圏を本当に支えているのは、船団長の号令だけではない。

 舵取りの腕だけでもない。

 水運ギルドの札だけでもない。


 濡れた板をこする手。

 水桶を分ける手。

 子どもの飲み水を隠す手。

 船底の濁りを捨てる手。

 荷の下の湿りを嗅ぐ鼻。

 上流から来る泡を見つける目。

 浅瀬の色の違いに気づく足。


 そういうものが、船団を浮かせている。


 王国人は、リザードマンを水の民と呼ぶ。

 だが、水に近い者ほど、水を恐れる。

 川を知る者ほど、川を信じきらない。

 船で生きる者ほど、船底の水を捨てる。


 水は道である。

 水は家である。

 水は食べ物を運ぶ。

 水は病も運ぶ。


 だから、第6文化圏では、誰も川だけを信じない。

 誰も船だけを信じない。

 誰も船団長の声だけを信じない。


 信じるために、流れを見る。

 流れを見るために、朝早く起きる。

 朝早く起きるために、夜のうちに桶を伏せる。

 桶を伏せるために、寝る前に水を捨てる。

 水を捨てるために、上手と下手を確かめる。


 その繰り返しで、船団は朝を迎える。


 中州の向こうに、薄い霧が出る。

 船の舷に、水が小さく当たる。

 子どもが寝箱の中で身じろぎする。

 舵取りが、まだ暗い川面を見る。

 船底の水をかい出す者が、小桶を持つ。


 その水は、透明ではなかった。


 少しだけ、濁っていた。


 誰もまだ、声を上げない。

 第6文化圏では、濁りを見つけても、すぐには騒がない。


 まず、見る。

 次に、嗅ぐ。

 それから、上流を見る。


 船団の朝は、そうして始まる。

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