補完一の二 スライム 四つの文化圏に残るぬめり
第1文化圏、人間の城壁都市では、スライムは城壁の下にいる。
共同便所の穴の奥。
下水とは名ばかりの濁った溝。
市場で腐った葉菜を捨てる裏通り。
肉屋の血が流れ込む石の隙間。
宿屋の桶を洗った水が集まる低地。
そこにいるスライムは、役に立つものとされる。
だが、市参事会の帳簿には、そう書かれない。
帳簿にあるのは、掃除人の人数である。
灰の購入量である。
溝さらいの日数である。
城門外へ運ばれた荷車の数である。
スライムの数は書かれない。
自然に湧くものだからだ。
城壁都市では、自然に湧くものは、責任の所在を曖昧にする。
誰が置いたのか分からない。
誰が増やしたのか分からない。
誰が管理を怠ったのかも、すぐには分からない。
だから、役人はスライムを管理しない。
溝を管理する。
穴を管理する。
掃除人を管理する。
灰と荷車の数を管理する。
だが、底にあるぬめりの量は、帳簿に置かない。
置けば、責任になるからだ。
貧民街の掃除人は、それを知っている。
溝に落ちた犬の骨が、翌朝にはなくなること。
腐った魚の匂いが、一晩で少し軽くなること。
雨の後に足の皮がただれること。
子どもが裸足で走ると、翌日に赤く腫れること。
溝の近くで洗った布が、妙に薄くなること。
彼らは、それを何となく避ける。
子どもを近づけない。
夜の雨の後は、裸足で歩かせない。
布を溝の水で洗わない。
鉄の輪を長く置かない。
だが、それは規則ではない。
母親の叱り声であり、掃除人の癖であり、路地の古い言い伝えである。
王国の公文書には残らない。
貧民街で足が腫れれば、貧しいからだと言われる。
布が痩せれば、安物だからだと言われる。
鉄が黒ずめば、鍛冶が悪いと言われる。
水が臭えば、下町だから仕方ないと言われる。
スライムの名は、最後まで出てこない。
それでも、城壁都市はスライムを捨てられない。
取り除けば、汚物がたまる。
汚物がたまれば、悪臭が広がる。
悪臭が広がれば、上町の者が怒る。
だから、掃除人は底のぬめりをほどほどに残す。
多すぎれば、足を溶かす。
少なすぎれば、汚れが残る。
その加減を、誰も正式には教えない。
ただ、古い掃除人が若い掃除人に言う。
「底までさらうな」
それが、人間の城壁都市におけるスライムの扱いだった。
汚れを消すもの。
だが、完全には消してはならないもの。
帳簿に載らないまま、都市の下で加減されるもの。
*
第2文化圏、エルフの森では、スライムは大木のうろにいる。
果皮を入れる。
傷んだ木の実を入れる。
折れた枝を入れる。
泉のそばから出る葉屑を入れる。
収穫祭の後の果実の皮も、そこへ持っていく。
エルフは、それを飼っているとは言わない。
森に返している、と言う。
森に返す。
この言葉は、便利だった。
果皮が消えても、森に返った。
葉屑が沈んでも、森に返った。
獣の血のついた草を入れても、森に返った。
うろの奥でぬめりが動いても、それは森の一部だった。
古い歌にも、そうある。
食べ残した実は、根へ戻せ。
古い葉は、土へ戻せ。
森から得たものは、森へ返せ。
歌がある以上、それは正しい。
少なくとも、長老たちはそう考える。
だが、若い者の中には、ときどき別のものを見る者がいる。
大木の根元が、内側から黒ずむこと。
雨の少ない年でも、うろの周りだけ湿っていること。
小さな虫が寄りすぎること。
うろへ続く道の苔だけ、妙に薄いこと。
泉に近すぎるうろの水が、ときどき苦くなること。
それを口に出すと、長老は言う。
木にも寿命がある。
森は巡る。
根は見えないところで変わる。
悪いことではない。
歌の中では、それで足りる。
しかし、実際の森では足りない時がある。
春の嵐でもない日に、巨木が傾く。
鳥の巣が落ちる。
下敷きになった若木が折れる。
泉へ向かう細い道が塞がる。
その時になって、初めて誰かが言う。
うろを休ませた方がよいのではないか。
休ませる、という言い方なら、長老も怒らない。
間違いとは言わない。
古い歌を否定しない。
ただ、森を休ませる。
そうすれば、通ることがある。
だから森の端では、近年、いくつかのうろに木札が下げられている。
三日休み。
満月まで休み。
泉の水が澄むまで休み。
もちろん、そうはっきり書く者は少ない。
エルフは、文字を多く残したがらない。
だから、枝の向きや切り込みで示す。
左へ一本なら、果皮だけ。
右へ二本なら、血のついた草を入れない。
横へ深く一つなら、しばらく休み。
それでも、若い者は間違える。
旅人は読めない。
王国商人は、ただの枝傷だと思う。
そして、またうろへ投げ込む。
森は受け入れる。
うろは飲み込む。
ぬめりは静かに動く。
エルフは、それを森の循環と呼ぶ。
だが、循環の中にも、休ませなければならない穴がある。
そのことを知る者は、長老よりも、うろの近くで籠を持つ若い者の方に多かった。
*
第3文化圏、ドワーフの工房都市では、スライムは酸の溝にいる。
ここでは、人間やエルフよりも少しだけ、正しく恐れられている。
ドワーフは、スライムをありがたがる。
金属の汚れを落とすからだ。
油布の端を食うからだ。
鋳型に残った有機の屑を崩すからだ。
古い革紐を分ける時にも使えるからだ。
薄めれば、酸洗いの代わりになることがあるからだ。
だが、同時に嫌う。
目分量を間違えれば、刃が痩せる。
薄い板が黒ずむ。
刻んだ印が浅くなる。
銅の目盛りが読みにくくなる。
良いはずの合金が、妙に弱くなる。
だから、工房の端には酸溝番がいる。
炉の中心には立てない者。
槌を任されない者。
家名の奥には入れない者。
しかし、何をどれだけ溝へ落とすかを見ている者。
酸溝番は、溝の色を見る。
泡の立ち方を見る。
鉄屑を入れた時の音を聞く。
油布が沈む速さを数える。
銅片の縁が変わるまでの時間を覚える。
鼻を刺す匂いの強さを、昨日と比べる。
彼らの仕事は低い。
しかし、失敗すれば高くつく。
酸が強すぎれば、板が痩せる。
弱すぎれば、油が落ちない。
油が残れば、炉で煙が出る。
煙が出れば、合金の色が狂う。
色が狂えば、家名の信用に傷がつく。
だから、誰も酸溝番を尊ばないが、誰も完全には無視できない。
ある工房では、若い酸溝番が、質草に付いたぬめりを見て首をかしげた。
銀の杯である。
表面は黒ずんでいた。
だが、黒ずみの出方が工房の溝とは違った。
杯の縁ではなく、持ち手の内側だけが痩せている。
普通に落とせば、外側が先に荒れる。
布で包めば、布の触れる外縁が弱くなる。
だが、その杯は、握った指の跡のように内側が痩せていた。
酸溝番は言った。
「これは、うちの溝ではない」
炉の者は笑った。
「溝に家名でもあるのか」
酸溝番は黙った。
家名はない。
だが、溝ごとに癖はある。
泡の癖。
痩せる順。
黒ずむ場所。
油に触れた時の臭い。
それは、職人の印に似ている。
そう言えば、また笑われる。
だから彼は言わなかった。
ただ、杯を別に置いた。
その後、同じ癖のある質草が三つ見つかった。
人間圏から来た銀の飾り鎖。
森の交易路を通った青銅の留め具。
草原の交易人が持ち込んだ馬具の小さな輪。
どれも別の荷だった。
だが、ぬめりの癖は似ていた。
酸溝番は、控えに小さく書いた。
外の溝、混じる。
それだけだった。
それだけでは、工房評議へ出すには弱い。
証人がいない。
重さの差も小さい。
同じ条件で試した記録もない。
だが、酸溝番は知っている。
小さい差が、後で大きな損になることを。
刃が折れてからでは遅い。
刻印が消えてからでは遅い。
信用が落ちてからでは遅い。
だから、酸溝番は今日も溝を見る。
成功した刃には炉の名が刻まれる。
失敗した板には配合を責める言葉が残る。
酸溝番の名は残らない。
それでも、酸のぬめりは見なければならない。
*
第4文化圏、オーガの草原では、スライムは飼われない。
そこに来る。
野営地の外へ出された骨の山。
内臓の残り。
大鍋の底にこびりついた脂。
犬が引きずった肉片。
雨の後のくぼ地。
馬の糞が流れ込む低い草地。
そこへ、いつの間にか集まる。
オーガは、それを便利なドブ虫のように扱う。
骨の脂を消す。
臭いを少し減らす。
野営を発つころには、残り物が少なくなる。
だから、放っておく。
だが、夜に雨が降ると、ぬめりは草の中を動く。
馬の蹄の隙間へ入る。
薄い皮をただれさせる。
泥と混ざる。
次の日には、何が悪かったのか分かりにくくなる。
戦士は、馬が弱いと言う。
年寄りは、低地が悪いと言う。
水革を持つ女は、昨日の骨の山が近かったと言う。
蹄を見る者だけが、ぬめりの跡を見つけることがある。
だが、その者がいつも尊ばれるとは限らない。
草原では、敵を倒した者の声が大きい。
蹄が裂ける前のぬめりを見た者の声は、小さい。
ある朝、白い蹄の馬が足を引いた。
戦士は言った。
「昨日の石でひねった」
別の者は言った。
「馬が弱い」
水革を持つ女は、骨の山を見た。
昨日より近い。
犬が運んだ骨が、天幕の輪の内側へ入っている。
骨の下の草が、不自然に濡れている。
蹄を見る者は、その草を指で触れた。
ぬめりがついた。
薄い。
泥と混じっている。
だが、ただの泥ではない。
指先が少し熱くなる。
彼は馬の蹄を持ち上げた。
縁が白くただれている。
割れてはいない。
まだ悪くない。
しかし、急げば裂ける。
その日の移動で、戦士たちは南を望んだ。
王国の境界杭があり、荷車の跡もある。
奪えるものがある。
燃やせるものがある。
歌にしやすいものがある。
だが、蹄を見る者は言った。
骨の山を遠く。
馬を軽く。
泥を避ける。
彼の言葉は小さかった。
けれど、歌い手が拾えば、子どもも真似る。
骨を遠く。
馬を軽く。
その短い節は、戦の歌ほど大きくはない。
だが、次の野営で骨の山は少し遠くなった。
犬が運んだ骨を戻す子どもも出た。
水革を持つ女は、雨の後の低い草地へ馬を寄せなかった。
戦士は笑わなくなったわけではない。
ただ、笑いが少し短くなった。
スライムの名は、歌には入らない。
血統でもない。
敵でもない。
倒して誇る相手でもない。
だが、ぬめりは草の下にいる。
骨を近くに置けば、寄ってくる。
雨が降れば、動く。
蹄に入れば、馬が遅れる。
馬が遅れれば、部族が遅れる。
部族が遅れれば、歌に残る勝ちも遠ざかる。
だから、草原では時々、戦士より先に骨の山を見る者が必要になる。
*
四つの文化圏は、互いに違う。
城壁の石。
森の木。
工房の炉。
草原の天幕。
汚れを置く場所も違う。
汚れを呼ぶ名も違う。
残毒を恐れる言葉も違う。
それでも、スライムの扱いだけは似ている。
目の前の汚れを消してくれるものとして、近くに置く。
消えたあとに残るものには、別の名をつける。
貧民街の病。
木の寿命。
配合の失敗。
運の悪い蹄。
名は違う。
しかし、ぬめりは似ている。
酸の匂いも似ている。
見落とされる者の位置も似ている。
掃除人。
うろを見る若者。
酸溝番。
蹄を見る者。
彼らは、それぞれの文化圏で低い場所にいる。
だから、低い場所に残るものを見る。
制度の中心は、きれいな部分を語る。
王国は帳簿を語る。
エルフは森の歌を語る。
ドワーフは炉と家名を語る。
オーガは血統と戦を語る。
だが、きれいな部分の下には、いつも処理がある。
処理の下には、ぬめりがある。
そのぬめりを見ないまま、文化圏は自分をきれいなものとして語る。
スライムは、それを否定しない。
ただ、食う。
汚れを食う。
残りを置く。
そして、次の場所へ移る。




