第19話「均される意志」
動けない
境界の前で、
体が止まっている
自分の意思じゃない
でも、
逆らえない
指先は、
あと少しで触れる位置にあるまま、
固定されている
わずかに震える
止められているのに、
完全には止まりきっていない
中途半端に許されている
その感覚が、
気味が悪い
後ろの気配が濃くなる
近い
距離が縮まっている
振り向かなくてもわかる
八十七
その数が、
圧として迫ってくる
視界の外から、
じわじわと埋められていく感じがする
息が浅くなる
今度は消えない
続く
鼓動も速いまま
整えられない
乱れたまま残る
白い布の奥を見る
そこにいる
変わらず
同じ位置で
こちらを見ている
距離は変わっていない
でも、
“近い”
感覚だけが近づいてくる
さっきの言葉が残っている
「でるな」
消えない
拒絶
命令
どちらとも取れる
でも、
従わせる力がある
実際に、
体は止められている
歯を噛む
動かそうとする
指先に力を入れる
ほんのわずか、
前に出る
動く
止まらない
いや、
止められる
すぐに
戻される
元の位置に
何もしていないみたいに
その“巻き戻り”が、
はっきりわかる
今まではなかった
修正じゃない
明確な否定
やろうとしたことを、
なかったことにされる
初めての感覚
はっきりとした拒絶
頭の中に声が重なる
今度は複数
重なっている
でも、
一つの意味になる
「そと いらない」
低い
揃っている
八十七の方向から
背後から
同時に
響く
振り向けない
でも、
わかる
全員が同じことを思っている
いや、
思わされている
その一体感が、
異様に強い
境界の前に立っているのは、
自分だけじゃない気がする
布の奥のそれと、
“同じ位置にいる”
鏡みたいに
内と外で
重なっている
視線が合う
逸れない
今度は、
向こうが先に動く
手を上げる
ゆっくりと
こちらと同じように
完全に一致しないまま
少しだけ遅れて
同じ動作をする
自分も、
無意識に手が動く
上がる
止めようとしても止まらない
同期する
完全ではない
でも、
無視できないほど一致する
重なる
内と外で
同じ形になる
その瞬間、
頭の中に強く言葉が入る
「おなじにする」
意味が流れ込む
理解する前に
体が反応する
境界に向かって、
さらに一歩出ようとする
さっきより強い力で
前へ
進む
止まる
今度は完全に止まらない
少しずつ、
押し合う
前へ行こうとする力と、
止める力
ぶつかる
拮抗する
体が震える
視界が揺れる
空間が歪む
周りの動きが遅くなる
八十七の動きが、
引き伸ばされる
同じ軌道を、
ゆっくりなぞる
時間がずれる
自分だけが違う速度になる
切り離される
初めて
“中”から浮く
その感覚がはっきりする
ここにいるのに、
ここじゃない
そのズレが、
消えない
残る
強くなる
あと少しで触れる
境界に
薄い膜が見える
さっきよりも明確に
揺れている
呼吸しているみたいに
脈打っている
指先が近づく
あと少し
あと数センチ
そのとき、
背後から一斉に足音が止まる
ぴたりと
完全に
同時に
音が消える
静寂が落ちる
不自然なほどの
完璧な停止
次の瞬間、
気配が一気に近づく
詰められる
距離が
逃げ場がない
背中に何かが触れる
初めて
はっきりとした接触
冷たい
人の形をしている
でも、
人じゃない感じがする
そのまま、
声が落ちる
すぐ後ろから
耳元で
「もどれ」
低い
近い
逃げ場がない
同時に、
前からも声が来る
布の奥から
「こい」
短い
はっきりと
引く力と、
押す力
前と後ろから
同時に
体が揺れる
どちらにも完全には従えない
真ん中で止まる
裂かれるみたいに
感覚が二つに分かれる
内側に残る自分と、
外へ出ようとする自分
その境界が、
体の中にできる
はっきりと
初めて
選ばされていると理解する
ここに残るか
外へ行くか
その理解が消えない
消されない
残る
指先が震える
境界に触れる直前で
止まっている
もう戻れない位置にいると、
直感する
次に動けば、
どちらかに決まる
完全に
その確信だけが、
静かに残り続ける




