58食目、豚骨ラーメン
ガウンがやり切ったところで、悠真は豚骨ラーメンに取り掛かる。
豚骨ラーメンは偶然かつ奇跡のラーメンと言えよう。本来混ざらないはずの油と水が、どういう原理が混ざり合い乳白色の液体となる。これを《乳化》と呼ぶらしい。
料理人は科学者じゃないので、原理が分からなくともやり方が分かっていれば、美味だと判明すると料理に応用する。
悠真も《乳化》の原理なんか気にしていない。最初に見付けた人には感謝するも危険や毒がなけりゃそれで良い。料理は美味けりゃ正義だ。
「先ずはゲンコツの処理だ」
ゲンコツは、ブタの大腿骨を指す。これをハンマーで半分に砕く。こうする事で、トンコツの成分が抽出しやすくなる。
寸胴鍋いっぱいに水を注ぎ、砕いたゲンコツを投入し火に掛ける。沸騰したところで、一旦沸騰した水を捨てる。
勿体ないと思うが、どの動物でも骨に近い肉程に獣臭が酷く相当臭み取りをしないと食えたものではない。
それ故に、骨単体のトンコツは予想以上に獣臭………ブタ臭く、このままでは使えないので1回沸騰させ消毒・雑菌するのと同時に臭みも除去出来るという訳だ。
それに、あの短時間で煮ただけではゲンコツからは旨味成分は抽出出来ない。
最低でも8時間はグツグツと煮ないと出やしない。それと、ゲンコツと一緒にリンゴ丸ごと、長ネギの緑の部分に玉ねぎを薄皮を剥き丸ごと入れる。
灰汁を根絶丁寧に取り除きながら面倒見る。まるで我が子のように。
こうして長時間煮詰めた白濁食のトンコツスープは、煮詰めらている内に2/3程まで量が減る。
減った分を足す店もあるけど、中華大衆食堂「悠」では足さない。減った分、濃厚になり味に深みが増していく。
でも、8時間もお客様を待たせてやれない。昨日作っていたトンコツスープを煮詰め味を調整して出す。もう1つの寸胴鍋には明日の分が入っている。
魔道具で時間を早める方法もあるが、これだけは、じっくりコツコツと魔道具に頼らずにやりたいのだ。
「チャーシューは厚めに切ってと」
チャーシューは出すラーメンによって調味料の配合や煮る時間を変えている。
豚バラ肉の塊をタコ糸でキツく縛り、寸胴鍋に入れフェイフェイ特製チャーシューの付けダレを注ぎ入れ、玉ねぎやリンゴなどの野菜・果物を投入して約6時間ほど煮込む。
ただ、これもスープと一緒で後日使う。今使うのは前日用意してある。
「麺は中太のストレート麺」
スープが良く絡むのは縮れ麺と思われがちだが、それは間違いだ。ストレート麺の方がスープに絡み安い。
それに中太麺にする事で細麺よりも弾力があり、時間が経っても麺の感触は変化しない。太い分、茹で時間が掛かるが妥協はしない。
パンッパンッ
「麺、茹で上がり」
茹で上がった麺を、チャーシューを煮たタレにトンコツスープを注いだラーメン丼に投入。
菜箸で形を整え、半分に割った煮卵、極厚のチャーシュー、特製メンマ、手作りナルト、淵に板海苔を飾り完成だ。
「トンコツラーメンお待ち致しました」
「ふわぁ、なんだ?この香しい香りは!」
ガツンと来る獣らしい匂いだが、臭くない。本来なら血生臭く食えたものじゃないが、これは違う。
本能に訴えて来るような、匂いを嗅いだ瞬間に美味だと理解出来た。
「後、替え玉…………麺がお足りませんでしたらオカワリ出来ますので」
「なんだと!」
替え玉…………何とも言えない響きなのだ。頭の中で何度も反芻し、心臓がドキドキとときめいている。
「なら、これを食べ尽くし替え玉とやらを頼むとするかの」
先ずはスープから。レンゲで掬い、口に運ぶ。チュル………ゴクン。
「あわわわ、何じゃこれは!」
美味い、美味すぎる。初めての味だが、身体全体に行き渡るのを感じる。
教会での質素な食事では一生掛かっても感じる事の無かった感動。それが今ここにある。
「次は麺だな」
天使らしく音を立てずにレンゲを上手く使い、箸で口に運ぶ。
「はにゃぁ」
ヤバい、美味しすぎて口がニヤけてる事が自分でも分かるが止められない。
最初は、音を立てずに食べようと志したが、そんな事を言ってられなくなった。
これは最早、音を立てて食べるべきだ。それも食事の一種だと瞬時に理解した。天使なぞ、クソ喰らえだ。
教会にいる時は天使であり続けるが、教会を離れたらタダのヘスティ、そうタダのヘスティなのだ。
ズルズルズルズル
「もう麺が無くなっちゃた。これは卵?」
教会では、卵は高級品として天使でも中々口に入る事は叶わなかった。
「色が違う。それに白身が固まっているのに黄身が完全に固まっていない?」
食べたくてウズウズしてる自分がいる。教会では、はしたないが、ここは違う。
パクっ
「うぉぉ、これが卵だと言うのか?!」
白身に味が付いており、黄身はトロトロと液体なのか固体なのか分からぬ程に柔らかい。それ故に、口の中で一気に広がる。
「最後に大きい肉じゃの」
箸でギリ持ち上がるかどうか。箸で挟んだ瞬間、すぅっと切れた。なんという柔らかさなのか。
「どれ」
パクッとほうばる。チャーシューに十二分に染み付いたタレと肉汁が噛んだ瞬間に溢れ出る。
脳汁がドパドパと溢れてるようだ。今の立場に文句はないが、今まで足りなかったのは、こういう食事だ。
「レオンハルトよ、食事ってこんなに楽しいものなんだな」
「ヘスティさえ宜しければ、またの機会にでも」
「もちろん、また来ようぞ」
今度、黄昏のカイトが教会に来た時にお礼を言わなければバチが当たる。




