第9話 愛人の策略
【杉浦桃華視点】
夢のようなテーマパークの余韻を引きずったまま、私と潤君はオフィシャルホテルの最上階、煌びやかな夜景が一望できるスイートルームにチェックインした。
すべて会社の経費で落ちるからと、潤君はいつも一番高い部屋を取ってくれる。
潤君がバスルームでシャワーを浴びている間、私はシルクのシーツが敷かれた大きなベッドに寝転がり、スマートフォンの画面を見つめていた。
画面に表示されているのは、涼子さんの提案で作られた『秘密の同盟♡』というふざけた名前のグループLINEだ。
参加しているのは、私、涼子さん、莉乃ちゃんの三人だけ。表向きは「出張シフトの調整」のためのグループだけど、実態はまったく違う。
トーク履歴を少し遡るだけで、潤君にいくら貢がせたかの自慢大会と、店長である紗枝への下品な悪口ばかりがずらりと並んでいる。
『今日、潤に新作のネックレス買わせたーwちょろすぎw』
『いいなー! 僕は来週の出張でエステ代出してもらう予定!』
『てか、店長今日めっちゃピリピリしててウザかったんだけど。あんなんだから潤に浮気されるんだよねw』
私は画面をスクロールしながら、冷たく鼻で笑った。
この二人は本当に馬鹿だ。自分の承認欲求を満たすために、こんな証拠に残る場所で言いたい放題なんだから。
私は悪魔のような微笑みを浮かべ、フリック入力でわざと火種を投下した。
『莉乃ちゃん、今日もお仕事大変だったね(泣)店長、また莉乃ちゃんのこといじめてたの? ほんと可哀想……。モモ、莉乃ちゃんが心配だよぉ』
私がわざと同情を引くようなメッセージを送ると、数秒で莉乃ちゃんから返信が来た。SNS依存症だから、こういうレスポンスだけは無駄に早い。
『モモちゃんありがとー。マジであのババア狂ってる! ちょっとオーダー間違えたくらいで奥に呼んでネチネチ説教してきてさー。アイツの顔を鉄板に押し付けたいーw』
『ほんとそれ!潤もあんなキモいババアとよく夫婦やってられるよねーwまあ、私たちが潤のお金で美味しい思いできるのも、あのババアがせっせと無償労働して稼いでるおかげだけど!あははw』
莉乃ちゃんの過激な言葉に、涼子さんもすぐさま乗っかってくる。
『莉乃、言い過ぎ(笑)でも事実よね。あの女は私たちにタダ旅行を提供するための、ただの働き蜂。せいぜい油まみれになって一生懸命働いてもらいましょうよ』
「……ほんと、バカみたい」
私は冷ややかな目でそのやり取りを見つめながら、カシャッ、カシャッとトーク画面のスクリーンショットを何枚も保存した。
莉乃ちゃんの社長に対する暴言や、涼子さんの妻を見下す発言。すべてが完璧な証拠だ。
このスクショは、私の最強の切り札になる。
潤君はプライドが高いから、自分が「ただのATM」として見下されていると知ったら絶対に許さないはず。それに、自分が妻の労働力に依存しているという事実を、こんなに露骨に馬鹿にされていると知れば、間違いなく激怒する。
いつか絶対に、このスクショを潤君に見せてやる。そうすれば、あの二人は一瞬で捨てられる。潤君の隣にいられるのは、モモだけなんだから。
私は保存した画像を誰にも見つからない秘密のフォルダに隠し、グループLINEには『ほんとだねぇ、私たちで潤君を癒してあげなきゃ♡』とだけ返信しておいた。
バスルームのドアが開き、シャワーを浴び終えた潤君が出てきた。
私はスマホをサイドテーブルに裏返して置き、すぐにいつもの甘い顔をセットした。
「あー、さっぱりした。モモちゃん、お待たせ」
「潤君っ♡ こっち来てぇ」
私は両手を広げてベッドの上で無邪気に誘った。潤君はだらしなく鼻の下を伸ばし、私の隣に潜り込んでくる。
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熱い吐息が交じり合う時間が終わり、ホテルの部屋には静かなエアコンの音だけが響いていた。
私は潤君の広い胸に顔を埋め、彼の太い指に自分の指を絡ませて遊んでいた。潤君は満足そうに目を閉じ、私の髪を優しく撫でている。
「ねえ、潤君……」
「ん? どうしたの、モモちゃん」
私は上目遣いで、潤君の顔をじっと見つめた。
「モモね、今日すっごく楽しかった。潤君と二人で夢の国にいられて、本当のお姫様になれたみたいだった」
「はは、モモちゃんはいつだって俺のお姫様だよ。これからもずっと大事にするからね」
「……ほんとぉ?」
私は少しだけ声のトーンを落とし、潤君の胸元に頬をすり寄せた。
「じゃあ……いつ、店長と別れてくれるの?」
ピクリ、と潤君の体が強張ったのが分かった。
撫でていた彼の手が止まり、気まずそうな空気が流れる。私は逃がさないように、潤君の胸をギュッと抱きしめた。
「モモ、潤君のことが本当に大好きなの。でも、お店に行けば店長がいるでしょ? 潤君が家に帰ったら、あそこに帰るんだって思うと……モモ、苦しくて胸が張り裂けそうになっちゃうの。モモだけの王子様になってほしいな……ダメ?」
私は目を潤ませ、得意の嘘泣きのテクニックを使って声を震わせた。
潤君は明らかにたじたじになり、泳ぐ視線を天井へと向けた。
「えっと……そ、そうだな。俺だって、モモちゃんとずっと一緒にいたいと思ってるよ。でも、今はまだ店の経営が紗枝に依存してる部分があって……急に離婚となると、色々と面倒な手続きが……」
言い訳を並べ立てる潤君の姿は、さっきまでの自信に満ちた社長とはまるで別人だった。
結局のところ、潤君は店長と別れる気なんてないのだ。妻に働かせて自分は楽をして、お金だけを使って若い女の子と遊びたいだけ。
その事実を痛いほど理解しているからこそ、私の心の中にはどす黒い独占欲がさらに渦を巻く。
「モモちゃんは俺の特別なお姫様だから。いつか俺が、ちゃんとした大きなお城を用意してから迎えに行くよ。だから、俺を信じて、もう少しだけ待っててくれないか?」
潤君は私の肩を抱き寄せ、耳元で甘いロマンチックな言葉を囁いた。
ドラマの台詞のような、中身のない薄っぺらい言葉。でも、今の私にはそれで十分だった。
「……うんっ。モモ、潤君のこと信じてる。ずっと待ってるね♡」
私は満面の笑みを作って、潤君の頬にキスをした。潤君はホッとしたように息を吐き、再び私を抱きしめた。
潤君の背中に腕を回しながら、私は冷たく濁った瞳で窓の外の夜景を見つめていた。
待っててあげる。でも、モモは生ものだってことを忘れないでね。ただ待ってるだけの大人しいお姫様じゃないわよ。
サイドテーブルに置かれたスマホの中には、涼子さんと莉乃ちゃんを破滅させるための強力な毒が眠っている。
それに、今日の出張カバンには、私が忍ばせたお揃いのキーホルダーが入っている。
あのヒステリックな店長がそれを見つけて狂い出せば、いよいよ潤君への愛想を尽かすはず。
私以外の邪魔な女たちは、全部私が排除してあげる。
「潤君は、モモだけのものだから……」
私は潤君の耳元で甘く囁きながら、誰にも見えない暗闇の中で、口角を歪めて嗤った。




