第8話 秘密の同盟
【杉浦桃華視点】
夢のようにキラキラとしたパレードの音楽と、甘いキャラメルポップコーンの匂いが、私の全身を心地よく包み込んでいる。
今日は潤君と、私の大好きな浦安のテーマパーク旅行。もちろん、潤君のスケジュール上は「他店視察」という名目の、会社のお金を使ったお泊まりデートだ。
私は絶叫系のアトラクションなんて絶対に乗らない。髪型が崩れるし、可愛く叫べる自信もないからだ。私が好きなのは、お姫様や妖精たちが出てくる、徹底して作り込まれたメルヘンチックな世界。
ゆっくりと水面を進むファンタジーなボートのアトラクションに揺られながら、私は隣に座る潤君のたくましい腕にギュッと抱きついた。
「潤君、モモねっ、すっごく楽しいですぅ♡こんな素敵なところに連れてきてくれて、本当にありがとうございますぅ」
「はは、桃ちゃんが喜んでくれて俺も嬉しいよ。やっぱり、頑張ってる桃ちゃんにはこういうご褒美がないとな」
潤君が甘い声で私の頭を撫でてくれる。薄暗いアトラクションの中は、完全に二人だけの世界だ。この広くてたくましい背中も、私だけに向けられる優しい笑顔も、全部私だけのもの。
他の誰にも渡さないんだから。
アトラクションを降りて、ピンク色のチュロスをかじりながら歩いていると、すれ違ったキャストのお姉さんが、私たちに向けて満面の笑みで手を振ってくれた。その完璧な作り笑いを見て、私の頭にふと目障りな女の顔が浮かんだ。
「ねえ、潤君。ここのスタッフさんたち、みーんなニコニコしててすっごく可愛いですよねぇ」
「ん? ああ、そうだな。さすが夢の国、教育が隅々まで行き届いてるんだろう」
「それに比べて、うちの店長ってばいっつも怖い顔してて、ほんとよくないと思うんですよね」
私はチュロスを持ったまま、わざとらしくため息をついて潤君の顔を見上げた。
「ここの人たちみたいに愛嬌が全然ないっていうかぁ、接客業なのにいつもピリピリしてて。潤君がせっかくいいお店にしてるのに、店長があんなじゃお客さんも逃げちゃいますよ。潤君が店長に愛想つかして、モモに癒しを求めちゃうのも無理ないですよねぇ」
私が甘えた声で同情を誘うと、潤君は「ほんと、その通りだよ」と深く頷き、不満げに鼻を鳴らした。
「あいつにはホスピタリティってものがないんだ。ただ黙々と作業してればいいと思ってる。俺の経営センスに泥を塗るような接客しかできなくて、ほんと困ってるよ。桃ちゃんみたいな愛嬌が一番大事なのにな」
よしっ。
私は心の中で小さくガッツポーズをした。
店長が毎日死に物狂いでワンオペをこなし、お店を回している苦労なんて私には関係ない。こうやって潤君のプライドをくすぐって、あの女の評価を下げ続ければ、絶対に私が社長の一番になれる。
その後、夜のパレードを待つ間に大きなお土産ショップに立ち寄った。私は潤君が別の棚のクッキーを見ている隙に、レジでこっそり買ったお揃いのキャラクターキーホルダーの片割れを、潤君の出張カバンの奥底に滑り込ませた。
ふふっ、これ、あの奥さんが荷解きする時に見つけたらどう思うかなぁ?
女の影を強烈に匂わせる、私からのささやかな『プレゼント』だ。もし見つかれば潤君は焦るかもしれないけれど、あのヒステリックな奥さんが怒り狂って夫婦仲がもっと最悪になれば、私の独占欲はさらに満たされる。私は、潤君の背中を見つめながら、思わず口角を歪めてほくそ笑んでしまった。
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でも、私の完璧なシンデレラストーリーには、紗枝以外にも目障りな障害物が二つもある。
数週間前のこと。店のバックヤードの狭い休憩室で、私はスマホをいじっている渋谷莉乃に、大阪市のテーマパーク旅行の自慢話をしていた。
「ねえねえ、聞いて莉乃ちゃん! この前、社長に遊園地連れて行ってもらっちゃったぁ♡ホテルもすっごく広くてぇ、夜景も綺麗で最高だったんだぁ」
私は「自分が特別扱いされている」という優越感に浸りながら語っていた。しかし、莉乃はスマホから目を離さずに、鼻でフンと笑ったのだ。
「えー、それって先週の出張でしょ? 僕なんてその前の週、社長と九州行って、イルミ見ながら二千円のパフェ買ってもらったしー。社長、僕にめっちゃ甘々だったよ?」
「……は?」
私の頭が真っ白になった。九州?社長と?
「な、なに言ってるの? 社長が特別に可愛がってるのはモモだよ! 莉乃ちゃん、嘘つかないでよ!」
「嘘じゃないし。ほら、これ」
莉乃が突きつけてきたスマホの画面には、ホテルのスイートルームで潤と密着して撮った自撮り写真がバッチリ写っていた。
信じられない。私だけがお姫様じゃなかったの?
二人がバチバチと火花を散らし、今にも掴み合いになりそうな空気が流れた時。ロッカーに着替えに来た仲根涼子が、氷のように冷ややかな声で割り込んできた。
「もう、あなたたちったら。そういうのは口にしないの! 店長に聞かれたらどうするの。私もだけど」
涼子のその一言に、私と莉乃は同時に固まった。
「え……涼子さんも、なの?」
「当たり前でしょ。あんな見栄っ張りの馬鹿な男、ちょっと持ち上げればすぐに三十万のブランドバッグとか買ってくれるんだから。チョロいもんよ」
涼子が呆れたようにため息をついた。私の心の中で、どす黒い怒りがドクンと渦巻いた。
私は特別な存在なんかじゃなかった。こんな性格の悪い女たちと同じように、ただ都合よく遊ばれていただけだったのだ。
「ヤバーイ! これウケる! パート三人とも愛人とか、マジでホラーじゃん! ウケるから裏垢で呟いちゃおっかなー」
莉乃が面白がってスマホの画面をタップし始めると、涼子がその手をピシャリと叩き落とした。
「痛っ! 何すんの!」
「あんたたち、まさか社長の本命になりたいわけ? 違うでしょ、お金とタダ旅行が目当てでしょ?」
涼子は蛇のように冷徹な目で、私と莉乃を順番に睨みつけた。
「ここでバラして騒ぎ立てて、店長にバレてクビになるより、三人でシフトをうまく回して、あの馬鹿な社長の経費を限界まで搾り取った方が賢いでしょ。出張の予定を共有して、被らないように上手く立ち回るのよ。どうせ店長はバックヤードのシフト表なんて見比べる暇もないくらい、厨房でせっせと働いてるんだから」
損得勘定で理詰めにされ、莉乃は「たしかにー、ATMはキープしといた方がいいか」とあっさり引き下がった。
私の考えは違った。社長の愛人は、私一人だけでいい。こんな女たちと社長を共有するなんて、絶対に嫌だ。
けれど、今は逆らわない方がいい。ここで暴れれば、涼子と莉乃に結託されて自分が弾き出されてしまう。
「……モモも、それでいいですぅ! 涼子さん頭いい! 三人で秘密の同盟ですね♡」
私はいつものぶりっ子の笑顔を顔に貼り付け、両手で可愛くピースサインを作ってみせた。
いつか、絶対にこの二人を出し抜いてやる。
社長を完全に独り占めするために、私はあえて同調するふりをして、心の奥底に甘くて猛毒の牙を隠し持ったのだった。




