第5話 高級ホテルのスイートルーム
【潤視点】
ホテルに到着した俺と莉乃が通されたのは、街の夜景が一望できる最上階のスイートルームだった。
これもすべて、会社の「接待交際費」や「宿泊費」として処理する予定だ。
莉乃は部屋に入るなり「ヤバい!広すぎ!」とはしゃぎ回り、室内で写真を数枚撮ると、ご機嫌な様子でバスルームへと消えていった。
一人残された俺は、高級なレザーソファに深く腰を下ろし、ミニバーから取り出した洋酒をグラスに注いだ。
静寂に包まれた上質な空間。俺の脳裏にふと浮かんだのは、今頃、油と煙にまみれた騒々しい厨房で、汗水流して働いている妻、紗枝のことだった。だが、俺の胸に浮かぶのは罪悪感でも愛情でもない。あるのは、自身の所有物に対する聡明な打算だけである。
十年前のあの料理合コンで、彼女の並外れた包丁さばきと味覚のセンスを見た瞬間、俺の頭の中ではすでに計算が弾き出されていた。
「この女の料理の腕を利用して結婚すれば、自分は一生働かずに楽な暮らしができる」と。
その目論見は見事に当たり、紗枝は俺の甘い言葉に丸め込まれ、文句一つ言わずに『SunSunDiner』を地域一番の繁盛店に育て上げた。彼女の才能と労働力を限界まで搾取し続けることこそが、俺の掲げる「経営戦略」のすべてだった。
だからこそ、俺は意図的に紗枝との間に子供を作ることを避けている。
もし彼女が妊娠し、出産育児となれば、当然のことながら厨房に立てなくなる。ほぼワンオペで回している現場にぽっかりと開いたその巨大な穴を埋めるのは、他ならぬ社長である俺自身になってしまうからだ。
冗談じゃない。なんで俺が、あんな油臭い厨房に立って汗を流さなきゃならないんだ。
紗枝は愛する家族などではない。俺の優雅な生活を維持するための、ただの「優秀な労働力」であり「都合の良い金づる」なのだ。
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「社長ぉ、おじさんなのに、元気ぃ♡」
やることをやり終えた莉乃が、甘い香りを漂わせてベッドで横たわっている。
事後の気怠い静寂の中、ホテルの最高級シーツに包まれながら、俺は隣で息をつく莉乃の滑らかな肩を撫でた。
毎日何百個ものハンバーガーを焼き、鉄板の熱と強い洗剤で荒れ果てた紗枝のガサガサの手とは大違いだ。ワンオペによる極度の疲労で、最近の紗枝は肌もくすみ、身なりを構う余裕すらない。それに比べて、二十二歳の莉乃の肌はどこまでもきめ細かく、瑞々しい張りに満ちている。
「ねえ、社長ぉ……」
莉乃が俺の胸元を指先でなぞりながら、上目遣いで唇を尖らせた。
「この前ねぇ、店長にすっごい怒られちゃったんですよぉ」
「なんだと? 紗枝に怒られたのか?」
「そう。ちょっとお客のオーダー間違えちゃっただけで、奥のバックヤードに呼ばれてネチネチ説教されてぇ。僕、一生懸命やってるのに、ひどくないですかぁ?」
莉乃はさも自分が理不尽な被害者であるかのように、嘘泣き混じりの声で俺にすり寄ってきた。実際には彼女が隠れてスマートフォンをいじって接客を疎かにした結果だと容易に想像できるが、俺にとってそんな事実はどうでもよかった。
「まったく、紗枝のやつ、困ったもんだな。莉乃ちゃんみたいに可愛い子がいれば、それだけで店の華になるってのに、あいつにはそういう経営的な視点が欠けてるんだよ」
俺は莉乃の肩を抱き寄せ、ポンポンと優しく頭を叩きながら、すべてを店長である紗枝の責任だと認定した。
「きっとね、紗枝は莉乃ちゃんに嫉妬してるんだ。自分がもう若くないからって、莉乃ちゃんのその若さと可愛さに八つ当たりしてるだけさ。ただの僻みだから、気にすることないよ」
「えー、やっぱりそうですよねぇ! もう、お局様って感じでマジでウザかったんですぅ。社長がわかってくれて嬉しい♡」
俺の甘い言葉にすっかり機嫌を直した莉乃は、再び無邪気な笑顔を浮かべて俺の頬にキスをした。
紗枝との義務的でマンネリ化した生活と違い、莉乃は何をしても新鮮な反応を返し、大げさに驚いて俺の自尊心を大いに満たしてくれる。
流行りの安い服飾品を買ってやり、こうして会社の経費で旅行に連れ出すだけで、彼女は最高の「良き愛人」であり続ける。新しいものを与えておけばそれほど金はかからず、費用対効果は抜群だった。
若い女をはべらせ、頼られ、体を重ねていると、俺自身まで若返り、男としての魅力と活力が全身にみなぎってくるのがわかる。
紗枝のように口うるさく現実的な話をする女よりも、こうして俺の虚栄心を満たしてくれる女の方が、よほど価値があるのだ。
「俺が社長としてしっかり守ってやるから、莉乃ちゃんは今のままで楽しく働いてくれればいいよ」
「んふふ、社長だーい好き! 一生ついていきまぁす!」
莉乃の細い体を抱きしめながら、俺は薄暗い寝室の天井を見上げてほくそ笑んだ。
俺は完璧にすべてをコントロールしている。店は優秀な働き蜂である妻が勝手に回し、金は自動的に生み出される。そして、その金を使って若く都合の良い愛人を抱き、最高の思いをしているのだ。
俺は頭が良く、誰よりも選ばれた特別な経営者なのだ。
己の絶対的な支配と優位性を再確認し、俺は深い眠りへと落ちていった。




