第17話 復讐の誓い
【柚木七海視点】
あれは十年以上前、私がまだ高校生だった頃。
両親が共働きで忙しかった我が家では、姉がいつも夕食を作ってくれていた。
『七海、今日は特別に、お姉ちゃん特製のハンバーガーだよ!』
キッチンから漂う香ばしい肉の匂い。姉がフライパンで器用にパティを裏返し、私のお皿に乗せてくれたそのハンバーガーは、どんな高級店にも負けないくらい、愛情と美味しさが詰まっていた。
大きく口を開けてかぶりつくと、肉汁が溢れ出し、特製ソースの味が口いっぱいに広がる。
『すっごく美味しい! お姉ちゃん、天才!』
『ふふっ、大げさだなぁ。でも、七海がそうやって美味しそうに食べてくれるのが、お姉ちゃん一番嬉しいの』
私に向かって微笑みかける姉の顔は、とても穏やかで、誇り高き料理人の顔をしていた。私は、そんな姉の才能と、誰かを喜ばせたいという純粋な優しさを心から尊敬していた。
しかし、その純粋さを泥足で踏みにじったのが、あの男だ。
姉が波瀬海潤と出会い、彼を実家に連れてきた日のことを、私は今でもはっきりと覚えている。
潤は姉の作った料理を食べるなり、目をギラギラと輝かせた。
『紗枝、君のこの腕前、絶対にビジネスになる! 俺が経営者として君をプロデュースしてやるから、一緒に店をやろう!』
言葉巧みに姉を褒め称え、その才能を金の生る木として見定めた男の、下心丸出しの薄汚い目。
私は最初から、あの男の「口先だけの薄っぺらさ」を見抜いていた。能力もないのに見栄を張り、他人の褌で相撲を取ろうとする傲慢な本性を。
それでも、姉が嬉しそうに微笑むから、私は何も言わなかった。姉が幸せなら、それでいいと自分に言い聞かせてきた。
その結果が、これだ。
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姉の才能を搾取し尽くした挙句、彼女の心をここまでズタズタに破壊したのだ。
狂気に囚われ、「ハンバーガー3個食べる?」と無機質に笑う姉の姿を見つめていると、私の胸の奥で、悲しみの涙が急速に蒸発し、どす黒く冷たい炎へと変わっていくのがわかった。
「……お姉ちゃん。私、今日はお腹空いてないから、また今度にするね」
私は静かに姉の肩から手を離し、できるだけ優しく微笑みかけた。
「そう? 残念ね。じゃあ、私は3工程の仕込みを続けるわね……ふふっ、さん、さん……」
再び鉄板に向かい、狂ったように肉をこね始める姉を背に、私は厨房から一歩引いた。
これ以上、今の姉に言葉をかけても意味がない。彼女を救うためには、言葉ではなく、彼女をこの地獄に突き落とした元凶を完全に排除するしかない。
私は静かに深呼吸をし、乱れた感情を完全にシャットアウトした。
そして、バッグの中から仕事用のブルーライトカット眼鏡を取り出し、カチャリと顔に装着する。
視界が少し青みがかり、私の心を完全に「戦闘モード」へと切り替えた。
ただ離婚させるだけじゃない。姉を壊したあの男に、再起不能になるまで合法的な地獄を見せてやる。
「覚悟しなさいよ、クソ野郎」
私は誰にも聞こえない声で低く呟き、一切の感情を消した冷徹な目で、フロアの様子を探るために視線を巡らせた。
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フロアに視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
ランチタイムのピークを過ぎたとはいえ、店内にはまだ数組の客がいる。しかし、レジ横の死角で、パート従業員の女が二人——派手なメイクの若い女と、甘い服を着た女が、スマートフォンを見つめて肩を揺らしていた。
「ヤバい、今の店長ウケる。完全にホラーじゃん」
「マジで。早く社長帰ってきてほしいんですけどぉ」
クスクスと下品な笑い声を漏らしながら、あろうことか厨房で異常な行動を繰り返す姉を隠し撮りし、画面を見せ合って嘲笑っているのだ。
あいつら……っ!
ギリッと奥歯が鳴る。姉が身を粉にして働き、今の狂った状態になってもなお店を守ろうとしているのに、あの女たちは手伝うどころか見世物にして笑っている。
彼女たちは、義兄の潤が自分の権限で勝手に雇ったパート従業員であることを知っている。面接の基準は「若くて愛嬌があること」だけ。まともに働く気など最初からないのは明白だった。
姉を壊した傲慢な男と、その異常な状況を嘲笑う女たち。
胸の奥で燃える黒い炎が、悲しみを通り越して、絶対零度の静かな激怒へと変わっていく。今ここで怒鳴り散らして店をめちゃくちゃにするのは簡単だ。しかし、それでは根本的な解決にはならない。
私は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、感情を完全に消し去った。
「……やられたら、再起不能になるまで合法的にやり返す」
私のモットーだ。あいつらが二度と立ち直れないほどの地獄を、完璧な手順で用意してやる。私は戦闘モードへと切り替わり、姉に悟られないよう、静かに勝手口から外へ出た。




