第9話「閉ざされた関所」
馬車の荷台は酷く冷え込み、積み上げられた木箱からは湿った古い木の匂いが立ち込めていた。
御者席から革鞭が空を切る鋭い音が鳴り響き、重い木製の車輪が石畳を削るようにして動き出す。
不規則な振動が床板を通して直接伝わり、アリアの全身を容赦なく揺さぶった。
王都の南門へと向かう下町の道は、深夜の闇に深く沈み込んで静まり返っている。
幌の隙間から流れ込む冷たい夜風が、アリアの頬を刃物のように切り裂いていった。
荷台の奥深く、麻袋と木箱の隙間に身を潜めながら、アリアは震える両膝をきつく抱え込む。
今頃、あの屋敷の机に残した手紙はどうなっているだろうか。
夜が明けてメイドが部屋の掃除に入るまで、誰にも気づかれることはないはずだ。
セリウスが手紙を読むのは、早くとも明日の昼下がりになるだろう。
その頃には、この荷馬車は王都から遠く離れた険しい山道に入っている。
二度と彼に会うことはないという安堵と、胸の奥をかきむしられるような喪失感が入り混じる。
アリアは両目をきつく閉じ、押し寄せる感情を冷たい空気とともに飲み込んだ。
馬車が南門の関所に近づいた頃、御者が舌打ちをする音が外から聞こえてきた。
「一体どういうことだ。こんな夜更けに門を封鎖しているなんて」
御者の独り言に、アリアの心臓が警鐘を鳴らすように激しく跳ね上がる。
幌の隙間からそっと外を覗き込むと、南門の周辺だけが松明の炎で真昼のように明るく照らし出されていた。
銀色の重装鎧を着た王宮の近衛騎士たちが、巨大な鉄門を塞ぐように隙間なく立ち並んでいる。
ただの都市警備隊ではない、公爵家や王室直属の精鋭騎士たちの姿だった。
『なぜ、こんなに早く』
アリアの全身から一瞬にして血の気が引き、指先が氷に触れたように冷たく強張る。
あの王宮の庭園での別れの後、彼はすぐに男爵邸へと向かったのだろうか。
そして、自分が逃げ出したことにいち早く気づき、王都中の門を即座に封鎖させたのか。
馬車が動きを止め、重い金属のブーツの足音が荷台へと真っ直ぐに近づいてくる。
「馬車の中を改めさせてもらう。公爵閣下の至急の命により、若い女性を探している」
低く威圧的な声が響き、アリアは自らの口を両手で塞いで呼吸の音を殺した。
松明の赤い光が、幌の隙間から荷台の内部を鋭い線となって照らし出す。
光の筋が、アリアの潜む木箱のすぐ横をなめるように通り過ぎていった。
御者が愛想笑いを浮かべながら、荷物の目録を提示する声が聞こえる。
「見ての通り、西の領地に運ぶ小麦と羊毛ばかりですよ。人が隠れるような隙間はありません」
騎士の一人が荷台の幌の端をめくり上げ、中へと顔を突き出した。
アリアは麻袋の陰に身体をさらに深く沈め、全身の筋肉を硬直させる。
心臓の音が外まで響いてしまうのではないかと思うほど、胸の奥で激しく打ち鳴らされていた。
視界の端で、騎士が手にした槍の石突で木箱の隙間を乱暴に突くのが見える。
槍の先端がアリアのドレスの裾を掠め、麻袋に突き刺さって鈍い音を立てた。
数秒が数時間にも感じられる長い沈黙の後、騎士は短く息を吐いて幌を元通りに下ろす。
「よし、通れ。次の馬車を前に出せ」
騎士の無機質な指示とともに、巨大な鉄門を開く重厚な金属音が夜の闇に響き渡った。
御者が再び鞭を振るい、馬車がゆっくりと前進を始める。
城壁の厚い影を抜け、王都の外へと繋がる荒れた土の道へと出た。
アリアは塞いでいた両手を離し、暗闇の中でせき込むようにして冷たい空気を吸い込んだ。
冷たい恐怖の名残が、まだ背筋の奥を這い回っている。
幌の隙間から見上げた空は、夜の闇が少しずつ薄れ、深い紫色へと色合いを変え始めていた。




