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没落寸前の男爵令嬢なのに、冷徹な美貌の公爵が我が家を買い取って私のすべては俺のものだと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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第6話「招待状と古い靴」

 三日後の朝、王都の空は雲一つない青空に恵まれていた。

 眩しい陽射しが窓枠を切り取り、木張りの床に四角い光の模様を描き出している。

 アリアは自室の曇った姿見の前に立ち、自らの姿を静かに見つめていた。

 身に着けているのは、手持ちの中で最も状態の良い若草色のデイドレスだ。

 何年も前に仕立てられたもので、王都の流行からは大きく遅れている。

 裾のほつれは昨夜のうちに自ら針と糸で丁寧に縫い直した。

 革靴は何度も布で磨き上げたが、つま先の擦り減りまでは隠しきれない。

 部屋の隅には、セリウスから贈られたあの巨大なベルベットの箱が置かれたままだ。

 王宮の茶会に着ていくには、あの水色のドレスこそがふさわしいのだろう。

 しかし、アリアはどうしてもあのリボンを解くことができなかった。

 あれをまとえば、彼からの憐れみを完全に受け入れることになってしまう。

 それは、彼女の奥底に残された最後の矜持を捨てることと同義だった。


 ◆ ◆ ◆


 表通りに馬車が到着する音が聞こえ、アリアは小さく深呼吸をして部屋を出る。

 王宮へと向かう公爵家の馬車の中で、アリアは膝の上で両手を固く組んでいた。

 座席を覆う真紅のベルベット生地が、彼女の粗末なドレスとの残酷な対比を生み出している。

 車窓から見える景色が、下町のくすんだ煉瓦造りから、白亜の壮麗な建物へと変わっていく。

 道幅は広くなり、行き交う人々の服装も目を引くほどに華やかになっていた。

 王宮の巨大な鉄門を抜けると、視界の奥まで続く広大な庭園が姿を現した。

 幾何学模様に美しく整えられた生垣と、白大理石の彫刻が陽光を反射して輝いていた。

 中央の巨大な噴水からは澄んだ水が空高く噴き上がり、涼やかな水音を周囲に響かせている。

 馬車を降りた瞬間、呼吸を塞ぐほどに濃密な薔薇の香りが鼻腔を突いた。

 色とりどりのシルクのドレスを身にまとった貴族たちが、緑の芝生の上で優雅に歓談している。

 弦楽器とフルートの生演奏が、柔らかな風に乗って空間を満たしていた。

 アリアは招待状を入り口の従者に渡し、できるだけ目立たないように庭園の端へと歩を進める。

 すれ違う令嬢たちの視線が、アリアの古いドレスを舐めるように這っていくのを感じた。

 扇の陰で交わされる声を落とした囁きが、鋭い棘となって肌を刺す。

 アリアは大きな樫の木の木陰に身を寄せ、冷たい果実水が入ったグラスをテーブルから手に取った。

 グラスの表面を伝う水滴が、こわばった指先から熱を奪っていく。

 そのとき、庭園の中央に続く大階段の上の扉が開き、重厚な金管楽器の音が鳴り響いた。

 歓談の声が波を打つように静まり返り、全員の視線が階段の上へと注がれる。

 そこへ姿を現したのは、国王夫妻と、美しいドレスを着た王女だった。

 王女の金色の髪には、いくつもの宝石が散りばめられて光を放っている。

 そして王女のすぐ後ろに、純白の礼服に身を包んだセリウスが立っていた。

 彼の銀の髪は太陽の光を集めたように輝き、その姿は一枚の宗教画のように美しい。

 金糸で彩られた肩章と、胸元に輝く数々の勲章が彼の強大な権力を物語っている。

 王女が振り返り、親しげにセリウスを見上げて微かに微笑むのが見えた。

 セリウスもまた、僅かに首を傾けてそれに応じているように見える。

 おとぎ話の中から抜け出してきたような二人の姿に、周囲の貴族たちから感嘆の吐息が漏れた。

 アリアの胸の奥を、焼けた鉄の棒で真っ直ぐに貫かれたような激しい痛みが襲う。

 息を吸うことすら苦しくなり、ドレスの胸元を無意識に強く握りしめた。

 やはり、あの噂は真実なのだ。

 今日この場で、二人の婚約が正式に発表される。

 その現実を見せつけるために、彼は自分をここに呼んだのだ。

 視界が急激ににじみ、鮮やかな庭園の色彩が涙の向こう側へとぼやけていく。

 アリアは足元が崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、樫の木のざらついた樹皮に背中を預けた。

 誰にも涙を見られないように、静かにここから立ち去らなければならない。

 手の中のグラスを近くのテーブルに置こうと、震える腕を伸ばしたそのとき。

 階段の上にいるセリウスの青い瞳が、不意に群衆をかき分けるようにしてアリアを捉えた。

 遠く離れているにもかかわらず、その視線は物理的な熱を伴って彼女の肌を射抜く。

 彼を取り繕っていた貴族の仮面が、一瞬にして音を立てて剥がれ落ちるのが見えた。

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