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没落寸前の男爵令嬢なのに、冷徹な美貌の公爵が我が家を買い取って私のすべては俺のものだと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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第17話「陽だまりの記憶」

 馬車の車輪が郊外の柔らかな土を削る音が、心地よい一定のリズムを刻んで響いている。

 窓から差し込むうららかな春の陽射しが、向かい合わせに座るセリウスの銀の髪を白く輝かせていた。

 ざわめきを離れた森の道は静かで、時折小鳥のさえずりだけが風に乗って窓の隙間から聞こえてくる。

 アリアは膝の上で組まれた彼の手を見つめ、その大きな掌から伝わる熱に静かに息を吐き出した。

 あの夜会での華々しい婚約披露から、すでに数ヶ月の時が流れている。

 セリウスが冷徹な言葉とともに宣言した通り、アリアを攻撃しようとする者は社交界から姿を消していた。

 馬車がゆるやかに停止したのは、王室の管理下から公爵家が直接買い取ったという広大な植物園の前だった。

 御者が扉を開けると、土の匂いと花の甘い香りが入り混じった春の風が車内へと流れ込んでくる。

 セリウスは先に地面へと降り立ち、アリアに向かって優雅に手を差し出した。

 彼の手を借りて馬車を降りると、そこには見渡す限りの緑の芝生と色とりどりの花畑が広がっていた。


「さあ、ここなら誰の目も気にせずにくつろぐことができる」


 セリウスは自らの上着を脱ぎ、日当たりの良い柔らかな芝生の上へと無造作に広げた。

 彼はアリアの手を引き、その上着の生地の上に座るように促す。

 アリアが腰を下ろすと、セリウスもすぐ隣に座り、彼女の肩を自らの身体へと深く引き寄せた。

 彼の高い体温がドレス越しに伝わり、アリアの胸の奥が日向のようにぽかぽかと温かくなる。

 セリウスは長い腕を伸ばし、周囲の草むらに咲く小さな白い花を幾つも丁寧に摘み取り始めた。

 剣を振るうために鍛え上げられた無骨な指先が、細い花の茎を器用に編み込んでいく。

 数分も経たないうちに、彼の掌の上には小さな花冠ができあがっていた。

 それは、彼らがまだ幼い子供だった頃、領地の森で彼がよく作ってくれたものと全く同じ形だった。


「昔は、すぐ崩れてしまう不格好なものしか作れなかったな」


 彼は短く笑い、完成した花冠をアリアの髪の上へと静かに乗せる。

 柔らかな花びらが額に触れるくすぐったい感触と、草の青々しい匂いが鼻先を掠めた。


「私が男爵邸の庭で泥だらけになって働いているとき、あなたはいつも書斎の窓からこちらを見ていましたね」


 昔の記憶を辿るアリアの言葉に、セリウスは目を伏せて深く息を吸い込んだ。


「あの分厚い窓ガラスを叩き割って、すぐにでも君の元へ駆け寄りたくて仕方がなかった。だが、あの透明な壁こそが、私の敵から君を隠すための唯一の盾だったんだ」


 彼の手がアリアの頬を包み込み、時間をかけてゆっくりと上を向かせる。

 交わった視線の奥に、彼が長年抱え込んできた孤独な戦いの痕跡が見えた気がした。


「もう、ガラス越しに君の背中を見る必要はない。君は今、私の腕の中にいる」


 彼の顔が近づき、太陽の光を遮るようにしてアリアの顔の上に影を落とす。

 重なり合った唇から、春の陽射しよりも遥かに熱い息吹がアリアの口内へと流れ込んできた。

 アリアは静かに目を閉じ、彼の上着の背中に腕を回してその広い背中を力強く抱きしめ返す。

 身分という見えない巨大な壁は、彼が長年紡ぎ出した果てしない愛情の前に、とうの昔に崩れ去っていたのだ。

 草を揺らす風の音だけが、永遠を誓う二人を包み込むように静かに鳴り続けていた。

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