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没落寸前の男爵令嬢なのに、冷徹な美貌の公爵が我が家を買い取って私のすべては俺のものだと迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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第16話「喝采と沈黙の広間」

 公爵邸の広大な大広間には、王都に名を連ねる有力貴族たちが数多く集められていた。

 無数の蝋燭が燃える熱気と、入り混じる高価な香水の匂いが、空間の緊張感をさらに高めている。

 広間の中央に続く大階段の上で、金管楽器の音が重厚な響きを立てて夜会の始まりを告げた。

 人々の囁き声が波を打つように消え去り、数百人の視線が一斉に階段の最上段へと注がれる。

 重い両開きの扉が静かに開き、セリウスとアリアが並んで姿を現した。

 アリアはセリウスの差し出した腕にそっと手を添え、彼と共に大理石の階段を緩やかに下り始める。

 シャンデリアの眩い光が、アリアの藍色のドレスに縫い付けられた銀糸を鮮やかに輝かせた。

 群衆の中から、彼女の変わり果てた美しさに息を呑む音がいくつも漏れ聞こえてくる。

 階段を下りきった二人の前に、人垣が自然と割れて一本の広い道ができあがった。

 しかし、その静寂を破るように、一人の年老いた侯爵が嫌味な笑みを浮かべて前に進み出る。


「これは驚きましたな、セリウス公爵閣下。まさか、あの男爵家の娘を本当に正妻に迎えられるとは」


 侯爵の言葉には、下級貴族への明確な侮蔑と、王室との繋がりを絶ったことへの批判が込められていた。

 広間の空気が一瞬にして凍りつき、周囲の貴族たちが息を潜めてセリウスの反応を窺う。

 アリアは組んだ腕に力を込めようとしたが、それよりも早くセリウスが冷ややかな声を発した。


「侯爵。あなたの領地での不正な税の徴収について、王室監査院に報告書を提出したのは私だ」


 静かな、しかし刃のように鋭い言葉が、広間の隅々にまで響き渡る。

 侯爵の顔から一瞬にして血の気が引き、その口が無様に開かれた。


「私が選んだ婚約者に異論があるというのなら、明日の朝一番に監査院の冷たい尋問室で聞こう。それとも、今ここで全ての罪状を読み上げてほしいか」

「と、とんでもございません。公爵閣下の素晴らしいご選択に、心よりの祝意を」


 侯爵は喉を引きつらせて言葉を濁し、逃げるようにして群衆の奥へと消えていった。

 セリウスが放つ冷徹で強大な権力の前に、アリアを嘲笑おうとしていた者たちの声は沈黙する。

 誰一人として、公爵の選んだ花嫁に異を唱えることなど許されないのだと、全員が理解した瞬間だった。

 セリウスは広間に広がる恐怖の空気を気にも留めず、アリアに向かって優雅に手を差し出す。


「さあ、最初の曲を踊ろう。君の美しさを、彼らに見せつけるために」


 楽団が静かなワルツの旋律を奏で始め、アリアは彼の手を取って広間の中央へと進み出た。

 セリウスの大きな手がアリアの腰を力強く抱き寄せ、音楽に合わせて二人の身体が滑り出す。

 ドレスの重たい裾が弧を描き、シャンデリアの光の下で夜空のような美しい軌跡を作った。

 彼の滑らかなリードに身を任せていると、周囲を取り囲む貴族たちの姿が次第に遠のいていく。

 視界を占めるのは、自分だけを真っ直ぐに見つめる彼の青い瞳だけだった。


「誰も君を傷つけられない。君が生きる世界は、私が全てこの手で整える」


 踊りながら耳元で囁かれる甘く重い誓いに、アリアの胸の奥が熱く溶けていく。

 アリアは顔を上げ、これまでに見せたことのないほどに堂々とした微笑みを彼に向けた。


「ええ。私はもう、決してあなたの側を離れません」


 二人の影が磨き上げられた床の上で一つに重なり、終わることのない夜が更けていった。

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