第15話「星屑を縫い付けた夜」
婚約を正式に披露する夜会を数日後に控え、公爵邸はかつてないほどの熱気に包まれていた。
王都で最も高名な仕立て屋や宝石商たちが、連日のようにアリアの私室へと出入りしている。
室内に運び込まれた色とりどりの絹布や高価なレースが、柔らかな日差しを受けて輝いていた。
部屋の隅に置かれた長椅子には、公爵としての重い執務を意図的に抜け出したセリウスが腰を下ろしている。
彼は職人たちが提案する数々の意匠に厳しい視線を向け、次々と細かな指示を出していた。
「その生地は薄すぎる。肌が透けるような真似は許さない。もっと厚みのある滑らかな絹を用意しろ」
彼の所有欲を隠そうともしない言葉に、仕立て屋たちは震え上がりながら平伏す。
アリアは姿見の前に立たされたまま、彼の過保護すぎるこだわりに小さくため息を吐き出した。
二人の想いが通じ合ってからというもの、セリウスの彼女に対する執着は留まるところを知らない。
アリアの食事の管理から身の回りの世話に至るまで、彼は公爵という立場を忘れたように全てを自ら行いたがる。
「セリウス様、これ以上職人たちを困らせないでください。少し派手すぎる気がします」
「君は私が全てを懸けて守り抜いた宝だ。世界中の誰よりも美しく飾る義務が私にはある」
彼の揺るぎない言葉に反論する隙はなく、アリアはただされるがままに採寸を終えた。
◆ ◆ ◆
そして迎えた夜会の当日。
数人のメイドたちによる入念な支度を終え、アリアは再び姿見の前に立っていた。
セリウスが自ら選び抜いたドレスは、夜空よりも深い藍色のベルベットで仕立てられている。
胸元から長い裾にかけて銀糸の細やかな刺繍が施され、動くたびに星屑のように細かな光を放った。
男爵邸での過酷な水仕事で荒れていた手も、高価な香油による手入れで本来の滑らかさを取り戻している。
鏡の中にいるのは、没落貴族の哀れな令嬢ではなく、気品に満ちた公爵の婚約者そのものだった。
背後の重い扉が静かに開き、身支度を終えたセリウスが部屋へと入ってくる。
漆黒の夜会服に身を包んだ彼の姿は、息を呑むほどに洗練され、美しい光を放っていた。
彼は片手でメイドたちに退室を命じると、アリアの背後へと足音を殺して歩み寄る。
彼の手には、公爵家の紋章が深く刻まれた豪華なベルベットの小箱が握られていた。
「振り返らずに、そのまま鏡を見ていなさい」
低い声とともに、彼の指先がアリアの首筋に柔らかく触れる。
小箱の中から取り出されたのは、大粒のサファイアと無数のダイヤモンドが連なる首飾りだった。
冷たい宝石の感触が鎖骨に触れ、それと同時に彼の熱い吐息がうなじを掠める。
留め具を固定する彼の長い指が、意図的に肌をなぞるように滑った。
火をつけられたような熱が背筋を走り、アリアの肩が小さく跳ねる。
「とてもよく似合っている。私の瞳と同じ色だ」
セリウスはアリアの背後から両腕を回し、彼女の細い腰を力強く抱き寄せた。
鏡越しに視線が絡み合い、彼の青い瞳に宿る暗く深い情熱がアリアを真っ直ぐに射抜く。
「今夜、君を試そうとする愚か者たちから君を守るのは私だ。君はただ、私の腕の中にいればいい」
彼の誓いの言葉とともに、アリアは静かに目を閉じ、背中に伝わる彼の力強い鼓動に身を預けた。




