第11話「真実の鎖」
耳元で囁かれた言葉の意味が、アリアの頭の中でうまく結像しない。
王家の権力争い、目眩まし、安全に隣に置くため。
紡がれた単語の羅列が、これまで彼女が信じていた絶望の現実を根底から覆していく。
アリアは混乱に満ちた目で、至近距離にあるセリウスの顔を見上げた。
彼の青い瞳は、見たこともないほど熱く、切実な色を帯びてアリアを捉えている。
「嘘です……だって公爵閣下は、王女殿下と」
「嘘など吐いていない」
セリウスがアリアの肩を掴み、自身の胸元から少しだけ引き離す。
しかし、その手は決してアリアを逃がさないという強い意志で硬く縛り付けていた。
「私が若くして公爵位を継いだとき、周囲は寝首を掻こうとする敵ばかりだった。もしあのとき、私が君への想いを少しでも表に出していれば、君は確実に暗殺されていた」
低い声が、薄暗い荷台の中に重く響き渡る。
「君を守るためには、私自身が誰も手出しできないほどの強大な権力を握るしかなかった。王女殿下には、他国への望まない政略結婚を避けるための、地位の高い偽の婚約者が必要だった。ただ、それだけの利害が一致した取引だ」
よどみなく語られる真実は、あまりにも重く、途方もない年月と労力が費やされたものだった。
アリアは言葉を失い、ただ彼の顔を見つめることしかできない。
「あの茶会の席で、長年の政敵を失脚させる準備が全て整った。これでようやく、誰の目も気にせずに君を迎えに行けるはずだった」
セリウスの顔が苦痛に歪み、彼の手が震えるのを感じた。
「それなのに、君はあの古いドレスを着て現れた。私が贈ったドレスを拒み、私とのつながりを全て断ち切るように」
彼の声に、隠しきれない傷の深さがにじみ出ている。
「あの箱を開けなかったのは、私への拒絶だと受け取った。君が祝辞を述べたとき、私の心臓は止まりそうだった」
あの日の茶会で、彼が仮面を剥がして見せた動揺の理由。
それは、婚約を邪魔されたからではなく、アリアから拒絶されたという絶望だったのだ。
過去の記憶が、全く違う意味を持ってアリアの脳裏に蘇ってくる。
夜会で他の令嬢に囲まれながらも、彼が常にこちらを見ていたこと。
冷たい視線だと思っていたものが、実は必死に感情を抑え込むための理性の壁だったこと。
「でも、なぜ私なのですか」
アリアは震える唇を開き、長年の呪いのような疑問を口にする。
「私は没落しかけの男爵令嬢です。あなたに相応しいものは、何も持っていません。あなたのお荷物になるだけです」
「そんなものは最初から求めていない。私が欲しいのは、ただ君だけだ」
彼の指先が、アリアの涙で濡れた頬を熱くなぞる。
「君が他の男と話すのを見るたびに、その男を視界から消し去ってしまいたい衝動を抑えるのに必死だった」
彼の口から紡がれる言葉は、高潔な公爵のものとは思えないほどに生々しく、泥臭い感情に満ちていた。
「本当は、君を私の屋敷の奥深くに閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくなかった。だが、それでは君が悲しむから、私は必死に理性を保ってきたんだ」
それは、美しい愛の言葉というよりも、呪いにも似た深い執着の告白だった。
「君が笑いかけてくれるだけで、私は息をすることができる。君がいない世界など、私には何の意味もないんだ」
額と額がぶつかるほどに顔を寄せられ、彼の熱い吐息がアリアの肌を打つ。
彼の瞳の奥底で燃える黒い炎のような感情が、アリアの心の奥深くまで真っ直ぐに突き刺さった。
身分差という見えない壁は、彼が自らの手でとうの昔に粉々に打ち砕いていたのだ。
アリアを縛り付けていた低い自己評価と諦めが、彼の熱で溶かされていくのを感じた。




