第99話「スコルピオ」
「ビアージョさん」
「おう、小僧か。どうした?…ん?マルコも一緒か」
「お願いしたいことがあって。今、時間とれますか?」
「おお、大丈夫だぞ。工房の方に行くか」
ビアージョさんはそう言うと、工場から慣れた足取りで外にでて、すぐ近くの建物に入った。僕とマルコさんも後に続く。
ここは、ウルカニア島におけるビアージョさんの拠点用に作った工房だ。ビアージョさんは、ほとんどここで寝起きしている。中には、セレニア本島で作ったものと同じ、高性能な炉が設置してある。炉自体は、ここに新しく作ったものだが、ダブルシロッコファンなどの仕組みは、セレニア本島から持ってきたものだ。
工房の大きなテーブルにしつらえた椅子にビアージョさんは座った。僕たちも手近な椅子に座った。
「で?改まってなんだ?」
「実は、純鉄でこういうものを作ってほしくて…」
僕は図面をビアージョさんの目の前に広げた。
全長三メートルで、中は空洞のパイプ。内径四センチ、厚さ二センチで、そこには螺旋状の溝が何本も入っている形だ。
「なんだこりゃ?また、変なもんを作ろうとしてんのか?」
「変なもんと言えば変なものかもしれません」
次に広げた図面は、スコルピオの設計図。僕が設計したものをマルコさんが手直ししてくれたものだ。
弓幅三メートルの大きなクロスボウ。ただし、材質からなにから既存のものとはまるで違う。
「おい…これ、本当に使えるのか?」
「設計上は大丈夫なはずです。作ってみないとわからないこともたくさんありますが、なんとか使えるようにしてみせます」
「で?おれが作るこのパイプはどこに使うんだ?」
「ここです」
僕はそう言いながら、スコルピオの真ん中を指さした。
「ここだと?こいつを撃ち出すわけではないんだよな?」
「はい。そのパイプの中に撃ち出す矢玉をセットして、弦の力で撃ち出します。お願いしたパイプの中を通った矢玉は、螺旋状の溝に沿って回転して飛んでいき、標的を撃ちぬくという寸法です」
「回転…ああ、なるほど。だからの溝と細長い切込みか…というと、その矢玉は?」
「はい。それもお願いしたいです。この形で」
僕が指さした絵は、通常の矢を切り詰めて太くしたような造りをしていた。
「…はっ!面白れぇじゃねぇか!どんなもんになるか楽しみだ!わかった!寸分違わず作ってやろうじゃねぇか!」
「ありがとうございます!ビアージョさん!」
「ほらな、ルカ。言った通りだろうが。ビアージョなら面白がって作るだろうって」
「へっ、見透かされてるのも気分がいいもんじゃねぇな」
三人の笑い声が重なった。
◆◇◆◇◆
数日後。
ナーヴェ・マードレ(ドック船)の一角にある作業所には、ビアージョさんが文字通り寝食を忘れて打ち出してくれた、完璧な精度の純鉄製パイプが鈍い光を放っていた。
内側を覗き込むと、僕が指定した通りの美しい螺旋状の溝が寸分違わず刻まれている。これなら、弦の力で押し出された矢玉に強烈な回転を与え、強すぎる衝撃による空中分解を防ぎつつ、恐ろしい精度で目標を貫けるはず。
そのパイプをタングステン合金の薄い板で覆い、さらにそれをカーボンファイバーで覆うとともにスリット(切り込み)部分を補強して潤滑化している。
そして、ここからが僕の本番。
まずは、弓の本体の成形から取り掛かる。
ベースとなる粘り強い樫の木材に、チタンとニッケルの合金粒子を混ぜたCNFを浸潤させていく。
この時、ただ均一に固めるだけではダメ。
弓を引いた時、外側には「引っ張られる力」、内側には「潰される力」がかかる。だから、僕はスキルの意識を研ぎ澄まし、外側はしなりを生むように合金の含有量を減らし、内側は反発力を高めるためにガチガチに固めるよう『圧縮』の度合いをミリ単位で調整していく。
さらに、その芯材を覆うように、カーボンをCNFと一緒に定着させ、漆黒の流線型にコーティングした。
「ふう…良い仕上がり」
たまには小声で自画自賛。
出来上がった左右のリムは、もはや木の弓とは呼べない異様な迫力と硬質な光沢を放っていた。
次は、この弓の最大の特徴である「滑車」の取り付けだ。
弓の両端に、チタン合金で作った小さな「偏心滑車」を三つずつ、複雑に噛み合わせるように組み込む。これは、コンパウンドボウの原理そのもの。高等数学による最適化だね。
これなら、テコの原理によって引き始めはとてつもなく重いが、限界まで引き絞った状態では逆にテンションがスッと抜け、ロックしたまま照準を合わせる待機状態を作れる。船に固定して使う大型兵器には絶対に欠かせない仕組みだ。
「アディ、この中心部分を接合して」
「うん!…接合!」
アディのスキルで、弓のど真ん中を貫くように、ビアージョさんの純鉄製パイプを据え付ける。
パイプの左右には細長いスリット(切り込み)が開いており、ここを弦が通って、パイプ内部の矢玉を直接押し出す構造だ。
「よし、最後は弦張りだ」
弦は、エリシアさんの弓の時に作ったのと同じ、野蚕シルクにチタン合金とCNFを浸潤させたもの。ただし、スコルピオの凶悪な張力に耐えられるよう、さらに太く撚り上げてある。弦自体は、三番衆の得意な人に編んでもらった。さすが職人集団。いろんな得手をもっている人がいるなあ。
僕は滑車の溝に沿って、知恵の輪のように複雑に弦を通していき、最後は手回しのウインチを使ってギリギリと弦を引き絞り、所定の位置に固定した。
カキンッ
滑車が噛み合い、弦が最適なテンションで張られた瞬間、スコルピオ全体が一つの「生き物」のように静かな殺気を帯びた。
黒く輝く幅三メートルの巨大な弓。複雑な滑車機構。そして、中央を貫くライフリング・パイプ。
大砲のないこの世界で、敵の船を確実に仕留めるための、究極の狙撃兵器がここに産声を上げた。
◆◇◆◇◆
巨大なスコルピオ本体は完成した。
だけど、総重量二百キロを超えるこの化け物を、僕とアディの二人だけで運べるはずがない。マルコさん率いる三番衆の屈強な船大工たちに手伝ってもらい、滑車を使って、ようやくナーヴェ・マードレのドックにある新しい船の甲板へと運び込んだ。
「ふう…ルカ、この大きな弓、船のどこに取り付けるの?こんな重そうなのがずっと甲板にあったら邪魔じゃない?」
「普段は隠しておくんだよ。戦闘の時だけ、甲板の下からせり上がってくる仕組みさ」
僕は船首の甲板に設けておいた、観音開きの隠しハッチを開けた。
そこには、スコルピオがすっぽりと収まる深さの格納スペースが口を開けている。
「ここに、ゆっくり下ろしてください!」
ギギギ、とロープが鳴り、スコルピオが格納庫の中へ慎重に下ろされていく。
後は台座の固定。重心と昇降板の中心を合わせ、アディの『接合』スキルで完全に固定し、ハッチを閉めた。
「よし、完了。アディ、ちょっとそこのレバーを引いてみて」
「うんっ!」
この巨大な兵器の昇降を担うのが、前に作った『高圧縮窒素ボンベ』だ。あの時は六個作ったけど、現在は二十個に増やしてある。
アディが甲板の脇に設置された操作レバーを引いた。
プシュゥゥゥゥッ!!
空気が勢いよく送り込まれる音と共に、甲板のハッチが左右に開く。
次の瞬間、二百キロもある巨大な弓が、ボンベと連動した空圧シリンダーの力でフワリと甲板の上へとせり出してきて、最後はゆっくりと固定された。
「うわぁっ!下から出てきた!」
「アディ、今度は、そこのレバーを上に上げてから、弓の端っこを指で軽く横に押してみて」
興奮するアディが、レバーを操作してからスコルピオの端を人差し指でツンと押した。
スオォォォン…。
あんなに重い巨大な弩が、嫌な摩擦音を一切立てず、アディの指一本の力で滑らかにぐるりと旋回した。自己潤滑性を持たせた特殊なチタン合金の軸のおかげだ。
「すごい!指一本で回るよ!…でもルカ、一つ気になったんだけど」
「なに?」
「こんなに大きくて強そうな弓で矢を撃ち出したら、その反動ですごい衝撃が来るんじゃない?船が揺れたり、壊れちゃったりしないの?」
アディの素朴な疑問に、僕は思わずニヤリと笑った。
普通なら、その通りだ。大砲の反動は船体を軋ませ、時には破壊する。
「それがね、アディ。このスコルピオは、撃った時の振動や反動がほとんど無いんだ」
「えっ!?」
「アディに手伝ってもらって作った、スコルピオの本体やパイプを思い出して。『調律』スキルで3Dハニカム構造にしてもらったよね」
「あ、うん。六角形が組み合わさったみたいな…」
「そう。発射の凄まじい衝撃波は、あの複雑な分子構造の中でぶつかり合って完全に相殺され、ただの『熱』に変わるように計算してあるんだ。しかも、材質を積層状にしてあるから、発生した熱も一瞬で外に逃がされる」
「じゃあ、本体は全然揺れないってこと?」
「そういうこと。さらにね、矢玉がパイプを通る時の摩擦熱も、発射した直後に『圧縮空気』を砲身に吹き出して冷却して外に逃がす。その吹き出す空気の勢いが、そのまま制動の役割を果たして、ごく僅かに残った反動すらも無くしてくれるんだ」
僕は漆黒のスコルピオの滑らかな表面を撫でた。
「高威力を持ちながら、ほぼ無反動、無衝撃。…これこそが、僕たちのスキルの力さ」
「すごい…」
普段は美しいヨットのフォルムの中に隠され、いざという時だけ静かに牙を剥く。
僕たちの船の全貌が、いよいよ見えてきた。
(第99話「スコルピオ」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「船が完成するまであと少し!残りを艤装して、運転場所を透明CNFで防護したり、帆の調整をしたり、伸縮式マストと伸縮式キールの試験をして…あ、まだけっこうあった…でも、名前はもう決めてる!」
「次回、『進水』。真夏のセレニアに浮かぶ未来」




