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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第97話「風を詰める」

 五月の陽光が晴れやかだ。


 倉庫から持ってきた大きなリネン布に、CNFとチタン合金を浸潤させた試験用帆とも言うべきものを持ち、僕はアディとアレッサンドロ兄さんとニーナさんとルーチェさんと一緒に、東の波止場へとやってきていた。


 ここは、さえぎるものがなにもなく、風と帆の具合を確認するのにちょうどいいからだ。


「ルカ、これがおまえの言う新素材ってやつか?」


「うん!アレッサンドロ兄さんは、船のことには詳しいから、これを帆として使うのは適切か見てほしくて」


「ははっ、弟に頼ってもらうのは悪い気はしねぇな。さて、さっそくやってみるか!」


「はい!」


「まずは、四人でこの布の四隅を持って広げてくれ。そうそう、そうだそうだ」


 今回使ったリネン布は一辺が四メートルくらいの大きなものだ。四人で広げるとかなりの大きさになる。


 兄さんは広げられた布の下に潜り込み、織り目の「透かし」を確認している。


 布を太陽の光にかざし、織り目の隙間から漏れる光の量を見ているのだ。


「…おい、ルカ。これ…どうやって織ったんだ?織り目が全部詰まってて、均一に光を遮ってるぞ?」


「えっと、元はただのリネン布だよ。家の倉庫にあったのを使ったから、普通のやつ。それに僕のスキルでいろいろ加工したのね。内容は秘密だけど」


「…詳しくは聞かんが、この状態だけでも相当に上質な帆布と言えるだろうな。そよ風すら感じねぇ」


「ほんと!?うれしい!」


「晴天の青空だってのに、太陽がぼんやりとした丸にしか見えねぇな…次いこうか」


 兄さんが這い出てきて、家から持ってきた水差しから、布に水を注ぎこんだ。


「もう少し緩めてくれ。中央がたわむような感じに…そうそう、そんな感じ」


 普通のリネンなら、繊維が膨らむまで数分は裏側に染み出しが始まる。だが、水は布の上を水銀のように転がり、一滴も浸透しない。


「撥水してやがる…。リネンの癖に、水を恐れて逃げてやがるのか?」


 アレッサンドロ兄さんが指で水溜まりをなぞったけど、指先すら湿らない。CNFが繊維の隙間を完全に塞いでいる証拠だった。僕は小さく快哉をあげた。


 兄さんが水差しを置き、僕の方を向いた。


「ルカ、この布って量産できるのか?」


「量産化はできるよ。でも僕のスキルでしか作れないから売り物にはしないよ?以前それで過労死寸前までいったことあるから!」


 笑えない話だけど、逆に笑い声しかでてこなかった。これはひきつり笑い?


「そ、そうか。まあ、売り物にしないのは正解だ。こんなの値段つけられるものじゃねぇ」


 兄さんは、すぐ近くにいたニーナさんから布の一端を受け取った。


「ルカ、帆にとって一番大事なことってなんだかわかるか?」


「え!?…うーん、なんだろう…耐久性?」


「それも大事だがな、一番大事なのは『腰』だ。布自体の復元力と言ってもいい」


「あ、確かに」


 『帆の腰』とはなにか。形状保持力であり、復元性であり、バタつきがいかにないかということ。


「『帆の腰』を確認するには、こうするのが一番さ」


 そう言いながら、帆の一部を力任せに握りしめ、雑巾のように絞り上げた。そしてパッと手を放した瞬間…。


 パィィィィン!


 弦楽器を弾いたような、高く鋭い金属音が響き渡った。シワ一つ残さず、布は瞬時に元の滑らかな銀面に戻った。


 その音にアディたちが驚き、少しだけ後ずさった。アレッサンドロ兄さんは驚愕している。


「な、なんだこりゃ!どうすりゃこうなるんだ!?」


 よし!成功!チタンとニッケルの合金は、形状記憶の性質を持っている。それが功を奏した形だ。


「ひ・み・つ!」


 僕はおどけて兄さんにウインクしたが、兄さんは驚愕したままだ。確かに、こんなの理解できないよね。


「…次は摩擦熱の試験だ」


 兄さんはそう言うと、腰の短剣を鞘ごと引き抜き、その硬い角で布の表面を力一杯、火花が出るほどの勢いで往復させた。


 普通なら摩擦熱で繊維が焦げ、毛羽立つはずだ。だが、擦った箇所は熱を持つどころか、逆に磨き上げられたように輝きを増した。


「…熱が逃げていく。しかも、逆に鞘の方がやられるとは…」


「兄さん、問題なさそう?」


「…問題なんかあるか!これ、本当に布なんだろうな!?」


「布だよ!正真正銘のリネン布!」


「すごすぎだろー」


 兄さんはそう言いながら、波打ち際に積まれた古びた材木の上に寝転がった。


「ルカ、こりゃとんでもないぞ。東方交易一回分どころか、何回往復しても大丈夫と思えるくらいの帆になるだろうな」


「うーれしー!」


 僕も兄さんの隣に寝転んだ。アディたち三人は、布をゆっくりと折りたたんでくれていた。先に言っておいて良かった。


 布をたたみ終わったアディも僕の隣に腰をおろして、布を渡してくれた。ニーナさんとルーチェさんは、僕らの後ろに立って、周囲をそれとなく見回している。


「風が気持ちいいね」


「気持ちいいねえ」


 僕たちの目の前のラグーナを挟んで西側には、アルセナーレ(国営造船所)が午後の陽光を浴びて横たわっている。


 三十年ほど前に設立されたばかりのその場所には、剥き出しの巨大な木造ドックが並び、建設途中のガレー船の肋骨が、まるで巨大な魚の骨のように幾十も整列していた。


 遠くから届くのは、単調だが力強いリズムだ。


 数千ものつちが樫の木材を叩く乾いた音。大鋸おおのこが巨木を挽く重い響き。そして、防水用のタールを煮る大釜から立ち上る、濃密でどこか懐かしい松脂の匂いが潮風に乗って鼻腔をくすぐる。


 視界の別の場所では、数百人の職人たちが蟻のように船体に群がり、重い布を何層にも縫い合わせて帆を作っている。


 アルセナーレの煙突から吐き出される黒煙が、ラグーナの青い空に溶けていくのをぼんやりと眺めていた。


 潮が満ち始め、運河のさざなみが足元の岸壁を優しく叩く。


 ガレー船の進水を告げる遠い喚声を聞きながら、僕は、その銀光を放つリネンを強く握りしめた。



◆◇◆◇◆



「ルカ坊ちゃん、木工ギルドから荷物が届いていたから研究所に運んでおいたぜ」


 家に帰ると、リナさんからそう言われた。


「ありがとうございます!」


 あれだ!木工ギルドに頼んでおいたものだ!


「アディ!手伝ってくれる?」


「もちろん!」


 僕は、はやる気持ちのままに研究所(仮)に走っていった。後ろからアディがついてきた。


 研究所(仮)に入ると、奥の空いていた場所に木製の丸い物体が六つ置いてあった。直径は一メートルほど。全部、上に丸い穴が開いている。樫材の中は綺麗にくりぬかれ、僕の注文通りに二センチ程度の厚みの外壁になっていた。


「ルカ?これなに?」


「これはね、えーとね…なんて言ったらいいかな…空気を溜めておくもの!」


「空気?」


「そう!空気を溜めたこれを使うとね、いろんなことができるようになるんだ!」


 僕は丸い木製の物体の一つを作業台に乗せ、CNFとチタン合金混合のブロックを取り出した。


「まずは、この樫材にCNFを浸潤させるよ。…圧縮!」


 樫材の隙間にCNFが染み込み、ただの木製の球体が、鋼鉄以上の強度を持つ物体へと変貌する。


「アディ、この樫材の構造を、前と同じように『立体的な六角形』になるように『調律』してほしい」


「うん!…調律!」


 アディが左手をかざすと、表面が微かに脈動した。これで、内側からの凄まじい圧力に対しても均等に力を逃がす『3Dハニカム構造』の超高圧ボンベの外殻が完成。


「よし。じゃあ、次はこの穴に蓋をするね」


 僕は、筒状のノズルに二つのバルブ(栓)がついた複雑なチタンの金具を取り出した。片方は空気を押し込むための「逆止弁(吸気口)」。もう片方は、出す空気の量を微調整するための「ダイヤル式開閉弁(排気口)」だ。


 これの製作には本当に苦労した。前世の記憶を思い出しながら紙に書いて、何度も修正して、必要な部品をすべて設計してから、一つ一つの部品を『圧縮』スキルで作っていった。


 レンズに比べればマシだったけど、こっちはとにかく部品が多いし、すべてが隙間なく噛み合うように作らなければならない。何度も失敗したけど、なんとか六つが完成していた。


 この金具を木製球体の穴にはめ込む。


「アディ、この金具を、完全に一つになるようにくっつけて!」


「任せて!…接合!」


 光が収まると、異素材であるはずのチタンと木材が、まるで最初から一つの物質だったかのように完璧に一体化していた。これで絶対に空気は漏れない。


「最後は僕の力技だ」


 僕はチタンの吸気口に手を当て、深く深呼吸をした。


 望遠鏡の曇り止めの時とはスケールが違う。研究所(仮)の中にある窒素をかき集め、この限られた容積の中に限界まで押し込んでいく。


「…圧縮!!」


 ゴオォォォッ!という風鳴りのような音がして、目に見えない窒素の塊が、チタンの逆止弁を通って強引に球体の中へとねじ込まれていく。


 木製球体が微かに振動したが、アディの『調律』スキルのおかげで、3Dハニカム構造になったCNFがその絶大な圧力を完璧に抑え込んでいる。


 何百リットル、いや、それ以上の窒素を押し込み、限界を感じたところで僕は手を離して荒い息を吐いた。


「はぁっ、はぁっ…できたー!超高圧縮窒素ボンベ!」


「ルカ、大丈夫!?顔が真っ赤だよ!」


「平気平気。それより、ちゃんと機能するか試してみよう。アディ、ちょっと離れててね」


 僕は作業台に木製球体を固定し、排気口のダイヤルに手をかけた。


 ほんの数ミリ、カチリとダイヤルを回す。


 プシュァァァァァァッ!!


 鼓膜をつんざくような鋭い音と共に、ノズルから凄まじい勢いの突風が吹き出した。


 直線的に放たれた空気の弾丸は、数メートル先にある空の木箱を見事に吹き飛ばし、壁に激突して大きな音を立てた。


「きゃあっ!?」


 あまりの勢いに、アディが驚いて耳を塞いだ。


 僕は慌ててダイヤルを閉める。音と風が嘘のようにピタリと止んだ。


「すごい…大成功だ」


「ルカ、今のなに!?風の魔法みたいだったよ!」


「ふふっ、魔法じゃないよ。限界まで縮められた空気が、元の大きさに戻ろうとする力さ」


 僕はポンポンとチタンの金具を叩きながら、目を輝かせているアディに説明した。


「大きな船の重い帆を上げたり、舵を動かしたりするには、何十人もの漕ぎ手の力が必要だ。腕っぷしの強い男たちが総出で、肺がちぎれるほど息を切らしてようやく動かせる。…でも、この『圧縮』した空気の流れで滑車や歯車を回せば、その力がそっくりそのまま船の『見えないすじ』になるんだ」


「船の…筋?」


「そうさ!これがあれば、大勢の荒くれ者がいなくても、僕とアディの二人だけでも、あの銀色の帆を自由自在にねじ伏せられるようになる。この樫の玉に、巨人の腕を封じ込めてあるようなものなんだから!」


 前世の知識と、この世界のスキル。


 最強の帆と、見えざる動力源。


 さぁて、お次は武器だ!



(第97話「風を詰める」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「船に載せる武器ってなにがいいんだろう?前世でも武装してる船なんて見たことないからわからないや。ガレー船だったら、接舷しての切込みだけど、僕の船は帆船だしなあ。うーん、やっぱり飛び道具?大砲はないから弓?あれ?でっかい弓ってなんだっけ…?」


「次回、『弦の残響』。力の証明」

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