第95話「国と国と国」
ルーチェさんがマルコさんの娘だったとは…。
似ているとは言いがたいけど、言われてみると目とか眉のあたりが似てるかも?
マルコさんもルーチェさんもなにかお互いにいろいろありそうだけど、家族のことに口を出すのはよくないから黙っておくことにしよう。
僕は研究所(仮)の机に、マルコさんからもらってきた地図を広げた。
以前、ランさんから見せてもらった航海用の『ポルトラノ海図』よりも簡素化された地図だけど、もっと広い範囲の大陸と海が描かれている。
「セレニアはここ…」
地図の中心近く、海に浮かぶ小さな点。
こうやって俯瞰して見ると、セレニアを取り巻く環境ってすごく難しい位置にあるのがよくわかる。前世の記憶と照らし合わせると、現在の国際情勢の危うさがくっきりと浮き彫りになってくる。
まず、最大の仮想敵国は西方海域にある港湾都市『ジェンティーレ共和国』。
前世の歴史で言えば、ジェノヴァ共和国にあたる。セレニアとは完全に敵対関係にあり、貿易航路と市場を巡って常に血みどろの競争を繰り広げている。
彼らの至上命題はただ一つ。セレニアが握っている東方貿易の利益をすべて奪い取ること。海の上でジェンティーレの船と出くわせば、積荷ごと沈められるか奪われるかの命がけの事態になる。
だから、毎年、大規模な東方交易船団を組んでいる。アレッサンドロ兄さんが行っていた船団だね。マルチェッロ家も昔は三隻のコグ船(丸型帆船)を持っていたらしいけど、二十何年か前にジェンティーレに沈められたらしい。それがあったから借金が膨らんだんだろうなあ。
東方交易は本当に莫大な利益を生む。
東の巨大な帝国『ビザンティア帝国』と、世界の中心とも言われる先進都市『リブラリア』を首都とする『エジプティア王国』。とにかく、この二つの国との交易がすごい。
「どっちの国もいつか行ってみたいなあ」
『ビザンティア帝国』は、おそらくだけど、僕が手に入れた羅針盤とアストロラーベの出処だと思う。かの国は、更に東方の国々との交易が盛んだ。
シルクロードかな?たぶんそうなんだろうな。あ、でも、もし前世の歴史と似たような感じなら火薬や活版印刷もあるのかな。羅針盤があったんだから、充分にありえそう。
活版印刷は欲しいけど、火薬はイヤだ。これまでのセレニアで聞いた話からしても、まだ、どちらとも伝播してきてはいなさそうだけど、時間の問題ではあるのかもしれない。
仮にジェンティーレに火薬が伝わっていたら最悪だけど、伝わり方次第ではあるよね。でも、警戒はしておこう。
あれ?そういえば、ジェンティーレの…えっと…誰だっけ…あ!パオロだ!
以前は、船主組合とか、いろんなとこで見かけてたし、コルナーロ繋がりでも見ることがあったけど、最近は全然見なくなった。いつのまにかジェンティーレに帰ったのかな?
あまり会いたい人ではないよね。あの蛇みたいな目つきと雰囲気が本当に苦手…。
えーと、セレニアから見て西方の内陸部には『フィオラーレ共和国』と『ミラノーヴァ公国』がある。
フィオラーレは前世のフィレンツェにあたる銀行業と芸術の都で、セレニアの事業にも多額の融資をしてくれている。
強力な陸軍を持つミラノーヴァは、ミラノ公国かな。今はどちらもセレニアとは中立を保っているけど、国と国の関係なんていつどうなるかわからない。
そして、南に位置するのが『ナポリタニア王国』。
ここが今のセレニアにとって、絶対に手放せない重要な同盟国。
だって、僕のコンクリート作りに不可欠な「火山灰」の産出国だから。
もしナポリタニアとの関係が悪化して火山灰の輸入が止まれば、コンクリートが作れなくなってしまう。ドージェ頼みとはいえ、本当に、ナポリタニアとの同盟と交易は今後の生命線になるかもしれない。
「だけど…」
この地図を見ていて、一番背筋が寒くなるのは別の場所だ。
半島を越えた北西に広がる、他国とは比較にならないほど巨大な領土。
『ガリア王国』。
前世のフランスにあたる、強大な中央集権国家だ。
セレニアやジェンティーレといった都市国家群とは比べ物にならないほどの、圧倒的な国土と人口、そして軍事力を誇っているはずだ。
今のところ、ガリア王国がこの南の海域に積極的に手を出してくるという話はあまり聞こえてこない。前世の歴史とは少し違い、国力が充分に温存されているような状態かもしれない。そう考えると、不気味な沈黙を保っているようにも思える。
だけど…もし…あの巨大な「獣」が南下を決意したら?
もし、海を欲するジェンティーレと巨大な陸の王者ガリアが手を結んで、セレニアを挟み撃ちにしてきたら?
考えただけでも恐ろしい。今のセレニアの戦力で、まともにぶつかれば一たまりもないだろう。いくら海に守られたセレニアだとはいえ、国家としての体力が違いすぎる。
僕は地図から目を離し、小さく息を吐いた。
考えても仕方のないことかもしれない。僕はマルチェッロ家の技術者であって、セレニア共和国のドージェでも評議員でもない。お父様が評議員になれば、関わり方は変わってくるのかもしれないけど…いや、でも、兄さんは随分とドージェに接近している。
仮定ではあるけど…戦の役に立つようなものを求められたらどうしよう。
戦争は嫌いだ。嫌いではあるけど、自分たちの身を守るために必要になる場合もある。
そういう時のためにも、身を守る戦力はあった方がいいんだろうな。
…やっぱり…うん…やっぱり、僕の船に武装をつけよう。
非常事態になった時では遅いし、あの時にやっておけば良かったと考えるのもイヤだ。
単なる僕の「探究心」や「夢」だったはずのものが、この残酷で容赦のない国家間のパワーバランスの中で、家族とセレニアを守るための『力』にならざるを得ない局面がくるかもしれない。
僕は、紙にペンを走らせた。
船体の基礎は出来上がっている。そこにあと必要なのは、『帆』『操作補助の仕組み』…そして、『武装』だ。
どれも、まだ漠然としたイメージだけで考えはまとまってはいない。
うん、まずは『帆』から考えよう。
(第95話「国と国と国」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「アディです!ルカが地図を見ながら、すごく真剣な顔をしてた。セレニアの周りには、いろんな国があるんだって。仲良しの国も、敵の国も…。ルカが作ってるものが、みんなを守る力になるって…。なんだか、ちょっと怖いけど、私もルカを支えたい!」
「次回、『風をはらむ』。夢が形になりつつある」




