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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第91話「透明なナニカ」

 研究所(仮)で、僕は考え込んでいた。


 結局、マエストロに言えなかったんだよね。いや、言わなかった。


 凹レンズの話も望遠鏡の話も…。


 あの時は、喉まで声が出かかったけど、なぜか思いとどまったんだ。言っちゃいけないって。


 あのままマエストロにすべてを教えてたら、技術的には苦労するだろうけど、結果的には、透明で精度の高い凸レンズや凹レンズが作れると思う。材料は全部あるし、技術も問題なさそう。あとは、研磨の仕方と曲面の作り方だけ。


 マエストロの考え方次第ではあるけど、僕の知識や指示がなくても際限なく望遠鏡が作れてしまう可能性が高いわけだ。誰でも使える望遠鏡がいくらでも。使い方はいろいろだし、使う人もいろいろだ。良い人も悪い人も。味方も敵も…。


 その点に、僕は、言いようのない不安感と危機感を感じた。


 一番怖かったのは、軍事転用されること。


 正直、これは、特許で保護されたとしても防ぐことはできない。そして、軍事に使われれば、これまでの索敵や監視の概念がガラリと変わる。


 僕が特許をとったのは、まだコンクリートだけだ。コンクリートはいいんだ。だって、あの製法で必ず必要になる「火山灰」をドージェが完全に抑えているから。


 産出国のナポリタニア王国では、なんの価値もない土として扱われている。しかも、ナポリタニア王は、ドージェに恩義を感じてる。むざむざ、他国に流出させることはないだろう。つまり、特許で保護されているうえに、材料の入手が限られているため、セレニア国内でしか流通されない可能性が高いのだ。


 他に、僕の手が介在しなくても作れるようにしたのは、ヴィルゴ・ロサルムとラクリマ・エーテラと白炭と透明ガラスだけ。


 それ以外の、純鉄やタングステン、黒いゴムタイヤなどは、全て僕のスキルがなければ作れない「ブラックボックス」のままだ。


「作りたいものはいろいろあるけど、作っていいもの、作れるけど流通させてはいけないもの…これは考えた方がいいだろうなあ」


「なにを…?」


「うわっ!?」


 不意に背後から声がして、僕は肩をビクッと跳ねさせた。


 いつのまにか、アディが僕の後ろに立っていた。考えに没頭しすぎていて、足音に全く気づかなかった。


 アディは不思議そうに小首を傾げ、作業台の上を覗き込んだ。


「ガラス?」


「うん…まあ、そうだね」


「うまく作れたの?」


「いや、ダメだった。僕のスキルとは相性が悪いみたい」


 僕は苦笑しながら、作業台の端に転がっている不格好な、少しだけ透明っぽい石を指差した。


 どうしても気になったので、マエストロからガラスの材料となる原料を少しだけもらってきた。


 そして、スキルを駆使してガラス…いや、レンズを作ろうとしたけど、ダメだった。まずガラスがダメ。どうしても綺麗な透明にならない。


「これまで作ったものは、CNFセルロースナノファイバー以外は基本的に金属だった。金属は分子を綺麗に並べる(結晶化)ことで強靭になるけど、ガラスは、分子がバラバラなまま固まった『液体』みたいなものなんだって痛感したよ」


「…難しいんだね」


 僕の『圧縮』や、アディの『調律』でも、分子配列を調整しようとすると、無意識に規則性やパターンを持たせてしまう。


 ガラスの分子を規則正しく並べると、それはガラスではなく石英に変化してしまうのだ。そこが難しい。


 僕は、失敗作として出来上がった石英の塊を指でつまみ、窓からの光に透かして見せた。


 ありえないことに、その水晶の内部には無数の気泡が閉じ込められてしまっている。これも僕の『圧縮』スキルの弊害だ。無理やり固めたせいで空気が逃げ場を失ったのだ。


 さらに言えば、石英は光の屈折が方向によって異なる「複屈折」という性質を持つ。厳密な意味では、レンズの材料としては不適格だ。対象が二重に見えたり、光の乱反射を起こしたりしてしまう。


 デタラメな分子配列を、全域で完璧に維持したまま固める。レンズ用のガラスとは、そんなとんでもない矛盾をはらんだ物質だったんだって初めて知った。


「じゃあ、どうするの?」


「うん、ガラスに関しては、これまで通り、ガラス職人さんたちにお願いするよ」


「それがいいよ。ルカはなんでも頑張りすぎだよ」


 アディが口を尖らせて注意してくる。その少しだけ怒ったような表情が可愛くて、僕は、つい頬を緩めてしまった。心配してくれるのが、純粋に嬉しい。


「そうするよ。あ、でもね、副産物としてこういうのはできた」


 僕はそう言いながら、作業台の引き出しから一枚の薄いシートを取り出し、アディに渡した。


「…え!これってなに!?透明な紙?」


「僕が船に使ったCNFって覚えている?」


「うん、あのブロック状のものを船に染み込ませてたのでしょ?」


「そう、それ。そのCNFから、不純物をできるだけ除いて、薄く伸ばして、隙間がないように圧縮したものなんだ。ガラスほどではないけど、思ったよりは透明になったよ」


 そう言うと、アディは両手でそのCNFシートを持ち上げ、僕の顔の前にかざしてじっと見つめてきた。


 シート越しの大きな瞳とバッチリ視線が合って、僕は心臓がドキンと跳ねるのを感じた。


「ほんとだ。ルカの瞳までちゃんと見える」


「う、うん…このくらいだったら、窓ガラスの代わりくらいには使えそう。強度は桁違いに強いし、ガラスに比べればずっと軽いからね。ただ、向こう側が少しぼやけて見える、春霞の空みたいな感じだけどね」


 アディが指でシートを叩いてみた。コンコン、と硬質な音が響く。


「これって、鉄より強いんだっけ?」


「そうだね。強度は鉄の五倍。ただ、熱には少し弱いんだ」


「弱いの?」


「まあ、弱いっていっても三百度くらいまで大丈夫なはず」


「ふーん。…あ、ねぇ、ルカ。このCNFを『調律』してみていい?」


「うん、是非試してみて。それは確かに興味ある。CNFにはやってみたことないもんね」


「そうそう!」


 アディは目を輝かせると、CNFのシートをテーブルの上に置き、その上からそっと左手をかざした。


 彼女の表情が、無邪気な少女から、集中した顔へとスッと切り替わる。


「調律」


 アディの鈴の鳴るような涼やかな声が響いた。


 スキルが発動した瞬間――テーブルの上のCNFシートが、姿を消した。


「え!?」


「えー!?」


「と、透明になっちゃった…」


 僕は慌ててテーブルの上を手探りした。指先に、確かに硬く滑らかな感触がある。しかし、目で見てもそこには何もない。ただテーブルの木目が見えるだけだ。


「なんで!?アディ!どうして!?どうやったの!?」


「どうやったって…私の短剣に最初やった時みたいに、綺麗に並んでーって思いながら…」


「同じ方向に…?」


「うん」


「…そうか!」


 僕はガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、透明なシートの端を掴んで持ち上げた。


「物質がぼやけて見える最大の原因は、内部にある分子の乱れや微細な隙間に、光が跳ね返って乱反射するため…。CNFのセルロースだって、元々は透明に近い。僕は、このCNFを隙間ができないように極限まで圧縮した。そこに…」


 僕は興奮で早口になりながら、アディを見た。


「そこに、アディの『調律』スキルが加わって、分子を一本の乱れもなく「一方向」に整列させたから…光の屈折や反射を起こす障害物が完全に消滅したから…光を邪魔する壁が消えたんだ!」


「よくわかんないけど…成功?」


「大成功だよ!」


 僕はアディの両手を握りしめた。


「ありがとう!アディ!君のおかげだ!CNFに、まだこんな可能性が秘められていたなんて!」


「ね、ねぇ、ルカ。…もう一つ試してみていい?」


 アディがモジモジしながら上目遣いで聞いてきた。


 そこでようやく、自分が彼女の手を強く握りすぎていることに気づき、僕は「あ、ごめん!」とパッと手を離した。アディの顔が、耳の先まで真っ赤に染まっている。


「…えっとね、短剣の時みたいに、立体的な六角形の並びにしたらどうなるかなって」


「あ!それは興味ある!」


「うん!やってみるね!」


 アディは両手で頬をパシッと叩いて気合を入れると、再び見えないCNFシートに手をかざした。透明すぎて、一瞬どこに手を向けているのかわからないくらいだ。


「調律」


 直後、僕の目の前で信じられない現象が起きた。


 完全に透明だったはずの空間に、突如として煌びやかな色彩の乱舞が巻き起こったのだ。


 青、緑、紫…まるで極上のオパールか、あるいはモルフォ蝶の翅の拡大図を見ているかのように、光の当たる角度によって鮮烈な色が万華鏡のように踊り出す。


「わあ!綺麗!」


「え!これもすごい!なんだろうこれ!どうなってるの!?」


「えっとね、六角形の小部屋がたくさんある感じにしてみたの」


「小部屋!?あ、なるほど!小部屋の光の屈折率がそれぞれ違うからか!すごいアディ!」


 僕は、その極彩色のシートに触れた。


 これって構造色だよね…カーボンナノチューブやグラフェンといった超強靭素材の領域だよ…。


 このCNFシート、たぶん強度がものすごいことになってる!耐熱性も数段上かも!あ、じゃあ、もしかして…。


「アディ、今の状態で、六角形の小部屋の中を、さっきと同じように綺麗に並べてみたりってできる?」


「んー、できるかわからないけどやってみる!」


 アディは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


 それからアディは何回も何十回も調律スキルを発動させた。


 でも、なかなかうまくいかない。シートの色が歪んだり、一部だけ透明になったりを繰り返している。


 無理もない。これまでは「一方向に並べる」か「六角形にする」という一つの命令しか実行していなかったのに、極小単位の中でその二つを両立させなければならないのだ。おそらく、これまで不揃いだった六角形の小部屋の大きさまで、ミクロン単位で全て均一に揃えなければ成立しないのだろう。


 次第に、アディの呼吸が荒くなり、額にじっとりと汗が浮かび始めた。


 アディの疲労の色が濃くなってきた。これまでの僕の経験からすると、レベルが足りていないのかもしれない。


「…アディ、今日はもうやめよう?」


「…まだ…やる!もうちょっとで掴めそうな感じなの!」


「でも…」


「私は!ルカの!役に!立ちたいの!…ちょーりーつっ!」


「アディの気持ちはものすごくうれしいけど…」


 その瞬間。


 ビキッ、と空間そのものが軋むような音がしたかと思うと――アディの強張っていた顔から、すっと力が抜け、突然穏やかな表情に変わった。


「できた…」


「え!?」


 アディの言葉に引き込まれるように、僕はテーブルの上を見た。


 そこには――何もない。


 いや、違う。極彩色の乱舞が消え去り、最初の「透明」よりもさらに深く、完全に光を透過している「ナニカ」がそこにあった。


 シート自体の大きさと位置をあらかじめ認識していなければ、触れてみない限り絶対に存在していることがわからないほどの、完璧な『無』。


 光の乱反射を一切起こさず、超高強度の六角形構造を保ちながら、完全なステルス性を獲得した未知の超素材。


「ルカ…できたよ…」


 アディは、僕に向けて花が綻ぶような最高の笑顔を向けた。


 しかし次の瞬間、彼女の膝からガクリと力が抜け、糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちそうになった。


「アディッ!!」


 僕は間一髪で手を伸ばし、彼女の体を強く抱きとめた。


「ルーチェさん!誰か!すぐ来て!アディが!」



(第91話「透明なナニカ」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「アディです!目を覚ましたら、ルカがすっごく心配そうな顔をしてたの。ごめんなさい、ちょっと無理しちゃったみたい。でもね、不思議と心が軽くて、前よりもっとうまくスキルが使えそうな気がするの!一方、一階ではロレンツォお兄様が持ってきた都市計画に、ルカが『待った』をかけるみたい。どうして?」


「次回、『見晴るかす未来』。そして、新しい一歩」

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