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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第89話「ヴィチェンツァ」

 朝食の席で、僕とアディは温かいスープとパンを食べていた。ロレンツォ兄さんも一緒だ。春の朝の光が、窓から差し込んでくる。


 そこにアレッサンドロ兄さんが顔を出した。もう朝食は済ませたようで、外出の準備をしているみたいだ。


「じゃあ、ヴィチェンツァ行ってくる」


「兄貴、そろそろ慣れてきたんじゃないか?」


「ああ。だいぶ慣れてきたぜ」


「兄さん、僕たちも一緒に行っていい?」


 どんな風に商売してるのか、見てみたかったんだ。


「おう、いいぜ。一緒に行こう」


「私も行きたい!」


 アディも目を輝かせた。


「もちろん。じゃあ、準備をしながら待ってるぞ」



◆◇◆◇◆



 屋敷の前には、すでに馬車が用意されていた。ニーナさんが荷物を積み込んでる。ヴィルゴ・ロサルム(リンス)とラクリマ・エーテラ(柔軟剤)の瓶が、丁寧に箱に詰められてる。


「準備が整いました」


「ありがとな、ニーナ」


「いえ」


「じゃあ、行くか」


 僕たちは馬車に乗り込んだ。御者台にはニーナさん。馬車の中にアレッサンドロ兄さん、僕、アディ。座席に座ると、ふかふかのクッションが心地いい。


「出発します」


 ニーナさんが手綱を引くと、馬車がゆっくりと動き出した。



◆◇◆◇◆



 セレニアから馬車ごと船に乗り、テッラフェルマ(大陸側の領土)に着いてからは街道を進んでいく。窓から見える景色は、春の日差しが届く、のどかな街道だった。


「ヴィチェンツァまでどれくらいかかるの?」


 アディが聞くと、アレッサンドロ兄さんが即座に答えた。


「そうだな、二時間くらいだな」


「兄さん、最初の時はどうだったの?」


 僕が聞くと、兄さんは少し照れくさそうに笑った。


「正直、めっちゃ緊張した。売れなかったらどうしようとか、変なこと言っちゃったらどうしようとか」


「でも、二回目からは?」


「慣れた。っていうか、お客さんが覚えててくれてさ。『また来てくれたのね』って言われて、すごく嬉しかった」


 兄さんの顔が柔らかくなる。本当に嬉しかったんだろうな。


「ニーナさんも一緒だったんですよね?」


「はい。常連客のリストを作っておりますので、効率よく回れるようになりました」


「…正直言うと、俺一人じゃ絶対無理だった」


 アレッサンドロ兄さんが苦笑してる。


「商品の評判はどうなんですか?」


「ヴィルゴ・ロサルムもラクリマ・エーテラも売れ筋商品だな。この二つに絞って行商するのは確かに正解だ。馬車で持って行ける量にも限りがあるからな」


「へえ!」


 アディが嬉しそうに笑った。僕も嬉しくなった。自分が作った商品が、こうやって人の役に立ってるって実感できるのは、本当に嬉しい。


「欲を言えば、もっといろんなもんを扱いたいがな!」


 馬車は、ゆっくりと街道を進んでいく。揺れは少ない。


 馬車もあれから随分と改造したから、乗り心地は抜群さ!ニーナさんの運転も上手いしね!



◆◇◆◇◆



 二時間ほどで、ヴィチェンツァの街が見えてきた。セレニアよりは小さいけど、活気がある街だ。石造りの建物が並んでいて、街の中心には大きな広場がある。


「着いたぞ」


 馬車が市場の近くに停まった。僕たちは降りて、荷物を下ろし始めた。市場の匂いが鼻をくすぐる。焼きたてのパンの香りが暴力的だ。


「じゃあ、行くか」


 アレッサンドロ兄さんが、箱を抱えて市場に向かった。僕とアディもついていく。


 市場は賑やかだった。野菜、果物、布、陶器…いろんな商品が並んでる。商人たちの呼び声が響いてる。アレッサンドロ兄さんは、空いてるスペースに箱を置いた。そして、深呼吸してから、大きな声で言った。


「セレニアから来ました、マルチェッロ商会です!髪がサラサラになる魔法の水、ヴィルゴ・ロサルム!洗濯物が柔らかくなる不思議な液体、ラクリマ・エーテラ!どちらも大好評!」


 兄さんの声が、市場に響く。堂々としてる。すると、何人かの人が集まってきた。


「あら、マルチェッロ商会の人!また来てくれたのね!」


 一人の女性が嬉しそうに言った。中年の女性で、エプロンをつけてる。


「おう!今日も持ってきたぜ!」


 アレッサンドロ兄さんが笑顔で答えた。


「ヴィルゴ・ロサルム、二本欲しいわ」


「ありがとうございます!」


 ニーナさんが丁寧に瓶を渡して、お金を受け取った。


「あの、これって本当に髪がサラサラになるの?」


 別の女性が恐る恐る聞いた。若い女性で、少し不安そうな顔をしてる。


「ああ!俺が保証する!使ってみて、満足できなかったら返品でいいからさ」


 アレッサンドロ兄さんが自信満々に言った。


「じゃあ、一本試してみようかしら」


「ありがとうございます!絶対気に入ると思いますよ!」


 兄さんの応酬話法がすごい。親しみやすくて、でも自信に満ちてる。お客さんとの距離感が絶妙だ。


「兄さん、すごいね」


 僕が小声で言うと、兄さんがニヤリと笑った。


「東方で鍛えられたからな。客との距離感ってのは大事なんだ」


 そうか。兄さん、東方交易で、商売のことを身近で体験してきたんだもんな。



◆◇◆◇◆



 午前中で、持ってきた商品が全部売り切れた。


「すごい!」


 アディが驚いてる。


「ああ。これだけ好評だと、売ってて楽しいよな」


 アレッサンドロ兄さんが満足そうに笑った。


「お疲れ様でございました」


 ニーナさんが言った。


「さて、ちょっと用事があるんだ。ついてきてくれ」


 兄さんが僕たちを連れて、市場の奥に向かった。路地を抜けると、そこには大きな商館があった。立派な石造りの建物で、入り口には商会の紋章が掲げられてる。


「ここは?」


「東方交易船団で知り合った商人がやってる店だ」


 兄さんが扉を開けた。中は薄暗くて、香辛料の匂いがする。


「おお、アレッサンドロ!」


 中から、がっしりした体格の男性が出てきた。髭を生やしていて、目が鋭い。でも、笑顔は優しい。


「久しぶりだな、ガブリエーレ」


「ああ!元気にしてたか!」


 二人が握手した。力強い握手だ。


「で、今日は何の用だ?」


「ちょっと相談があってな。お前のところで扱ってる商品を見せてくれないか?」


「おう、いいぜ。こっちだ」


 ガブリエーレさんが奥の倉庫に案内してくれた。そこには、たくさんの商品が並んでた。


「これが、ヴィチェンツァの特産品だ」


 ガブリエーレさんが樽を指差した。


「ヴァルポリチェッラのワインだ。この辺りで作られてる赤ワインでな、濃厚で深い味わいがある」


「ほう」


 アレッサンドロ兄さんが興味深そうに樽を見てる。


「それと、これがアジアーゴチーズ。この地方の山岳地帯で作られる硬質チーズだ。熟成期間によって味が変わる」


「セレニアじゃ、こういうチーズはあまり見ないな」


「そうだろ?それと、これが毛織物。ヴィチェンツァの織物は品質が高いって評判だ」


 ガブリエーレさんが、美しい織物を広げて見せてくれた。深い緑色と茶色の模様が入ってる。


「綺麗…」


 アディが感心してる。


「あとは、陶器もある。この辺りの陶器は、絵付けが細かくて美しいんだ」


 棚に並んだ陶器を見ると、確かに細かい模様が描かれてる。


「セレニアで売れそうか?」


 ガブリエーレさんが聞いた。


「ああ。ワインとチーズは確実に売れる。織物と陶器も、富裕層に需要がありそうだ」


 アレッサンドロ兄さんが頷いた。


「じゃあ、取引しようぜ」


「おう。で、お前のところの商品も扱わせてくれ」


「ヴィルゴ・ロサルムとラクリマ・エーテラか?」


「ああ、今日は全部売れちまったから次回持ってくる。それと、セレニアの海産物の加工品とか、ガラス製品とか。そういうのもヴィチェンツァで需要があると思うんだ」


「なるほど。面白いな」


 二人が笑った。僕は、兄さんのやり方を見てて、すごいなって思った。東方交易で作った人脈を、こうやって活かしてる。商売って、やっぱり人と人との繋がりなんだ。


「他にもいろいろ仕入れて売るのもおもしろそうだな」


 アレッサンドロ兄さんが呟いた。


「セレニアのものをヴィチェンツァで売って、ヴィチェンツァのものをセレニアで売る。物流を作るってことか」


「そういうこと。この街には、セレニアにないものがたくさんある。逆も然りだ」


(こういうのは軌道に乗ったらおもしろいんだろうなあ)


 僕は感心した。兄さん、本当に商売のセンスがある。それに、ガブリエーレさんも商売上手だ。お互いに利益が出る仕組みを作ろうとしてる。


「じゃあ、また詳しい話は後日な。量とか値段とか、ちゃんと決めないと」


「おう、待ってるぜ」


 僕たちは商館を出た。



◆◇◆◇◆



 帰りの馬車の中で、アレッサンドロ兄さんが満足そうに笑ってた。窓の外は、夕暮れに染まり始めてる。


「今日は、なんだか楽しかったな」


「売上もすごかったですね」


 ニーナさんが言った。


「ああ。それに、ガブリエーレとの話も進んだし」


 兄さんが窓の外を見た。オレンジ色の空が広がってる。


「支店、マジで作ろうかな」


「絶対いいよ!兄さん、向いてると思う!」


 僕が言うと、兄さんが照れくさそうに笑った。


「そうか?」


「うん!今日見てて思った。兄さん、すごく楽しそうだった」


「楽しかったー!」


 アディも笑った。


「ありがとな。お前らが来てくれて、俺も嬉しかったぜ」


 アレッサンドロ兄さんが僕たちの頭を撫でた。大きくて、温かい手だ。


「お疲れ様でございました」


 ニーナさんが相変わらず丁寧に言った。


「ニーナも、ありがとな」


「いえ」


 馬車が、セレニアに向かって走っていく。夕陽が、オレンジ色に染まってる。


「僕も、頑張らないとな」


 小さく呟いた。


 やることは、まだまだたくさんある。でも、家族みんなで一緒に頑張れる。それが、なにより嬉しい。



(第89話「ヴィチェンツァ行商」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「アディです!ヴィチェンツァ、楽しかったー!アレッサンドロ義兄さん、すごく商売上手なの!ニーナさんもすごく優秀で、二人ともかっこよかった!でも、ルカ、帰ってきてからずっと考え込んでる。『僕も頑張らないと』って。ルカ、いつも一生懸命だね。次は何を作るのかな?」


「次回、『ガラスの変革』。丸いガラスの可能性」

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