第88話「古代の叡智」
ウルカニア島での工場建設の基礎ができたので、あとはマルコさんとランさんにお任せ!
そこで、ずっと気になってたものと向き合うことにした。
アストロラーベに隠されていた、あの複雑な歯車機構。あれから、ずっと気になってたんだけど、ウルカニア島のことで忙しくて、じっくり調べる時間がなかったんだ。でも、今なら時間がある。
「さて…」
僕は、テーブルの上に置かれたアストロラーベを手に取った。真鍮製の円盤で、表面には精密な目盛りが刻まれている。そして、裏側には…。
ネジを外す。十二個の小さなネジを、チタンの板を使って、慎重に。カチャ。裏蓋が開いた。
そして、現れたのは、複雑に組み合わさった歯車たちだ。三十個以上はある。真鍮製で、精密に加工されてる。僕は、ゆっくりと息を吐いた。前世で見た、あの機械に、そっくりだ。
『アンティキティラ島の機械』
紀元前の古代ギリシャで作られた、世界最古の天体計算機。前世で、テレビの特集番組で見たことがある。複雑な歯車で、太陽や月、惑星の動きを計算する装置だった。
そもそも、オーパーツとかが元から好きで、それ系の番組や書籍は一通り見てたと思う。ロマンがあってワクワクするんだよね。ただ、まさか、現物に触れる機会ができるなんて…。
「なんでこの世界に…」
僕は首を傾げた。ここは元いた世界とは別なはず。なのに、どうして前世にあったものと同じものが、ここにあるんだろう。
もしかして平行世界というやつなのかな?セレニアとヴェネツィアの位置が同じっぽいし。それとも…、うーん、考えても仕方ないか。この状況は変わらないし、今の生活は気に入ってるからね。
とりあえずこれをもっと調べてみることにしよ。
「まずは、歯車の配置かな」
僕は、歯車を一つ一つ観察し始めた。
大きな歯車、小さな歯車。それぞれが噛み合って、複雑な動きを生み出してる。
中央に、大きな歯車があって、これがおそらく主軸だ。その周りに、いくつかの歯車が配置されてて、端の方には、小さな歯車がいくつも並んでる。
「これは…減速機構かな」
大きな歯車から小さな歯車へ。回転を伝えながら、速度を変えていく仕組みだ。僕は、歯車の歯の数を数え始めた。主軸の歯車は六十四個。次の歯車は三十八個。その次は四十八個。
「比率を計算すれば、何を表してるかわかるかも」
僕は、紙とペンを取り出して、計算を始めた。六十四対三十八は約1.68。四十八対三十二は1.5。でも、これだけじゃわからないな。
外枠には、目盛りが刻まれてる。細かい目盛りだ。そして、いくつかの文字も刻まれてるけど、読めない。古代ギリシャ語なのかな。
「とにかく、動かしてみよう」
僕は、機械の右下にある小さなハンドルを少し回してみた。
ハンドルをゆっくりと回すと、カチ、カチ、カチ…と歯車が動き始めた。主軸が回り、それに連動して他の歯車も回る。そして、針も動いた。
「お…」
針が、目盛りの上を移動していく。ゆっくりと、でも確実に。僕は、針の動きを観察した。一つの針は、速く動いてる。もう一つの針は、ゆっくり動いてる。
「速い方が…月?」
月の公転周期は約二十九日。ゆっくりな方が太陽で、太陽の見かけの年周運動は三百六十五日。たぶん、それかな。
「比率は…」
僕は、ハンドルを何度も回して、針が一周するまでの回数を数えた。速い針はハンドル二十九回で一周。遅い針は三百六十五回で一周。
「やっぱり!月と太陽だ!」
僕は興奮した。この機械は、太陽と月の動きを再現してるんだ。でも、それだけじゃないはずだ。前世のテレビでは、もっと複雑な機能があるって言ってたから、さらに詳しく観察してみた。
針は、二本だけじゃない。よく見ると、もっと小さな針もある。
「これは…惑星?」
水星、金星、火星、木星、土星。古代ギリシャ人が観測できた五つの惑星。それぞれの針が、それぞれの速度で動いてる。
「すごい…」
僕は感心した。こんな複雑な動きを、歯車だけで再現してるなんて。そして、もう一つ気づいた。別の目盛りもある。螺旋状の目盛りだ。
「これは…」
僕は、その目盛りを観察した。いくつかの区切りがあって、その区切りに文字が刻まれてる。読めないけど…もしかして、これは周期を表してる?
前世のテレビで見た知識を思い出す。メトン周期。十九年で、太陽と月の位置が元に戻る周期。古代ギリシャ人が発見した、重要な周期だ。
「十九年…二百三十五ヶ月…」
僕は、螺旋の区切りを数えた。一、二、三…。二百三十五個ある。
「やっぱり!メトン周期だ!」
僕は興奮した。この機械は、メトン周期を使って、月の満ち欠けを予測してるんだ。そして、もっとすごいことに気づいた。螺旋の一部に、特別な印がある。いくつかの場所に、目立つマークが刻まれてる。
「これは…もしかして…日食と月食の予測!?」
前世のテレビで言ってた。アンティキティラ島の機械は、日食と月食を予測できるって。古代の人々にとって、日食や月食は恐ろしい現象だった。それを予測できるなんて…。
「本当に、すごい機械だ…」
僕は、しばらくの間、機械を見つめていた。歯車が噛み合い、針が動き、天体の動きを再現する。何千年前の技術とは思えない。
「古代の人々は、ここまで天文学を理解してたんだ」
太陽の動き、月の満ち欠け、惑星の位置、日食と月食の予測。全部、この小さな機械の中に詰まってる。そして、この技術を実現するための、精密な歯車加工。すごすぎる。
でも…。
「あれ?待てよ」
この機械はちゃんと動く。しかも、劣化してはいるけどそこまでではない。
つまり…。
「この世界のどこかでは、普通に流通している可能性がある…のかもしれない」
あの商人、東方からの流れ品って言ってた。
東方と言っても広い。このセレニアですらも全部は見て回っていない。
セレニア近辺の国ですら行ったことがない。ナポリタニア、ジェンティーレ、他にもいっぱい。
「まだまだわからないことがいっぱいだ」
僕は首を振った。でも、一つだけ確かなことがある。
「この歯車技術…もっといろんなものに応用できるかもしれない」
複雑な動きを、歯車で再現する。減速、加速、周期の再現。この技術を使えば…何ができるだろう。具体的なアイデアは、まだ浮かばないけど、とにかく、この機械から学べることは多いと思う。
僕は、機械をもう一度、丁寧に観察し始めた。一つ一つの歯車、一つ一つの軸、一つ一つの目盛り。全部、意味がある。全部、誰かが考えて作ったものだ。名前も知らない、天才たちが。
「ありがとう」
僕は、小さく呟いた。この機械を作った人たちに。そして、この機械を、僕の手元に届けてくれた、運命に。
窓の外を見ると、夕陽が沈みかけてた。オレンジ色の光が、研究所に差し込んでくる。僕は、機械をそっとテーブルに置いた。
(第88話「古代の叡智」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「興味あることって、やっぱり覚えているもんだね!オーパーツとかの話は、好きだったんだよねえ。でも、まさか、この手で実際にアンティキティラ島の機械を動かせるなんて思いもしなかった。この世界は楽しいことがいっぱいだ!」
「次回、『ヴィチェンツァ』。アレッサンドロ兄さん大活躍!」




