第84話「家族」
「坊ちゃん!」
リナさんが息を切らして工房に飛び込んできた。
「どうしたの、リナさん?」
「門の前に、怪しい男が!大きな荷物を抱えて『この家の次男だ』って…」
「次男!?」
僕は立ち上がった。
次男って、アレッサンドロ兄さん!?
「ロレンツォ兄さんは!?」
「アリアが呼びに行ったよ!」
僕はリナさんと一緒に門へと駆けた。
◆◇◆◇◆
門の前には、ニーナさんとルーチェさんが立ちはだかっていた。
その向こうには、大きな荷物袋を抱えた男性が立っている。
茶色の髪、陽に焼けた肌、そして困ったような笑顔。
「あの、だから俺は本当にこの家の…」
「アレッサンドロ兄さん!?」
僕が声をかけると、男性がパッと顔を上げた。
「おお!ルカ!」
間違いない。アレッサンドロ兄さんだ。
一年ぶりだから、少し日焼けしてるけど、間違いない。
「ニーナさん、ルーチェさん、この人は本物です!僕の兄です!」
「しかし…」
ニーナさんがまだ警戒している。
「ってか、ルカよ。この麗しいお嬢さんたちは誰?」
アレッサンドロ兄さんが苦笑している。
その時、後ろから声が響いた。
「アレッサンドロの兄貴!?」
ロレンツォ兄さんが走ってきた。
「ロレンツォ!久しぶり!」
「マジで兄貴かよ!なんで連絡なしで!?」
「いや、予定より早く着いちゃってさ。驚かせようと思ったんだけど、まさか門で止められるとは思わなかった」
アレッサンドロ兄さんが豪快に笑った。
「ニーナ、ルーチェ、大丈夫だ。この人は本当に俺たちの兄貴だから」
「…失礼いたしました」
ニーナさんとルーチェさんが道を開けた。
「いやいや、警戒してくれてありがとな。お嬢さんたち」
アレッサンドロ兄さんが笑顔で手を振る。
ニーナさんとルーチェさんが、ちょっと戸惑っている。
僕はハッとした。
そうだ。アレッサンドロ兄さんは一年前に出発したんだ。
アディたちが来たのは、その後。
つまり、お互い初対面なんだ。
◆◇◆◇◆
「で、この美人さんたちは誰なんだ?」
屋敷に入ったアレッサンドロ兄さんが、周囲を見回している。
ヴァレリアさん、リナさん、エリシアさん、アリアさん、ニーナさん、ルーチェさん。
みんな、不思議そうにアレッサンドロ兄さんを見ている。
「えっとね…」
僕が説明しようとしたら、ロレンツォ兄さんが肩を竦めた。
「兄貴、座れ。話が長くなる」
「長い?」
「ああ、めちゃくちゃ長い」
◆◇◆◇◆
「…借金、完済!?」
「ああ」
「技術顧問!?」
「そう」
「経営権譲渡!?」
「うん」
「親父たちが旅行!?」
「ゆっくりしてるんじゃ?」
「ルカが発明!?」
「いっぱい」
アレッサンドロ兄さんが、頭を抱えている。
「待て待て待て。俺が一年いない間に、何が起きたんだ!?」
「だから説明してるだろ」
ロレンツォ兄さんが笑っている。
「いやいや、説明が早すぎる!もっと詳しく!」
「詳しく話すと本当に長いんだって」
僕も苦笑した。
確かに、この一年で起きたことを全部話すのは無理だ。
「とにかく、今のマルチェッロ家は、一年前とは全然違うってことだ」
「…そりゃあ、わかった」
アレッサンドロ兄さんが深く息を吐いた。
「で、この美人さんたちは?」
「ああ、それな」
ロレンツォ兄さんが立ち上がった。
「紹介するぜ。ヴァレリア、リナ、エリシア、アリア、ニーナ、ルーチェ。全員、『海の民』から派遣してもらったメイドたちだ」
「海の民!?」
アレッサンドロ兄さんが目を丸くした。
「マジで?」
「マジで」
「なんで海の民がうちに!?」
「ルカが縁を作った」
「ルカが!?」
アレッサンドロ兄さんが僕を見た。
「…お前、何者だよ」
「え、えっと…」
僕は困った。
どう説明すればいいんだろう。
「まあ、おいおい分かるさ」
ロレンツォ兄さんが笑った。
「それより、兄貴。給金は?」
「ああ、これ」
アレッサンドロ兄さんが大きな袋を開けた。
中には、金貨がぎっしり。
「うわ、すげぇ」
「一年分だからな。それと、これ」
別の袋を開けると、香辛料の香りが広がった。
「スパイス!いい匂い!」
アリアさんが目を輝かせた。
「ああ、東方で仕入れた。胡椒、シナモン、クローブ…いろいろあるぜ」
「これ、料理に使っていいの!?」
「もちろん。俺一人じゃ使い切れねぇし」
アレッサンドロ兄さんが笑った。
アリアさんが嬉しそうに袋を抱えている。
その時、扉が開いた。
「ルカ、ランさんが…あれ?」
アディが入ってきて、アレッサンドロ兄さんを見て止まった。
「…誰?」
「ああ、紹介がまだだったな」
ロレンツォ兄さんが立ち上がった。
「兄貴、こっちはアディ。ルカの婚約者だ」
「婚約者!?」
アレッサンドロ兄さんが驚いて立ち上がった。
「ルカに婚約者!?いつの間に!?」
「だから、この一年でいろいろあったんだって」
僕は顔が熱くなるのを感じた。
アレッサンドロ兄さんが、アディをじっと見た。
そして、ニヤリと笑った。
「…ルカ、やるじゃねぇか」
「え、あ、その…」
「可愛い子じゃないか。大事にしろよ」
アレッサンドロ兄さんが僕の肩を叩いた。
「は、はい…」
アディが恥ずかしそうに笑っている。
「私、アドリアーナです。アディって呼んでください。ルカのお兄さん、初めまして」
「おう、アレッサンドロだ。よろしくな」
二人が握手した。
なんか、すごく自然だ。
アレッサンドロ兄さんって、本当に誰とでもすぐに打ち解けるんだな。
「で、ランってのは?」
「ああ、ランさんは海の民の男性で…」
僕が説明しようとしたら、外から声が聞こえた。
「ルカ、いるか?」
ランさんが入ってきた。
「ああ、ランさん。実は…」
「…誰だ?」
ランさんがアレッサンドロ兄さんを見て、警戒した表情になった。
「大丈夫、大丈夫。この人は僕の兄です」
「兄?」
「ああ、アレッサンドロ・マルチェッロだ。よろしく」
アレッサンドロ兄さんが手を差し出した。
ランさんが、少し考えてから握手した。
「…ラン。アディの兄で海の民だ」
「海の民か。よろしく頼むぜ」
二人が握手している。
なんだか、不思議な光景だ。
◆◇◆◇◆
夕食は、久しぶりに賑やかだった。
アレッサンドロ兄さんが、東方での冒険話を聞かせてくれる。
嵐に遭った話、海賊に襲われた話、不思議な港町の話。
アディたちも、目を輝かせて聞いている。
「で、その時俺の風魔法でな…」
「風魔法!?」
アディが驚いた。
「ああ、俺のスキルだ。風を操れるんだ」
アレッサンドロ兄さんが手を振ると、テーブルの上のナプキンがふわりと浮いた。
「すごい!」
「便利だろ?船の上だと、帆に風を送ったりできるんだ」
「それ、すごく役に立ちそう!」
アディが興奮してる。
風魔法。
船を動かすのに、これ以上ない能力だ。
「兄さん、今度、僕の船に乗ってくれませんか?」
「お前の船?」
「うん。改造した船があるんです」
「面白そうだな。いいぜ」
アレッサンドロ兄さんが笑った。
その笑顔は、本当に楽しそうだった。
◆◇◆◇◆
それから一週間が過ぎた。
アレッサンドロ兄さんは、すっかり屋敷に馴染んでいた。
アディやランさんとも仲良くなり、メイドさんたちとも冗談を言い合っている。
そして、三月中旬。
その日がやってきた。
「ルカ様!ナポリタニアからの定期船が入港します!」
エリシアさんが知らせてくれた。
「本当に!?」
僕は立ち上がった。
父さんと母さんだ。
マリアさんも。
「みんな、港に行くぞ!」
ロレンツォ兄さんが声をかけた。
◆◇◆◇◆
港は、いつもより賑やかだった。
定期船「聖クリストフォロ号」が、ゆっくりと接岸していく。
僕は、胸が高鳴るのを感じた。
タラップが降ろされる。
そして、見覚えのある姿が現れた。
「お父様!お母様!」
僕は思わず叫んだ。
二人とも、少し日焼けして、でもとても元気そうだ。
「ロレンツォ!ルカ!アディ!」
父さんが手を振った。
「おお、アレッサンドロも!」
「父さん!」
アレッサンドロ兄さんが駆け寄った。
三人の兄弟とアディが、父さんに抱きしめられる。
母さんも、涙を浮かべながら僕たちを抱きしめてくれた。
「元気にしてた?大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
「良かった…」
母さんの声が震えている。
そして、後ろからマリアさんが荷物を持って降りてきた。
「あなたたち、ちゃんとお仕事してましたか?」
「もちろんです、マリアさん」
ヴァレリアさんが答えた。
「よろしい」
ロレンツォ兄さんが笑った。
父さんと母さんも周囲を見回している。
みんなが元気そうなのを確認して安心してる。
「とにかく、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
父さんが僕の頭を撫でてくれた。
温かい。
家族が揃った。
久しぶりのこの感覚。
「さあ、帰ろう」
ロレンツォ兄さんが言った。
僕たちは、家族みんなで、屋敷へと向かった。
◆◇◆◇◆
屋敷に戻ると、アリアさんが腕によりをかけた料理を用意してくれていた。
東方のスパイスを使った新しい料理だ。
母さんが目を輝かせている。
暖炉の火が、部屋を暖かく照らしている。
家族みんなが揃った食卓。
久しぶりの、この光景。
僕は、幸せだと思った。
(第84話「家族」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「アディです!ついにルカのお義父様とお義母様が帰ってきたよ!それに、アレッサンドロ義兄さんも!初めて会ったけど、すっごく優しくて面白い人!風魔法が使えるんだって!ルカ、家族みんなが揃ってすっごく嬉しそう。私も、こんなに温かい家族の一員になれて…幸せだなあ」
「次回、『再出発』。新しい春が、始まる」
85話以降は、3日おき(中2日)を目安に更新します。
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