表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/96

第82話「春の予感」

「ルカ、手紙きてたよ」


 アディが、封蝋のついた手紙を持って僕の工房に入ってきた。


 封蝋にはマルチェッロ家の紋章が刻まれている。見慣れた紋章だけど、この字は…。


「お父様からだ!」


 僕は思わず立ち上がり、手紙を受け取った。丁寧に封を切ると、几帳面な文字が並んでいる。


 父さんの字だ。


『ロレンツォ、ルカ、アディへ


 元気にしているだろうか。


 私たちは無事に旅を続けている。マリアが毎日のように「早く帰って掃除をしなければ」と言っているが、お前たちがきちんとやってくれていると信じている。


 ナポリタニアの温泉は素晴らしかった。母さんも久しぶりに心から寛げたようだ。気ままに旅をするのは、結婚以来初めてかもしれない。お前たちのおかげだ。ありがとう。


 三月中旬、ナポリタニア発の定期船「聖クリストフォロ号」でセレニアに戻る予定だ。

 みんなとの再会を楽しみにしている。


 体に気をつけて。


 愛を込めて


 ジョヴァンニ、イザベッラ、マリア』


「三月中旬…」


 僕は手紙を読み返した。今は二月下旬。あと半月ほどだ。


「元気そうで良かったね」


 アディが嬉しそうに笑う。


「うん。賑やかになりそうだ」


 僕が手紙をテーブルに置くと、工房の扉が開いた。


「おう、ルカ。なんか嬉しそうな顔してんな」


 ロレンツォ兄さんが入ってくる。


「兄さん、これ。お父様からの手紙」


「お、マジか」


 兄さんは手紙を受け取り、さっと目を通した。


「三月中旬か。…よし、ヴァレリアに言って屋敷の準備を始めてもらうか。マリアさんに怒られたくねぇからな」


 兄さんがニヤリと笑う。


 僕が手紙をテーブルに置くと、アディが僕の袖を引いた。


「ねえ、ルカ。リアルトに行こうよ!」


「リアルト?」


「うん。チェチリア先生が、今日は午後休みをくれたの。せっかくだから、市場を見て回りたいなって」


 アディの目がキラキラしている。


「いいね!僕も行きたい!」


「おう、行ってこい。えたいの知れないものから掘り出し物まで雑多にあるから楽しいよな」


「うん!」


 この時期のリアルトは面白い。


 冬で海路の交易がほとんど途絶えるから、普段は見られない怪しげなガラクタを扱う露店が点在するんだ。


 難破船から引き揚げた品物や、交易に失敗した商人が手放した東方の珍品。そういうものが、この季節だけ市場に並ぶ。


 僕は昔からそういうのを見るのが好きだった。


「ルーチェさんもついてきてくれる?」


「はい、喜んで」


 ルーチェさんが即答した。




◆◇◆◇◆



 リアルト広場は、前回アレンビックを買いに来た時とは違う雰囲気に包まれていた。


 冷たい風が吹き抜ける中、露店が軒を連ねている。


 扱っているのは、正体不明の陶器、錆びた金属細工、色褪せた布地。どれも怪しげで、でも、どこか魅力的だ。


「わあ、なんか面白そう!」


 アディが目を輝かせている。


 僕たちは、一軒一軒、露店を覗いて回った。


 東方の香辛料の空き瓶。ひび割れた鏡。用途不明の木彫りの人形。


「これ、なんだろうね?」


「さあ?でも、綺麗だね」


 アディと二人で、ガラクタを手に取っては笑い合う。


 ルーチェさんは、少し離れたところで僕たちを見守っている。


 そんな風に、三軒、四軒と見て回っていたとき。


 ある露店の片隅に、妙なものが目に入った。


 木製の円盤だ。


 直径三十センチほど。表面には、文字らしきものが刻まれている。


(…これは?)


 僕は思わず手を伸ばした。


 手に取ると、ずっしりとした重みがある。


 円盤の周囲には、二十四個の文字が等間隔に並んでいる。


 子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥…


(漢字!?)


 心臓が早鐘を打った。


 そして、円盤の中央には、金属製の細い棒が取り付けられている。


 軸受けがあり、棒は自由に回転するようになっている。


(待てよ、この構造は…)


 僕は円盤を裏返した。


 裏側には、方位を示す記号らしきものが刻まれている。


(…これは乾式羅針盤だ!)


 前世の記憶が蘇る。


 中国式の羅針盤。水を使わず、磁針を軸で支える乾式。


 航海術の授業で習った。でも、実物を見たことはなかった。


(本物なのか…?)


 僕は平静を装いながら、円盤をそっと元の場所に戻した。


 そして、何気ない様子で、隣に置かれていた別の物に手を伸ばした。


 真鍮製の円盤。


 こちらは木製のものより少し小さく、直径二十五センチほど。


 表面には、精密な目盛りが刻まれている。それだけでも驚きだ。誰がこんな精密に目盛りをひいたのだろう。


 そして、中央には、いくつかの穴と数字が刻まれた、回転する器具が取り付けられている。


(これは…!)


 僕の手が震えそうになるのを、必死で抑えた。


(アストロラーベ…星を測る観測器!)


 前世で使っていた六分儀とは違うけれど、原理は同じだ。


 天体の角度を測定し、緯度を割り出す。


(どうして、こんなものがここに…!?)


 僕は深呼吸をした。


 表情に出してはいけない。


「ねえ、ルカ。それ面白いの?」


 アディが覗き込んでくる。


「うん、ちょっと変わってるなあって思って」


 僕はできるだけ平静な声で答えた。


 そして、露店の主に視線を向けた。


 四十代くらいの、痩せた男だ。顔つきが少し怪しげ。


「すみません。これらは、どこから?」


 僕は周囲のガラクタを指差しながら、さりげなく尋ねた。


「ああ、それか」


 男は面倒くさそうに答えた。


「はるか東方のものだ。難破船から引き揚げたものだな」


「東方…」


「ああ。得体の知れない記念品ばかりだがな。まあ、興味があるなら好きなだけ見てってくれ」


 男は別の客の相手を始めた。


(東方の難破船…それなら、乾式羅針盤もアストロラーベも、あり得る)


 僕は心の中で頷いた。


 それだけで十分だった。


「あの、これとこれ、いくらですか?」


 僕は木製の円盤と真鍮の円盤を手に取った。


「ああ?」


 男が訝しげに僕を見た。


「うん。面白そうだから」


 僕はにこやかに答えた。


「そうだな…二つで小銀貨一枚でどうだ?」


「わかりました」


 僕は即答した。


 高すぎるか安すぎるかもわからない。でも、これを逃したら二度と手に入らないという確信だけはあった。


「ありがとうございます」


 僕は小銀貨を渡し、二つの円盤を受け取った。


 ルーチェさんが布で包んでくれる。


「ルカ、それ何に使うの?」


「まだわからない…でも、もしかしたら…すごい物かもしれない」


 アディに小声で答えた。


 心臓は、まだドキドキしている。



◆◇◆◇◆



 屋敷に戻った僕は、すぐに研究所(仮)に駆け込んだ。


「ルカ、私も見ていい?」


「うん、もちろん!」


 アディも一緒についてきた。


 僕は扉を閉め、二つの円盤をテーブルに置いた。


「さて…」


 まずは木製の円盤から。


 僕は丁寧に表面を拭き、細部を観察した。


 二十四の文字は、確かに漢字だ。十二支と、その間を埋める十二の方位。


 中央の金属棒は…僕は『粉砕』スキルで分析した。


(鉄…いや、磁化された鉄だ)


 磁針だ。間違いない。


 軸受け部分は真鍮製。


 僕は円盤を水平に保ち、磁針が回転するのを待った。


 ゆっくりと、磁針が動き始める。


 そして、ある方向を指して止まった。


(北だ…!)


 窓の方向と照らし合わせる。


 間違いない。この磁針は、確かに北を指している。


「すごい…本物の羅針盤だ」


 僕は思わず声に出していた。


「羅針盤?」


「うん。方位を示す道具だよ。これがあれば、どんな天候でも、どんな場所でも、北がわかる」


「へえ…すごいね!」


 アディが目を輝かせた。


 僕は次に、真鍮の円盤を手に取った。


 表面の目盛りは、三百六十度を示している。


 精密だ。一度刻みで刻まれている。いや、間に五分の目盛りまである。


 中央の回転器具は、照準器だ。これで天体を狙い、角度を読み取る。


 僕は窓の外の空を見上げた。


 まだ昼間だから星は見えないけれど、夜になれば…


(北極星の高度を測れば、緯度がわかる。太陽の南中高度を測れば、季節がわかる)


 前世で習った天測航法の知識が蘇る。


「これは…アストロラーベ!星の位置を測る観測器だよ!」


「星の?」


「うん!星の位置を測ることで、自分がどこにいるかがわかるんだ!」


 僕は興奮を抑えきれなかった。


 羅針盤とアストロラーベ。


 どちらも、航海に不可欠な道具だ。


 でも、僕にはまだ違和感が残っていた。アストロラーベの厚みがありすぎるのだ。十センチ程度の厚み。通常のアストロラーベであれば、こんなに厚みはいらない。せいぜい二センチ程度くらい。じゃあこれはいったい…。


 その時、指先に丸い突起のようなものを感じた。リベットかなと思い、裏返しにして確認する。全部で十二個ある。しかし、よく見るとそれは…。


「え!?ネジ!?しかもこんなに小さい!?」


「ネジ…?」


「え…あ…この小さい丸の名前だよ」


「へー。ルカはなんでも知ってるね」


「う、うん」


(そうだ、今この世界には『ボルトとナット』という概念すらないんだ。なのに、目の前にあるこのアストロラーベには、完璧なピッチのすりわり付き小ねじが並んでいる。マイナスドライバーで開けられそうなネジ…)


 周囲を見回すと、机の上に、昨日生成したばかりのチタンの小板がある。タングステン以外にもマンガン塊からはいろいろ採れたはずと実験した結果だ。マルコさんが持ってきてくれたマンガン塊はまだまだあるから、他にもいろいろやれそうと思ってたんだ。


 そのチタンの小板を使って、ネジを回してみる。少し硬かったが、ネジ山を潰すこともなく一つ目がとれた。アディが注目している中で、僕は十二個のネジすべてを取り終わった。裏ブタに手をかける。さて、なにがでてくるだろう…。


「わあ、歯車がいっぱい!すごい!ルカが作った時計みたい!」


「ほんとだ…」


 アディが興味深そうに覗き込んでる。でも、これは時計ではないとすぐにわかった。しかもアストロラーベに必要のない歯車たちだ。見ると、右下に小さいハンドルのような取っ手がついていて回せそうだ。


 ゆっくりと回してみると、歯車が次々と繋がって動き始めた。


 僕はこれを知ってる。前世のテレビや書物で何度も何度も紹介されてきた機械だ。オーパーツ好きだった僕としては興奮が隠し切れない。


(アンティキティラ島の機械…)



(第82話「春の予感」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「アディです!ルカがリアルトで変なものを買ってきたよ!木の円盤と真鍮の円盤。なんだか難しそうな仕組みだけど、ルカはすっごく嬉しそうだった。『これを参考にもっとすごいものを作る』って言ってたけど…一体何を作るつもりなんだろう?」


「次回、『航海の目』。海を支配する、二つの道具」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ