第79話「視察」
「坊ちゃん、ここでいいかい?」
「はい、そこにお願いします」
ついさっき買った中古の小船を、売り主に屋敷の裏手まで回航してもらった。
「じゃあ、買ってくれてありがとな。また、なにかあったらよろしく」
「はい、こちらこそ、運んでもらってありがとうございました」
僕は備え付けの滑車とロープを使って、カヴァーナ(船置き場)内に中古船を引き揚げた。
五連滑車の威力はダテじゃない。増やしておいてよかった。
「ここいらじゃ、珍しい形だな」
いつのまにか後ろに、ロレンツォ兄さんとランさんが立っていた。全然気づかなかった。
「おれの船の形状に似ているが…いや、少し違うか」
「これは東方で使われているダウ船です。この形状の船底のが欲しかったのです」
「ああ、なるほど。これなら、船体を補強すれば、ラグーナ(潟)でも外洋でもいけなくはないな」
「しっかし、ルカよ、これはちっとオンボロすぎやしないか?いくらだったんだ、これ?」
「よくぞ聞いてくれました!お値段なんと小銀貨二枚!」
「小銀貨二枚!?ラクリマ・エーテラ(柔軟剤)の安いヤツと一緒じゃねぇか!」
「売れ残り品だったから…」
「物好きじゃねぇと買わねぇわな」
そこに、エリシアさんが顔を出した。
「ロレンツォ様、コンタリーニ伯爵夫人のお使いの方がお見えです」
「おっと、もうそんな時間だったか。すぐ行く」
兄さんはそう言うと、すぐに家の方に向かった。
「そういえば、ランさん。コンクリートブロックの周囲に、噛み合うような凸凹をつけたんですね。これ、すっごくいいです!」
「ん、そうか。鉄筋を中に通すとはいっても、構造体そのものでも補強できた方がいいと思ってな」
「そういう工夫してもらうのはうれしいです。現場はお任せするのですから、どんどんやっちゃってください!」
「ああ、わかった。…そういえば」
「はい?」
「ルカは、ウルカニア島を訪れたことはあるか?」
「いえ、ないです。…いや、そうですね、現地を一度も見ていないのはまずいですね」
「ああ、おれもここに来る時は素通りしてきたからな、実際に見ておきたいところだ」
「じゃあ、今から行きますか!」
「それもいいか…」
「どこかに行くの!?」
アディが僕たちの声を聞きつけて走ってきた。
「アディ、勉強は終わったの?」
「うん、たった今!」
「お疲れ様。ランさんと話してて、ウルカニア島を見に行こうということになったんだ。アディも来る?」
「行く行く!準備してくる!」
アディは元気よくそう言うと、屋敷の方へ駆けていった。
「…忙しない妹ですまんな…」
「そんなことないです!僕にとっては好ましいだけです!」
そう言いながら、顔が火照っちゃった。ちょっと恥ずかしい。
「そ、そうだ!ランさんの船、少しだけ手を入れてもいいですか?」
「かまわんが…なにをするつもりだ?」
「船体の補強をさせてください」
さっき引きあげた中古船の近くに準備していた立方体を四つ持ってきた。
「それは?」
「これはCNFの塊です。カイさんの乗船スパッカ・テンペスタの船底に使ったものと同じものです。形状は違いますけどね」
「…あれか…」
「あの時は、板状にしたものを貼り付けましたけど、今回は、船体の木材そのものに浸潤させます」
「浸潤?」
「ええ。これって樫材ですよね?この樫材の細胞一つ一つにCNFを浸潤させます」
「…よくわからんが、そうするとどうなるんだ?」
「今より軽く硬くなります!そして、一切水を吸わないので劣化しなくなります!フジツボもつきません!」
「…良い事尽くしだな。やってくれ」
「はい!」
CNFの塊は一辺が三十センチくらいの大きさ。これをランさんの船の縁に乗せてっと…。
(圧縮)
事前に練習しておいただけに、浸潤がスムーズだ。みるみる内に、右手の下にあった塊が小さくなっていった。その分、船体にCNFが溶け込んでいく。材の表面から空気が押し出され、微細な気泡が弾ける。スカスカだった木材の空隙がCNFで充填され、密度が極限まで高まっていく。
ただ、このままだとデッキ部分がツルツルで危ないので、微細なざらつきをあえて残しておく。これなら安心!
「できました!」
「…早いな」
ランさんが船に近寄り、手を滑らせたり、軽く叩いたりしてる。
見た目は元の木材のまま。でも、その内部構造は「天然のコンポジット材料」へと変わってる。
「硬いでしょ?」
「ああ、すごいなこれは…」
「お待たせ!」
アディが小さな荷物を抱えて走ってきた。
◆◇◆◇◆
「速い速い!すごーい!!」
アディは無邪気に喜んでいるが、ランさんは舵をこまめにとりながら、ロープで帆を必死に操作している。真剣な表情だ。
「速い…速いが、こいつは暴れ馬だな」
「ごめんなさい…」
ランさんの言葉を言い換えれば、雪山圧雪の下り坂をノーマルタイヤで走っているような状態が今だ。怖いなんてものじゃない。ランさんの超絶テクニックでなんとか帆走できてる。
というか、海の民の対応力がスゴすぎて信じられない気分。
ちょっと風が吹くだけで、どこにすっ飛んでいくかわからない状態の船を、ほぼ真っすぐに走らせている。確かに、波は穏やかなラグーナ(潟)だからできるんだろうけど、それにしたってすごい。ほとんど横の引っ掛かりが無い船を、体重移動と絶妙な帆操作と舵だけでカバーしてるのだ。
さらにおかしいのはアディだ。こんな不安定な状態で、デッキに立ってはしゃいでる。僕はしがみついてるくらいしかできないのに。海の民って、生まれつきの特殊能力でも持っているのかなと疑うレベルだよ。
「ルカ!お兄ちゃん!ウルカニア島ってあれでしょ!?」
アディが前方を指さしてる。
「…すごい」
島全体が白っぽい緑に覆われている。ハンノキだ。びっしりと、隙間なく。
想像以上だった。島全体が一つの巨大な森になっている。
目算距離三キロくらいかな。…三キロ!?
「ランさん!そろそろ帆をたたまないと!」
「…早くないか?」
「いえ!この速度と滑り具合なら今やらないと!」
「わかった。アディ!」
「なあに?」
「帆を落としてくれ!」
「了解!」
アディは、すぐさまマストに取り付き、いくつかあるロープの内の一本を手にとると、勢いよく巻き取って引っ張った。すると、マストと帆を固定していたロープがするりと解け、一気に帆がマストを滑り落ちた。
「え!?…あっ!引き解け結び!?」
「そうだ。よく知ってるな」
前世ではロープワークの基本だけど、セレニアではあまり見たことがなかった。海の民の中では常識なのかもしれない。
帆が落ちた船の速度が少しだけゆっくりになった。たぶん、このまま惰性でいける。
舵を握っているランさんも同じことを思ったのかもしれない。水の抵抗をほどよくかけて減速させながら、島へと向かっていく。
◆◇◆◇◆
船は静かに、ウルカニア島の西側の入り江に滑り込んだ。
「…あの時に帆を落としてなければ、こうはいかなかったな。ルカ、助かったぞ」
「あ、いえ…僕の方こそすみませんでした。まさか、ここまで水の抵抗がなくなるとは…」
「問題ない。おれたちは生きてる。その結果があれば充分だ」
ランさんはロープを持ちながら船を降りると、手近の木に結び船を固定した。
水深四十センチというところかな。そのままアディを抱え上げ、陸地におろしている。僕は、おそるおそる海に足をおろし、陸地に向かって歩を進めた。一歩一歩ごとに、泥が足にまとわりつく。
これは…想像以上に大変かもしれない。ここは島というより中州に近い。あ、でも…。
「だから、ハンノキが群生しているのか」
「そうだな。ハンノキは湿地を好む。しかもここは汽水域(淡水と海水が混ざる場所)だ。ハンノキが群生する条件としては適しているな。昔は、もっとハンノキが大量にあっただろうな」
「え?なんで?」
「おいおい、セレニア本島の地盤になっている、数百万本の杭の多くはハンノキだ。ここいら一帯がハンノキの森だったとしてもおかしくはない」
「あ、そっか」
僕たちはしばらく島の中を歩いた。どこも同じ。ハンノキと湿地。足が沈む。
「杭打ちすら難しそう」
自然な感想が口にでた。防波堤だ灯台だと大きなこと言っても、土木工事の知識がそんなにあるわけではない。あるべき結果は想像できるが、過程が見えないのだ。
「ルカ、大丈夫だよ。マルコおじさんならやれるよ」
「そうだな。三番衆の実力発揮ということだ。嬉々として作業してる姿が目に浮かぶ」
僕が訝し気な顔で二人を見ると、ランさんが教えてくれた。
「三番衆はな、南大陸や東の帝国なんかでは、依頼を受けて、港を作ったり浚渫をしていたりするんだ。このような中州を陸地にするような工事も請け負っている。マルコの叔父貴にとったらいつものことだ。目途がついてなければ、自分から『ウルカニア島』の名前を出してはこない」
「あ…」
「おそらく、帰りにも綿密な調査をしてから帰ったはずだ。三番衆には、専用の杭打ち船が何隻もある。土木工事を専門にしている魔法使いが多数いる。だから、彼らに任せておいて大丈夫だ。問題はおれの方だ」
「ランさんの問題?」
「手足に問題がないのなら、現場監督のおれが三番衆以上に全体の仕組みを理解していなければならない。そうでなければ置いていかれるだけだ。おまえから渡された図面の細部まですべて、頭に叩き込んでおかないとな」
「よろしくお願いします!」
「任せておけ。心配されるより、信頼される方がうれしいものだ。ただ、あの船はなんとかしてほしいが…」
「あー!ごめんなさい!戻ったら、すぐに改良します!」
「頼んだぞ」
「ルカ、私にも手伝えることある?」
「もちろんだとも!アディ!是非手伝ってほしい!」
「うん!」
僕たちはウルカニア島を歩き回り、工場の配置や資材の搬入経路などを確認した。視察を終えて、セレニア本島に向けて船を走らせた。
帰り道、僕の頭は船のことでいっぱいになっていた。
(第79話「視察」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「アディです!ウルカニア島、すごかったよ!島全体がハンノキの森で、足が沈んじゃうくらいの湿地だったの。でも、お兄ちゃんは『マルコおじさんならやれる』って言ってた。ルカは帰り道ずっと、船の設計図を頭の中で描いてたみたい。…また、なにか凄いもの作るんだろうなぁ」
「次回、『改修と改造』。暴れ馬が生まれ変わる」




